2025年 ノベル大賞受賞作文庫化!
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- 『税理士 鮫島桐子』特集

2025年ノベル大賞 準大賞受賞作
『佐藤の告白』
藤紘(装画:中島花野)
夏休み明け、「佐藤君が鈴木君に告白したらしい」という噂が学校中に瞬く間に広まった。
佐藤に片想いしているひなのは、佐藤を振った鈴木や、いじめとしては処罰されない程度に悪意のある嫌がらせを行う男子たちのことが許せず、佐藤を守れる屈強なゴリラになりたいと願う。
鈴木の担任のオカジュンは、学生時代いじめられていたトラウマから、事なかれ主義で生徒に好かれる先生を演じていたが、佐藤の告白問題の対応に迫られる。
佐藤の母は学校からの呼び出しを受け、息子が男を好きになったのは、夫のDVが原因で離婚した家庭環境のせいではと思い悩む。
ある男子生徒から男子生徒への「告白」が、学校という小さな世界の中に次々と波紋を描いていく――。
2025年ノベル大賞〈大賞〉受賞を果たした、おかしくて愛おしくてせつない青春群像劇。
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長谷川ひなの(はせがわひなの)
2年4組の女子生徒。吹奏楽部。
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岡本 純(おかもとじゅん)
2年4組の担任。社会科教師。あだ名は「オカジュン」。
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佐藤の母
佐藤春樹の母親。看護師として働きながら一人で息子を育てる。
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鈴木 翔(すずきしょう)
2年4組の男子生徒。陸上部。
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佐藤 春樹(さとうはるき)
2年2組の男子生徒。バスケ部。
手紙を読んだ佐藤春樹は、今さっき脱いだばかりの上履きに再び履き替え、四組の教室へ駆けた。夕日に染まり始めた教室には誰もおらず、渡り廊下の先に見覚えのある背中を見つけた。
「長谷川さん!」
愛おしい声に長谷川ひなのは髪を靡かせ振り返る。佐藤は肩で息をし、少し緊張した顔つきで、二人は向き合う。
「手紙読んだよ。あの字、長谷川さんだよね……?」
ひなのは制服の裾をぎゅっと握り締め、次の言葉を待った。
「僕、長谷川さんのことっ……!」
「なーんか、違うんだよなあー」
スマホのメモを打つ手を止め、濡れた髪のままベッドにダイブする。
マグカップのホットレモンは口を付けないまま、すっかり冷め、時計はいつの間にか0時を回っていた。
明日も朝早いし、さっさとドライヤーもしなきゃいけないのに、気づけばもう一時間以上も自作の小説と格闘してしまっていた。
所謂、夢小説というやつだ。普通は、好きなアニメのキャラとかアイドルを相手に、自分を投影した夢主との妄想を描くらしい。
初めて夢小説の存在を知ったのは入学してすぐ、みなみんから勧められたのがきっかけだった。激推しだと送られてきたURLの個人サイトに掲載されたお話を読んでみたけど、名前しか聞いたことのない少年漫画の、妖怪だか悪魔的な何かと闘ってるらしき男と、そもそも物語に存在すらしていない女とのラブストーリーは当然よく分からなかった。
だから、ほんの思いつきで、登場人物たちを『佐藤』と『長谷川』に置き換えてみた。一瞬で、世界が変わった。
もし、この悪魔祓いが佐藤君だったら。いや、いっそ敵対組織同士の危険な関係で……、やっぱりもっと地に足をつけた現実路線もありかもしれない。私と佐藤君は幼馴染みで、幼稚園からずっと一緒で、中学では私が男バスのマネやってて、クラスは毎年一緒で、席替えは絶対に毎回隣で……!
そんな風にもしもの世界に想いを馳せては、こうしてスマホに書き留めてきた。
こないだ文字数をカウントしてみたら、原稿用紙ちょうど百枚分になっていた。量だけで言えば、どこかの小説の新人賞にだって応募できるかもしれない。もちろん誰かに見せる気も、そもそも見せられるわけもなく、時々、費やした労力と時間の膨大さに何をしているのだろうと途方に暮れるけど、それでも気づけばスマホのメモアプリを開いてしまっている。
今書いているのは『もし、あのラブレターに返事をもらえていたら』の妄想。
最初は、『もし、佐藤君に告白できたら』という夢物語だった。今まで書いてきたどの夢小説よりも、確かな手ごたえを感じた。実際にラブレターを出してしまったくらいには。
なのに鈴木の一件以来、どうも筆のノリが悪い。書くもの全てが何か違う気がする。これがスランプというヤツなのだろうか。鈴木の存在ごときで心が乱されているのが不甲斐ない。鈴木なんて校区外からの新参者のくせに。
それにしても……。
私は布団に包まり、佐藤君に宛てたラブレターの原形を改めて読み返す。

- 藤紘(ふじひろ)
大阪府出身、在住。2023年、『銀河鉄道の夜を読んで』で第226回短編小説新人賞入選。『佐藤の告白』で2025年集英社ノベル大賞〈大賞〉を受賞。同作を改稿のうえ、本書にてデビュー。























三浦しをん
男子から男子への告白をネタとして扱っているのではなく、作者自身が深く考え、各登場人物に寄り添い、なりきって書いているのが伝わってくる。
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今野緒雪
中学時代の、少しぴりついた教室の雰囲気が、読んでいて蘇ってきました。繊細な心の動きを拾い上げるのが、とても上手です。
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似鳥 鶏
古き良き児童文学の安定した筆致で、するすると読めるけど流れてしまわずにところどころ刺さりもする、という、いい文章の典型。
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丑尾健太郎
学校という小さな世界で起きた出来事を、ここまで大きな物語として楽しませる筆力。読んでいる間ずっと「小説って、やっぱり面白い」と実感させられました。
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