最新選考結果

方言恋愛小説賞

  • 選者・編集Kより総評

    選者をつとめさせて頂きました、コバルト・オレンジ文庫編集部のKと申します。SF飯、ディストピア飯を愛する者として、個人的な好みで行っている企画賞にも関わらず、3年前を大きく上回る313本の力作が集まりました。このため選考に時間を要してしまい申し訳ございません。この度も、ご応募くださった皆様に深く感謝申し上げます。

  • 前回との比較も交えての所感となりますが、四角いプレートに盛られたペースト……のようないわゆる「正統派」のディストピア飯を扱った作品はあまり多くはない印象でした(もちろん評価軸を正統派か否かに限定はしておりません)。前回同様人気があった題材はカニバリズム、そして「未来に生きる人類が過去の食事を懐古する」というお話も非常に多かったです。中でも圧倒的な人気を誇っていたのがカレーライスでした。ディストピア飯小説賞ではなくカレーライス小説賞だったかな? と思うほどに失われたカレーを蘇らせようという作品が多く、日本で暮らす人々にとってもはやカレーはソウルフードといって差し支えないのではないかと感じられました。ここまで愛されていればきっとこの先、食文化がどんな形に変容していこうとも、カレーライス(あるいはカレー味)だけは失われることなく残り続けるのではないかと思います。

    前回の総評でもお伝えさせて頂きましたが、せっかく「SF×ごはん」という自由なテーマなのですから、まだない食べ物、ない文明、ない生活習慣、その世界で暮らす人間や生き物への想像力を広く深く働かせることに挑戦してほしいと思います。その際は、ぜひ日進月歩で進化している先端技術についてもリサーチしてみてください。あるいは「あの映画やゲームに出てきたSFなごはん、どんな味がするんだろう…」という自分なりに想像した食レポでもよいのです。

    最後に、当賞はあくまで私の独断と偏見による選考です。今回も賞のテーマを書き手独自の感性で咀嚼した、パッションの味わい広がる物語を選出させて頂きました。入選・佳作作品はこちらのページから全文読むことができますので、ぜひめくるめくSF×ごはんの競演をお楽しみください。そしてお気に入りの一品を見つけてもらえれば幸いです。

入選

『NAME WAR -呼称戦争記-』青乃家

荒唐無稽な設定に笑いながら読んでいたら段々真顔になっていくようなリアリティがあり、ギャグとシリアスの調和が絶妙な、ぜひ長編でじっくり読みたいと思わせる作品でした。一方、本賞のテーマを鑑みると、例えば「御座候評議会」や「回転焼き自由圏」などの各勢力それぞれで独自に発達したオリジナル「あのお菓子」を描写してみて欲しかったです。あくまで呼称が主題というのは分かるので悩ましい所ではありますが…。しかしそれを差し引いても、一見くだらない発端から破滅へと突き進む世界と、そこに生きる人々の空気感が非常によく書けていました。

『悪食』久野友萬

人がなぜ人間の肉を食べるのか。いわゆる「推し活」に絡める発想が素晴らしいです。また最初の培養肉はフォアグラであるという実際の技術についても調べうまく取り入れることで、設定の説得力を増すことに成功しています。細分化した人工培養肉の種類や、当然食べる以外の目的も出てくる業の深さも含め、高い筆力でリアリティをもって描かれている分、ラストはもうすこし工夫が欲しかったと感じてしまいました。

『美味しいの世界素晴らしい世界』中村沙奈

色々と登場する架空の食材の描写がうまく、どんな味や食感がするのだろうと想像しながら読むのが楽しかったです。中でもQP星人のぷるぷるボディは読んでいてこちらもペロペロしたくなってきてしまいました。異種族間交流というフォーマットを通して恋心と食欲の紙一重さを描きつつ、もうひとひねり効いたラストへの着地も非常にうまかったです。QP星人の口調をもっとかわいいものにすると、より書きたい内容に沿ったかと思います。

佳作

『タンピース』自由一花

舌に装着するフィルム状のデバイスによって味や食感を再現する、という技術がいかにもありそうでワクワクしました。電気刺激による味覚に慣れ切った人間が本物の食べ物を口にしたとき涙を流して感動する、という反応には疑問が残ります。特にトマトはその青臭さや食感が苦手という人も現実に多いので、作中でもより多様な反応を描いた方が奥行きが出て面白かったかもしれません。

『味蕾人』鈴河すずか

ある地域出身の人にだけ感じられる「ゆがい」という味覚がある……この導入だけでグッと引き込まれました。そのぶん、では「ゆがい」とはどんな味なのか、を想像しながら読みたかったのですがあまりピンとこなかったのがもったいなかったです。

『女優の門出』かささぎかづる

混沌とした退廃的なアジアの雰囲気の描写や、独特の用語を用いたオリジナリティのある世界観構築がよくできていました。「食」と「演劇」の要素があまり上手くかみ合っていない印象を受けたので、もう少し整理するとよいかもしれません。

『『と』はじめました』近藤太一

焼いた「と」がおいしそうすぎました。謎の食べ物の描写が非常にうまい分、声が持つ力、というテーマが逆に軸をぶらせてしまっている印象があり、ここまで「と」をおいしそうに書く筆力があるのですからそちらを主眼に置いた作品を書いてみて欲しいと感じました。

最終選考作品

  • 『緑の星にて』中條りつ

    世界観や時代設定についてあまり説明がなされていないにもかかわらず、ラウニと明美の暮らしぶりは不思議と情景が想像でき印象に残る作品でした。最後の食事のシーンがやや唐突になってしまっているので、全体の構成は要一考かもしれません。

  • 『アンティルデス』オートクチュール斎

    とても好きな雰囲気でした。なぜ「濃スモッグ帯で育った食材はとんでもなく旨い」のか、まで描かれているとなお良かったです。

  • 『プロック』タマハガネ

    健康目的での食品規制が進んだ結果、メーカーが「旨味アップ」「濃厚激ウマ」といったいかに味が強そうかをアピールするようになる、というのがありそうで面白かったです。

  • 『ダグのジャム』湫川仰角

    やや既視感のある設定と語り口ではありますが、逆に言えば「みんな好きなやつ」ではあるので(私も好きです)、なにかひとつでもオリジナルな要素があれば、と惜しかったです。主人公のコミカルな語りはよく描けており、個人的には楽しく拝読しました。

  • 『黄金の恵実』まさつき

    けっこう絶望的な状況でありながらどこかコミカルな登場人物たちの、いかにウンコを美味しく食べるかという涙ぐましい工夫を楽しんでいたら…。ラストで明かされる真実にぞくっとしました。お見事です。

  • 『ディストピアお遍路さん』ファラ埼 士元

    背景となる時代設定に基づいた細かな描写や、バーチャルお遍路を経てエリンの考えが変わっていく清涼感は非常によく描けていました。普段エリンが何を食べているのか少しでもわかるとお遍路中に出てくる食べ物との対比となり、なお良かったと思います。

もう一歩の作品

作品名 作者名
『光の皿 影の匙』灰崎 千尋
『コブチャ』阿野歴史
『地球が生まれた日』なおちわちゃ
『旧世界食堂』清水 幽玄
『青いケーキ』さくら咲くra
『寿司野球の功罪』那須川 茄子
『伊勢丹行列』眼鏡橋秋葉
『黄金林檎の落つる頃』ゴオルド
『オオゲツヒメ』黒井羊太
『平均的国民食』有沢楓
『竜蝕』鳥辺野九
『Bon Appétit!』三村三
『機械仕掛けの舌』アマさん
『駅弁ふぇす2125』わきの未知
『リブロの物語』桐生 澪
『虫狩族〈プロテインクライシス 2050〉』横田みすゞ
『終わり世界』中頭
『踊りラーメン』樫見春乃
『マスカラ時代のラプソディ』冬野瞠
『かわいいごはんをめしあがれ』羽涼
『銀河の舌を旅して』井上 ゆう
『一杯の味見』祭屋総一郎
『|豺ア縺崎?〉のステーキ』雅けい
『三光年クッキング』遠藤ぽてと
『未来型ディストピア工場と過去メシの少年』御結頂戴
『ごちそうさま、小説家くん』TYPE
『Tea,Time,Tale』高城渓
『おいしい毒のある食卓』花千世子
『ディストピア飯職人の朝は早い』深津弓春
『Tasty romantic』襟草 庭
『朝食xNFT』怪層
『心』青野 さくら
『雪芋』外間 美希
『「チョコレート・プライマル・マスターズ」グランプリ、 内藤智慧逗シェフへのインタビュー』布川ユウリ
『アジダマ』北澤奇実
『ぴいちゃん』山田るま
『有機栽培恋愛』透風 朝

第一回ディストピア飯小説賞の選考結果はこちら

関連書籍

表紙

『すばらしき新式食
 SFごはんアンソロジー』

著者
新井素子 須賀しのぶ 椹野道流 竹岡葉月
青木祐子 深緑野分 辻村七子 人間六度
装画
カシワイ
  • 生き物である以上、過去も未来も人間にとって「食」は不可欠なもの。いま私たちの世界には、味も見た目もおいしいごはんがたくさんあるけれど、たとえばもし栄養補給のためのディストピア飯しかない世界だったら…? ディストピア飯小説賞によせて、豪華作家陣が想像力と食欲を刺激(あるいは減退)させる、新世紀のごはん小説を調理! 日常SFから遠未来SFまで、全8編を収録。

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