2024年 ノベル大賞受賞作文庫化!
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2024年ノベル大賞 準大賞受賞作
片付かないふたり
村崎なつ生(装画:眩しい)
片付けコンサル会社で働く鷲澤憂(わしざわうい)は、何かを選ぶのが苦手な性格でいつも周りに合わせてばかり。自分とは対照的にサバサバと物事を判断し、“無駄なく、効率よく生きる”ことを信条とする上司の奈々さんに心酔している。心酔するあまりに服装も髪型も何もかも奈々さんの真似をし、恋人と同棲中の部屋の家具を次々に捨て、ついには恋人自体も捨てることで“効率のいい部屋”を手に入れた憂だったが、ひょんなことから泥酔して帰宅した翌朝、目覚めると部屋に見知らぬ青年がおり仰天する。すずりという名の青年は「おれを片付けてよ」と憂に依頼し、その日から二人の奇妙な同居生活が始まるが、すずりにはとある隠された過去があり……。生きづらさを抱える男女が、やがて自分らしく生きる方法を見つけるまでの日々を瑞々しい筆致で描く、2024年ノベル大賞〈準大賞〉受賞作。
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わしざわ・うい
「私は私でなく、別のだれかになりたい」
自己主張や、何かを決めることが苦手な性格。片付けコンサル会社で働いており、上司の奈々さんに心酔している。
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「憂さんに、おれのこと片付けて欲しいんだよね」
憂の前にふらりと現れた青年。素性も目的も不明だが、不思議と警戒心を抱かせない「いいやつ」。
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やまかわ・さわら
「なに言ってんの、ぜんぶ必要だよ!」
すずりを探しているという女子大生。いつも大荷物。
朝の音。穏やかにせせらぐ川面が浮かぶやさしいメロディ。アラームが作動する。設定している七時五分前にはたいてい目がさめてストレッチまでしているのだから、アラームをかける意味はそんなにない。けれど、毎日同じ音ではじまる朝というのはやっぱり安心する。
掃き出し窓にかかるレースのカーテンの隙間を縫って、朝の光がかすかに差し込んでいた。日当たりはそこまでよくないけれど、見わたしてみるとあらためて思う。ものが少ない、いい部屋だ。
脱衣所に立ち、弱酸性のホイップ泡で洗顔してから、オールインワンのクリームをひとさし指で掬いとる。湿度も気温も高いこの季節は、起き抜けに浴びる水が気持ちいい。
クリームをのばしながら鏡を見ると、自分と目が合った。肩にかからない程度のナチュラルボブの毛先が少しはねている。けれど水で濡らしてドライヤーで乾かせば、そんな寝癖はすぐ直る。楽な髪型。やっぱり彼女の真似をしてよかった。
鏡にうつっているのは間違いなく私だけれど、じっと眺めているとまるで知らない人間に見えてくる。『私』ってなんだろう、なんて唐突な疑問が浮かぶ。でもそんなこと考えたところで答えは出ない。考えるだけ時間の無駄だ。
洗顔を終わらせて、106Lの白い冷蔵庫を開ける。幅を取らない大きさでちょうどいい。なかに入っているものを取り出すたびそう思う。カビが生えないように保管している食パン、あんずジャム、たまご、ケチャップ、ドレッシング、水出しの麦茶、三日分の献立通りに買ってある野菜と豚肉。余分なものがない、必要量だけがしまわれている冷蔵庫に、我ながら惚れ惚れした。
棚から一枚しかない平皿を取り出して、食パンにあんずジャムをそのまま塗る。ホワイトアッシュのダイニングテーブルは、シンプルな部屋の景観を損ねない。
椅子に座ってスマホでニュースを流し読んだ。二脚ある椅子の片方が空席なのが気になる。せっかく今日も予定通りに動いているというのに落ち着かないのは、必要ないものがいまだここに残っているからだ。
椅子に座るのは私ひとりしかいないのだから、二脚もある意味がない。粗大ゴミをいつ申し込めるか確認すると、予約がとれるのはしばらく先だった。
早く捨てたい。そうすればこの部屋はさらに片付いて、私はもっと楽に生きられる。
- 村崎なつ生(むらさき・なつき)
都内で会社員をしながら書いています。 出身は伊豆の先端、海のある町で育ちました。 好きな作家は数えきれないほどおりますが、雪舟えまさんが大好きです。

『片付かないふたり』
- 著者
- 村崎 なつ生
- 装画
- 眩しい
- 2025年5月発売予定
三浦しをん
人物の内面を丁寧に描写し、深く潜っていくだけで、大事件が起きなくても読者は心をつかまれ、小説は成立するものなのだ。
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今野緒雪
文章は上手で、するすると読めました。(中略)キャラクターも、それそれ立っていていいですね。特にダイキなど、好青年で好き。
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似鳥 鶏
やはりプロの小説家というのは、こういう「他では目にしないもの」を読者に提示できてなんぼです。
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丑尾健太郎
数多くある自分探し系作品の中でも、数少ない「これは本物かも」と思える作品でした。
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※リンク先の選評では、物語の結末に触れている箇所があります。