対談ゲスト
岩谷翔吾さんの『青春と読書』連載、「君と、読みたい本がある」第2回は対談をお届け。お相手は、第1回の物語中に登場した『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』の著者、麻布競馬場さんです。麻布競馬場さんが岩谷さんのブックレビュー小説を読む前に行われたこの対談。お二人の読書愛、読書観をお話しいただいた本編は『青春と読書』10月号をチェック! ここでは、読書に限らない話題でも大いに意気投合したお二人のアフタートークをお届けします。
- CONTENTS
麻布競馬場が書く
「Twitter文学」のルーツは
かつて2ちゃんねるで流行した
「コピペ文学」だった?
岩谷今日は、作家の麻布競馬場さんにお越しいただいています。読書情報誌『青春と読書』の対談企画で収録しきれなかったあれやこれやを、フリートークとしてみなさんにお届けしたいと思います!
麻布フリートークパートも、よろしくお願いします!
岩谷早速ですが、アザケイさんの著作『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』(以下『この部屋』)について、まだまだお話をお伺いしたいのですが……。この作品はもともと、Twitter(現「X」)の投稿から始まったということなんですが、投稿当初から反響はあったんですか?
麻布反響は最初の頃から相当ありました。まだ誰も開拓していないマーケットだったんでしょうね。
岩谷作品の内容自体、Twitterとの相性も良さそうですよね。
麻布今、長い文章を読めない人が増えているという話を随所で聞きます。一方でTwitterは、1ツイートあたり140文字以内という制限がある。しかも、良くも悪くも「所詮はインターネット」という感覚があるから、多少好き放題書いても明るく読み飛ばしてもらえる。多分、あれがきちんとした文芸誌に載っていたら、反響は全く違うものになっていたでしょうし、読んだみんなが即何かを言える場であることも含めて、ネットで書いて良かったなと思っています。
岩谷SNSにも多種多様なサービスがありますが、Twitterを選ばれたのはなぜだったのでしょう?
麻布僕はネットを相当手広くやっていて、YouTubeもInstagramもアカウントがあるし、それぞれやっていることは全然違いますがフォロワー数も結構多いです。なので、自分の中ではTwitterもそのうちのひとつぐらいの感覚でした。僕、昔2ちゃんねるの全盛期に流行ったコピペ文学が大好きだったんですよ。いろんな名作があって、名作は色んな所へコピペされて拡散されて行って、でも誰が書いたのか、最初にどこに書かれたのかも分からない。そんなどうしようもないけど軽やかさを持った「文学」が、どんどん目に入ってくるのが楽しくて。もしかすると、そんなものへの憧れの延長線上に、今回自分が書いたものがあって、それを発表するのにTwitterが適していたということなのかもしれないです。
岩谷確かに、言われてみると2ちゃんっぽさがあります。面白いですね、ベースを掘ってみると。
麻布一方で、紙の本の読書経験もしっかり自分のベースにはなっているんですよね。親がすごい読書家で、実家に大きな本棚があって、児童書から文学全集まで読んでいたので。そこで自分にすごく示唆をくれたのが、大江健三郎の『死者の奢り・飼育』の読書経験でしたね。僕はその中に収録されている「他人の足」という短編が抜群に好きなんです。脊椎カリエスという病気で外部から遮断された高原療養所に入院している少年たちの物語なんですが、人間の嫌な部分を切れ味鋭く描写していて、それまで読んでいた「明るくて綺麗な」児童向けの文学とは全く違っていた。「綺麗な文学でなくてもいいんだ」って、衝撃を受けましたし、そういう露悪性みたいなものって、その後のインターネットの世界にも通じるものがありますよね。顔出ししない、匿名だからこそ書けるいやらしさみたいなものがあって、読んだ人からも匿名だからものすごいむき出しの感想が来るし、時にはディスられたりもする。岩谷さんは身体も顔も全部さらけ出してパフォーマンスされてますが、書き手として活動をされていくにあたってやりづらさはないんですか?
岩谷できるなら、パフォーマーとしての自分と書き手としての自分は分けたいですね。小説を書く時って、実体験をベースに肉付けして、フィクションとして完成させることがあるんですが、それを「全部翔吾くんの実体験だろう」と思われてしまうのはやっぱり違うかなと。作品は、あくまで作品として読んでもらいたいという気持ちはあります。
麻布多分、パフォーマンスしてる時の岩谷さんと、書いてる時の岩谷さんって別ですよね。
岩谷全然違いますね。パフォーマーとして世の中に出る時は「THE RAMPAGEの岩谷翔吾です」って名乗っていて、この「THE RAMPAGE」は自分の苗字、看板みたいな感覚です。一方で、ものを書く時にはその看板を背負わない、岩谷翔吾個人として活動したい。でも、世間からは「THE RAMPAGEの岩谷翔吾」を求められているのかもしれないな、と考えることもあって、そこはいつも葛藤しています(苦笑)。