『荒野は群青に染まりて』文庫化&番外編刊行記念
桑原水菜スペシャルインタビュー②

KUWABARA MIZUNA
千葉県生まれ。1989年下期コバルト・ノベル大賞読者大賞を受賞。コバルト文庫『炎の蜃気楼』シリーズ、『赤の神紋』シリーズ、角川文庫『遺跡発掘師は笑わない』シリーズなど著書多数。

『高度経済成長期を舞台に描かれる骨太な男たちの物語。
メインストーリーでは描かれなかった「彼らの日常」を丁寧に綴った
4つの番外編を綴り終えた今、著者・桑原水菜が思うことは?
※インタビュー内では、本編で明かされる秘密についても書かれています。本編未読の方はご注意ください。

Q.まずは3ヶ月連続刊行、本当にお疲れ様でした。駆け抜けた感想や感慨をお聞かせください。

書き終えてしまったなあ、が率直な感想です。

充足感とともに、この作品世界から離れるのが惜しいくらい登場人物全員に愛着が深いので、完結してしまったのは少し淋しくもありますね。

赤城と群青という義兄弟の生き様を、終戦後という泥臭い舞台で描く。しかもそれが製造業、特に相剋編は会社組織でバリバリ昭和の男社会が舞台。華やかさこそありませんが、骨太な時代背景で、地に足がついた作品となったと思います。

悲壮な引揚船のエピソードから始まったので「重い」と敬遠されるかなと思いましたが、読んでくださった方には彼らからのメッセージが伝わったと信じます。

立ち上げ当時の担当さんが言った「桑原さんの描く〝男たちの群像劇〟は魅力があるので、今度は会社を舞台にしたものを読んでみたい」という言葉がきっかけでこの企画が始まったのですが、応えられるものにはなったかと思います。

とはいえ、まさか私が製造業を書く日が来るとは。

自分が一番びっくりしています。

Q.本編である『暁闇編』『相剋編』を書かれたあと、描かれていなかった合間の物語を書こうと思われたきっかけはありますか?

文庫化の話が出た時、私自身がもう少し群青たちと一緒に過ごしたくなりました。

それと本編のストーリー展開が早かったためにこぼれてしまったエピソードもあったので、それを描くために。

ひなまつりは本来本編で触れるはずだった「石鹸を盗んだ少年」の顛末、マムシは「不良少年のグループ抗争」を戦災孤児集団にあてはめて、群青とリョウたちとの絆の深まりを描きました。後半の書き下ろしは、群青の高校時代。まるっと空白でしたので。赤城や近江兄妹とのひとつ屋根の下の日常も丁寧に紐解きたかった。

本編は徐々にありあけ石鹸が主軸になって相剋編では完全に企業物になっていきますが、群青たち疑似家族のホームドラマを深掘りしたかったのです。

Q.本作『―赤と青―』に収録された四作品で、特にテーマのようなものは決められていたのでしょうか。

ホームドラマですので、ありあけ一家のてんやわんやを、重くなく、軽妙な筆致で描くよう、つとめました。

実は当初、満州編と銘打って「満鉄調査部時代からの赤城と鬼頭の因縁」を書こうか、とも思ったのですが、やたらハードボイルドになりそうだったのと、時間的制約により、やめました。

苦難の中にも日常の喜怒哀楽はあり、そういう彼ら自身の日々の暮らしが「石鹸」という「日々の暮らしになくてはならないもの」とオーバーラップしたので、終戦後の「日常」がテーマといえますね。

あとは群青の成長。様々な人々との出会いが、天涯孤独になった群青を「少年」から「青年」にさせていったのだと伝わればと。

謎の多い赤城の生い立ちや十代の頃に触れられたのは、よかったです。大人組としてどっしり構えている印象がありますが、若い頃のやんちゃな赤城もちょっと見てみたいですね。

Q.『―赤と青―』では群青や赤城だけでなく、どの登場人物も本編とは違った柔和な面を見られた気がします。4つの番外編を書かれた中で、ご自身でも新しく発見した登場人物の一面などはありましたか。また、読者にこの人物のここは見てほしいなどありますか。

近江の恋バナは新鮮でした。アグレッシブで歯に衣着せぬリアリストも、恋愛ではシャイだったり変なところで弱腰だったり、オロオロしている姿を見てレイコさんも放っておけなくなっちゃったんでしょうね。

中学生カヨちゃんは「あら、ごめんあそばせ」が気に入ってます。ありあけ一家のカアチャンで一番たくましくなったかも。あと赤城とカヨちゃんの「年の離れたいとこ」的な距離感が好きでした。書くたびほっこりしてました。

一番驚いたのは東海林。あんな女性がいたとは……(笑)。研究バカでエキセントリックな人だけど、ちゃんと身を固めようと思えたところに「昭和の人間」らしさを感じました。

リョウとタケオたちの腕っ節は、上野の路上で生きる覚悟のあらわれかと。集団になるとなぜか勢力争いが始まるのは子供も同じ。ちなみに赤城のタックル指導は総合格闘技の元選手から教えてもらいました。リョウと群青の共闘シーンは書いていて最高に楽しかった。

Q.佳世子と群青が最終的に結ばれなかったこと、またリョウの本当の性別が明かされる展開については最初から予定していたのでしょうか。

加世子と群青が……という発想は(残念ながら)全くありませんでした。そうか。そういう可能性もあったのか(笑)。

リョウの正体については、担当さんにも言ってなかったけど、ヒントはちょこちょこと暁闇編に書いてます。勘の鋭いひとはわかったかと。

あえて女性と意識して書いたことはなかったです。リョウ自身も言ってますが、彼女は上野で男として振る舞ううちに「女性性」という縛りから自ずと解放されていた面がある。戦争で家族も家も失ったが、上野の地下道で「自分らしいあり方」を発見したかもしれず。それはリョウにとって大きな成果だったかもしれません。

割と私自身を仮託できたので、書いていて気持ちよかった。相剋編で、ストライキ中の工場の明かりを群青と眺めているシーンが、ちょっとハードボイルドで気に入ってます。その時の会話も。

Q.本作以外にも、『炎の蜃気楼 昭和編』や『カサンドラ』でも戦後の時代が舞台となっていますが、どんなところに魅力を感じますか。またこの時代を書こうと思ったきっかけなどはありますか。

熱量ですね。どん底からの急成長、徹底的な破壊と喪失からのスタート。あれだけ多くの人間が一度に苦難を強いられた時代はほかにない。たくましさとずるさ、悲しみと不屈、思いやりや絆……、時代の荒波が人間の本質を浮き彫りにした気がします。

現代に繋がる社会モデルが作られた時代なのでなじみ易くもある。かつアナログなところがいい。ノスタルジーといえば聞こえはいいけど、実際は川も臭く町はゴミだらけでその時代に戻りたいとは決して思いませんけど。企業も社会もルールが未整備だったので、今では起こりえない荒っぽい展開を生みだしやすい土壌があると思います。

最初にこの時代を書いたのは「炎の蜃気楼」の昭和編でした。それも担当さんの一言がきっかけだったんですが、この時代のスタイルが私の作風とは相性がいいのか、居心地がいい。

また書く機会があれば書かせてもらいたいものです。

Q.まだ連続刊行の疲れが抜け切れていないと思いますが、次回作の構想などは練っていたりされるのでしょうか。また、具体的に決まっている今後のご予定などありますか。

いまはまだ頭の中ですが、書きたい題材はいくつかあります。義兄弟は書いたので次はライバル? 師弟もいいですね。

決して揺るがないと思っていた信念を覆されてしまった人間など、内面描写に重きを置いた作品に挑戦してみたい。戊辰戦争や西南戦争絡みも面白そうですね。

他社ですが『遺跡発掘師は笑わない』シリーズの続刊が年内に出る予定ですので、そちらと並行にはなりますが、ガッツリした単巻読み切りを今後も書いていくつもりです。

Q.ありがとうございました。最後に、読者の皆さんへのメッセージをお願いします。

ご愛読ありがとうございました。

実はオレンジ文庫さんから自分名義の本が出るのはこれが初めてでした。レーベルカラーからするとだいぶ男臭く異色な作品だったと思います。

今後も、ページをめくる手が止まらなくなるような作品を書いていきたいと思います。

激動の時代を生き抜いた群青と赤城の絆が、いまを生きる皆さんの心の中で、小さな星のように輝き続けられますよう、願っております。