【最終選考作品】キラキラ(著:浅木まこ)
一人で神保町の喫茶店に来た。
まだ注文は来ていない。でも、もう出てしまいたい。
外から見た時はかわいらしいレトロ喫茶店だと思った。しかし入ってみると店内は暗く、顔をしかめるくらいにきつい煙草の匂いが全てにこびりついている。赤い革張りのソファは一見オシャレだが、よくも悪くも古いのだろう、隙間に観葉植物の落ちた葉っぱが挟まっているのがなんだか汚いし、メニューもシワだらけで端には染みがある。
べたついたテーブルを私は見つめてうなだれた。
なぜ私がやると何もかも、ルルのようにうまくいかないのだろう?
神保町に来たきっかけは、一週間前のルルの言葉だった。
「そういえば花ちゃん。私最近、アクセサリー作ってるって言ってたじゃない?」
大学の学食でタコライスを食べながら、彼女はそう言った。
ルルは今日もかわいかった。韓国アイドルみたいな小さい顎にツンと尖った鼻、猫のようなアーモンド形の瞳。ウェーブがかかった髪はゆるく三つ編みにされている。
「うん。これも作ってくれたもんね」
私は胸元のペンダントを触った。銀色の鎖にチューリップのチャームがついている。
もともと多趣味なルルは、春ごろ新たにアクセサリー作りという趣味を始めた。今だと専門のお店に行けばレジンやビーズ、チェーンといった道具がそろうらしく、彼女はすぐに材料を買い集め、持ち前の器用さですぐに上手なものを作るようになった。このチューリップのペンダントは「初めて作ったのは花ちゃんにあげるね」とくれたものだ。
その後もどんどん腕を上げ、始めてからだいたい四か月が経つ今ではほとんど売り物みたいなイヤリングやチャームを作っている。
「それでね、この間吉祥寺でアクセサリーのお店をやってる知り合いにお願いしたら、ポップアップショップに参加させてもらえることになったの。ハンドメイド作家が集まるショップなんだけど、出店枠を一個分けてあげるって言われて」
「ええ、すごい! すごすぎる、さすがルル!」
「そんなことないよう」
ルルはクシャと鼻にシワを寄せ、猫みたいにはにかんだ。その腕にビーズのブレスレットが光っているのに気づく。初めて見るブレスレットだが、平成レトロな感じですごくオシャレだ。ルルが作るものとはちょっと違う感じがするから人からもらったのだろうか。
ああ、ルルってかわいいだけじゃなくて個性的。だから素敵なのだ。
今日彼女が着ているのは、中学の頃から大好きだというインディーズバンドのTシャツに古着屋で買ったという刺繍入りフレアジーンズ。金銀二つセットの指輪は美大の友達の学祭に行った時に学生が売っていたらしい。星の形のピアスは誕生日にお姉さんからもらったもの。美術館で買ったバッグにはカラビナをつけ、自分で編んだ花の形のコインケース、台湾の露店で売っていたらしいラバーストラップ、私といる時ガチャガチャで引いたアニメキャラのクリアマスコットをぶら下げている。
一つ一つ取り出せばてんでばらばらな要素がルルの周りに集まると不思議なまとまりを持つ。大学に入って初めての講義でルルを見た時、なんだこの子は、と衝撃を受けた。彼女の周りにきらきらと星が散らばっているような気がした。
超かわいい。でもかわいいだけじゃない。特別な子だ。
エモい、という言葉の意味をルルを見て初めて理解した。私は彼女にくっついてあちこち行って回り、食事からちょっとしたドライブまでありとあらゆるものに誘った。その努力の甲斐あって二年生になった今、お昼を一緒に食べるほどの仲になれたのだ。
しかし仲良くなればなるほど、ルルの隣にいると自分が嫌になる。自分がどのくらい普通でつまらない女の子か、ありありと理解してしまうからだ。
「どうしたの、花ちゃん」
私の表情が暗くなったのを見て、ルルが心配そうな顔をした。
「ううん……なんていうか、打ちひしがれてしまって。ルルがすごすぎて」
「そんなあ。アクセサリーなんて趣味で作ってるものだし、ショップは期間限定だから土日一回きり出るだけだよ。プロの人に比べたら文化祭みたいなものだよ」
「そうじゃないの」
私は思わず身を乗り出した。
「まず、ルルが作るアクセサリーはめっちゃかわいいよ。でもルルがすごいのはセンスだけじゃなくて、こういう自分にぴったり合う趣味を見つけてこられるところだと思う。あと、その趣味をコツコツ何か月も続けてのめりこむくらい好きになれること」
そうだ。こと「好き」という感覚においてルルは天才的なのだ。
例えば物を選ぶとき、どんな悪趣味な雑貨屋に行ったとしても、彼女は自分に一番似合うものをすぐに見つけられる。さすがにそれはちょっと、と思うような派手なサングラスやヒョウ柄の靴下や大きなぬいぐるみ型のポーチでも、いざルルの生活に組み込まれると驚くほどすんなりと馴染んで光を放つ。
最初の頃私は驚いて、いつも何か考えながら選んでいるの? と尋ねた。あの服と合わせたら似合うだろうなとか、こういうの持っていたらかっこいいなとか思っているの? と。
「ううん。ただ、好きだなって思ったものを集めてるだけだよ」
そう言って、ルルはさらりと笑った。
好き、という凄まじいパワーが彼女を背骨のように貫いているんだと思い知った。ルルは自分の好きを間違えない。好きな映画、好きな色、好きな小説、好きな町、ルルは真っすぐに、自分の一番好きなものをぴたりと言い当てることができる。
自分だけの世界観がある子って、何であんなにかっこいいんだろう。
ルルは私が名前を聞いたことない古本屋の常連で、聞いたことない作家のエッセイを買って、下北沢の小さい劇場で音もセリフもあんまりない短い映画を観て、オジサンが歌ってるみたいな古い音楽を聴く。パシャッとルルが撮った写真ってどれも何でもないのにすごい世界観ある感じ。何を話していても彼女の言葉には全て芯が通っていて、私にはわかんない哲学っぽい物の見方をたまにして、いつも楽しそうだけどふっと自分にしかわからないことを考えている。
ルルは世界の一部に自分のためだけのスペースを持っている。だから自信があってしなやかで、彼女の生きる世界はいっそうキラキラと輝くのだ。
「ルルが好きになるものってどれもみんなオシャレでかっこいい。服も、趣味も、行く場所も好きな音楽も何もかも、なんでそんなに自分にぴったりなものを見つけてこられるんだろう? って思うよ。しかも、うっすら好きなんじゃなく、大好きになるでしょう」
「うーん。まあ、確かにそうかも」
「知り合いに頼んでお店を出させてもらう、なんてすっごい行動力だよ。とことん突き詰めて、そのために行動できるって、相当好きじゃないとできないことだと思う。でもそのくらい全部をかけてもいいような、好きなものがルルにはいっぱいあるの」
ルルは、この作家が好きと思えばファンレターを書いてみる。お気に入りのバンドを見つけたらライブハウスに行くし、好きな監督を見つけたらその人の映画を全部見てみる。
「なんかね、そういうのがかっこよすぎて、素敵すぎて、うらやましいの」
「うーん……」
ルルはちょっと顎に手を当てて考えた。
「褒めてくれるのはすごく嬉しいんだけど、例えば同じアイドル好きでも、ライブ行く人もいればグッズをたくさん買う人もいて、スマホで曲を聞くだけの人もいるでしょう。どの好きが偉いかなんてないと思うんだよ。花ちゃんには花ちゃんの好きなものがあるはずで、私はそれを花ちゃんなりに大事にしてほしいなって思うよ」
「そうかなあ……。ありがとね」
「うん。そのままの花ちゃんが私は十分好きだな」
ルルは私を励ますように笑った。
ポップアップショップは必ず行くからねと約束し、私たちは次の授業のために移動を始める。トレーを片付けるルルの手首でビーズのブレスレットが光った。
「ルル、ずっと思ってたけど、そのブレスレットすごくかわいいよね。どこで買ったの?」
「ああ。これはね。小学生のいとこが作ってくれたの。ビーズにはまってるらしくて」
ルルははにかんだ。買った物じゃないのか、と思わずのけぞってしまいそうになる。
たぶんあのブレスレットを私が持っていたら子どもっぽくて浮いてしまうだろう。でもルルのそばでは宝物みたいに輝いて見える。高いお金を払わなくても、センスがどうのこうのと頭をひねらなくても、ルルは何気なく身に付けたものをきらめかせる力がある。
その日家に帰って、私は自分の部屋を見回した。
――花ちゃんには花ちゃんの好きなものがあるはずで、私はそれを花ちゃんなりに大事にしてほしいなあって思うよ。
ルルはああ言ってくれたけれど、私は本当につまらない人間だと思う。
小学生のころから使っている部屋はいつもぼんやりくすんで見える。この世に存在するかわいい物、面白い物、流行りの物たちのうわずみだけを集めたような空間だ。
ルルがものをきらめかせる天才だとするのなら、私はその逆だと思う。
お店ではキラキラ輝いていたものたちが、私の部屋にやって来ると突然ありきたりな物に姿を変える。かわいいものはかわいい場所にあるからかわいいのだとこの部屋で何度思い知ったことか。
たとえばフライングタイガーで買ったファンシーなマグカップやオブジェたちは、モノトーン部屋に憧れて買ったスチール棚に押し込まれて埃をかぶっている。ずいぶん前に作った紙のモビールは一カ所が折れたせいでだらしなくぶら下がっているし、壁につけるタイプの本棚は場所が悪かったせいでまるでキャットウォークみたいだ。そこに並べられているのは二巻だけ集めた流行りの漫画、全然知らない人のイラスト集、美術館で本を買うのがオシャレという先入観からカッコつけて買ってしまった「フルカラー・土偶と埴輪の人類学」、等々。
私だってお店に行けば、かわいいな、と思う物はある。好きな音楽も服もある。本だって多少は読むし好きだと思う。だけどどれも大好きってわけじゃない。安くてそれなりにかわいい服を着て、流行りの曲を何となく見ておすすめに出てきた映画を何となく見る。
今日ルルが、お店を出すんだと教えてくれた時、焦りが胸を焦がすような気がした。
自信がある「好き」を持ってることって、実はすごい才能だと思う。ルルを見ていると悲しくなる。あの子はあの子、私は私だと思うのに、あんまりにも冴えなくてつまらない私は到底彼女の友だちなんかではいられない、と思う。
本当なら彼女に似合うのは、もっとセンスがあってかっこよくて強い友達だろう。もしもそういう子が現れたらルルは私に見切りをつけてその子を好きになるに違いない。
このままじゃだめだ。私も何かしなくては。
そう思ってだらだらインスタを見ていた時「神保町カフェ7選」という投稿が目に留まった。神保町、という言葉はルルから聞いたことがあった。この間お姉ちゃんと一緒に行ったんだ、といつだったか言っていたのを聞いて、私も行ってみたいなあとずっと前に思ってそのままにしていたのだ。
よし、神保町に行こう。
気づいたら決めていた。神保町に一人で行って、ふらふら古本屋を歩いてお気に入りの本をいくつか見つけ、かわいい雑貨屋でしおりなんか買っちゃって、涼しい喫茶店で一人オシャレに本を読もう。私だって一人でこんなかっこいいことができるんだと、ルルのそばにいても恥ずかしくないような女の子だと、自分で自分に証明したいのだ。
そうして、私は人生で初めて神保町に降り立ったのだった。
ギラつく七月の暑さの中、汗をだらだら流しながら一時間ほど古書店を歩き回る。しかし次第に、なんか思っていたのと違うな、という思いが胸にこみあげてきた。
古本の町というより古書の町だ。ラインナップがちょっとガチすぎる。
愚かなことに、私は「古本屋の町」と聞いてブックオフが町になったような場所を想像していた。漫画とか小説が安く売ってる、みたいな。
しかし並んでいる本はナントカ全集の何年版だとか、何年に出たナントカという雑誌の貴重なバックナンバーだとかで値段もお手頃とは言い難い。文学部の二年生にもなるくせに、小説家と言ったら住野よると東野圭吾をちょっとかじったことがある程度の私が楽しめる町ではなさそうだとすぐに悟った。
古本を楽しむことは早々に諦め、暑さから逃れるために喫茶店を探した。
インスタで事前に調べた時には「ラドリオ」という店が有名だと書いてあった。炎天下の中、暗くて見えづらいスマホの画面で地図を拡大しながらラドリオの場所を探したが、残念ながら私がいる場所はその店からかなり離れてしまっている。
暑さのあまり仕方なく、近くにあった喫茶店に飛び込んだ。
外から見た限りでは昭和レトロな喫茶店で、なんだかここから物語が始まりそう、と思えるような雰囲気さえ漂っていた。古本屋にはあんまり馴染めなかったけれど、偶然こんなお店を見つけられるなんてちょっとセンスいいじゃない、と思ってちょっとテンションが上がった。
しかし入った結果がこれだ。
薄暗い店でうつむく。埃っぽい観葉植物は下の方の葉が枯れて土の上に落ちている。私が楽しめるのはあくまで加工されたレトロであって、古いとか汚いとか言い換えられてしまう本場のレトロとは違ったのだと思い知った。
「お待たせしました~」
髪が長い三十代くらいの男性がアイスコーヒーを運んできた。どうも、と小声で言ってガラスに唇を触れ、一口飲んでみる。
……酸っぱい。
強い酸味が舌を突いた。ミルクや砂糖を入れると酸味は消えたが濁った奇妙な味になってしまった。コーヒーとも何ともつかないそれを私はのろのろと飲んだ。身の丈に合わない喫茶店を選んでしまった、という悲しみだけではなく、センスがないままなんとなく生きてきた自分の来し方行く末が一度に押し寄せて情けなさのあまりうなだれてしまった。
神保町みたいなわかりやすい文化の町にやってきたら、自分も魔法みたいにパッとエモい女の子になれるんじゃないか、なんて思ってしまった。だけどこの町はきっと普段からたくさん本を読んでいる人たちが何かを探しに来るための場所だ。神保町に来たら何かを好きになれるのではなくて何かを強烈に好きな人たちがこの町にやってくるのだった。
なんで私って、何にも好きになれないのだろう。
ルルと仲良くなりたくて、私は何度も彼女の真似をした。好きでもないのに古い邦画を見て、難しい本を読んでみた。ラジオを一回だけ流して聞いた気になって、名前も知らない歌手のステッカーを適当に買って、デジカメで風景を撮った。そういう薄っぺらいパーツを集めることで、世界観がある人になれるかも、なんて期待したのだ。
だけど私は好きだから何かをするんじゃなくて、何者かになりたいから何かを頑張って好きになろうとする。そういうところがだめなのだ。だからダサいのだ。
自分の好きな物なんて、本当はちっともわからない。何色が好き? という簡単な問いにですらはっきり答えることができないだろう。
結局、私は自分についてじっくり向き合ったことなんて一度もないのだった。
ルルが自分の好みをきちんとわかっている理由は、あの子がシビアに自分自身を見つめているからだ。だけど私は行動したり、お金を払ったりしてまで、自分の些細な気持ちを大切にしようと思ったことがない。
何かを好きになる前に、私は自分自身のことを好きになれていないのかもしれなかった。
一週間後、私は電車に乗って吉祥寺に向かった。
駅から少し歩いた場所に、空き家を居抜きで作ったというイベントスペースがあった。普段はカフェをやっているらしいが今日はテーブルが片付けられ、華やかなブースが並んでいる。
並んでいる商品は、本物の血と骨を模したパンク系のキーホルダーや、子どもが描いたような不気味な猫の刺繍がされたポーチなど、ちょっと尖ったものが多い。新進気鋭のクリエイターたちが集う! という感じで、ハンドメイドと聞いて想像していたような素朴で牧歌的な雰囲気ではなかった。
「花ちゃん! 来てくれたんだ。嬉しい!」
端のスペースで、ルルはテーブル四つの上に自分のアクセサリーをずらりと並べていた。独特な作品が並ぶ中、四葉のクローバーや魚、羊、チューリップにひまわりといった自然のモチーフは親しみやすくてほっとした。たぶんお客さんたちも私と同じことを思っているのだろう、売れ行きはかなり良いみたいだ。
「花ちゃん、私ちょうど今、お昼休憩に行こうと思ってたところなの。近くに良いカフェがあるから一緒に行こう。ちょっと待っててね」
お客さんがはけたタイミングを見て、ルルは「休憩中」と書かれたボードをテーブルに置いた。行こう、と軽やかに立ち上がる。今日は古着っぽい白いワンピースにサンダル、髪はゆるく巻いてカチューシャをつけている。まるで妖精みたいだった。
五分ほど歩いたところにあるカフェは、天井が高くて明かりがよく入り、清潔で広々としていた。私がこの間訪れた喫茶店とは全く違っている。私たちはクリームソーダを頼んだ。緑と青のソーダがつるりとかわいらしい容器に入って運ばれてくる。一口すすると甘くぱちぱちと口の中で弾けた。
「ルル、売れ行きはどう? すごく人気みたいだけど」
「すごく盛況! 友達も来てくれるし、一日目だけどほぼ売り切れるかも」
「はあ~、やっぱりすごいなあ」
私はまたも落ち込んでしまって、言わないつもりだったのに神保町に行った話をしてしまった。ルルは「わかる!」と可笑しそうに笑った。
「古本屋って学者とかが行くとこでもあるから威圧感あるよねえ。でも難しい本が好きな人はそういう本を探せばいいし、本を全く読まない人は雰囲気を楽しんで帰ってくればいいんだよ。私も、この間行った時は漫画買ったよ」
「どんな漫画?」
「『乱と灰色の世界』っていうやつ。入江亜季さんの。知ってる?」
「知らな~い……私、『ちゃお』しか読んだことないんだもん」
やっぱりルルは色々知っててすごい、とため息をつく私にルルは困った顔で笑った。
「超有名な漫画ってわけじゃないから、知らないのは普通だよ。それに、めちゃめちゃ難解なテーマが含まれてるような漫画じゃなくて、普通のかわいい漫画。花ちゃんって私のこといつも買いかぶりすぎ」
「だってルルって特別なんだもん。誰とも違う。違うのにかわいいの」
「でもね、今日みたいな個性的な人たちといると私って全然だなあと思うよ」
ルルがちょっと寂しそうな目をしたので私は「ええ?」と声を上げてしまった。
「ウソだあ。ルルの商品、すごく素敵だったよ」
それに正直、今日のお店でルル以外の人はちょっとみんな怖かった。メイクもけばけばしいし、地雷ギャルみたいなお姉さんたちも多かった。インフルエンサー系だと思えばいいのかもしれないけど、ちょっと引いちゃう見た目だったのだ。
しかし、ルルは私が思ってもみなかったことを言った。
「私、やっぱり人の目を気にしちゃうの。メイクも服も持ち物も、思いっきり尖ることはできないんだよね。今日、あそこにいた人たちって、個性的だけど個性的すぎて周りの人が引いてしまうこともあるはずでしょ? でもあの人たちはそれをもう受け入れてるんだよ。誰にどう思われても自分ウケが一番! っていう強さを持ってるの。私はそういう風になれないの。個性を出したいと思っても、ぎりぎり浮かないだろうなってラインまでしか出せないの」
ええ~? と私は思わず声を上げそうになった。
それは、ルルはもっと個性的になれるっていうこと? 私が今まで見てきたルルは、30パーセントくらいの、力を制限したルルだったということ? これで?
「だから、あの人たちと一緒にいると何だか自分が、ぬるいぞって言われてるような気分になる。好きが足りない、他人の目を気にしてるなんて本気じゃないって」
はあ、とルルはため息をつく。
ルルがそんなことを思っているなんて驚いた。好きに優劣なんかない、花ちゃんには花ちゃんの好きなものがあるはずで、それを花ちゃんなりに大事にすればいいんだという言葉は、私が思っていた以上にルルにとって意味のある言葉だったのかもしれない。
「でも……無理して人がびっくりするような個性を出す必要ないと思うよ」
ソーダをすすり、私は言う。
「ルルの個性って、何かに負けたくないっていう抵抗のシンボルでもないし、これを好きなことでこう見られたいっていうものでもなくて、ただ本当に好きな物を追求してる感じなの。だから伸び伸びしてて幸せな感じがして、すごく素敵。だから……ルルは、自分が好きなものを追いかけて楽しめばいいんだと思う。好きの強さとか、考えすぎる必要ない。そのままのルルが私は好きだよ」
「うん。花ちゃん、ありがとう」
ルルは微笑み、私の真似をするみたいに一口ソーダを飲んだ。
「今日お店をやってみてすごく楽しかったけど、物を作るってことに関して、私は売るとか商売とかは向いてないかなって思っちゃった。自分ひとりで自分のために、好きな物を作るくらいが向いているのかも。でも、それでいいんだよね」
そう言って、バッグからごそごそと何かを取り出した。
「花ちゃん、今日は来てくれてありがとう。これあげるね」
ビニールでラッピングされているのは小さな花がついたイヤリングだった。薄いピンクと水色が混ざり合う半透明の小花が金色の鎖で繋がれている。うわ~かわいい! と思わず声をあげてしまった。
「ありがとう。めっちゃ大事にするね」
私が言うと、うん、とルルは嬉しそうに笑う。
何かを好きになることは自分を好きになることで、自分が本当にやりたいことに丁寧に耳を傾けることだ。私は自分に全然自信がないし好きな物もほとんどない。でも、ルルを選んだことだけは間違いじゃなかったと自信を持って言える。
彼女を囲むキラキラした宝物の一つに私もなれていたら嬉しいな、と思う。
イヤリングを耳に付けてみる。しゃらんとかわいい音がした。好きだな、と思う。こういう小さな好きを集めて、自分の好みに耳を傾けて、少しずつ自分の世界を作っていけたらいい。
そして私もいつか自分のことを心から好きになれたらいいと思う。
【おわり】