第四話 ちいさな苺泥棒

スーパーで買ったばかりの食材をキッチンカウンターに並べる。
地産地消コーナーに一パック百四十八円で売られていたフキノトウ。まだ開く前のつぼみは一つ一つが大ぶりで、鮮やかな薄緑色にはツヤがあり、採れたてなのか根元には少し土がついている。掘り出し物を見つけ、嬉々として購入した。フキノトウの天ぷらは、今年で三十になる末息子の好物だ。春になるたび、スーパーで新鮮なフキノトウを探してきた。その習慣がいつまでも抜けない。
末息子が家を出て、もうすぐ二年が経つのに。
天ぷらは彼の好物ではあるけれど、私はフキノトウの苦みがあまり得意じゃない。割安だと喜んだのに、無駄な買い物だと気づいて後悔がこみ上げる。一人だとどうしても、素麺やら納豆ご飯やら、簡単な食事で済ませてしまう。
かつての我が家は、それはそれは料理のしがいがあった。
夫は好き嫌いがなく、なんでもよく食べた。一番の好物は、鰈の煮付けだ。甘辛いショウガを刻んで添えると、大喜びした。産業機器の設計をしていて、生前は働き詰めだった。全国各地へ出張に行ってばかりで、たまに接待も受けていたらしいので、名産品や高級品を口にする機会も多かったはずだ。でも、『家で食べるごはんが一番おいしい』とよく言ってくれた。定年退職したらのんびり旅行でもして過ごそうと話していたのに、七年前、ちょうど還暦を迎える年に、心筋梗塞で急逝した。
長男はハンバーグやオムライスのような定番の洋食を好んだ。今は神奈川に建てた一軒家で妻と娘と三人で暮らしている。よく気の利く子だ。仕事が不規則で年末年始やお盆にも群馬の実家へあまり帰省しない代わりに、一人で暮らす私へ頻繁に連絡をくれる。中学二年生になる孫娘との仲も良好で、反抗期の兆候が見られないのは、なかなかすごい。
長女は、はちみつとレモンでホロホロに煮たスペアリブや、レーズンのたっぷり入った辛口のキーマカレーといった、情熱的な味つけの料理を好んだ。兵庫にある酒屋の長男に嫁いで、二人の息子と娘を産んだ。長男夫婦は、実家に帰ってくると気を遣ってこまごまと手伝いをしてくれるけど、長女はリビングのソファーにどてっと横たわり、根が生えたように動かない。彼女はいつも『お母さんは世話を焼きたがっているから、甘えさせてもらう』と宣う。……まったくもって、その通り。
末息子は食いしん坊で、きのこ類とこんにゃく、レバーにゴーヤを避ければ、作りすぎて失敗することなんてなかった(そのせいか、小学校高学年から彼はずっとぽっちゃりしている)。のんびりした子で、仕事は働いたりやめたりを繰り返していた。実家にいた期間が長く、家でご飯を食べる機会も一番多かった。でも、学生の頃から長期休みにはリゾートバイトで色んな観光地に滞在していて、二年前に『一番肌に馴染む場所に住む』と札幌に移住した。きっとまたすぐに帰ってくる、という予想は外れ、今のところその気配はない。
ようやっと全員独り立ちしたことを母として喜ぶべきなのだろう。でもやっぱり、家族全員が揃っていた頃の騒がしさをすっかり忘れ、物静かになった一軒家で一人暮らしをするのは、うら寂しいものがあった。
七歳下の末息子の自立をずっと支えていた頼れる長男。
『お母さんが寂しがるよ』となんでもお見通しの長女。
当事者なのに関係ない顔で『うまいうまい』とご飯を食べる末息子。
そして、口数は少ないけど、いつだって子供たちをやさしい目で見守っていた夫。
完璧だった我が家はすっかり変わった。夫はいなくなり、子供たちはそれぞれの場所で過ごしている。
フキノトウはたっぷりのお湯で茹で、水気をしっかりふき取ってから冷凍保存した。冷凍室は、子供たちが送ってくれた飲茶セットやらカニ足やらが場所を取り、すでにパンパンになっている。どれだけ日持ちしたとしても、たった一人ですべて消費しきるときなんて、きっと永遠にこない。
やさしい子たちだから、食べ物だけでなく、たくさんの写真も送ってくれる。長男と長女は孫たちの写真が主で、末息子はごくたまにお祭りや観光地の風景を送ってくれた。
元気に過ごしているのが伝わってくる便りに自然と顔が綻ぶけど、眺めているうちに『いつ帰ってくるの?』と聞きたくてたまらなくなってしまう。せっかく送ってもらった写真は、なるべく見ないようにしていた。
朝、目が覚めると、最初に電気ポットでお湯を沸かす。お茶にも珈琲にもスープにも使うから保温タイプが便利だ。問題は、一人では大して使わないのに、大勢で暮らしていた頃と同じ量を沸かし、夜まで保温したお湯を結局捨ててしまうことだ。カップ麺を食べたりする日はお湯をたくさん使うけど、お米やパンで食事を済ませた日には、ほとんど捨てる。時折、お湯を無駄にしないよう、我慢して食べたくもないカップ麺にお湯を注いでいる気分になる。
夫は、私一人が老後を生きていくのに、十分すぎるほどのものを遺してくれた。
まずは、庭付きの一軒家。三人の子供たちにそれぞれ部屋を与えてあげられて、小さな花壇や駐車スペースを十分確保できるほど敷地も広い。そして、徒歩十分のところに位置した二階建てのアパート。各階十部屋もあるけど、近くに大学があるし家賃を低めに設定したから、田舎のわりに入居率が高く、安定した収入をもたらしてくれる。管理会社に業務を委託しているので、契約やお金の確認、税務署関係の書類整理にだけ気を回せば生活に困る心配はなかった。
何不自由なくて、時間を持て余している。
『母親が無趣味の老後を過ごしていると思うと、なんだか悲しくなるわよ』
数年前、冗談で涙ぐむマネをした長女の言葉が、心に刺さってずっと忘れられずにいた。口調こそふざけていたが、彼女の心配は本物なんだろう。
独身の頃は、スキーや登山が好きだった。でも、結婚して長男が生まれて、仕事で家を空けてばかりの夫も頼りにできず、子供たちの面倒を見るのに手いっぱいで、自分の時間なんてまるでなかった。ウン十年のブランクがあるのに、六十七歳になった今、一人でアウトドアに挑戦する度胸なんてない。
保護者同士の交流もそれなりにあったけど、子供が成人してからは疎遠になっている。元来の私は人見知りが激しいので、地域のコミュニティサークルや習い事教室に参加するのも抵抗がある。絵画でも楽器でも手芸でもスポーツでも、やってみたらきっと楽しい。だけど、誰とも馴染めなかったら、さぞかし惨めな気分になるだろう。弾まない会話で居心地悪くなる想像がやけに生々しくて、だったら最初から居場所なんて探さずに一人でいたほうが気楽だった。
長く悩んだ結果、自宅の庭を華やかにするのを目標に決めた。
玉砂利が敷き詰められた庭は、駐車スペースにしているせいで雑草も生えないけど、通り沿いに広がった生垣のすぐ脇で、一畳半ほどの横に長い花壇を持て余していた。子供たちが小学校に通っていた頃は、学校で貰ってきたパンジーの苗を植えたりもしたが、区画された豊かな土は、ずいぶん長いこと雑草の育つ特等席になっていた。
根っこまで丁寧に雑草を抜き、土に肥料をまいて耕す。そして、去年の十月頃に苺の苗を植えた。子供たちの帰省だけを待ち遠しく思い、ただ季節が過ぎるのを祈る日々ではいけない。なにか、身近な楽しみが必要だった。育った苺の実をどうやって消費するかは、意図して考えないようにしていた。
四月に、小さくてかわいい白色の花が咲いた。あまり気温が上がらなかったせいかミツバチや蝶々をあまり見かけず、花粉を運んでくれる気配がなかった。仕方ないので、先のやわらかい毛筆に雄しべの花粉をつけ、雌花の柱頭にやさしく撫でつけてみた。不慣れのわりにうまくできていたらしい。苺は小さな黄緑色の実をつけた。
実は少しずつ膨らんでいった。ほんのりと白みを帯び、やがて真っ赤に染まった。日光を浴びると細い産毛が金色に輝き、花壇のさらさらした土を纏う。
熟した苺は、土がやせていたのか、小ぶりで形の悪いものばかりだった。味も酸味が強く、香りはうすい。そもそも上手に育ったとしても、一人では食べきれないのだ。苺は、末息子や孫たちの好物だ。売り物みたいに綺麗な実が育ったら、クール便で送ってあげるつもりだった。出来損ないばかりの苺は、収穫するのをやめた。馬鹿らしくなってしまった。
家庭菜園は新しい趣味でもなんでもない。あの手この手を尽くして、子供たちの気を引こうとしているだけなんだ。
放置していた苺は熟しすぎて紅色に染まっていた。
いずれ腐っていやな臭いを発する。気が滅入っていたけど、ふと、ヘタが花壇に落っこちているのに気づいた。よく見れば、横に広がった葉っぱの隙間から、いくつかのヘタが無造作に散らばっている。熟した赤い実は心なしか数を減らしている。ここは市街に近い住宅街だし、花壇自体が荒らされているわけではないので獣の仕業とは思えない。小鳥が啄んだとしても、つつかれて傷んだ実が残っているはずだ。器用に実をちぎって、ヘタだけを捨てていくことはないだろう。
どのみち今のままでは腐るのだから困りはしないけれど、生活の中でなんとなく、苺泥棒の正体を探るべく庭の花壇を気にする時間が増えた。朝起きるとすぐに花壇の見える窓のカーテンを開き、ふとした拍子に視線を向けた。
ある日の夕方、小学校低学年ぐらいの男の子が、ふらふらと庭に入り込んでいくのが見えた。学校帰りらしく、黄色いつば広帽子を被って、覆い被さられているみたいにブラウンのランドセルを背負っている。うちの生垣は数年前から少しずつ枯れ始めていたので、食べ頃をすぎていく苺が外にも丸見えだったのだろう。
周りを警戒する様子もなく、苺の実を一粒ちぎって、指でヘタを摑んで齧り、手に残ったそれを足元に捨てる。苺泥棒の正体は、あのちいさな男の子で間違いない。もちろん怒るつもりはないけど、けっしておいしくはない果実を盗み食いするのは、奇妙に思えた。
野良猫に近づくような気持ちで、なるべく音を立てずに裏口から庭に出る。私の人見知りは、子供が相手なら大丈夫だった。花壇の中に入るのは気が引けるのか、短い手をがんばって伸ばして、まだ手をつけていない場所の苺を摘んでいる。
「おなか空いてるの?」
声をかけると、前かがみになっていた男の子はびくっと背筋を伸ばす。振り返った彼と目が合う。さらさらした栗色の髪、黒目がちなタレ目は情けなく私を見つめる。口元と、キャラクターもののTシャツの襟が果汁で赤く汚れている。あどけない姿に、笑ってしまいそうになる。
男の子は叱られると思ったのか、数秒の沈黙ののちに、ぽろぽろと涙を流した。滴の一粒一粒がぷっくりと大きかった。きっと彼は今、世界の終わりが訪れたような気分なんだろう。
背が低い私を一生懸命見上げる彼に、どんな言葉をかければいいか悩んだ。
「私だけだと苺を食べきれなくて困っていたから、むしろありがとう」
怒られていないと理解できたのか、男の子はぐしゃっと顔をしかめ、泣くのをやめた。丸みを帯びた頬には、涙の轍がくっきりと残っている。
「名前、なんて言うの?」
「……こーき」
口を大きく開いて彼は言う。想像していたよりも、高く澄んだ声をしている。
「苺、上手にできなかったの。あんまりおいしくなかったでしょう」
熟しきっているはずなのに、小ぶりで水分が少なく、細長い形をした苺。味は酸味が強く、キュウリのような青臭さと固さが舌先に残る。
「代わりになにかおやつを作るけど、食べる?」
声に出した途端、自分の発言に戸惑ってしまう。
――人様の家の子に勝手になにかを食べさせていいのだろうか。
「……うん」
小さく頷く顔はうれしそうに緩んでいて、それを見た瞬間に、迷いは消え去ってしまう。
「じゃあ、うちにおいで」
手招きをすると彼はおとなしくやってくる。
ランドセルの側面には『吉岡琥沖』と几帳面な字で書かれていた。
家の中に迎え入れたものの、子供に振る舞えるお菓子なんて普段は買わない。アレルギーの有無や避けるべき食材もわからない。でも、花壇の苺を食べてしまうほどお腹を空かせているのも不憫で、せめて今日だけでもどうにかしてあげたかった。
「食べると具合が悪くなるものはある?」
コオキくんに尋ねてみると、「セロリ、あとー、ナス」と返す。
「かゆくなったり、痛くなったり、ぷつぷつができたり、赤くなったりする?」
「しない。けど、にがい」
いーっと顔をしかめてコオキくんは言う。ただ嫌いな食べ物を答えているだけだからつい笑ってしまう。アレルギーの認識がないなら、これまで問題なく食事ができているのだろう。念のため、使う食材を一つずつコオキくんに確認すれば大丈夫なはずだ。
なにをあげようか悩んだところで、ずいぶん前に末息子から貰い、冷凍庫に埋もれさせていた北海道のジェラートを思い出した。
食パンがあったので砂糖と卵液と牛乳を混ぜた液に浸して、バターで焼いて即席のフレンチトーストを作った。ジェラートを添えて一緒に食べると、泣き止んだばかりの赤ら顔が、濃厚なミルクの甘さに綻ぶ。
コオキくんは小学三年生で、ご両親が共働きのため鍵っ子だそうだ。学校帰りにふらふら寄り道するのは、家でひとり待つのが寂しいからかもしれない。
――この子にしてあげられることが、きっと私にはあるはずだ。
そんな風に考えてしまうけど、見ず知らずの人間に子供を預けたいと思う親なんていない。
迷ったあげく、引き出しケースより数年ぶりに白い便箋と封筒を取り出す。挨拶文から始め、経緯については、コオキくんが勝手に花壇の苺を食べたのではなく、収穫していたら彼に声をかけられたことにした。あんまり正直に書いたら、たぶん彼は家で叱られてしまう。お腹が空いていたようだったので、勝手に食事を与えてしまった。でも、もしもコオキくんが望むなら、またぜひ遊びに来させてください。アレルギーを尋ね、私の連絡先を記入するのも忘れなかった。
便箋を封筒に仕舞い、コオキくんに預ける。
「これをお母さんとお父さんに渡してね。もしも二人がいいって言ったら、また遊びにおいで。今度は苺を使ったお菓子を作っておくから」
「うん!」
受け取った手紙を、コオキくんはランドセルの背中側に滑りこませる。
急須で入れたお茶をゆっくり飲み、家に帰るコオキくんを見送る。
玄関先で手を振ると、コオキくんはぶんぶんと腕を振って応えてくれる。そして、枯れ気味の生垣の隙間から、ひょっこりと顔を覗かせて、きししと歯を見せて笑う。孫に懐かれているみたいで、こちらまで頬が緩んでしまう。
コオキくんの好きなものを、もっと聞いておけばよかった。幸いなことに、我が家にはたくさんの食材がある。冷凍のマンゴーを小分けにして保存していた。ふるさと納税でもらったハチミツは未開封のままだ。子供たちが小さい頃はよく焼き菓子を作った。夫と長女はマーマレードのパウンドケーキが好きで、末息子にはベイクドチーズケーキを作ってとよくねだられた。長男は小中高とサッカー部でお弁当を作る機会が多く、秋にデザートで用意したスイートポテトを『同級生に羨ましがられた』と喜んでくれた。久しぶりにお菓子を作る材料を揃えてみようか。
広いキッチンを隅々まで活用していた頃の記憶が鮮明に蘇る。
なんだか急激に脳が若返った感じがした。
苺のお菓子を作るため、深めの鍋でジャムを煮た。たっぷりの砂糖と、発色と香りをよくするレモン果汁、そして自然な甘さと風味を補うハチミツ。煮詰めていくうちにたくさん出てくるアクを丁寧にすくう。煮汁が綺麗な赤透明色に染まり、甘い香りが漂う。粒が残ったものと、さらさらしたペースト状のものと二種類に分け、ビンに詰める。鍋に残ったジャムをスプーンですくって味見してみると、苺の不出来さが帳消しになるほど、風味豊かな味わいが舌先に残る。
コオキくんが再度我が家を訪れたとき、心が弾むのがわかった。いくら手紙を書いたとはいえ、あの手紙自体をご両親に気味悪がられても不思議ではない。それでも、コオキくんがまた来てくれたということは、認めてくれたのだ。
部屋に入ったコオキくんは、辺りに残った苺の香りに破顔する。アレルギーについて質問していたけれど、返事らしきものはないから、特に食べられないものはないのだろう。念のため彼が口にしたことのない材料は使わないようにしよう。
スコーンを焼いて二種のジャムと常温に戻してやわらかくなったバターを添えた。数年ぶりに戸棚の奥から発掘したバターナイフはコオキくんには不便そうだったけど、どうにか駆使して苺のジャムをたっぷりつけていた。そして、大きな口でスコーンに齧りつく。焼き上がりが固くないかしらと心配が浮かんだのも束の間、ぷっくりした頬が幸福そうにふわりと膨らんで、私はつられて微笑んでしまう。
コオキくんが来るたびに、色んなお菓子を用意した。苺のレアチーズケーキタルトやシンプルなジャムパンに、ミルクゼリー。コオキくんはすべて平らげてくれた。好きな食べものは、苺とカレーとオムライス、牛乳に甘いお菓子らしい。それを聞いた瞬間、牛乳を使ったスイーツや、カレー味の軽食のレシピが次々と頭に浮かぶ。
久しぶりに誰かの面倒を見て、必要されていると実感する。
家事や育児に追われていた日々は大変だったけど、喜んで食べてくれる人がいるのは、この上なく幸福なことだった。
食材だけでなく、しばらく触れずにいた戸棚の奥や納戸から、ケーキ型やホームベーカリーを引っ張り出してくるうちに、塞ぎこんでいた家中の空気が循環し、生きた部屋で過ごしている感覚になった。
昔、子供たちに作ってあげたドーナッツやピザだけでなく、新しくなにかに挑戦してみてもいい。今まで何とはなしに見ていた料理番組も、細かいレシピをメモするようになった。
でも、コオキくんは突然ぱったり来なくなった。
二週間ほど平日は欠かさずにうちに寄っていたので最初は少し驚き、なにか用事があったんだろうと自分を納得させた。二日目になると風邪でも引いたのかと心配になり、三日目にはどんどん悪い想像が膨らんで、コオキくんが事故に遭って動けなくなっている姿を浮かべてみては、胸が痛んでなにも手につかなくなった。
四日目になって、若い女性がうちにやってきた。肩まで伸びた茶髪はつやがあって、前髪を薄く下ろしている。長い睫毛とぷっくりした涙袋、大学生ほどに見えるが、貸し出しているアパートの居住者ではない。呼び鈴の音で玄関先に出てきた私を、足元から頭頂部までひと通り見ている。どこか緊張した表情の彼女に気圧され、つっかけではなく靴を履けばよかったと妙な後悔をする。
「突然すみません。うちの子がこちらでお世話になっていたみたいで」
その女性は、固い表情で言う。すぐにコオキくんの母親なんだと理解できたが、とても小学三年生の母親には見えず、驚きで言葉が出てこない。
「勝手にお邪魔して申し訳ありませんでした。叱っておいたので、もうご迷惑をおかけすることはありません。こちらもしよかったら召し上がってください」
淡々とした口調。突き出された紙袋を反射的に受け取る。冷ややかな態度にたじろいでしまう。コオキくんがうちへ遊びに来るのを了承してくれたのではなかったんだろうか。
ふと、ブラウンのランドセルへ無造作に入れられた手紙が蘇る。
――コオキくんは、手紙を渡していないのかもしれない。
「迷惑じゃないですよ、全然」
咄嗟に出た声は、わざとらしいほど明るくなる。自分が善良だと彼女に証明しなければいけない気がした。強張ってしまいそうになる頬を、無理やりに微笑ませる。
しばらく沈黙したのち、彼女は少し視線を伏せて口を開く。
「……夕飯をあまり食べなくなったんですよ。正直、困っています」
はっきりと言われて、ようやく自覚する。
――迷惑をかけているのは、私の方なのだ。
勘違いした自分の発言に恥ずかしくなり、消えてしまいたくなる。
話を聞けば、コオキくんは手紙をランドセルに入れたまま渡し忘れていたそうだ。大量のプリントをお母さんが回収したところ、中に紛れた手紙の存在に気づいたらしい。内容を確認した上で、彼女はもう息子を来させないと言いに来たのだ。
その対応は、きっと真っ当なんだろう。一人で浮かれてしまっていたが、私だって自分の子供や孫が見ず知らずの人間に食事を与えられていたら嫌だ。
「それでは失礼します」
言葉遣いこそ丁寧だったけど、彼女は徹底して不信感もあらわな顔をしていた。息子に接触する見知らぬ老人を、気味悪がっていた。菓子折りは、これまでの食事分を清算して、今後は関わるなという意味に他ならない。
コオキくんは、もううちへ来ない。
悪戯っぽく笑う顔も、甘いお菓子で持ち上がる頬も、二度と見られないのだ。
与えることさえ拒絶され、自分が寂しい存在なのだと思い知らされる。
紙袋の中身は饅頭だった。
包装紙の裏面に書かれた賞味期限は、驚くほど短かった。
一年に一度、アパートの消防点検で専門業者を呼んでいた。廊下や階段などの共用部だけでなく、各部屋の火災報知器も対象となっている。管理会社から事前に貼り紙とチラシで告知をしているので、大家がやることは特になかった。しかし、アパート内は女の子の一人暮らしも多い。きちんとした業者とはいえ知らない人物が急に部屋を訪れたら警戒する子もいるだろうし、なるべく玄関まで立ち会うようにしていた。
留守で点検できない部屋もあったが、スムーズに作業は進んでいった。普段からアパートに出入りしているわけではないので、入居者と顔を合わせるのは前回の消防点検ぶりになる。209号室に住む男性も例外ではない。一年前はかなり不機嫌で、厄介者扱いされた業者さんが点検後に腹を立てていたほどだった。そのときの記憶がよぎったせいで呼び鈴を鳴らすのに勇気が要ったけど、今日は柔和な態度で愛想よく接してくれて、拍子抜けした。
コオキくんのお母さんに拒絶されてから、冷たくされることへの恐怖心が強くなっていた。209号室の男性の穏やかさは緊張の反動もあってか、やたらとうれしかった。
最後の部屋である210号室の呼び鈴を鳴らす。鍵穴の上に赤いマスキングテープの手作り表札が貼られている。田中さん。たしか、おとなしい雰囲気の女子大生だった。
ゆっくり開いた玄関扉から、赤いフチの眼鏡をかけた女の子が顔を出す。色白で、うすい印象の顔立ちをしている。田中さんはおどおどした様子で、私と業者さんを交互に見ている。
「こんにちは。大家の酒井です。チラシで連絡していた通り、消防点検に協力いただきたくて、お部屋に入らせてもらってもいいですか」
なんとなく『お母さんは家にいますか』と小さな子に語りかけるような口調になってしまう。田中さんが「はい」と小さな声で答えたので、あとは業者さんに任せ、私は210号室の部屋の前で待つことにした。
業者さんが部屋に入って数秒も経たずに、田中さんが外に出てくる。気まずそうにこちらを一瞥し、玄関前でぼうっと点検が終わるのを待っていた。
「五分ぐらいで終わるので、部屋で待っていても大丈夫ですよ」
そう声をかけると、田中さんは困った顔をする。
「知らない人が部屋にいると、落ち着かない?」
今度は数秒固まり、続いてこくりと頷いてみせた。
彼女の仕草はあまりにもあどけなくて、こちらに伝染するほど緊張していた。一緒に点検の終わりを待つ以上、どうにかして緊張を和らげてあげなければいけない気がした。
「大学二年生だっけ?」
しばらく沈黙して「さんねんです」と田中さんが言う。二十歳を過ぎている事実に衝撃を受け、コオキくんの母親もかなり若く感じたことを思い出す。実際の年齢を聞いて驚いてしまうのは、老いていく自分が彼らとかけ離れているからだろうか。
――いや、やめよう。
なんだか最近、必要以上に落ち込む癖がついている。田中さんは素朴っぽいが、化粧が上手な子が多いので、なかなか見た目で判断しきれないだけだ。
208号室に住んでいた子は、彼女とは反対に大人っぽい雰囲気をしていた。二、三年ほど前、はじめて会ったときに『春から大学生です』と自己紹介されてびっくりした記憶がある。
感じがよくて綺麗な子だったけど、去年の夏にアパートを出て行った。よっぽど急な事情があったのか、退去の立ち会いは欠席していて、最後に顔を合わせることはなかった。
もっといい部屋に引っ越すとか、仲のいい人とルームシェアを始めたとか、そういう前向きな理由であってほしい。なにかトラブルに巻き込まれたり、やむを得ず大学を辞めなければいけなくなったりと、彼女が困っていなければいい。
「田中さんは、208号室に住んでいた子を知ってる?」
その流れで思い出したが、たしか二人は同じ大学に通っていた。
「谷さんって言うんだけど」
尋ねてみると、田中さんはびくりと反応して目を大きく開いている。
「去年の夏に急にアパートを出ていっちゃったから、どうしたんだろうって心配していたの。同じ大学で、年も近いし、なにか知っていないかなって」
赤いフチの眼鏡越しに、彼女は真っすぐに私を見ている。
「田中さんは、谷さんと友達だった?」
質問を投げかけた途端、彼女はゆっくりと瞬きをした。そして、ぽろぽろと大粒の涙を、音もなく流す。
ガチャリと鳴った音の方を振り返ると、作業を終えた業者さんが外に出てくる。涙で顔を濡らしている田中さんにぎょっとした顔をし、ちらりとこちらを一瞥する。
田中さんは小さく会釈をして、そそくさと部屋に帰っていった。
業者さんは共用部の点検を始めたけど、私はその場を動けなかった。
どんな事情かわからないが、きっと彼女の大事にしているものに、安易に触れてしまったのだ。
けっして悪気はなかった。むしろ、やさしく言葉をかけたつもりだった。でも、田中さんのあどけなく涙を流す姿が、ちいさな苺泥棒と重なる。喜ばせてあげたかっただけなのに、結果的に相手を困らせてばかりいる。
――同じ失敗の繰り返しだ。
結局のところ私は、なにかを与えることで、誰かに認められたいだけなのだ。
本当は自分のためなのに、気を利かせているフリをして、なりそこないの親切を迷惑にも人様に寄越していた。不出来な苺がふと思い浮かぶ。たくさんの砂糖で誤魔化して甘いジャムを作った。瓶詰にしたジャムは大量に余り、冷蔵庫の中で表面をカビさせていた。
作ったものを喜んで食べてくれる人がいるのは、私にとって何より幸福だった。
でも、手元にないものを欲してもしようがない。
筋張った手の甲。老いていくのは嫌なのに、いつからか時間が早く過ぎることを祈るようになっていた。孤独な日々が流れ去り、誰かが家に来てくれるのをひたすら待った。でも、待ち遠しく思えば思うほど、あざ笑うかのように時間の流れはゆるやかになる。暇が浮き彫りにした寂しさに、なるべく向き合わず逃げていた。
――それがよくなかったんだろう。
点検を終えた業者さんを見送り、家へ帰った私は納戸に向かう。棚の一番下で埃を被ったダンボール箱、ずっしりと重たいそれを引きずり出して、中身を広げる。
中にはたくさんのアルバムが入っていた。ほとんどは生前に夫が撮った写真だ。新婚の頃のもの、子供たちが生まれてからのもの、ずいぶん昔に流行った水着、カッコつけてかけた似合わないサングラス、家を建てたとき、子供たちの運動会、泥だらけになった顔、必死にかかげる顔より大きなサツマイモ。数えきれないほどたくさんの写真。中でも夫が出張先で撮ったものが多い。とは言っても、仕事で行っているのだから観光する暇なんてなく、空港や駅や食事の写真ばかりだ。それでも多少は観光できた所には、いつか一緒に行こうと話していた。遺品整理で残したけど、悲しくなるからずっと見ずにいた写真たち。遺影以外の夫に、久しぶりに会った。別のダンボール箱に入ったアルバムには、孫たちも映っている。長女は一人目を里帰り出産していたので、ずいぶん細かい成長記録が残っている。盆や正月に家族が集まれば、とにかく賑やかになった。
懐かしい写真たちに笑い、気づけば涙を流していた。
これだけたくさんの幸福が過ぎ去った家に、私は今、一人で住んでいる。
何時間もかけてすべての写真を振り返った。弾けるほど笑う若い頃の自分を見るたび、胸が張り裂けそうになる。でも、漠然と寂しく生き続けるより、健全な痛みだった。
アルバムは納戸に仕舞わず、埃を拭ってリビングに運んだ。スペースが決められなくて、ひとまず電話台の脇に積んでおく。夫の出張先での写真をまとめたアルバムは、手に取りやすいように一番上に置いた。長いあいだ仕舞ったまま放置していたので、これからはこまめに振り返ってあげなければいけない。
真夏にも拘わらず早朝の八戸は肌寒いほどで、長袖を着てきて正解だった。
ホテルに近いバス停で、朝市までの循環バスに乗車する。まだ六時を回ったばかりなのに、かなり混雑していた。さすが日本最大級の朝市なだけあって、多くの人が来場するみたいだ。
アルバムを発掘してから、一人旅をするようになった。草津、宇都宮、金沢、郡山、浜松。出張先で夫が見た景色。いつか一緒に行こうと約束していた、夫が私に見せたかった景色。時々家族旅行もしたが、ずいぶん前のことだし、たった一人での旅なんて行った試しがない。初めて草津を訪れたときは、どきどきしながら電車に乗り、乗り換えの路線を何度も確かめた。県内なのにはるか遠くに来てしまった気がして、旅館の部屋の広さに心細くなり、家に帰りたくて仕方がなかった。
でも、旅に出てようやくわかった。
一人きりが寂しかった我が家は、世界中のどこよりも心安らぐ場所だったのだ。
結局すべての不安は杞憂に終わり、旅というのは案外簡単なんだと知った。
元気なうちに、なるたけ色んなところに行こうと決めた。少しずつ遠くまで。むずかしいことなんてなにもない。冷蔵庫の食材と一緒に腐っていくだけの余生だと思っていたけど、孤独な代わりに何にも縛られない私は、本当は誰よりも自由なのだ。
だんだん旅慣れてきて、八戸旅行ではじめて、飛行機の席を予約した。
朝市の会場に着くと、遠目にも人だかりができているのがわかった。港の駐車場には大量の車が停まっている。ずらりと並んだ屋台には、新鮮な野菜や果物、獲ってきたばかりの魚介。一房百円のナイアガラは、家の近くでは絶対に買えないだろうと驚いた。目の前で焼いてくれるイカやホタテの匂いが漂っている。活気のある笑い声が響く空間に、歩いているだけで心が躍る。
夫が仕事で来たときは、あまりにも忙しすぎて観光はおろか、食事もコンビニで済ませたらしい。『食べたいものがたくさんあったのに』と悔しがっていたから、じっくり朝市を回っている私が、さぞかし羨ましいはずだ。
せんべい汁で一息つく。磯の香りに、すこし強い海風。よく晴れていて心地好かった。
市場の様子や屋台で買った料理を写真に撮り、家族に送る。
旅先で撮った写真を見せるたびに、子供たちは『お母さん旅行好きだったんだ』と驚いていた。無理もない。自分でも想像がつかなかった趣味だ。
お土産として長男の家宛にウニの瓶詰を購入して郵送の依頼をする。旅行先での感動を家族のみんなにも分けたくなってしまうけど、事前にリクエストがあったものだけを送るようにしていた。過剰に与えるのではなく、求められたものに応じるのが一番いいはずだ。
ぶらぶらと露店を巡っていると、真っ赤な苺が売られている。夏から秋にかけて収穫できる品種らしい。つやつやした大粒の果実たちに、あの親子の姿が蘇る。
七月の終わり頃、コオキくんと彼のお母さんがもう一度我が家にやってきた。申し訳なさそうに俯くお母さんと、あどけなく口を開いて私を見上げるコオキくん。姿を見るのは春以来だった。うっすらと日焼けをしている。身長も二、三センチ大きくなっただろうか。
状況が呑み込めずいると、コオキくんのお母さんがゆっくりと口を開いた。
『酒井さんのことを知らずに、失礼な態度を取ってしまいました』
我が家を訪れなくなってから、コオキくんは少し元気をなくしていたそうだ。しばらくして、近所に暮らす義母に相談したところ、その人物は私を知っていたらしい。話を聞けば、コオキくんの父親はうちの長女の同級生に当たり、義母はかつてのママ友だった。信用できる人物だとお墨付きを出してくれたことで、コオキくんのお母さんは今日ここにやってきてくれた。数年関わりが途絶えていた知人の顔が、鮮明に蘇る。よく笑う人だった。久しぶりに会って話したいという気持ちが、一方的でなければいいと思う。
頭を下げるお母さんに肩を叩かれながらも、コオキくんは、きししと照れくさそうに笑う。つられて私まで頬が緩んでしまう。
『苺のジャムがとても気に入ったらしくて、食べたいってずっと言っていたんです。こんなお願いをできる立場ではないんですが、また食べさせてあげてくれませんか?』
『……もちろん、大歓迎です』
――私のしていたことは、すべてが迷惑ではなかったんだ。
そう思えるだけで、心がすっと軽くなる。
『もしよかったら、レシピも教えますよ』
元々特別なものなんて作っていない。コオキくんが来てくれるのはうれしいけど、うちへ来ないと食べられないものにする必要もない。
コオキくんのお母さんは、『助かります』と息を吐くように小さく笑う。彼女のほぐれた表情を、初めて見られた。
露店に並ぶ売り物の苺には遠く及ばなくても、夏が終わったら、今年もまた苗を植えよう。前回より、わずかでも上手に育てられたらいい。もしもコオキくんたちの気が変わって、もう我が家に来なくなったとしても、きっと落ち込む必要はない。お土産と一緒で、求められたときにだけ応えられればいい。
たくさんの楽しみを、気長に待ちながら、たまに旅に出る生活は豊かだ。
孤独が平気なわけではないけど、寂しくなるのは、大切な人や場所や思い出があるからなんだろう。大事な記憶を丁寧に愛でることができるのなら、案外悪い感情じゃない。
前向きでいられる今のうちに、寂しさを思う存分味わっておこう。
【おわり】