第3回
文字を追う視線が、じれったい気持ちに応えるように次の段落を捉えた。
ああ! なぜ、紗恵(さえ)は、成実(なるみ)の想いを決めつけてしまうのか……! なぜ成実は、紗恵の気持ちに気がつかないのか……!
紗恵の異母兄(あに)であり、成実にとっての親友である高良(たから)の死をきっかけに、夫婦になった二人。
恋愛小説において、想い合う気持ちのすれ違いが描かれたのちに夫婦になることは王道である。しかし、この物語は二人が夫婦になったあとの、想いのすれ違いを描いている。 夫婦なのに! 本当はお互いにこんなに大切に想っているのに! ちりばめられた優しいキュンと、それがお互いに上手く届かないもどかしさのなかで、読者は手足をジタバタさせるしかない。
それは、かなり良い。とても、幸せな読書体験である。あぁ、感謝。
まず、設定に目を向けよう。
成実が当主を務める「百生(ももせ)」の家は、代々神の力を受け継ぎ《悪しきもの》から、力のないものを守っている。一方、父の不義によって生まれた娘である紗恵は、生家で虐(しいた)げられて育ってきた。成実と紗恵は、直接顔を合わせることはなくとも、高良を通して始めた文通で、それぞれが心の中で想いあっていたものの、高良の死という悲しみの渦にのみ込まれるように夫婦となる。
一族の力を大切にしている百生家に、突然嫁いだ、か弱い娘。さらに、恐ろしい《悪しきもの》、そこに対抗する神の力(それを受け継ぐ一族の哀しい葛藤)、高良の死の謎など、物語に広がりを与えるスパイスがキリリと光る。
いつかの時代の、和風シンデレラストーリー。それでいて、ファンタジー&ミステリー要素もある。
一冊で全ての感情を味わうような贅沢さ。あぁ、感謝。
全てを読み終えた私は、これからの二人の在り方を想像してみる。それだけで、梅の花がふんわり咲いた時のような、幸せな温もりが胸に広がる。