第1回
冒険から帰ってきた。
大陸の最果て、青い海の向こうの終(はて)島(じま)には、竜の生き残りのクロと青銅人形のアオが暮らしており、世界で一番と言われる大魔法使い・シロガネの帰りを待っている。
私は、先ほどまで、透明人間となり、彼ら二人とそこに偶然流れ着いた記憶喪失の少年・ヒマワリの暮らしや冒険を密やかに見つめていたのだ。
心奪われる本と出会った時、透明人間の感覚はよりクリアになる。物語の全てを俯瞰できる、透明人間の視点。全てを見聞きできる読者は、スパイの取り引きも、秘密の恋も、殺人現場で起きたことも、登場人物の心のうちも知ることができる。豊かな表現力によって物語に引き込まれ、自分がどこにいるのかわからなくなればなるほどよい(ヒマワリが魔法画の中に入って、ともにダンスを踊るように)。それを味わうことが、本を読むことにおいて一番の幸福であり、本の虫たちが貪(むさぼ)るように言葉たちを渇望してしまう要因なのだと思う。
『魔法使いのお留守番』の魅力に、見事に引き込まれた私は透明人間になり、終島で彼らとともに暮らしていた。
一見クールに振る舞いながら温かな心を持つクロ、青銅人形なのに誰よりも人間らしくきめ細かなアオ、どこまでも無邪気な心と誰も予想のつかない秘めた力を持つヒマワリ。性格も、種族も違う(だって、竜と人形と人間なのだ!)彼らのでこぼこでまっすぐな日々は、どこまでも愛(いと)おしい。それぞれの性格がよく表れた会話劇には、遊び心満載で、こちらの心も耳も(本来なら「目も」と書くところだが、私は全身で体感するようにこの物語を読んだので、このように書きたい)離さない。
また、この物語を貫き、ちりばめられているファンタジー力もたまらない。
魔法、呪い、未来人、不老不死。こんな言葉が、作品のリアリティを保ちながら並んでいて、誰が平常心でいられようか。普段は人型のクロが竜に変身したり、瞬間移動できる井戸があったり、人間なら誰しもが持つ少年の心がドキドキしっぱなしである。
キャラクターも設定も、キラキラとしていて美しい。
しかし、その中には、秘密や疑問などが闇となり隠されている。
帰ってこないシロガネと突然現れたヒマワリの関係は?
ヒマワリが持つ力の理由は?
絶対に覗いてはいけない拷問部屋はなぜ存在している?
シロガネの本当の目的は?
美しさと闇のコントラストが眩(まぶ)しく、もっともっとと渇望してしまう。
冒険から帰ってきた。
でも、このまま再び透明人間に戻り、次の冒険に出る。
上巻だけでは辿り着けない真実が、すでに私を引き込もうとしている。
- 魔法使いのお留守番(上)
- 発売中・集英社オレンジ文庫
定価836円(税込)