第2話 アオハル・マジカル(中編)

次の木曜は『ミシンとボビン』の定休日だったので、昔友達がいなかった女はこれ幸いとばかりに谷中のアパートに引きこもった。
色々とたまっていた家事を片付け、個人で続けているオリジナルブランドの新作作りや、ネット通販の発送業務にいそしむ傍ら、ついでに武流が指定したアニメもサブスクで視聴してみた。
(どんなもんだろうね)
冬はこたつにもなるコタツテーブルにノートパソコンを置き、最初はコス衣装の参考になる部分だけ抽出してメモを取るつもりだった──が、ヒロインの妹が闇堕ちして敵対しはじめたあたりから、がぜん面白くなってしまった。
(ちょっと待って、予想外なんだけど。この後どうなるの?)
気づけば昼食を摂るのも忘れ、シーズン1から流れるようにシーズン2へ、そしてレンタルの劇場版まで手を出してしまった。
最後は感動で半泣きになりながら、ティッシュ片手に拍手をした。
「……名作!」
あんた最高だ。
キャラよしストーリーよし音楽よし美術よし。この気持ちは、冷める前に昇華してやる必要があった。
さっそくノートを広げ、武流がコスプレする予定の『ナナキ』のデザインをまとめていく。アニメに忠実な設定画と、それを作りやすいパターンに落とし込んだ時の展開図を描いてみた。
「よし、こんなもんか」
おおよそのめどがついたので、今後はコタツテーブルにカッターマットとハトロン紙を広げて、実際の型紙に起こしていった。
できるだけ脇のものを避けて作業しやすくしたつもりだが、定規片手に姿勢を変えるだけで何かに当たる。
(──あっ、まただ)
紙の四隅を押さえていた錘がずれる。テーブルから床に場所を変えても、やはりやりにくい。
「家だと作るのは、小物ばっかりだからなー」
これ以上は、店の広いテーブルで作業した方がよさそうだと思った。
ただでさえ狭い六畳の1DK、そこに出しっぱなしのミシン二台と衣装ケースいっぱいの布と副資材、さらに販売用の在庫が積まれてますます狭いことになっている。
紬は起こしかけの型紙を畳むと、日暮里の『ミシンとボビン』に移動することにした。
ぶっちゃけ都心の住宅事情は、縫い物に向いていないと思う。ミシンを置いたまま布や型紙を思う存分広げられるテーブルがあるというだけで、『ミシンとボビン』の存在価値はあるとさえ思うのだ。
その店に向かう途中、必要な布などの材料も買ってしまうことにした。
(どうしたもんかな。コーコーセーの衣装だし、あんまり予算はかけられないよね)
繊維街にある大きな手芸用品店に行き、まずはざっくりとセール品の棚をチェック。そこから地下の生地売り場へ移動した。
頑丈さ重視の無骨な棚いっぱいに、反物として巻かれた生地が置いてある。ここから必要な長さを計り売りしてもらうのだ。
発色が綺麗で皺になりにくいというところから、ポリエステルツイルで『ナナキ』の衣装に近い色味を物色していたら、すぐ後ろで声がした。
「いっぱいあって迷うなあ。『アカリ』のカラーはピンクだよね。こっちのピンクが近いかな。『ユッカ』が黄色で、『メイ』が紫……」
同じ『スパ魔女』の登場キャラの話をしている。
「こういう布ってさ、だいたい何メートル買えばいいと思う?」
「さあ……レイヤーさんの体験談だと、二メートルとか書いてあります」
「そうだよね。そんなもんだよね」
それ本当に一式の衣装なのか。スカートだけとか上半身だけの可能性はないか。聞いているだけで冷や冷やしてくる。
そっと後ろをうかがうと、高校生ぐらいの男女が、制服姿で立ち話をしていた。こんな時間に学生さんかと思ったが、あらためて自分のスマホで確認したら、下校していてもまったくおかしくない時間帯だった。時がおかしくなっていたのは紬のようだ。
どちらもおとなしそうな風貌をしているのは共通していたが、男子生徒の方は腕を怪我しているのか、肩から三角巾で左手を吊っていた。そして学ランと襟の校章が、武流のものとまったく一緒だった。同じ学校なのだろうか。
「菱田君のぶんは、買わなくても大丈夫なんだよね?」
「ああ、らしいです。自分でなんとかするって言ってました」
「本当? 当日間に合わないってなったら困るんだけどな」
「彼にかぎってそれはないと思いますけど」
ところでさっきから狭い店内で別の客の会話を盗み聞きするという、あまりお行儀のよくない行為をしてしまっているわけだが。それでも聞こえてきた単語を、無視はできなかった。
「やっぱりもうちょっと、簡単なのにすればよかったかな」
「それじゃまず勝ち目がありませんよ」
「──あっ、見て見て長やん。あっちの布はどう? 『レイヤーさん向け』とか書いてあるよ」
女子高生が、いきなりこちらに駆け寄ってくる。よけきれずに肩がぶつかった。通路に彼女の持っていた生地や副資材が散らばった。
「わー、すみません! ごめんなさい!」
紬は散乱した商品を拾い集めてあげながら、ぎりぎりまで迷っていた。
客観的に見れば、いきなり会話に割って入ろうとする不審者だ。しかし今は、客観的視点とか知るかという気分でもあった。
「あの、ちょっと質問してもいいですか?」
「へ?」
「もしかして、菱田武流と知り合いだったりします?」
──結果はビンゴだった。
いきなり話しかけてきた不審者こと紬に、高校生たちは大いに戸惑ったようだが、こちらが武流の知り合いで、彼からコスプレ衣装製作の相談を受けたのだと明かすと態度が変わった。
立ち話もなんなので、彼らを連れて自分の店に行った。
コーヒーを二杯淹れ、普段お客に出しているクッキーも一緒に作業テーブルの方へ出す。椅子に座る二人とも、店の内装や貰った名刺を、物珍しそうに見ている。
紬も彼らの向かいに腰を下ろした。
「その、『スパ魔女』面白いよね。ついさっき最後まで観ちゃって、めちゃめちゃ感動した。一気観したからお昼抜いちゃったぐらい」
「はあ……」
「そうですか……」
だめだ、警戒されたままだ。共通点から会話を弾ませる作戦は、あえなく失敗した。
しかし負けない。次は自己開示だ。
「私はここでミシンカフェを開いてるけど、大学の頃は武流君の家庭教師やってたの。その縁で『ナナキ』の衣装が作れないか相談を受けたんだけど、あの子理由をぜんぜん言ってくれないんだよね。こっちとしては変なことに巻き込まれてなきゃいいなと思って……あ、べつにコスプレが変とかそういうこと言いたいわけじゃなくて。ただ昔も柄に合わないことしてトラブルになったことがあるから、そうじゃないのを確かめたいというか」
我ながら、もう少しスムーズに喋れないものかと思う。
しかし善良な少年少女は、こちらの取っ散らかった説明を真面目に受け止め、互いに顔を見合わせた。
「……実際変なことに巻き込まれたようなもんですよね、菱田君の場合は」
「ちょっと長やん!」
そこのところもっと詳しくと思った。
「僕らは……上野東高校の、漫画研究部の人間です。僕は一年の長峰」
「あたしは二年で部長の芦屋といいます」
「へー……漫研……もしかして、武流君も入ってるの?」
「はい。原稿を描いたりはしないんですけど。名簿的にはいてくれるだけでありがたいというか、主に部室で自習するために利用してるというか……」
「つまり幽霊部員的な」
長峰と芦屋はうなずいた。
彼らが通う上野東高校は、全員何かしら部活に入るよう義務づけられているのだという。その中でも漫画研究部は活動がゆるいので、本来なら帰宅部になるような生徒の受け入れ場所にもなっているそうな。
「それが来月の体育祭で、何を間違ったかうちの部が部活対抗リレーに出場することになってしまいまして」
「漫研なのに?」
「そうです。しかも上位に入らないと、今の部室を他の部に明け渡さないといけなくなったんです……」
それはまたずいぶんと、無謀な条件をつけられたものだと思った。
「そんなの運動部に勝てるわけないのに。ボロ負け前提?」
「一応、実行委員の言い分としては、出来映え点も反映させるから問題ないってことらしいです……」
対抗リレーは順位点と、仮装やパフォーマンスの出来映えを競う芸術点の二つで構成されている。文化系の部は体育会系にはまずタイムで勝てないので、かわりにコスプレをがんばれということらしい。
「菱田君、ただ部員数を満たすためだけにいてもらってるようなものなのに、今回の実行委員のやり口が気に入らないから出るって。責任感強いんですよ」
「すみません。本当なら僕が出るはずだったのに……」
同じ部員の長峰はうなだれながら、三角巾で吊った左手を右手で押さえた。なんでも夜道に自転車で転倒したそうだ。
負傷した長峰少年のかわりに、武流がピンチヒッターで出場することになったわけだ。便宜上籍を置いている部活のため、魔法少女のコスプレをして走るという──。
なんとなく口許がゆるみそうになり、真剣な彼らの手前、慌てて気を引き締める。
でも潔癖で情に厚いところは、小学校時代からまったく変わらないようだ。
武流め。余計なことにかかずり合っている暇はないと言っておきながら、紬の高校時代よりよっぽど青春しているではないか。羨ましいぐらいだった。
「とにかく、肝はコスプレの出来なわけね」
「は、はい。そうなんです」
「他に出走する子の衣装は、できあがってるの?」
「まだです。今日は材料だけ買って、あとは各自で仕上げてもらおうかなって……」
「だめ。そんな効率悪いことやってたら、絶対間に合わないよ。いいからメンバー全員、ここに連れてきて。まとめて面倒みてあげるから」
***
思えば武流は昔から、学校というものにあまり期待をしていなかった。
なぜかと言われれば、たぶん環境だろうなと答える。
母親の笑子は武流を産んですぐに離婚し、一人で谷中にびんづめカフェを開いた。そして十五も年下のイギリス人に惚れられて再婚、武流が小学校一年で病死と、非常に忙しい人生を送った。
波瀾万丈な親のせいで周りの教師やクラスメイトは武流に好奇の視線を送ってきたし、その中で守りたい人がいれば、異端の自分が居場所から去る選択肢も取ってきた。特に意識していたわけではないが、わりにそれは普通の決断では出てこないものらしい。
変わっているねと言われると、武流は自分の生い立ちと育った環境について考える。いるはずの人がおらず、いなくてもいい人が色々と関わってきた結果、今の自分がいる。
もっとも歳とともにこちらの事情を知らない人間も増えたので、このまま平和に卒業までやり過ごせればいいと思っていた。
(──そう思ってたんだけどな)
その日、菱田武流は六時間目の授業を終えると、部活やバイトや遊びに繰り出す同級生を尻目に、後ろのドアから教室を出た。
厳密に言うなら、武流の行き先も部室ではある。
都立上野東高校は、新幹線も通る有数のターミナル駅が最寄りのわりに、周辺の上野公園や大学の緑を借景にして、そこそこ静かな学び舎として今日まできている。
校庭側のクラブハウスとは別に、旧校舎一階の、あまり日が当たらないエリアに文化部の部室はまとめて押し込まれていて、そのうちの一室に漫画研究部の部室は割り当てられていた。
武流が顔を出すと、中にはすでに先客がいた。
一人は事務机で豪快に居眠りをする女子生徒で、長い髪が顔にかぶさっていて子細は見えないが、あれは二年生の佐伯こはくだろう。もう一人の男子生徒は安藤裕吾といい、同じく先輩の二年生だ。佐伯とは逆に制服の足を机に投げ出し、古い『ジャンプ』のバックナンバーを読んでいる。ちなみに三年生はいない。名簿上は一人いるらしいが、武流は一度も顔を見たことがない。
「……早いすね」
「自習だったからな」
武流は空いた席に座って、筒型のリュックサックから参考書を取り出した。
この部には、友人である長峰真一に誘われて入った。全ては部活全員参加という、不合理きわまりない校則のせいだ。こればかりは受験時の自分の下調べが不足していたと、今も深く反省している。
真面目に漫画を描くのはその長峰と部長の芦屋海月ぐらいで、他は武流と似たり寄ったりの幽霊部員もどきばかりだが、教室のクラスメイトと違って部室で勉強していても誰も何も言わないところは気に入っていた。恐らく学校の偏差値的に、医大受験を考えている人間は武流ぐらいのはずだった。
「今日は何時頃に出るんですか」
「わかんねえ。芦屋たちが帰ってきたらと思ってたが、菱田がいるなら俺がいる必要ないな」
「いいですよ別に。佐伯さんもいるし、最悪鍵も閉めますよ」
「そうか。じゃあちょっと頼むな」
安藤が足を机から戻して、立ち上がる。百八十越えの長身のせいで、狭い部屋がますます狭く見えた。
彼が自分の荷物を手に取った瞬間、表でドアをノックする音がした。
「なんだ、いるんじゃないの」
返事を待たずにドアが開く。武流は内心顔をしかめた。
顔を出したのは、漫研部員ではない。今となってはこちらの『敵』でもある、体育祭実行委員の副委員長だった。
(斉城由香かよ──)
彼女は部室の中を一瞥して言った。
「本当に絵を描いてる人が一人もいないのね。これって部活としてどうなの?」
いや、普通にいますよと反論したかった。ただ今日は芦屋も長峰も、そちらがふっかけてきたレースのために、日暮里の繊維街まで行っているはずだった。
「……何か用か?」
帰り支度をした安藤が、斉城に問う。武流と違って体格がいいので、単なる質問でも迫力がある。
「そうそう。渡すの忘れてたと思って。これ、対抗リレーの申し込み書」
「強制参加のはずだよな」
「やだ。そんなひどいことしないわよ。ただ活動実績がろくにないクラブに対して、私はわかりやすいアピールの場を提案しただけよ。ほんと校内行事なんていわば温情。試合やコンクールに出ろと言わないだけ、感謝してほしいぐらいだわ」
やたら饒舌に喋るこの女は、この調子で実行委員会および生徒会や教師陣を巻き込み、漫研をレースに出場せざるを得ない方向に追い込んだのだ。
「そうだ。吹奏楽部と演劇部がね、空いたらここを荷物置き場に使いたいって。その時は早め早めによろしくね」
斉城は笑い交じりに言って、手を振りながらドアを閉めた。遠ざかる足音が軽やかなのがまた腹立たしい。
事務机で寝ていた佐伯も、さすがに途中から目が覚めたようだ。
「今、すごい悪役ムーブしてた人いなかった?」
「あいつバレー部だからな。俺たちみたいなのが気に食わないんだろう」
だからといって、こんな弱小部を目の敵にすることはないだろうに。
武流は安藤から受け取ったプリントを、ロッカーの扉に貼った。
「どうなるんすかね」
「芦屋たちには世話になってるし、なんとか部室は残したいところだよな」
「オレもそれは思うんですけど……」
「あ、その部長からだよ」
三人のスマホが、いっせいに震えた。部活のグループラインに、新着のメッセージが投稿された合図だった。
『いま繊維街』
『ミシンカフェのお姉様とお近づきになりました』
『なんかコス衣装の作り方教えてくれるって!』
『とゆーわけで日曜はお店に集合☆』
(うっ)
武流は思わず息をのんだ。
タイムラインには部長である芦屋のメッセージと一緒に、『ミシンとボビン』の住所リンクが貼ってあり、芦屋と長峰、そして鈴掛紬の三人で撮った写真まで投下されていた。
牧歌的な笑みを浮かべる部長たちに比べて、年長のはずの紬の顔つきは強張ってまるで能面のようであった。
「…………あんのポンコツ女がっ」
「え、? 今ポンコツ女って言った? ピー音流さなくていい?」
佐伯が落ち着かない様子であたりを見回しはじめるが、武流に説明する気力はないのだった。
紬は小学生時代の一時期、こちらの勉強をみてくれたことがある。バイトの家庭教師として週に三回、『竹善』の二階に来ていた。
あの頃の武流は今に輪をかけて荒れていたし、紬はその上を行く口の悪さを誇った。学力的にはもっと上の人が大量にいただろうが、当時の武流を机の前に座らせられたのはたぶん紬だけだったと思っている。
そういう縁とタイミングも、この世にはあるのだ。
「どうも、こんにちは! 今日はよろしくお願いしまーす」
週末の日曜になり、武流と上野東高校漫画研究部のリレーメンバーは、約束通り『ミシンとボビン』を訪ねた。
紬はもともと服作りや手芸全般が趣味だったが、いったん大学を出て普通の事務員になった後、なぜか日暮里繊維街でミシンカフェの店主になっていた。経緯は武流もよく知らないが、義理親のセドリックも監修に入っているようだし、今のところ畳む兆候はないようだ。
部長の芦屋が開口一番に挨拶をし、他の部員たちも次々に頭を下げる。紬は店を開けている時と同じように白いシャツに黒のパンツ、その上から藍色のエプロンを着けている。これはあからさまに親父の影響だろうとは言わずにいてやった。
「ねえ武流君」
「ん?」
紬が佐伯と安藤を横目に見ながら、小声で聞いてきた。
「あの二人もリレーで走るの?」
「そうだけど何か?」
「……思ってたのと違ったから。ちょっとびっくりしただけ」
「漫研にチビとデブとヒョロガリしかいないと思ってたなら、浅はかすぎねえ?」
「そうだね君がそのどれかだったとしてもね。私が悪かったよ」
ちょっとこちらの火力を高めにすると、無表情でカウンターを返してくるのが鈴掛紬だった。相変わらず厄介な女である。
「いいからさっさと始めろって。時間なくなるぞ」
「はいはい」
そして紬は、あらためて部員たちを作業テーブルの周りに集めた。
「この中でコスプレ経験者はいる?」
芦屋だけが手を上げた。ただしジャンルは学園スポーツ物だったので、既製のジャージに手を加えただけの簡単なものだったらしい。
「そっか……じゃあ基本はみんな初心者って考えでいいね。まず今回やろうとしてるキャラの立ち絵がこれね」
紬はテーブルの上に、オフィシャルサイトからそのまま抜き出したアニメ絵を置いた。ジャージやスポーツウエアに比べれば、パーツも多く複雑なデザインだ。
「はっきり言って二次元の服は、実際に着られるかとか考えてデザインされていません。というわけでこれはいったん忘れて、ここから人間が着られるようにアレンジしていく必要があります。服のパターンを起こす上で原型っていうものがあって、これが一般的な九号サイズの、女性の原型ね」
紬は日頃使っているという、厚紙で作った前身頃の原型を部員たちに見せてくれた。
「すべてのパターンはこの原型を足したり引いたり、切り込みのダーツの位置を変えたりして作ります。人間が着る以上、コス衣装とて例外ではない。血が出るなら殺せる」
「そんなプレデターみたいなノリでいいんですか……」
芦屋の質問に、紬は無言でうなずく。
人間的には生きづらそうなタイプに見える紬だが、ここは彼女の店で、彼女の領域だった。武流たちを見る目も、いつもより強い。
「で、どうやって作っていくかなんだけど。まずはこの、リボンとかベルトとか飾りのアクセサリーを全部取っ払うの。そうしたら『アカリ』のベースはミニ丈のワンピース、袖はパフスリーブでスカート部分が切り替えになったギャザースカートを縫えばいいっていうのがわかるね。まんまの型紙はないけど、シンプルなワンピの型紙があるからこれを基本に細部を改造しようと思う」
紬はテーブルの上に、新しく大きな紙を広げた。
一見なんだかよくわからない曲線が大量に引いてあるが、ようは袖、前身頃、後ろ身頃と沢山のパーツに分かれた設計図ということだ。これを写して縫い合わせれば、一着の服になるのだそうだ。
「この袖のパターンを切り開いてカフスもつければ、パフスリーブに修正可能」
「じゃあ『ナナキ』は?」
武流は質問する。
「『ナナキ』はようするに、アキバ系のメイド服だよね。似た感じのジャンパースカートに、ギャザー寄せた胸布とパフスリーブの袖をつければいいと思うんだ」
「あのー、私『ユッカ』担なんですけど、ぶかぶかのカボチャパンツって何をもとに作れば……」
「そうだね……たとえば『アラジン』のジャスミンなんかが着てる、裾絞りパンツがあるよね。あれを思いっきり丈詰めればカボチャパンツになる」
「なるほど! 確かにそうかも」
「ジャスミンはお客様と一緒に作ったことがあるんだ。子供用のカボチャパンツを流用するなら、型紙なしでもいけると思う」
紬はそうやって、アニメキャラが着ている服をどうしたら武流たちの手で再現できるかを考えてくれた。
「あとはリボンをつけたりレースを挟んだりして、キャラの雰囲気に近づけていくわけ。一日だけなら、ボンドでもテープでもなんでも使えばいいよ。パターンを修正するところまではやってあげるから、切って縫うのは君たちでやって。できそう?」
全員即答はできなかったが、やるしかないのだ。
「大丈夫。やる」
「よし。武流君の型紙はもうできてるから、まずはそこからだね。佐伯さんと安藤君、ちょっと肩幅とか測らせてくれる?」
二人をバックヤードへ案内する一方で、武流と芦屋はさっそく作業に取りかかった。
紬が起こしてくれた型紙をもとに、各自が布を裁断し、パーツによっては接着芯を貼るというところから始めたが、当然ながら一日で完成とはいかなかった。
何せずぶの素人が、一度に四人だ。布を広げられるテーブルも、切った布の端を始末するためのロックミシンなるものも譲り合って使わねばならず、上半身の縫い代の始末をするだけで終わってしまった者もいるようだ。
(時間が……圧倒的に足りない……!)
夜になっても、バラバラの布の切れ端にしかならないとは思わなかった。
「学校のミシンって、俺たちでも使えるのか?」
担当カラー紫、魔法少女『メイ』が着るスカートを縫いながら安藤が言う。あれは土台部分で、上からフリルが何段もつくらしい。
部長の芦屋が、首を横に振った。
「家庭科室のでしょ? あっちは別の団体が、はちまきやダンス衣装作るために占領してるよ」
「それ以前に、紬さんの助けなしに作るのは無理だと思う……」
佐伯の言葉が全てだった。悔しいが次に何をするか、教えてもらわないことには先に進めないのである。
自然とみなの視線が紬に集まった。
彼女は観念したようにため息をついた。
「わかった。じゃあ、お店が閉まった後なら、続きを作りに来てもいいよ」
「いいんですか? みんな平気?」
部長の芦屋が確認を取った。恐らく佐伯も安藤も忙しいだろうが、本番までの期間限定と割り切って参加することにしたようだ。そうなれば武流も参加せざるを得なかった。
自転車で家に帰ると、唯一の保護者であるセドリックが待っていた。
すでに店の片付けや明日の仕込みは終わり、居住スペース側のキッチンで洗い物をしていたようだ。
「おかえりなさい。遅かったですね」
「ちょっと図書館で自習してたから」
そういうことにしていた。学校で部活に入っていることは、セドリックには話していない。
特に大きな理由はないが、ただでさえ血の繋がっていない、たまたま結婚した相手が子持ちだったというだけで面倒をみさせてしまっているのである。あまり寄り道しているところを知られたくはなかった。
「さて。日曜日も、こんな時間まで開館しているんですか?」
「──その後マック行ったんだよ。説教するならメシの後にしてくれねえ?」
「OK。今日は鰯の梅煮と空豆のフリッターです。一緒に食べましょうか」
セドリックもまだ食べていなかったようだ。
家の食事は笑子がよく作ってくれた料理と、セドリックが後から覚えて得意になった料理が半々だが、最近は後者の方が多いかもしれない。そのことに文句を言うつもりはない。男二人でもう八年近く、一つ屋根の下で寝起きし、同じテーブルを囲んできたのだ。
「あとさ、これからしばらく今日ぐらい遅くなると思う。平日も」
豆腐の味噌汁をすすりながら、武流は言った。
たぶん怪しまれるだろうとは思ったが、向かいに座るセドリックは「そうですか。了解です」とうなずくだけだった。
(……なんも言わねえの?)
放置する時と関わろうとする時の違いが、よくわからない男だ。
武流は寝た子を起こさないよう、食べ終えた食器をまとめて流しへ持っていった。
【つづく】