1918 香港


【1931年 英国領香港】
 刑事さん、英国人ですね。ええ、はい、見ての通り私は英語を喋(しやべ)れるので、広東(カントン)語ではなく英語にしましょう。へえ、刑事さんは広東(カントン)語を大学で学んだんですか。私? なぜ香(ホン)港(コン)人の私が英語を喋れるかって? 父が駐港英軍の軍人でした。……このやり取りをずっと前にチャールズともしました。
 チャールズは毒殺だと聞きました。昨日の晩に自宅で殺されたと。警察は他殺と自殺の両面で捜査をしているそうですが。え? 『昨夜のアリバイを証明できるか』って? 私はやってません。なに? チャールズと最後に会っていたのが私? ……会っていた理由? 飲みです。ただの。彼とはよく飲みに行っていました。彼とは十年来の、私と彼が十七のときからの友人です。チャールズと出会ったのは十三年前の春――ここ、東亜の港・香港でのことでした。
 エメラルドグリーンの海峡。その海峡を挟んで向かい合う島と半島のことを英国はビクトリアと名付けた。島と中国南部に続く半島、両岸を結ぶフェリーが毎日、翡(ひ)翠(すい)の色をした水面に線を描いてすれ違う。フェリーの島側の起点・中環(セントラル)に英軍の駐屯地はあります。出会った当時のチャールズは香港へ派遣されてきた新米の英兵でした。
 カーキ色の軍服、固く締めたベルト。足にはゲートルと黒のブーツ、整えたはずの前髪がくせっ毛のせいで水鳥の尾みたいにはねている。それを除けば隙(すき)のない、頭からつま先までいかにも軍人といった風体の少年でした。内面も。『大英帝国のためにこの身を捧げる』などと大真面目に言うような、まさに軍国主義教育の賜(たま)物(もの)みたいな人間でした。当時のチャールズは。そういう危うさが、思想が服着て歩いているみたいなところがありましたから。
 ……え? 『知らなかった』? 英国にいるチャールズの家族は彼が香港にいると知らなかったということですか? 誰一人として? ……なに? 『彼の妻すら国内に赴任していると思っていた』? チャールズは結婚していたんですか……? 今初めて知りました。『本当に彼の友人なのか?』って、なぜそこまで疑うんです?
『なぜって、チャールズさんはあなたの悪口ばかり言っていたそうですから』

     ***

 噓(うそ)みたいな色の海だった。緑と白の絵(えの)具(ぐ)を溶いて作ったとでもいうようだ。湿った熱風が甲(かん)板(ぱん)を吹きさらし、祖国の海より塩辛い風は喉(のど)を干(ひ)涸(から)びさせた。進行方向十時の方角に陸地、二時の方角には青い山を背負う島。軍艦が島の港へ近づき、僕は軍服のネクタイを締め直す。一九一八年三月、ドイツ帝国への宣戦布告から三年半が経(た)ったこの年、ビクトリアの地へ降り立った。
 港に着いて驚いたのは、遠目に見た街並みが本国と大差なかったことだ。陸軍の駐屯地がある中環(セントラル)には裁判所や銀行、教会など生活の拠点となる施設が集まっていた。そのどれもが煉(れん)瓦(が)や白を基調とした外壁に円柱、アーチ型の窓という洋風な造りで、建物の看板に書かれている文字は英語だ。まるで英国のどこかの街角にいるようなのに、春先とは思えない炎天に茹(ゆだ)る空気と、荷馬車を引く水牛の姿にゆったりとした南国の時間が流れる。同じ釜(かま)の飯を食った同期は前線近辺の基地へ、かたや僕は東洋の辺(へん)鄙(ぴ)な島へ。上官は言った。
「チャールズ、お前には広東(カントン)語を習得してもらう」
 広東(カントン)語はビクトリアの現地人が話す言葉だ。座学や模擬戦の成績は同期に後れを取らなかったはずが、まさか一番初めの任務が語学の勉強だとは思うまい。一日も早く父や祖父のように国家へ貢(こう)献(けん)をしたい。だが僕という歯車の働きで組織、ひいては祖国の躍進の一助になれるなら全力を尽くす以外ない。さっそく僕は中環(セントラル)の埠(ふ)頭(とう)へ行き、設置された掲示板にこう書いた紙を貼りつけた。
『広東(カントン)語の教師求む。応募の方は翌週日曜の正午、掲示板前にて。日当は……』

 翌日曜の昼、僕は埠頭にいた。掲示板を見てみると、貼りつけたはずの紙はなくなっている。求職者が持っていったのだと判断し、暫(しば)し掲示板の前で待った。時計の針は十二時を回った。今でも思う。ジェフリー・チャン、あの男が来る前に引き返しておけばよかったと。
 俯(うつむ)いた軍帽の下から見上げた往来で、誰かが足を止めた。黒い布(ぬの)靴(ぐつ)を履(は)いた素足だ。白いズボンの裾(すそ)が細かな風にはためく。顔を上げると中国式の服を着た少年と目が合った。黒い髪と、赤ん坊みたいに薄い瞼(まぶた)。上下白、麻製の民族服は詰(つめ)襟(えり)の上衣の前を布製の釦(ボタン)で留めている。良く言えば物静かそうな、悪く言えば性格の暗そうな彼は値踏みするような目で僕を見た。少年の手にはあの広東(カントン)語教師募集の掲示があった。
「軍人さん、これ書いた人?」
 僕はこの、東洋人の少年が流(りゆう)暢(ちよう)な英語を喋りだした衝撃を未だかつて憶えている。
「広東(カントン)語のレッスンには何をするんだ?」
「今日はひとまず宿題を出す」
 返した手のひらと揃えた指で手招きしてくるので近寄ってみると、少年はなにやら耳打ちをした。広東(カントン)語であったため聞き取れなかったその言葉を、「次回までに調べてこい」とのお題を出した。記憶した音を頼りに辞書を引き、広東(カントン)語のできる上官に教えを乞い、宿題を終わらせようとした。勤務時間後の自由時間を五日つぎ込んで、ようやく辿(たど)り着いた答えは……
『バカが見る豚のケツ』

 次のレッスンは一週間後、同じ場所同じ時間に。去り際に少年は言っていた。関わるだけ時間の無駄だが、あの東洋人は僕を英兵と分かっていながら小(こ)馬(ば)鹿(か)にした。属国の少年に陸軍という組織の顔ごと泥を塗られたのだ。翌週の日曜日、僕は再び埠頭へと赴(おもむ)いた。顔を覚えていなかったので白い民族服を人混みの中に探した。少年は僕の顔を見るなり言った。
「宿題の答えは何だったか言ってみな」
 値踏みするような表情をした東洋人、ジェフリー・チャンと名乗る少年は極度の軍人嫌いだった。彼は中環(セントラル)の埠頭周辺で通訳の仕事をして日銭を稼いでいたが、民間人と軍人とでは態度に雲(うん)泥(でい)の差があった。彼は言った、「嫌いなものが英兵なのはラッキーかもしれない。だって私より早く死ぬ」。この地を占有する僕らが憎いのだろうが、恨むなら戦争に敗(ま)けた曾(そう)祖父の代を恨むがいい。
「死がどうした。次の世代に豊かな国を残すのが大人の責任だ。そのために銃をとった」
 生温かい目をした彼は言う。
「軍人さん、鏡を見てきた方がいい。目が据わっている」
 少年は腐った魚でも目の前にあるかのように手で鼻先を扇(あお)ぐと、「これが私の生徒か」とぼやく。あれで教える気があったことが意外だったが、後々になって僕が提示した日当が相場の三倍あると分かった。

 現地の言葉――広東(カントン)語は発音の種類が六つもある。音をアルファベットで書くと同じでも、声の高さや語尾の上がり下がりが違うと全く変われば意味になる。ジェフリー・チャンはaを六通りの発音で声に出してみせた。それぞれの発音ごとに人差し指で声の高低、上がり下がりをジェスチャーする。口の開き方と舌の動きを見せてきて、真似をしてみろと言う。存外、真剣に教えてくるので気後れしたが、僕は腹から声を出して発音をした。
「全然上達しないな軍人さん」
 向かいの席で腕組みした彼は、皮肉を含んだ笑みを浮かべる。よく見ると、彼は東洋人とも西洋人とも言い難い顔立ちをしていた。肌もその中間にあって、瞳は淡い褐(かつ)色(しよく)をしている。時刻は勤務上がりの夜六時、中環(セントラル)の埠頭近くの軽食屋でレッスンを受けるのが僕の日課になっていた。ところが、初回のレッスンから二週間が経つというのに、広東(カントン)語は一向に上手(うま)くならない。
「ジェフリー・チャンの教え方が下手(へた)なのでは? 僕は物覚えは悪くない方なんだ。現に先週補(ほ)填(てん)されたばかりのMLE(エミリー)……、ライフルの練度は」
「また始まった。そんなに鉄砲が好きならとっとと撃たれて弾と一つになってこい。だがそうなった場合、お前が生前まともに喋れたのは我(わたし)と你(あなた)と豚のケツくらいになる」
「なんてボキャブラリーだ。このままでは初めての任務を達成できない」
 彼は合点がいったように嘆息して言った。お前は広東(カントン)語に興味がないから覚えられないのだと。
「語学なんて興味があるか必要に迫られるかしないと身につかない。たとえば……、手始めに香港の食べ物を入り口に覚えてみたらどうだ」
「外食はしない。成分の分からない食料は筋肉に毒だ」
「じゃあ娯楽。観光とか趣味とか。流行(はや)りの歌を覚えるとか……」
 どれも縁がない、と答えると彼は生温かい目でこちらを見た。「そう言うお前はどうやって英語を覚えた?」。尋(たず)ねると、はぐらかして話題を変えた彼は今までにない冷たい表情をしていた。彼が怒りを露(あらわ)にしたのは思えばあれが初めてであった。
 後で知ったことだが、彼は母親と祖父母の暮らしをほとんど一人で支えていた。駐港英軍に所属したジェフリー・チャンの父親は、彼が八つのときに英国にいる本当の家族のもとへ帰ってしまったと聞いた。

 落ち合うのは決まって中環(セントラル)の埠頭だった。勤務上がりと休日にそこへ赴いては、埠頭で通訳の客引きをするジェフリー・チャンの姿を探した。行きつけの軽食屋へ向かう夕暮れの椰子(やし)の並木道。中環(セントラル)の街並みは英国調ながらも、地上階から最上階までのアーチが連なる建物のベランダには南国の風が吹く。熱く湿った大気は、吸えばたちまち脳まで温(ぬる)くなってくらくらした。あちこちに作り物じみた鮮烈なピンクの花が溢(あふ)れ、紙風船に似たその花は枯れるところを見たことがない。椰子の並木の下を、裾幅の広いトラウザーズにジャケット、はたまた中国式の衣服の人々が行き交った。
 訓練の後は決まって青あざやたんこぶを作る僕に、ジェフリー・チャンはよく薬を貸してくれた。手のひらに収まる大きさの細長い小(こ)瓶(びん)を、彼はいつも持ち歩いていた。透明なガラス瓶の中身は蜂(はち)蜜(みつ)色のオイルで、ハッカと香辛料の甘ったるい香りがする。
「どうせ短い命だろうからタダで貸してやる」
 ビクトリアでは一般的な家庭の常備薬。それを塗ると、すうっと痛みが和(やわ)らいだものだ。薬瓶を懐(ふところ)に入れているためか、彼の麻の上衣には薬の香りがすっかり移っていた。昼間の粗(あら)熱(ねつ)が残る空気には涼しく甘いにおいがいつもしていた。
 あるとき、ジェフリー・チャンは僕に人捜しを頼んできた。「誰(だれ)某(それ)の少尉はまだ陸軍にいるのか」と。――その誰某少尉というのがお前の父親か? 尋ねたが彼は答えなかった。それが答えだと思った。僕は上官らに少尉の消息を尋ねて回った。最近質問が多いなと訝(いぶか)しがられながらも、年(とし)嵩(かさ)の上官からついに情報を得た。
『彼は二年前、ドイツ帝国との戦線で散ったと聞いたよ』
 ジェフリー・チャンには上官が語ったありのままを伝えた。彼のことだ、悪態の一つでもつくだろうと思った。悪態より、目に溜まる涙の方が早かった。彼は顔を背けて鼻をすすりはじめてしまった。震えを抑えて潰(つぶ)れた声で、ジェフリー・チャンは言った。
「ずっと、ずっとほったらかしにしたくせに」
 彼が父を喪(うしな)った悲しみでなく、父を愛した悔しさで泣いていると気づいたとき、僕の心は音を立てて崩れた。今まで感じてきた感情はままごとだ。そう思ってしまうほど強い感情が呼び起こされる。
 ここにきて僕は、銃の握り方も知らない少年と出会ってしまった。
 十七の春、ビクトリアでのことである。

     ***

 だから、私はチャールズを殺していません。彼の手記を読み上げたりして痛くもない腹を探られても困ります。……あの薬ですか? 香港ではよくある薬用オイルで今では彼も愛用していますが、当時の彼には物珍しかったようです。でも、そうか。十七の頃のチャールズはこんな奴だったっけか。
 チャールズは軍人の家系です。当時、祖父が現役の士官、父親は宣戦布告した年の夏にドイツとの交戦で戦死していました。ただでさえ軍国主義の時世に、その教えを家庭でも叩き込まれて育ったらどうなるか。国家や顔も知らない次の世代の子供たちのために、若い未来をふいにすることを心の底から誇りに思っている。このまま彼が死んだら寝覚めが悪い。
 ですが、戦争が始まってから香港に駐在する英兵の数は減ってゆき、チャールズの番が近いことは分かっていました。私は子供心に、せめて楽しい思いをさせてやろうと、勤務上がりの彼を連れまわしました。午後六時、香港島の端からやって来る路面電車に飛び乗って中環(セントラル)の外へ。兵舎の門限が来るまでの短い短い冒険でした。

     ***

〈学び舎〉は埠頭の軽食屋から街中へと移った。ひとたび中環(セントラル)周辺の英国人居住地から離れると、街が帯びる空気は様変わりした。建物は四つ角が丸く湾(わん)曲(きょく)した造りが目立ち、曲面に沿わせるように漢字の看板が掲げられた。鎧(よろい)戸(ど)やベランダの柱に施(ほどこ)されるのは東洋の紋様、緑の窓枠、白地に赤字の看板。せり出したベランダには洗濯物が干され、内でも表でもない空間を存在させた常春の午後。地上階には商店が入り、上階のベランダを雨よけにして商売を行っていた。雑踏の中に英国人の姿はほとんどなかった。竹の籠(かご)に入れた野菜をひさぐ老人、洋傘を傾ける中国式のスカートを穿(は)いた娘。喧(けん)騒(そう)の中を、重い肉切り包丁が豚の脚(あし)を断って木のまな板を叩く音がひっきりなしにする。露店では黒い竹に似た砂糖黍(きび)をのして飲み物を作る。ぱさぱさになった搾(しぼ)りかすが温(ぬる)い水溜まりに落っこちて、ツンと酸(す)っぱい甘い腐臭の街角。その中を、ジェフリー・チャンに連れられ歩いた。
 街にあるものの名前を彼が広東(カントン)語で教え、僕が真似をする。僕が広東(カントン)語を話すとき、彼は声の高低と抑(よく)揚(よう)の矢印を人差し指で描いて補助をした。目に映るのは生まれて初めて見るもの。ジェフリー・チャンはひとつひとつを教えてくれた。市(いち)場(ば)に並ぶ野菜や魚、馬券の種類と書き方。英語に訳せない南洋の天気、彼らが祀(まつ)る海の女神の名前。その全てを彼から教わった。
「チャールズ、店に入ろう。腹が減った」
 ジェフリー・チャンはひと際賑わう飲食店の前で足を止めた。真っ赤な看板に金色の浮き文字の店の中は隘(あい)路(ろ)のようで、食卓へ向かう労働者たちの背中に体を押し入れて席に着いた。彼は広東(カントン)語で何やら注文をした。僕に教えるときとは比べ物にならない速度の、本来の広東(カントン)語。この言語は伸ばす音が多いからか、早口に発話しても不思議とゆったりとした耳心地がする。席に着くや否(いな)や料理は運ばれてきた。お椀(わん)には麵(めん)とスープ、上にはしわしわの白い金魚みたいな塊(かたまり)がいくつも乗っている。お椀は二人分あった。
「それ蝦(えび)雲吞(ワンタン)。蝦なら筋肉が喜ぶんじゃないか?」
「なるほど高たんぱく……。まあ、一杯くらいなら」
 細い麵を箸(はし)で一口掬(すく)う。飴(あめ)色の細麺はゴムみたいな食感がした。信じられなくてもう一口すするとやはりゴムの食感をしているのだが、小麦粉の豊かな風味が食べ物であると教える。つるつるとした雲吞(ワンタン)を一口。分厚い蝦はぷりぷりとして、蝦の味が嚙(か)むごとに鼻の奥を抜けていく。遅れて豚肉のまろやかさ、あっさりしたスープの喉越しが料理を締めくくる。もう一杯食べたい。だが下手糞(くそ)な広東(カントン)語で注文するのはいささか躊躇(ためら)いがある。僕はジェフリー・チャンが戸外へ便所に立った隙に店員を捉(つか)まえた。
『これ、欲しい。もう一個』
 席に戻ってきた彼はいつもの生温かい目で僕を見た。「やるじゃん、軍人さん」。皮肉めいた笑みも今日はどこか楽しげだ。だから言った、僕は覚えは悪くない。
「発音はまだまだだ。お前は一度語尾を上げた後、元の声の高さが分からなくなるみたいだ」
「聞いてたのか」
「便所の中で。お前無駄に声量がすごい」手本を見せてやる――そう言って、彼は追加のもう一杯を注文した。いつもより大きな声で。
 島の東西を結ぶ路面電車に揺られ、あるときは漁師の船で島の反対側の漁村へ、またあるときは山に囲まれた競馬場へ出掛けた。亜熱帯の密林は鬱(うつ)蒼(そう)として、山あいにはバナナ畑が広がっていた。消灯後の寝静まった兵舎、今日の冒険が瞼の裏で輝く。ついさっきまで隣を歩いていたジェフリー・チャン。いつか僕が戦場で命を散らしたとしても同い年の彼の人生は続いていく。

 日曜の昼下がり、昼食に蝦雲吞(ワンタン)を食べた後、レッスンは海べりにて再開された。埠頭近くの岸壁に座り、足は海の上に投げ出していた。ぎらつく太陽が地面を焼け石に変える。ズボン越しに熱される肌、軍帽の中は叉焼包(チャーシューまん)でも蒸せそうな暑気だ。海峡の戦艦と近くを浮かぶ赤い帆船とを眺めながら、ジェフリー・チャンの話す広東(カントン)語に耳を澄ませる。今日は試しにと英語を交えずに会話する練習をしていた。気を抜くと通り過ぎてしまう言葉を捉(とら)えて答えを返す。
「チャールズ、お前だいぶ聞き取れるようになったな。最初はどうしようと思ったが」
 珍しく彼が僕を褒める。とはいえ、今のは彼が話す速度を調整したからだろう。
「手心は加えてくれるな。次は一度僕を現地の人間だと思って喋ってみてほしい」
 生温かい眼(まな)差(ざ)しに彼はわずかな笑みを添えて僕を見る。少しの間を置いた後、彼は口を開いた。
 店での注文より長い文章を聞くのはこれが初めてだった。伸びる母音が連なる言語――単語もフレーズも、繫(つな)げて喋るとこうも長い民謡のように聞こえるのかと――鳥肌が立った。英語は一音一音を丁寧に、平坦に話す彼なのに、今流れる言葉の抑揚は激しく、音には感情ありありとが乗っていた。いつもより低く柔らかな声には年相応の甘えがあった。ショックだった。まるで違う人じゃないか。数秒前までの彼が消し飛んで、どうしたらいいか分からない。よく知る彼が別人みたいになってしまったショックで肌がひりひりとする。次に彼が口を開いたとき、耳に流れてきたのは英語だった。
「はい、何て私が言ったか言ってみな軍人さん」
 いつもの彼だ。気が動転しながらも、辛(かろ)うじて聞き取れた単語を口にした。下手糞と言って、彼はゆっくりと拍手する。「喉だけ使って音を真似しようとするからそうなる」
 ジェフリー・チャンは身体(からだ)をこちらに向けると、自身の口元を指さした。一語発音するごとに、声調の矢印を指で宙に描く。大(おお)袈(げ)裟(さ)に開けて見せた口の中は、茹(ゆ)だる外気のためにいつもより赤いと気づく。黄金の砂浜みたいに肌は南の太陽が移って熱く乾いている。かすかな唾(だ)液(えき)と昼の蝦雲吞(ワンタン)のにおいが停滞した大気を伝って触れる。なにか悪いことをしている気がする。彼は人差し指を僕の口の先に持ってきた。
「真似して」
 矢印を描く指に吐く息の体温を知られてしまう。僕は俯いた。息が詰まる。今まで鼓(こ)動(どう)だと思っていたものは何だったのかと思わせるほど強く胸が打つ。目の端では水牛が馬車を引いていた。朱色の帆船が碧(あお)の水平線に消えていく。今にも息が止まりそう。ハッカと甘ったるい香辛料、見れば見るほど深い緑を帯びる黒髪。長い唄(うた)のような言葉を話す東亜の男――もう会っちゃいけない。
 早くこの地を離れなければ。今はただ……、ビクトリアの熱が悪さをしている。

 海峡を挟んで向こう岸、中国と地続きの半島側にも駐屯地はあった。半島側の射撃訓練に参加するため、上官方に随(ずい)行(こう)して中環(セントラル)の埠頭に向かった。あれから埠頭には行っていない。ジェフリー・チャンがいるかもしれない。目(ま)深(ぶか)に軍帽を被ると上官の背だけを視界に映して歩いた。半島側へ渡るには専(もつぱ)らフェリーを使う。こちらの埠頭にも半島にも船が控えて、各(おの)々(おの)対岸へ向けて運航している。フェリーは星をあしらった煙突が特徴的な二階建ての船舶だ。上官方の後について上階の船室に上がった。彼らは新聞を読んだり、古株同士で話をはじめてしまったりしたので、僕は欄(らん)干(かん)へ寄って真昼の海を眺めていた。軍帽が風に飛ばされないよう、代わりの私物の白いパナマ帽を懐から取り出す。枯草の繊維で編まれた帽子の折り目を正して被り、軍帽は小脇に抱えて再び欄干から身を乗り出した。
 噓みたいな色。翡翠を展(の)ばしたような海面を大小無数の船が行く。快晴の空、昼食を食べたばかりの昼下がりはまどろみを誘う。帽子の中の汗がパナマ帽を蒸して草の匂いがする。向こう岸から星の煙突の船がやって来る。
 ――ジェフリー・チャンの姿を、すれ違う船の下階に見つけた。縮みあがった心臓が痛い。しばらく会わずにいたのに、どうして前より心の振れ幅が大きくなっている。戸惑っているうちに向こうがこちらに気がついた。出せば声は届く距離だった。けれど、上官のいる前で下の船室の男に声はかけられなかった。勤務時間が終わったら会いにいく。ゆっくりと手を振る。長い間手を振ったままでいられるように。今まさに並行する船は、次の瞬間から刻々と距離を開けていくだろう。
 咄(とつ)嗟(さ)にパナマ帽を摑(つか)み、過ぎ行く船に向かって放った。まばゆい光を帯びた帽子は音もなく空を滑った。さざ波の光の中に落ちていくそれを、ジェフリー・チャンの手のひらが摑む。彼は一瞬だけ驚いた顔をした。またすぐあの生温かい眼差しに戻ると、腕の中の帽子を頭にのせた。白いつばの下で熟(う)れた唇が小さく笑う。船尾はエメラルドの海面に白い線を描きながら去りゆく。
 船が完全にすれ違うときまで目を合わせたままでいた。

 その年の六月、十八の誕生日を迎えてすぐのこと、本部からの指令によりフランス北西部の戦線に送られることが決まった。

     ***

 フランスの戦線へ行くと聞いた直後からでした。チャールズの体調がおかしくなったのは。お腹(なか)が痛い気持ち悪いと言って食が細くなっていきました。めまいも酷(ひど)く、朝起き上がるのもつらいのだと。最初は夏風邪か、悪い油に当たったのだろうと思っていましたが、軍医には体のどこにも異常はないと言われたそうです。
 チャールズには前線の詳しい戦況が入ってきていたのでしょう。それは、私のような民間人が伝え聞くのよりずっと正確で生々しい。自分が送られる戦線の現実を知ってしまったのだと思います。……ええ、そうです。怖(お)じ気(け)づいたんです。彼は。机上でしか知らなかった殺し合いの土俵にいざ立たされて。言ってしまえば適性がなかったわけです。彼も気づいていたと思います。胃もたれかもと誤(ご)魔(ま)化(か)してはいましたが。あるとき彼はぽつりと言いました、『父さんがどんな姿になって帰ってきたか知らなかったわけじゃないのに』と。……逃げればいい? まさか。敵前逃亡は刑罰の対象です。出征の日が近づくにつれ、麺すら喉を通らなくなって、食べた物を戻すようになりました。
 出立まで二週間をきった日のこと、出掛けないかとチャールズは言いました。その日のチャールズは軍服ではなく、はじめて私服に袖(そで)を通して、年相応の少年になってやって来ました。それを見て、ああ、この人は行ってしまうんだと思いました。別れ際に会える日は今日が最後だと彼は言いました。まだ会う機会はあると思っていたので、餞(せん)別(べつ)の品をなにも持ち合わせておらず、仕方なしに懐にあった薬瓶を渡しました。ハッカと甘いにおいの、ただの家庭の常備薬を、負傷したら使うと言って彼は受け取りました。その晩の夕食でも、好物の蝦雲吞(ワンタン)を残していました。
 出征の日、顔くらいは見られるかと思って、英国に向けて発(た)つ戦艦が停泊する港をぶらつきました。港に着いたのは正午、カーキの軍服の一団の中に見慣れたくせっ毛を見つけました。ほんの二週間足らず見なかっただけで頰はこけ、亡霊みたいな相(そう)貌(ぼう)になっていました。船の出港は十三時、何か食べさせなければと軽食屋に連れていったけど駄目だった。彼は席を立っては便所に籠(こも)って、吐きそうで吐けないと蚊(か)の鳴くような声で言う。店内にいる軍関係者の目から逃れるために店を出た彼は、裏路地で蹲(うずくま)りました。チャールズは叫びにならない呻(うめ)きを漏らして、何度も何度も壁に拳(こぶし)を叩きつけては打ち震えていました。またえずいた彼の背をさすると、背骨がひどく浮き出ていることに気づきました。
 こんなのを前線に立たせてどうするっていうんだ。使い物にならないどころか、腰を抜かしている間に撃たれて終(しま)いじゃないか。でもチャールズは行く。敵を殺すためじゃない、彼も自分が戦えないと分かっている。ただ生き方を曲げられないから行くのだ。
『いま何時……?』
 涙を溜めた目が祈るように私を見た。この人の意志は彼自身でも曲げることができないのだろう。時計の針は十三時を回ろうとしていた。ほどなく船は出港するだろう。
『――まだ全然時間になっていないよ』
 お前は気高いままでいて、私が泥を被ってやる。そう思ったんです。
 路地裏でチャールズの肩を抱えながら汽(き)笛(てき)の音を聞きました。戦争が終結したのはそれから半年と経たない頃です。私はチャールズを匿(かくま)いました。彼は言った、『僕を分かってくれるのはお前だけだ。ジェフリー』。
 あばら屋だが住む場所と食べるものを与え――でも思いもしなかった。朝から晩までチャールズが飲んだくれて、自分がその酒代を稼ぐために働く羽目になるとは。初めのうちはそれすら微笑(ほほえ)ましいと思っていたのが馬(ば)鹿(か)だった。襤褸(ぼろ)雑(ぞう)巾(きん)のように働かされる日々が二年も続くことになるとはまさか夢にも。それでも大目に見てやっていたのに、酔ったチャールズは近所の人間と言い合いになって暴力沙(ざ)汰(た)を起こしたんです。
 まるで力を示すみたいに、嬉(き)々(き)として民間人に暴力を振るう彼を見たとき、なんだかすごく悲しくなりました。もしこの手にナイフがあったなら殺してあげていた。私は燐寸(マッチ)を手に取って、チャールズが未練がましく仕舞っていた軍服に火をつけました。
 チャールズが姿を消したのは翌朝のことです。それから十年間、昨年に再会するまで私の前に現れることはありませんでした。理由を尋ねたりはしていません。きっと、いや間違いなくチャールズは敵前逃亡の罪で服(ふく)役(えき)していたと察しがついていたからです。

     ***

 一九二〇年の六月。身柄を拘束された僕は本国へと送還された。軍法会議の結果、禁(きん)錮(こ)五年の刑が確定し、英国南部の軍刑務所への収容が決定した。五年の服役で済んだのは、中佐である祖父の功績を加味してのことだろう。祖父以外の家族は軍法会議を傍(ぼう)聴(ちよう)しにきた。母は一言も喋らず、弟(てい)妹(まい)はかつてない軽(けい)蔑(べつ)の眼差しで僕を見ていた。傍聴席に同期の姿を見つけた。合わせる顔などどこにもなかった。「ビクトリアでチャイニーズの男といた」と密告が上がってからはもっと惨(みじ)めだった。
 夜明けより早く、ラッパの音が僕を叩き起こしにやってくる。襤褸切れみたいな服を着替えることも叶わず雑居房を追われ、長い一日が始まる。食堂の長テーブルへ等間隔に座って、味も触感も弱い飯を黙々と口へ運ぶ。一切の私語は禁止されている。食事が終われば土木作業か軍需品の梱(こん)包(ぽう)作業が待ち受ける。向かい合わせに並んで座る一同は一様に虚(うつ)ろな表情をしている。ここに収容された人たちはみな同じ、敵前逃亡を犯した「腰抜け」だ。
 僕は奴らとは違う――出港の日、僕は体調が悪かったのだ。食あたりか何かだったんだ。涙が出たのは嘔(おう)吐(と)による生理的なものだ、震えていたのは体調不良で役に立てないことを恐れてだ! それをあの男は怖じ気づいていると思って引き留めた。噓の時刻を教えてまで。親切の押し売りも甚(はなは)だしい。それでも奴を頼る他なかった。警察や憲兵に見つかれば最悪の場合死刑に処されからだ。
 だというのに、奴は臭(くさ)い物に蓋(ふた)をするみたいに僕が人に初めて見せた甘えを見て見ぬふりをした。彼の歯切れのよい物言いは傍(はた)から見ている分には気にならなかったのに、肩を借りようと寄りかかると、こうも胸を刺すのかと。彼の嫌な部分に気づくほどに、後悔の恐怖が肺(はい)腑(ふ)を凍らせた。酒に溺れている間だけ解放される。ジェフリー・チャンは僕の軍服を灰に変えた。それを見て分かった、お前は軍人としての誇りを徹底的に踏み躙(にじ)ることで、同じ英兵だった父親に復(ふく)讐(しゆう)したかったのだ。
 真冬の雑居房は氷(ひ)室(むろ)さながらだった。石造りの部屋はつま先から指先から冷気を注ぎ、冷えた毛布は空気を抱いているのと変わりはしない。こんな夜は決まって思い出す。噓みたいな色の海。ゆったりと海面を割って往く船と、舞い上がるまばゆいほどのパナマ帽。生涯で最も美しい記憶。この未来を知っていれば、船から身を投げてあの風景と一つになって消えたのに! 翌朝、ラッパよりも早く、水が滴(したた)る音で目を覚ました。同室の男が毛布で首を吊って死んでいた。男の脚を伝い落ちる糞(ふん)尿(によう)の床を叩く音が、いつまでも、いつまでも……。

 五年の歳月が流れ、二十五になった年に刑期を終えた。刑務所を出ると、拘束されたときに没収された荷物が返還された。その中に見つけた、薬瓶。ハッカと甘ったるい香辛料――ジェフリー・チャン。
 いつか絶対同じ目にあわせてやる。

 五年間ほとんどの私語を禁じられていたために、服役を終えてすぐのうちはまともに言葉が話せなかった。言葉を覚えたての赤子の舌足らずな発音が、大人の男の声で自分の喉から出てくる嫌悪感に幾度苛(さいな)まれたか。生まれ育った町から離れ、職を得た。服役を終えて二年後、投(とう)獄(ごく)前の僕を知らない女性と恋に落ち、翌年籍を入れた。どの仕事も肌に合わず職を転々とし、直近では貿易会社に就職した。日々の業務は波風もなく過ぎてゆき、あっという間に出所から五年の時が流れた。
 一九三〇年、僕は再びビクトリアの地を踏むことになる。広東(カントン)語の素養があるという理由で、ビクトリア支店への出向を命ぜられたのだ。

 二度と舞い戻るつもりはなかった。退職を考えたが、頑(かたく)なに拒めば敵前逃亡を犯したビクトリアの地を避けるみたいになってしまう。違う、あれは体調不良だった、後ろめたいことなど何もない。妻は帯同させなかった。僕の過去に触れる土地と彼女とに繫がりを持たせたくなかった。出向先の支店が中環(セントラル)とは対岸の訪れたことのない地区にあると分かったとき、生きた心地がした。一筋の光が見えた。けどそれを生温い潮風が許さない。無秩序に混在する英語と漢字の看板が、まるで長い唄のような異国の言葉が、僕をあの頃に引き戻す。ハッカと甘ったるい香辛料のにおいがしたのはほんとうか、僕が作り出した幻(まぼろし)か。
 ――どうして、どうしてまた出会ってしまうのだろう。

「『ジェフリー・チャン』? ああ、そういえばいたっけか、そんな奴」
 僕は彼を今しがた思い出したふりをした。彼の名前は昨日呼んだばかりのようにするりと口から滑り出た。彼は麻の民族服ではなく、糊(のり)のきいたジャケットとトラウザーズに身を包んでいた。そうか、お前は身を立てたんだな。どうして僕が着ているのは軍服じゃないんだろう。
 今までどこにいたんだと奴は問うてきた。豚(ぶた)箱(ばこ)に決まっているだろうがお前のせいでな。「知人に匿ってもらってた」と口からは出た。見られたくなかった。見るな、これ以上僕を見るなと憤(ふん)怒(ぬ)が堰(せき)を切る。お前を殺せば、なかったことにできるか。ナイフで刺してそのジャケット汚して、死体をバナナ畑に棄(す)ててやれば。この人生は清算できるか? お前にさえ出会わなければ。生涯を一点の曇(くも)りもなく終えられたのに。ぜんぶお前のせいだ。お前の。僕は目の前の男の死を心の底から渇望した。なのに、彼は言ったんだ。
「生きていてくれてよかった」
 そう言ったんだよ……。

 分かってた。お前はそういう奴だよ。軍服に火を放ったあと奴が授けてくれた言葉を覚えている。
『今日までのお前は灰になった。これからは自分で生き方を選ぶんだよ!』
 あれが彼なりの𠮟(しつ)咤(た)激励だと、分かっていたのに認めたくなかった。
「お前は、厳しいのは言葉だけだと僕は知っていた。昔から」
「厳しい? 軍人さんに愛の鞭(むち)は痛かったか」
「……だいぶ。だいぶ効いたよ」
 ごめん、ジェフリー。ジェフリー・チャン。ほんとうはお前が噓の時間を言っているのに気づいてた。僕がお前に噓をつかせた。お前を許せなかったんじゃない、僕は自分の弱さが許せなかった。弱さをさらけだしたのに、ちっとも欲しい言葉をくれないお前への逆恨みだった。でも今親しみ込めて僕の名前を呼んでくれるなら恨みなんてないよ。あるものか。
 やっと、やっと僕は心を偽(いつわ)らず生きられる。

     ***

「ひとつ、訊(き)いてもいいですか。刑事さん、チャールズは毒で死んだと言いましたが、毒はどこに入れられていたんですか? 『薬に』……? 彼はなにか薬を飲んだんですか」
『いえ、塗り薬です。チャールズさんは毒物が混入した薬を塗った手で物を食べたようです』
 刑事は黙って卓上に薬瓶を置いた。かすかに、ハッカと甘い香辛料のにおいがした。
 それはチャールズの出征前、私が彼に贈った塗り薬そのものだった。昔から私は瓶のラベルに開封日を書き留めるようにしている。目の前のラベルにあるのは、私の字で間違いない。でも何故(なぜ)そこから毒物が? あれはチャールズに渡す直前まで日常的に使っていたんだ、毒など入っていないことは私が一番よく知っている。刑事は言った。
『あなたが毒を入れてチャールズさんに渡した――違いますか?』
 ――嵌(は)められた。誰かがチャールズを殺して、罪を私になすりつけようとしている。恐らくは彼の手記を見つけて計画を思いついたに違いない。だから食べ物でも飲み物でもなく、この薬瓶なのだ。だが詰めが甘い。
「私がそれを贈ったのは何年前だと? 十三年も前です。その間いくらでも誰かが毒を入れられたはずだ」
 刑事もその一点に関して考えあぐねているようだった。チャールズの死がたとえば彼を匿っていた二年の間か、没収されていた薬瓶が返還された直後であれば自(おの)ずと容疑者は私に絞られただろうが十三年経っては。そもそも開封から十年以上過ぎた薬を使う可能性など低かっただろうに。何かがおかしい。なにか引っ掛かる。こんな回りくどいやり方でなくとも、他人に罪をなすりつけるなんていくらでもやりようがある。つまるところ犯人は他の誰かではなく、どうあっても私に罪を着せたいらしい。――ならば、犯人は私になにか恨みがある……
 ……お前か。
 お前なのか? 自分の命と引き換えにしてまで私を牢(ろう)獄(ごく)に入れたかったか。同じ目にあわせたかったのか。当時の私はただ、理想論の奴(ど)隷(れい)みたいな彼が憐(あわ)れだった。死にたくないくせに曲げられない意思を、代わりに曲げてやらねばと思っていた。彼の言う通り、親切の押し売りだったんだろうか。あの時彼を船に乗せていればこんなことには……
 ……本当に?
 本当にそうか? 今の仕事を放り出して、本当に私を同じ目にあわせるためだけに死んだのか、あのチャールズが? ましてや奥さんを残して、そんなことするか? 違う。違うだろ、ほんとうは私を陥(おとしい)れようと毒を盛ったのは何年も前なんだろ。それで普段家に常備してる方と間違えて使ってしまったんじゃないのか。

 がっくりと項(うな)垂(だ)れた。だから今なのだ。顔を覆(おお)って、指先で眉(み)間(けん)を擦(こす)る。……どうしてもっと早く実行しておかなかった。今となっては私が犯人とは一意に特定されない。これじゃあ、ただ死んだだけじゃないか。
 目鼻の奥が痛くて熱い。喉がひりひりと絞めつけられる。昨日の晩、一緒に飯を食ったばかりだった。あれが最後になるなんて、知っていれば――。チャールズが初めて私の言葉で喋りかけてきた日を思い出す。死なせたくなくて戦場へ行かせなかった。生きてほしかったから軍服を焼いた。彼は刑に服し、けじめをつけたうえで職と家庭を得た。その行き着く先がこれなのか? 私がお前の心汚してでも生き方曲げさせたのは、お前を無駄死にさせるためなんかじゃない。
「――私が殺しました」
 刑事は、供述を一変させた私を怪(け)訝(げん)に思いながらも、犯人検挙の手柄を前に俄(にわか)に浮き立っている。このまま嘘をつき通す。いつかのチャールズが立てた計画を成し遂げてやる。彼にしてやれることはそれしか残っていない。
 鼻の内側を温い水が伝う。鼻水はすすれない、犯人の私が泣いているなど不自然だ。泣くな、今から私はもっともらしい殺害動機をでっちあげなければならない。でも葬式すら出られていない。ちゃんと悲しめる時間なんてなかった。もう顔も見れないのに。お前という人間を、赤の他人の刑事に手記を読み上げられるまで知らなかった。
 俗世に塗(まみ)れながら地に足つけてここまで生き抜いてきたお前が誇らしい。一丁前に嘘なんかつけるようになった今のお前と酒が飲みたい。まだやりたいことがたくさんあったろう。これからだろう、まだ。あんまりだ。こんな終わり方はあんまりだ。悔しくて、悔しくてならない。声が裏返らぬよう喉に力を込める。チャールズ……、会いたい。
「私がやりました」。垂れた鼻水を俯いて隠す。泣くな。泣くのなんか牢獄の中でいくらでもできる。お前を犬死にになどさせてたまるか。私がすべて被ってやる。もうこれしかないのだ、チャールズと私の繫がりは。死ぬまで何十年、死んでからも二度とないのだから。
 でも刑事は言った。
「あなたが犯人なら、そんな顔で泣いたりしない」

【おわり】