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キャスター探偵 愛優一郎の宿敵 SHORT STORY

 『パートナー』 愁堂 れな

金曜23時20分に始まるニュース番組『イブニング・スクープ』のキャスター・愛優一郎はテレビの前の女性視聴者のアイドル。にも関わらず、スーツに頓着しない愛に、敏腕プロデューサーの池田からある提案が上げられて・・・!??
『パートナー』
「愛、スタイリストを雇う気はないか?」 番組のプロデューサーにして、大学の大先輩でもある池田から、何度受けたかわからない要請をまたも口にされ、やれやれ、と僕は肩を竦めた。
「また番組に苦情でも来ましたか」
「苦情というよりは要望かな。せっかくかっこいいのに毎週同じスーツでは勿体ない。解説のおじいちゃんにスタイリストをつけるくらいなら、愛キャスターにこそつけてほしい、というね」
「……進藤さんも僕も衣装は自前だと、次回放映時にでも発表しましょうかね」
解説の進藤にも飛び火してしまうのは申し訳ない。溜め息を漏らしつつ告げた僕に池田が今回は食い下がってきた。
「勿論、費用は局で持つよ。今までのような『問題』が起こらない相手を厳選する。騙されたと思って引き受けてくれないか」
「……お世話になっている池田さんにこんなこと言いたくないんですが、もう何度も騙されてますよね?」
僕の言葉に池田が、うっと言葉に詰まったのは、心当たりがありまくるためだと思われた。
「前回も『騙されて』お願いしましたが、マンションの鍵を変える羽目になりました。その前が盗撮された上半身裸の写真がネットに流出したんでしたっけ。その前が……」
「わかった。俺が悪かった。しかし今度は男にするから」
「……三人目が男で、楽屋で押し倒されそうになったこと、もしやお忘れですか?」
「……あー……」
どうやら忘れてはいなかったらしく池田がまたも言葉に詰まる。暫しの沈黙が二人の間に流れた。
「……そういうわけなので、スタイリストの件は『なし』ということで」
有意義とはいえないこの話を切り上げ、来週の特集へと話題を変えようとした僕の前で、池田が深い溜め息を漏らす。
「確かに男の俺から見てもお前は魅力的だと思うよ。イケメンだし理知的だし適当にセクシーだし……しかしだからって共演者は全員恋に落ち、スタッフまでもお前に夢中になるって、ものには限度というものがあるだろうよ。なんだってそんなにモテるんだ?」
「……わかりませんよ、そんな」
理由があるなら教えてもらいたいくらいだ、と言い返した僕を前に池田が尚も溜め息をついて寄越す。
「モテるからこそ、『奥様のアイドル』『金曜二十三時二十分の男』の異名も持つし、番組の視聴率も深夜近い時間であるにもかかわらず二十パーセントに迫る数字を稼いでくれているんだとは思うんだが、にしてもモテすぎだろう」
少し酒が入っているからか、池田の愚痴が続く。
「まずはアシスタントの女子アナが交代、お天気お姉さんが交代、あとはスタイリストが五人交代、メイクもだっけ? おかげでスタジオには女っ気が殆どなくなることとなり、金曜日はジジ専とも言われている。もうさ、愛、いっそ、結婚でもしたらどうだ? じゃなかったら出家。あーでも、愛の坊主頭がいい、なんてまた話題になるんだろうな。結婚にしても愛人志願者が続出しそうだしな」
「ご迷惑をおかけし、申し訳ないです」
自分から何をしたというわけではないが、実際、迷惑はかかっている。それで頭を下げたことで、池田は自分が言いすぎたと察したようで、
「悪い。お前も被害者ではあるんだよな」
と頭を下げ返してきた。
「事務所のスタッフが辞めたのが痛いよな。確かスタイリングも彼に任せていたんだろう?」
まあ、飲もう、とグラスを合わせてきながら、池田が問いかけてくる。
「はい」
「二ヶ月前に一身上の都合だっけ。増員はしないのか? 一人じゃさすがに手に余るだろう」
「……まあ、そうですね」
池田が案じてくれるとおり、二ヶ月前に僕の助手をしてくれていた事務所のスタッフがいなくなってから、不自由を感じることは多くなった。
「まあ、増員するにしてもスタイリスト以上に人選は難しそうだが」
「……そうですねえ」
スタッフの退社はどこで公表したわけでもないのに、志願者が我も我もと押しかけ、先月はそれを捌くだけで随分時間をとられることとなった。
「後任が決まればスタイリングもしてもらえるし、雑事に煩わされることもなくなるだろうし、一気に問題解決となるんだろうがアテはまったくないのか?」
「仕事に追われて探す時間がないというのが現状ではあるんですが、心当たりもないんですよね」
あいにくなことに、と答えた僕に、池田は力になろうとしてくれたらしく、問いを発してくる。
「条件とか、あるのか? 愛に惚れないこと以外で」
「それ以外は特にないです。前任者同様、互いに信頼し合い、尊敬し合える関係を無理なく保てる相手なら誰でも。強いていえば料理上手で車の運転ができて、服飾に興味があれば尚よし、という感じですかね」
「それはハードル高いんじゃないか?」
池田が半ば呆れた口調で口を挟んでくる。
「どのあたりが『ハードルが高い』んです?」
意味がわからず問い返すと、池田は相変わらず呆れた調子で答えてくれた。
「お前の言いようだと、お前と同等の相手ってことだろう? 天下の愛優一郎と。そんな男――か女かわからないが、そうそういないんじゃないか?」
「そう――ですかね?」
「まあ、お前が捜しているのが『部下』でも『スタッフ』でもなく、『パートナー』ってことはよくわかった。見つかるかはともかく」
僕は首を傾げているというのに、池田はすっかり納得した顔になると、ぽん、と僕の肩を叩いて寄越した。
「当面、お前のスタイリングは俺がやろう。これでも服飾関係に興味はあるからな」
「プロデューサーにスタイリングをしてもらうわけにはいきませんよ」
さすがに、と断ろうとした僕の肩を池田が強い力で掴む。
「そう思うのなら一刻も早く、お前の『パートナー』を見つけるんだな」

* * *


「……というわけで、竹之内が来るまでの三ヶ月間、俺が愛のスタイリングを担当していたんだよ。色が派手だのバブル臭がするだの、さんざん文句言われながらさ」
泥酔した池田に絡まれ、竹之内が困り果てている。その話は僕が知っている限り、もう五回はしている、と間に割って入ろうとしたのを察したのか、池田が今度は僕に絡み始めた。
「お前の言ってた条件、なんだっけ? 料理が得意で車の運転ができて、服装のセンスがいいこと、だったよな。竹之内はめでたく条件に当てはまったのか?」
「車の運転はできますけど、あとは自信ないですね」
このやり取りも五回目だろうに、同じ答えを返しながら竹之内が苦笑し僕を見る。
「よく雇ってくれたものだよ」
「まあ、巡り合わせだよね」
幸い、池田は僕の言葉を覚えていないようで、いつもそれ以上、話は発展しない。さすがに本人に知られるのは照れくさい、と今までの四回と同じく流そうとした僕の目の前、池田がにやり、と笑いかけてくる。
「パートナー、だよな」
「……っ」
まさか。覚えていたとは。唖然とした僕に竹之内がきょとんとした顔で問うてくる。
「パートナー?」
「なんでもない。ほら、竹之内、氷がないぞ。持ってきてもらえるか?」
「あ、ほんとだ。わかった」
慌てて立ち上がる竹之内を横目に、池田が僕に笑いかける。
「よかったな。信頼し合え、尊敬し合える相手が見つかって」
「……ええ。まあ」
頷いた自身の頬が紅潮してくるのがわかる。
「愛も可愛いところがあるんだよな」
はは、と笑う池田がこれ以上、余計なことを言わないようにと僕は彼のグラスに濃すぎるくらいのウイスキーを注ぐと、
「さあ、乾杯しましょう」
とそのグラスを呷ることを促したのだった。