初版で装画を担当した飯田晴子による、描き下ろしカバーイラスト!
すべての巻末に、氷室冴子ゆかりの作家、文筆家たちによる解説を収録!
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『銀の海 金の大地』冒頭を少しだけ…!
1 水の民・息長
夢のなかで、真秀は船にのっていた。これは夢だと、夢のなかでわかっている。
(だから、怖くないよ。これは夢だもん)
何度も、自分にいい聞かせてみる。
(しっかりするのよ、真秀! 息長の連中に笑われてしまう)
けれど、体がいっときも落ちつかずに、ぐらぐらと揺れ続ける恐ろしさは例えようもない。夢だとわかっていても、身の毛がよだつ。
帆を大きくはった海船は、野をかける鹿のように、海をすべっていた。
それは、あまりに大きな海船だった。淡海の湖にうかぶ丸木船とは、比べものにもならない。
こんな大きな船が沈みもせずに、海に浮かぶというのが、真秀には信じられなかった。船には、漕ぎ手も入れれば、二十人はのっているのだ。
いつだったか息長の男のひとりが、海はシオの流れがあるから、湖よりも走りやすいといっていた。シオがあると、こんなにも違うものなんだろうか。
(海は、湖とはちがう。ぜんぜん違うわ!)
真秀は楫を握りしめながら、なんども息をのんだ。
淡海の湖では、細波が小舟の舷をピシャピシャと叩き、船はどこまでも穏やかに、ゆらゆらと進んだものだった。
濃い碧色をした湖は、お陽さまの光をすいこみ、碧玉のように美しい。
淡海の湖を、こわいと思ったことはない。
真秀は湖の国――淡海のクニで育ったのだ。
淡海のクニは好きではないけれど、それでもイヤなことや悔しいことがあったとき、泣き顔をみせないために、真秀は湖の岸べに走った。
湖の水で顔をあらい、ふと顔をあげると、はるかに続く水面はどこまでも静かで、心が洗われるようだった。
足もとを濡らすさざなみは優しく、少女の笑い声のように、かろやかだった。
けれど、今、夢のなかで船が走っているのは、塩からい味のする銀色の海なのだ。どこまでも続くのは、ほんものの大海原だ。
牙をむいて、たち向かってくる大波。
この続きは文庫で…!