スペシャルミニ小説

きみを忘れないための 5つの思い出(しるし)

 SHORT STORY 『きみを忘れないための5つの思い出 前日譚』 半田 畔

 SHORT STORY 『きみを忘れないための5つの思い出 前日譚』 半田 畔

転校前に、「ずっと忘れない」と約束した友達も、クラスのみんなも、わたしのこと、忘れてしまった。それでも私は、無理に笑顔を浮かべてでも、心に「あること」を誓う――

『きみを忘れないための5つの思い出 前日譚プロローグ
 引っ越しが決まり、登校最後の日、こんなことを言ってくれる友達がいた。久水ちゃんといって、唇のしたのほくろが可愛い子だった。
「不破子ちゃんのこと、忘れないからね!」
「本当に? えへへ、ありがとう」
「当然よ。隣の席で誰よりも仲良くしていたのはあたしなんだからっ」
 引っ越しが落ち着いて、五日たったとき、こっちの様子でも報告できたらいいなと思い、久水ちゃんに電話をかけてみた。
「もしもし、不破子だよ。みんなは元気?」
 すぐには返事がなくて、その間ですべてを察した。希望の火を、暗がりからあらわれた通り過がりの誰かが、ふっと消していく景色が浮かんだ。
「すみません、どちら様ですか? 不破子って、誰?」
 それで電話を切った。アドレス帳から久水ちゃんの連絡先を消した。SNSのチャットツールを起動し、クラスのグループルームにコメントを登校する。
『こっちは引っ越しが終りました。みんなはどう? 数学の授業はいつも通り退屈?』
 むこうにいた間に盛りあがっていた授業の話題を持ちだして、反応を待ってみる。一分もしないうちに、既読のマークがついて、どきりと心臓が跳ねる。
見つめているうち、次々と既読の数字が増えていく。クラスはわたしをのぞいて32人いた。32人が全員閲覧されたことを画面が告げてくる。コメントに対する反応はひとつも返ってこなかった。そっとグループから退会した。SNSのアプリもアンインストールした。わたしには、返ってくるかもわからないメールのほうが、きっと向いている。
引っ越しを繰り返すたびに、自分の体質を自覚するようになった。きっとわたしだけが持っている異質な何か。極端にひとに忘れられやすくなるという、この力。正体はわからない。いったいなんだろう? 神様のいたずら、何かの呪い、目覚めた超能力、宇宙人がさずけた力。ひどくあいまいで、ぼやけたこの体質の正体に、明確な答えを持って、つかめずにいる。
 新しく通う高校の制服が届いた夜、お母さんが言ってきた。
「いつもごめんね、不破子」
「いいんだよ。お母さん。大丈夫、慣れっこになった」
 泣くかわりに笑って見せると、泣いたときよりも困った反応で、お母さんがわたしを抱きしめた。どれだけ泣いても、涙を流しても転校を取り消せないと気づいてから、無理やり笑うようにしている。
 世の中には涙が通じるときと、通じないときの二つがある。女子は特にこれを覚えておくべきだと思った。わたしはきっと、早いうちにそれを学ぶことができた。わたしの涙は繰り返される親の事情による引っ越しには、抗えない。
 登校初日、いつもより十五分長く姿見の前に立って身だしなみをチェックした。新しい制服も、悪くなかった。玄関に見送りにきたお母さんにこう言った。
「わたしね。いつか誰もが名前を覚えていられるような、有名人になろうと思ってるの。隠してたけど、それが将来の夢なんだ。何で有名になるかは、まだ決まっていないんだけどね。えへへ」
 ほおをぽりぽりと掻いて、笑いかける。お母さんもそっと笑みを返してくれた。みんながわたしを覚えてくれないことを、この体質のことを、きっとお母さんも知っている。話題にだしたことは一度もないけど、気づいたまま、黙ってくれている。わたしとお母さんは隠している秘密を見せあって、くすぐったそうに笑い合う姉妹みたいだ。
「不破子なら、なんにだってなれるわ」
「手始めに、次の高校のテストで一位を取ってこようかと思って! 今度通うところはね、成績が貼り出されるんだって。一番上、てっぺんのわたしの名前があったら、きっとみんな、覚えていてくれると思うんだっ」
 お母さんがまた抱きしめてきた。実は意外と力が強いので、苦しかったりする。力がこもるうちに、ぽんぽんと背中を叩いて、ほどいてもらう。
 元気をアピールするために、駆け足で玄関をでていった。
 通学路に合流し、同じ制服をきた生徒たちのなかにまぎれこむ。別に何も悪いことはしていないのに、見つからないかと、いまだけはひやひやした。目立ちたいはずなのに、そんな自分のちぐはぐさが可笑しかった。
 校門をくぐり、校舎にはいって地図通りに職員室をめざす。担任の先生に挨拶をして、一緒に教室へ向かう。
 一緒に教室に入る。まず先生が教壇で生徒たちの注目を集める。
「前から話していたとおり、今日は転校生がくる。初日なので、挨拶をしてもらおう」
 先生が話している間、教室のなかでひとつだけ空いている席を見つける。眠たそうに眼を細めている男子の隣だった。なんだろう、動物でいうなら、カピバラみたいだ。ちょっと可愛い。
 先生に合図されて、教壇に立つ。
 はじめの挨拶は決めていた。
 少しでもいい。
 誰かの記憶に、刺されと願う。


「わけあって転入してきました、遠藤不破子といいます。あだ名はふわふわです」

(……そして本編へ)