【入選】宝くじの行方(著:山田麻矢)
「長谷川さん宝くじ買いに行くんですか」
同僚の梅木萌が、食べ終わった弁当箱をしまいながら由起子に聞いてきた。
同僚といっても由起子より二十も年下だ。
小さな会社なので女性は二人しかいない。萌はかわいいし、愛嬌があるので会社のおじさん達にも人気だ。
このプラスチック雑貨を卸す小さな会社の女子社員は、二、三年勤めるともっといい会社へ転職するか、結婚して寿退社してしまう。ずっと居続けるほどやりがいのある仕事でも給料でもないのだ。
才気のある方ではない由起子は、このぬるま湯のような会社で経理事務をしていたら、転職の機会も結婚の機会も逃し、あっという間に二十数年もたってしまった。萌もよく彼氏の話をしているので、そのうち寿退社をしてしまうだろう。そうしてまた新しい女の子が入ってきて、由起子ばかりがこの会社に取り残されるのだ。
萌と休憩室でお昼をとった後、由起子は会社の近くの売り場へ宝くじを買いに行こうと財布を手にしたところだった。
「いつもちょっと気になってたんですよね。私も買ってみようかなー」
由起子のちょっとした楽しみは宝くじを買うことだった。月に一、二回ほど十枚ぐらい買ってつつましく楽しんでいた。時々昼休みに買ってきて、萌に見せたりしたので興味を持ったのだろう。
「いいよ。一緒に行こう。種類が色々あるけど知ってる?」
宝くじ初心者の萌は窓口でもたついてしまうだろう。買うものを前もって決めておいた方がいい。
「あの、数字を選ぶくじってありましたよね。あれをやってみたいんですけど。買ったことがないんで、どうやるのかわからなくて」
数字を選ぶ宝くじの中でもナンバーズやロト、ビンゴ5など色々あるし、ストレートやら、セットやら口数やら、連続して買うかとか結構複雑なので、萌に簡単に説明してあげた。
「私と彼の生年月日とかの数字を入れたいんです」
と萌が言うので、
「じゃあ、ロト6あたりがいいんじゃない。数字を六つ選んで、窓口でシートをもらってマークシートを塗ればいいの」
と勧めた。
二人は会社を出て、近くの銀行の宝くじ売り場まで歩いていった。五月晴れでさわやかな風が吹いている。アスファルトの舗道もキラキラ光って見えた。
(なんだか今日は当たりそうな気がする)
由起子はスクラッチくじを買おうと思っていた。今日はかわいい犬や猫の写真がプリントされたくじの、新シリーズの発売日だったからだ。
由起子は大の動物好きだったが、今のアパートはペット禁止なので、テレビの動物番組を観たり、野良猫をかまったりして、思うように動物をかわいがれない気持ちを紛らわせていた。
少し前までは、
「結婚したら会社を辞めて、庭付き一戸建てに住んで、犬と猫を飼いたい」
が夢だったけれど、四十を三つ越えた今、結婚に頼るのも難しい。
友人たちや会社に入ってきた女の子たちは次々と結婚していったけれど、アパートと、おじさんしかいない会社の往復をしているだけの由起子は、みんなどこで結婚相手を見つけてくるのか不思議だった。あまり社交的ではなく、知人の少ない由起子に異性を紹介してくれる人もいなかった。そういうわけで、
「宝くじが当たったら、庭付き一戸建てへ引っ越して、犬と猫を飼いたい」
が由起子がくじを買うモチベーションになっている。あとは人生にあまり山も谷もない由起子が、ちょっとしたわくわく感を楽しむためだった。
窓口には先客がいたので、萌、その次に由起子が並んだ。由起子は自分が萌の後ろにいて、萌が何か戸惑ったら教えてあげようと思ったのだ。
「あっ、これかわいい」
萌が窓口のそばの壁に貼ってあるポスターを見て言った。それは由起子が買おうとしている、スクラッチくじの発売のお知らせのポスターで、愛くるしいアメリカンショートヘアの子猫がこちらを見ていた。
「うちの『うに』が子猫の時にそっくりです」
そういえば前にスマホで見せてもらった、萌の飼っている猫と同じ種類のようだった。
「私やっぱりこれ買います」
萌がポスターを指さした。
「彼氏の誕生日はいいの?」
「はい。うにみたいなネコちゃんがくじになってるのも運命を感じるので、これを買ってみます」
二人ともスクラッチくじを十枚一セット買って会社に戻ってきた。まだ時間があったので、くじを削ってみることにした。
「硬貨で削るといいよ」
由起子はお手本に一枚削ってみせた。
スクラッチくじにも色々種類があるが、これは銀色にコーティングされた九つのマスを削って、縦、横、斜めのどこか一列に、同じ絵柄が三つ出たら当りだ。当選金額は出てきた絵柄によって決まる。
当選金額はくじによって変わるが、このくじの一等は猫の顔がそろったら百万円だ。あとは鈴の付いた首輪や魚、肉球やエサ皿など、猫にちなんだ絵がそれぞれ二等十万、三等一万、四等千円、五等二百円という金額になっている。
「あっ、猫が二つ出てます」
萌が由起子の削っているカードを見て言った。猫の顔が縦に二つ並んでいる。
「これって二つはよく出るんだけど、三つはなかなか揃わないんだよね」
縦ラインの最後の一マスを削ったら案の定エサ皿だった。
「やっぱりね。萌ちゃんもやってみたら」
休憩室にコシコシと二人がスクラッチくじを削る音がした。
「わー。猫が二つ出ました。どきどきするー」
「そうでしょ。結構楽しめるでしょ」
由起子は萌もくじ仲間になったら、昼休みの話題が増えるからいいなと思った。萌はマナーがよいので食べながらスマホを見るようなことをしないので、年の離れた自分が何を話題にしていいか困ることが多いのだ。
「猫が三つ出ました」
萌がつぶやいた。
同じ絵が三つ出ても同じラインでなければ当たりではない。萌に教えてあげなければ。由起子はいつもこれでがっかりする。
「どれどれ」
萌の削っていたスクラッチカードを覗き込むと、
「……」
猫の顔が斜め一列にきれいに並んでいた。
「これ当たってるんですか? 斜めになっちゃってますけど」
「……当たってるよ。一等百万円だよ」
あまりにも驚いたので、かえって感情が出ず、普通に返してしまった。
「えーっ、うそー。宝くじってこんなに簡単に当たるものなんですか?」
「いや、そんな……そんな……まさか……」
驚きのあまり言葉にならなかった。というのも由起子は二十年近く宝くじを買い続けていたが、当たった最高金額は一万円が一回だけで、次は五千円が三、四回、あとは五百円から三千円までの間がたまにと、末等の二百円か三百円ばかりだったからだ。
ネットの噂でも、あまりもに当たらないので、実は当たりを入れてないんじゃないかとか、当たり数字を決める的当ての機械を操作して、宝くじ関係者が当たるようにしているんじゃないか、とかいう書き込みがあった。
由起子はそんなバカなことは信じていなかったが、実際高額当選した人を見たことも聞いたこともなかった。
萌が初めて買って最初に削った一枚目が一等とは、ビギナーズラックにもほどがある。本当にうそみたいだ。
由起子は淡い期待を持って、自分の十枚パックの残りのくじを削った。一等の入っているパックの次に自分が買ったから、二等でも入っていないかと思ったのだ。しかし当たり前というか、いつも通りというか、当たっていたのは末等の二百円だけだった。萌は一等の他に末等とその上の千円も当たっていた。
削り終わると昼休みが終わってしまったので由起子は、
「当たったことを絶対人にしゃべらないように。特に会社の人には。くじをなくさないようにちゃんとしまっておいて」
と夢中でスマホで当たりくじを撮影している萌に口早に言うと席に戻った。
自分のことでもないのに何だか妙に興奮して、キーボードで伝票を打ち込むのも、電話に出るのもなんとなく上の空だ。ついつい萌の方を窺ってしまう。萌もちょっとぼうっとしているようだが無理もないだろう。
由起子はいつもより時間がたつのが遅いような気がしたけれど、やっと就業時間になって更衣室で萌と一緒になった。
「よかったね。彼との結婚資金ができたね」
「えー。まだそんな話は全然ないですよー」
「気をつけて帰ってね」
という会話をして萌より先に会社を出た。
由起子は帰りの電車の中でも、萌の当たりくじのことばかり考えてしまっていた。
一時の興奮がさめると、心の奥底に埋もれていたものが、ヘドロの中から浮かんでくるように、意識の表層に浮かんできた。よくないものだと分かっているので、由起子はそれが形を作らないように、なんとか抑えようとした。しかし抑えても抑えても、浮かんでくるのを止めることはできなかった。
(あの当たりくじは私が買うはずだったんじゃないの?)
いつものように一人で行ったら、あれは私が買っていたはず。二人で行ったけれど萌が急に気を変えなければ、あれは私が買っていたはず。
私が色々教えてあげて売り場まで連れていってあげたのに。私の方が何十年も買っているのに。萌は私がないものを何でも持っているのに。若さも、かわいさも、恋人も、そして猫も。
どうして神様は私の手から当たりくじを取り上げて、私より恵まれている萌に渡してあげるようなことをするんだろう。神様も会社の人たちのように、おばさんより若くてかわいい子の方がいいのかな。
由起子は一人暮らしのアパートに帰ると適当に夕食を済ませ、風呂に入って床についた。いつもは三十秒ほどで眠れるのに、目をつぶると昼休みの場面がエンドレスの映画のように思い出されて眠れなかった。
明日萌に、
「そのくじ本当は私が買うはずだったんだけど」
と言ってみようか。萌がどういう返事をするかはどうでもいい。言わないと気が済まないのだ。由起子にとってこれはお金の問題ではなく、運命の不公平さを黙って受け入れるのが悔しいのだ。
ほとんどそうしようと思いかけた時、
「そんなバカなこと言っちゃだめ」
別の所から声を上げる自分がいた。
あのくじは自分が買うはずだったと考えるからおかしなことになるのだ。それなら今日急に萌が宝くじを買う気になったのも、飼い猫に似たポスターを見て、くじを変更したのもそういう運命だったのだ。
だいたい売り場に並ぶ時、自分が萌を先に並ばせたのだ。自分で運命を変えたのだ。もし萌にそのくじは自分のものだなんて言ったら、その時の自分の顔はさぞ卑屈になっているだろう。そんなの絶対に嫌だ。たかだか百万円だ。そんなものでプライドを捨てたくない。
由起子は枕に顔をうずめて、隣近所に聞こえないようにすると、
「来世は勝ーつ!」
と大声で叫んだ。
何に勝つのか自分でもよく分からなかったが、とにかくそんな気分だったのだ。そうしてやっと眠ることができた。
翌朝目覚めると自分でも不思議なくらい気分がすっきりしていて、昨日のモヤモヤがすっかりなくなっていた。
(たまには大声を出すのっていいのかも)
会社に向かう時には、萌の『うにちゃん』はきっと福猫だから、スマホの待ち受け画面用にうにちゃんの画像をもらってみようか。ランチくらいならおごってもらってもいいかな。などということも考えていた。
なによりこんなに身近に一等に当たった人がいるということが分かったのが大きい。ネットの噂はやっぱり嘘だ。ちゃんと当たりは入っている。さすがに億の単位を当てるのは、隕石に当たるような確率だと思うけれど、百万円ぐらいなら自分も当たるかもしれないと思えた。また新たな気持ちで宝くじを楽しめそうだ。
由起子が会社へ着いて始業時間が過ぎても萌は来なかった。昨夜は興奮して眠れなくて寝坊したのだろうか。それとも早々に銀行へ換金に行ったのか。会社を辞めてしまうほどの大金でもないし。などと考えていると、
「遅くなってすみません」
と言いながら萌が来た。
萌を見たみんなはびっくりした。顔色が悪く目の下にはクマが浮き出て、いつもきれいに巻いてある髪はばさついている。下の方に目を移すと右足の膝小僧には包帯が巻いてあった。
「昨日会社の帰りにひったくりにあって……」
と萌が言うと、おじさん達はわっと萌を取り囲み、新聞記者のように質問を浴びせた。
「怪我は膝だけ?」
「どこで? 地元で?」
「カバン丸ごと? そう、スマホは手に持ってたの」
「警察には行った? キャッシュカードは止めた?」
「財布にいくら入ってたの? 五千円? じゃあ今度その分飲みに連れていってあげる」
とちゃっかり飲みの約束を取り付けるおじさんもいた。
由起子は萌の心配をしながらも、例の物が気になっていたが、みんなの前で聞くこともできず、おじさん達の輪の外にいた。
「顔色が悪いから今日はもう帰りなさい。長谷川さん駅まで送ってあげて」
と部長が言った。
萌は大丈夫ですからと言って、仕事をしようとしたが由起子が、
「萌ちゃん、行きましょう」
と言うと帰る気になったようだった。
二人で駅の近くまで行くと、由起子は駅前のコーヒーショップに萌を誘った。どうしても聞きたいことがあったのだ。会社に戻るのが遅くなるけれど、萌の気分が悪そうだったので休ませていた、と言えば問題ないだろう。
「大変だったね。大丈夫?」
コーヒーを持って席に着くと由起子は言った。
「はい。ひったくられた時はずみで膝をついて擦りむいただけなんですけど、精神的ショックが大きくて……」
萌が暗い顔をして話し始めた。
「地元の駅に着いて商店街を過ぎたあたりでひったくられたんです。暗くなってたけどそんなに遅い時間じゃなかったんで、油断して彼とスマホで話しながら歩いてたんです。それで後ろからバイクが来たのに気がつかなくて、ぐいってバッグを引っ張られて転んじゃったんです。
何があったのか全然理解できなくて、頭が真っ白になっちゃって転んだまま固まってたら、電話がつながってたんで私の悲鳴とバイクの音で彼が察してくれて、駅に戻るようにって言ったんです。自分もすぐ行くからって」
「そうなの」
「彼も帰宅途中だったんだけど、違う路線なんで駅で小一時間くらい待ってたんです。その間怖くて怖くて、彼の顔が見えた時は安心してぼろぼろ泣いちゃいました」
萌だったら泣いてもかわいいんだろうな、と由起子は思った。
「私がちょっと落ち着いてから、二人で交番へ行って被害届を出したり、カード会社に連絡したりした後、家まで送ってもらいました」
「それで、あのー」
由起子は当たりくじがどうなったか聞きたかったけれど、なんだか萌自身の心配より、くじの心配をしているようで、今まで聞きづらかったのだ。
「あれのことですね。バッグの中だったんで、一緒に持っていかれました」
萌が察して言った。
「もしかしたらくじを取り戻して、犯人も捕まえられるかもよ」
由起子は会社で萌がひったくりにあったと聞いてから、ずっと何とかならないかと考えていた。犯人が百万円の当たりくじを見つけたら、きっと換金に行くだろう。ひったくりをするほど金に詰まっているのだろうから。
百万円を超える賞金は銀行へくじを持っていってから受け取れるまで、色々確認作業があるから一週間程度かかるのだ。由起子はそんな経験はないけれど、当たった時のことを想像して、色々と情報だけは調べていた。
犯人が今日銀行へ行ってもすぐお金を手にすることはできない。萌は当たりくじをスマホに撮ってくじ番号がわかっているし、警察に被害届を出している。銀行間で情報を共有してもらい、その番号の当たりくじを持ってきた人がいたら教えてもらって、受け取りの時に警察に来てもらえば犯人を捕まえられるのではないか。
くじは番号でどこの売り場へ納入されたか運営側が把握しているようだから、そのくじはどこの売り場で買ったか萌は答えられても、犯人は答えられない。売り場の防犯カメラに萌が買っているところも映ってるかもしれないし、萌の物だと証明できるのではないか。
由起子が勢い込んでそう話すと萌は、
「犯人がくじを見つけられれば、ですけど」
とさらに暗い顔をして言った。
「お財布に入れてたんじゃないの? だったら気がつくはずでしょう」
「一等以外は財布の中に入れてたんですけど」
「一等のくじは……」
「ポーチの中のポケットティッシュの中です」
「ポケットティッシュ?」
「よく駅前とかで配ってますよね。中に広告の紙が入ってるやつです。それの広告とポケットティッシュの間に隠れるように入れてたんです」
「なんでまた、そんな所に」
「やっぱり舞い上がってたんでしょうね。とにかく人目につかない所に隠さなくっちゃって思った所がそこだったんです」
「うーん」
由起子は頭を抱えた。
「一応ポーチも開けてみるんじゃない?」
「どうでしょう。化粧ポーチの中に金目の物なんか入ってないと思うだろうし、開けてみても一目見てポケットティッシュの中に何か入ってるとは分からないと思います」
「はーっ……」
由起子と萌はそろってため息をついた。
ひったくり犯というものは、バッグを盗った後どうするのだろう。財布から現金を抜いたら財布もバッグも捨ててしまうのではないか。もし見つかったとしても、一年以上経ってしまっていたら交換期限が過ぎてしまう。
萌の用心がかえって裏目に出てしまったのかもしれない。それにしても昨日という日にひったくりにあわなくてもいいだろうに。
「現金だけ抜かれたバッグが人目につく所に捨てられて、警察に届けられればいいんですけど、山の中とか川に捨てられたり、ゴミに出されたりしたらもう……」
萌が言った。
「あの百万円、長谷川さんと五十万円ずつ山分けにしようと思ってたんです」
「えっ」
「私普段歩きスマホなんてしないんですけど、家に帰るまで我慢できなくてつい彼に宝くじに当たったことを電話しちゃったんです。長谷川さんに色々教えてもらって二人でくじを買って、会社で削ってたら当たりが出たことを」
「うん」
「あと帰り際に、賞金を結婚資金にすればいいって言ってくれたり、気を付けて帰ってねって言われたこととか。あっ、ほんとに気を付けなくっちゃいけなかったですね」
「そうだねえ」
由起子も本当にこんなことがあるとは思ってなかったので、社交辞令的に言ったのだが。
「そうしたら彼が、それってもしかしたら長谷川さんが当ててたのかもしれないのに、喜んでくれるなんてすごいねって言ったんです」
由起子の心臓がどきんと跳ね上がった。
「私それであっ、と思って。よく考えたらあの時私がついていかなかったり、最初に言ってたロトくじを買っていたら、あれは長谷川さんが買ってましたよね。売り場では上から順に渡していたし」
由起子の心臓はまだどきどきしている。
「昨日会社にいた時は舞い上がっちゃって、そんなこと全然気がつかなかったんですけど、彼に言われてやっと気がついて」
「……」
「私が長谷川さんだったら、すっごく悔しいと思うんです。ずーっと買ってる長谷川さんが当たらなくて、初めて買った私が当たっちゃって。それなのに私のこと喜んでくれて」
「……」
「本当はくじを長谷川さんと取り換えなきゃいけないのかもしれないけれど、私が買ったのも運かもしれないから、それも何か違うような気がして。それで賞金を山分けにしたらどうかなって思ったんです」
「……」
「そのことを彼に言ったら、それがいいねって賛成してくれて、そんなことを話しながら歩いていたら、ひったくりにあって……。
あれは長谷川さんの当たりくじでもあったのにごめんなさい」
萌はしょんぼりと言った。
「そんなこと気にしないでいいよ。あれは萌ちゃんのくじだよ。とにかく一応警察と銀行に相談してみたほうがいいよ」
由起子は自分の心が見透かされたような気がして、萌を慰めながらもずっとどきどきしていた。
二人で店を出ると、萌は警察と銀行に相談しに行ってみます。と言って駅の方へ歩いていった。
由起子はその後ろ姿を見ながら、もしうまくバッグが見つかってくじが換金できても、そのお金が欲しいとは少しも思わなくなっていた。昨日は口先だけの言葉だったけれど、今は心から萌と彼氏の結婚資金にすればいいと思った。
宝くじが当たれば、なんとなく人生逆転ホームランができるかもしれないと思っていたが、そんな神頼みみたいな考えだから自分はいつまでもダメなのだ。何ができるか分からないけれど、人より遅いかもしれないけれど、これからは少しずつ自分を変えていきたいような気がしてきた。
宝くじが当たりそこねて初めてそんな気になるなんて皮肉なものだが、とりあえずペット可の物件を探してみるのはどうだろう?
由起子が手にする所だった当たりくじは、するりと萌の手に渡り、萌の手からひったくりに奪われ、そうしてまたくじはどこかに身を隠してしまった。
「くじさん、どこへ行ってしまったの」
由起子は会社へ戻ろうと踵を返しながら、そっとつぶやいた。
【おわり】