吸血鬼と炎の雨 最終回

秘密
「ごめんなさい」
と、木村妙子は頭を下げた。
「私に謝らないで下さい」
と、エリカは首を振って、
「でも、アリスちゃんは可哀そうですよ。お母さんが死んだと思ってるんですから」
「ええ。それはよく分かってる」
と、妙子は肯いて、
「でも、こうしないと、アリスも危ない目にあうことになるの」
話を聞いていたクロロックは、
「どうやら、あんたはただの大学の先生ではなさそうだな」
「いえ、もともとは、平凡な教師だったんです。でも、偶然のことで、超能力者の研究に政府が係わっていることを知って、放ってはおけないと思ったんです」
「それがあの三田さんと菊池さんの研究なんですか?」
「ええ。外務大臣の直井が中心になって、超能力者を〈人間兵器〉として使えないか、研究していたの」
「そんなSFみたいな話……」
「私もそう思ってた。でも、三田さんは本気だったし、あの菊池って人も、確かに普通の人とは違うところがあった。――私はフランクフルトへ発つ直前、誰かからメモを手渡されたの。そこには、私の乗る便が撃墜されると書いてあった。もちろん本当じゃないだろうと思ったわ。でも、アリスの顔が思い浮かんで……。出発直前に飛行機から降りたの」
そう言ってから、妙子はため息をついて、
「危険だと言って、あの便そのものを止めてしまえば良かった……。そうすれば、みんな救えたのに」
「それはやむを得んことだ」
と、クロロックは言った。
「ええ……。もしそう言っても、誰も信じてくれなかったでしょう。でも――」
「むしろ問題は、なぜ旅客機を攻撃したか、ということだな。むろん許されることではないが、日本の政府が、もし前もって知っていたとしたら、大変なことだ」
「それって――AIのミスじゃなくて、ってこと?」
「果たして、超能力者が、旅客機の墜落を予知できるかどうか、実験したとしたらどうだ?」
「そのために、大勢が犠牲に? そんなのひど過ぎる!」
エリカは怒りに声を震わせた。
そこへ、
「木村先生」
と、広間へ入って来たのは、三田信代だった。
「三田さん。あの人は?」
「菊池さんは眠っています」
と、信代は言った。
「このM大の寮のことは、誰か知っているのか?」
と、クロロックが訊くと、
「最近はほとんど使われていなかったので、知っている人は少ないと思います」
しかし、そのとき、広間に菊池が顔を出した。
「三田さん……」
「どうしたの? 眠っていていいのよ」
「ここが……燃える」
「何ですって?」
「この建物が炎に包まれるんだ。僕は見たんだよ」
「まさか……」
クロロックが、立ち上がって、
「近付いて来る」
と言った。
「お父さん――」
「聞こえないか」
「聞こえる。ヘリコプターだね」
「一機ではない。それに、車の音もする。こっちへ向かっている」
「逃げなきゃ!」
と、菊池が叫んだ。
「ここを攻撃する?」
「〈炎の雨〉かもしれん。ナパーム弾のにおいだ」
「どこか隠れる所がある?」
「地下に倉庫があります」
と、信代が言った。
「ではそこへ入ろう。急げ!」
クロロックが指示した。
数台の車がM大の寮の前に停まった。
そして上空にヘリコプターが現れる。
車から降りて来たのは、直井の秘書、久野だった。ケータイで、
「大臣、どうしますか」
と訊いた。
「あの〈予言者〉とM大の三田を目の前の建物に追いつめました」
「結局役に立たなかったぞ」
と、直井が言った。
「では――」
「しかし、生かしておいたら、計画についてしゃべるだろう。スキャンダルの元は消しておく方がいい」
「やりますか。今、上空でヘリが待機しています。ナパーム弾を用意して」
「よし、やれ。燃えてしまえば、何も分からなくなる」
「かしこまりました」
久野は通話を切ると、車の中からマイクを取り出して、
「よし、投下しろ」
と命令した。
ヘリの扉が開くと、小型の筒状のものが建物に向かって投下された。
それは真っ直ぐに建物に向かって落ちて行ったが――。
建物まで数メートルというところで、なぜかぐっと方向を変えて、久野たちの方へ飛んで来た。
「ワッ!」
久野も反射神経だけは良かったようで、横へ飛んで、直撃は避けた。ナパーム弾は、久野の乗って来た車に当たると、一気に炎を上げて、それは車を丸ごと包み込んだ。
「馬鹿め! どこへ落としたんだ!」
地面に転がって、久野は怒鳴ったが、炎は後に続く車に向かってたちまち広がって行った。二台、三台と炎に包まれ、爆発が起こった。
「逃げろ!」
「助けてくれ!」
叫び声が飛び交った。
久野も、這うようにして逃げるので精一杯。辺りは一面炎の海になった。
「どうなってる!」
久野は必死で炎から逃れた。
――大混乱の中、建物からクロロックたちが出て来ても、誰も気付かなかった……。
「タイミングは難しかったがな」
と、クロロックは言った。
「でも、うまく行ったじゃない」
「久々に緊張したぞ」
ホテルのラウンジでお茶しているクロロックとエリカのテーブルへ、木村妙子がやって来た。娘のアリスが一緒だ。
「クロロックさん。――本当にありがとうございました」
「まあ、かけなさい」
「はい。でも……何てふしぎな方なんでしょう! 爆弾のコースを変えてしまうなんて」
「なに、あの日は風が強かったからな」
と、クロロックはとぼけて、
「あの三田信代と坂下が、久野の正体を明らかにしたな。直井も辞めざるを得まい」
超能力者を〈人間兵器〉にしようという計画は、マスコミで広く知らされ、批判が集まった。
政府は、
「全く関知していない」
とコメント。
「外務大臣が〈R国〉の国防大臣と組んで勝手にやったことだ」
と言ったのである。
「旅客機撃墜の責任追及はこれからです」
と、妙子が力をこめて言った。
クロロックが肯いて、
「頑張ってくれ。人の命一つは地球より重いと言うからな」
それを聞いて、アリスが、
「私の命も?」
と訊いた。
「当たり前でしょ」
妙子が娘の肩を抱いて、
「アリスの命は地球の百倍も重いわ」
アリスはちょっと目を見開いて、
「じゃ、私、着る服を探すのが大変だね」
と言った。
【おわり】