吸血鬼と炎の雨 第五回

会見
「多くの命を奪った、この度の攻撃は、決して許されるものではありません」
TVのニュース画面に登場して、コメントを読み上げているのは外務大臣だったが、それは全くただの「朗読」で、怒りも真剣さも感じられないものだった。
「何考えてるんだろ」
と、TVを見ていたエリカは腹を立てていた。
「ちゃんと責任取らせないで、どうするの」
クロロックがそれを聞いて、
「事情は分かるな」
「どういうこと?」
「こちらも、最近は兵器を作ることに熱心だ。最新の兵器となれば、当然AIが係わってくる。つまり、AIのミスで間違った相手を攻撃する可能性は、どんなに小さくしても、ゼロではない。R国を非難しても、次はこちらが同様の間違いをやらかすかもしれん」
「だから責任を問わないの? そんなのおかしいよ」
と、エリカは不満げに口を尖らしたが――。
「お父さん!」
と、TVを指さして、
「見て! コメント読んでる大臣の後ろに立ってる人」
大臣の後ろに半ば隠れているが、顔ははっきり見える。
「――なるほど、似とるな」
「ね? あの写真の男だよ」
坂下から送られて来た写真の男とそっくりだった。
「大臣のそばにいる。秘書か何かかな」
「うむ。――直接会って確かめるしかあるまい」
「白状させてやる!」
エリカは勢い込んでいた。
しかし――大臣がどこにいるのか、調べるのは容易じゃなかった。それは当然だろう。
「一人で行動するな」
と、クロロックには言われた。
「向こうは政府の人間だ。用心しなくては」
「うん、分かってる」
エリカは、新聞記者の知り合いがいることを思い出して、連絡した。
「――外務大臣? 直井さんだね。何の用だい?」
「あの、大臣その人じゃなくて、そばにいる人にちょっと会いたいの」
「秘書ってことか? 政治家は何人も秘書を抱えているからな」
「記者会見のとき、大臣のすぐ後ろに立ってた」
「それじゃ、きっと久野のことだろう」
「久野さんっていうんだ」
「そうそう、首相番の記者から聞いたけど、今の首相は体が弱いので、久野はいつも大臣のそばにいるということだった。そういえば、今夜、記者会見があるよ」
「本当ですか!」
「夜の七時からA会館だ」
「ありがとう!」
久野か。――ともかく話を聞かなくては。
「――この度の事故につき、首相は大変心を痛めておいでです」
と、直井大臣が言った。
記者たちは話をメモしたり録音したりしている。
エリカは記者席の後ろの方に座っていた。
――果たして、あの男が現れるか。
直井は、相変わらず、書いたものを読み上げるだけだった。
すると直井は言葉を切り、ちょっと眉をひそめて、
「おい、久野」
と呼んだ。
目立たない隅の方に立っていた男が、急いで直井のそばに駆け寄る。
あの男だ! エリカは改めて間違いなく久野がその男だと分かった。
「おい、どうなってるんだ?」
直井は久野に読んでいた原稿を渡した。久野はそれにザッと目を通して、
「これは……違います」
と、焦っている。
「違うですむか! どうするんだ」
エリカは呆れていた。――原稿なしでも、ちゃんと大臣としての見解を述べるくらいのことはできそうなものだが。
「情けないな」
と、すぐそばで声がして、エリカはびっくりした。
クロロックが、隣の席にいつの間にか座っていたのだ。
「お父さん。あれは……」
「なに、ちょっと手を加えてやったのだ」
「そういうことか。――どうするんだろ」
「秘書が原稿を用意しないと、会見も開けんとは、政治家とは言えんな」
直井は、ちょっと咳払いすると、
「大変重要な会議があるので、今日の会見はここまでとする」
と言ったので、記者たちからは、
「それはないでしょう!」
「大臣ご自身の言葉を聞かせて下さい」
「何が問題になったんですか?」
と、色々な声が上がった。
しかし、一切無視して、直井はさっさと席を立って、引っ込んでしまった。
記者たちも、それ以上は何も言わず、ブツブツ呟きながら会見会場を出て行った。
後に残ったのは久野という男だけ。
大臣を怒らせたのがショックだったようで、大臣の座っていた椅子に力なく座っていた。
エリカは久野と話そうと、歩み寄って行ったが、久野はまるで気付かなかった。
そして、突然、
「そうか!」
と、何か思い付いた様子で立ち上がると、
「あいつのせいにしてやる!」
と口走って、半ば走るような勢いで行ってしまった。
「――何だろうね、全く」
と、エリカが呆れていると、クロロックが、
「あの男が『あいつ』と言っているのは、おそらく――」
「坂下だね!」
「うむ。警告してやった方がいいかもしれんな」
爆弾を仕掛けたのが久野だとしたら、もう一度坂下の命を狙ってもおかしくない。
クロロックは、坂下のケータイ番号を聞いていたので、連絡をつけて、
「どこかへ隠れた方がいいぞ」
と、知らせてやった。
「分かった。教えてくれてありがとう」
坂下はすっかりクロロックの言うことを聞くようになっていた。
「それで、あの予言の方はどうなったのだ?」
と、クロロックは訊いた。
「信代がM大の寮にかくまっている」
「そこに集まろう。いいな?」
「うん、分かった」
その場所を聞いて、クロロックは、エリカに言った。
「あの直井という大臣は、おそらくもう予言などあてにしないだろう。久野が任されていたのかもしれん」
「そのM大の寮へ行ってみようよ」
「そうだな。久野もそこまでは知るまい」
と、クロロックは言った。
二人は会見場を出ると、坂下から聞いた場所へ向かった。
M大からそう遠くないが、そこがM大の施設だということが分からない建物だった。
「〈M大〉ってどこにも書いてない」
と、エリカは木造二階建ての古びた建物を見て言った。
「いや、そこにあるだろう」
クロロックが指さしたのは、入口の脇のほとんど消えかかった文字だった。
「ああ。――〈M大〉って書いてあるのね」
両開きの扉を開けて中に入る。
「どなた?」
と、女の声がした。
用心しているようで、
「名のって下さい」
と、姿を見せずに言ったが、それを聞いて、エリカは息を呑んだ。
まさか! でも、その声は……。
「神代エリカです! 木村先生?」
「まあ! あなた……」
旅客機で死んだはずの木村妙子が姿を見せたのである。
【つづく】