吸血鬼と炎の雨 第四回

予言と商売


 そこはモダンなオフィスビルだったが、一階正面の受付で、受付嬢を相手にしゃべっている男がいた。
「お前なんか、こんな所に座らせとくのは惜しいぜ。俺の店に来りゃ、月百万は固い。どうだい?」
「そういうお仕事には興味ありません」
 と、受付の女性は冷たく突っぱねていた。
「そう言うなよ。一度遊びに来てみな。飲み物はタダでいい」
 と、しつこく絡む。
 クロロックがせきばらいをすると、
「失礼しました。ご用件は」
 と、受付の女性は言った。
 クロロックにはその声で、受付でしゃべっているのが、あのときの電話の男だということは分かっていた。
「〈N企画〉のさかしたさんにお目にかかりたいのだが」
 当の坂下が、クロロックを眺めて、
「おい、俺がこの子と話してるんだぜ」
 とにらんで、
「割り込むってのは失礼だろう」
 受付の女性がどうしていいか分からず、立ち尽くしている。
「これは失礼」
 と、クロロックは、坂下の目をじっと見つめて、
「しかし、あなたは受付の女の方の邪魔をしているだけではないかな?」
 坂下がちょっとフラッとして、
うん、言われてみればその通りだ」
「坂下さんは大変紳士的な方だと聞いている。当然、受付の方に謝罪されることだろう」
「もちろんだ! いや、すまなかった! 二度とこのようなことはしない」
 と謝られて、受付の女性はあっに取られている。
 クロロックのさいみんじゅつにかかったのだが、坂下は、
「私が坂下ですが、ご用件は?」
「おお、それは偶然ですな! 少々ご相談したいことがありまして。一つ、近くのカフェでお話しませんか?」
「そうしましょう! 君も一緒にどうだ?」
 と、受付の女性に声をかけている。
 女性へのこだわりは変わっていないようだ。

「つい声が大きくなってしまいましてな」
 コーヒーを飲みながら、坂下は言った。
のぶさんの研究に出資されているとか」
「そうなんです。あの人の研究は大変すばらしい。予知能力のある人間を見付け出して、未来を変えて行こうとしている」
 どうやら、根は真面目まじめなところもあるらしい、とクロロックは思った。
「そのこころざしは大変結構だが、私が調べたところでは、おたくの〈N企画〉には、そんな大金を出すだけの財力がおありとは思えないのだが」
「まあ正直言って、うちは中小企業でして」
 と、坂下はアッサリ認めて、
「いわば業務代行をしているというわけです」
「なるほど。では本来の出資者は誰ですかな?」
「それは知りません」
「知らない? それは妙な話ですな」
「そう言われても仕方ないのですが、本当に知らんのです。ただ、ある日、〈N企画〉へやって来た男が、『10億円の出資をするのに、名前を貸してほしい』と言ったのです。そして一割をうちの手数料として払ってくれると。ほとんど何もしないで一億の収入ですからな。断る手はない」
「しかし、いささかうさんくさい話ではありませんか? 目的が何なのか、言わなかったのですな?」
「もちろん、うさんくさい話です。しかし、もともとうちもうさんくさい商売をしているのでね」
 と、坂下は真顔で言った。

「〈N企画〉は、いわゆる〈半グレ〉という暴力団の一種で、きょうかつなどお手のもの、という連中なのだ」
 と、クロロックは言った。
「ひどい話ね。でも、そんな連中に誰が代行を頼んだの?」
 と、エリカは言った。
「それはこれから調べるが、隠れている黒幕は、かなりの勢力があると思う。用心せんとな」
 と、クロロックは夕飯を食べながら言った。
 そのとき、TVのニュースから、
「〈N企画〉
 という言葉が聞こえて、エリカは思わず、
「え?」
 と、TVの方へ目をやった。
お父さん!」
 とらちゃんに食事をさせていたクロロックは気付かなかったのだが、
「どうした?」
「ニュース、見て」
 TV画面には、めちゃくちゃになったオフィスが映っていた。アナウンサーは、
「爆発物が仕掛けられたものと見られます。この爆発で、〈N企画〉代表、坂下いさむさんが即死しました
 クロロックは一瞬言葉を失った。
「お父さんが話した人だよね」
「うむ。何ということだ」
 クロロックは厳しい表情になって、
「私と話をしたせいだ。わいそうなことをした!」
「誰がそんなこと
「何としても、犯人を突き止めなくてはな」
 そのとき、クロロックのケータイが鳴った。出てみると、
「クロロックさん?」
 その声を聞いて、クロロックは目を丸くして、
「その声は。坂下さんではないか?」
「そうです。会社が大変なことになって」
「あんたは死んだとニュースで
「うちの社員です。色々買い物に行かせたので、俺のクレジットカドを持ってたんですよ」
「そうか。気の毒だった。私があんたと話をしたせいで狙われたのだろう」
「いや、びっくりしましたよ。俺もあの数分前まで社にいたんです」
「心当たりはあるかな?」
「うちに代行を頼んだ奴らでしょう」
 と、坂下は言って、
「全く! 世の中にゃ、ひどいことをする奴がいるもんだ」
 自分のことはたなに上げて、というところはあったが、腹を立てているのは確かだった。
「あんたも用心した方がいい。もし、生きていることが分かると、また狙われんとも限らん」
 クロロックの言葉に、坂下は初めてそれに気付いたようで、
「そうですな! いや、困ったな! どこへ隠れよう?」
「業務代行を頼まれたとき、直接話をした相手は分かるかな? 連絡先か、少なくとも電話番号ぐらいは聞いていたのでは?」
「それが。ともかく『何も訊くな』とだけ、くり返して言われたので」
「その男に会えば分かるかね?」
「どうですかな。あ、待って下さいよ。あのとき、金の絡む話だから、こっちも何か残しておきたいと思ってね。お茶を出したとき、女の子がこっそりスマホで写真を撮っていたんです。忘れていたな」
「その写真は見られるかね?」
「確かその子のスマホから俺の方へ送って来たと思いますな。捜してみて、あれば、そちらへ送ります」
「そうしてくれ。しかし、あんたは危うく死ぬところだったのだ。これを機会に、まともな仕事をしてはどうかね」
 と、クロロックは言った。
 それを訊いた坂下は、ムッとするかと思えば、
「そう言われると。代わりに死んだ奴も、まだ若かったんですよ。俺の所へ来なきゃ、その辺で遊んでて、その内好きな女でもできてたかもしれませんな
 と、やけにしんみりと言った。
 少しして、写真が送られて来た。
 メガネにスーツとネクタイのビジネスマン風の男だ。
「変装くさいね」
 と、エリカは言って、
「メガネを外して、髪もこんなにきっちり分けないで、ネクタイなし、スーツじゃなくてジャケットに
 と、写真に手を入れた。
 大分イメージの違う男になる。
「どこかで見た顔だな」
 と、クロロックは言って、じっくり眺めていたが
「そうだ。かんじんのことだ。例の予言のきくと三田信代。あの二人も、もしかすると狙われるかもしれん」
「でも、予言の研究がまだ途中でしょ?」
「明るみに出てはうまくないことがあれば、消される可能性もある」
 エリカは男の写真をじっと見つめた。

【つづく】