吸血鬼と炎の雨 第三回

謎から謎へ


 クロロックとエリカは、M大学の受付窓口で、
「今日、きくこうさんとお会いする約束をしているのだが」
「はあ
 受付の女性は、ちょっと当惑したように、
「お約束は三時ですか?」
「さよう。少し早いが、もしご都合がつくようなら」
「お部屋においでだと思います。二階の〈実験室〉という部屋です」
「ありがとう」
 と、二人が行きかけると、
「たった今も、お客様が菊池さんを訪ねてみえましたけど」
 と、受付の女性が言った。
「たった今?」
「ええ。ほんの五、六分前です」
 クロロックは、
「行こう」
 と、エリカを促して、手近な階段を駆け上った。
 エリカもすぐ後を追う。クロロックは何か不安なのだ。
〈実験室〉は、すぐに分かった。
 ノックもせずにバッとドアを開ける。机や椅子いすが並んでいる間に、白衣を着た男性が倒れていた。
 クロロックは駆け寄った。
死んでる?」
 と、エリカが訊く。
「いや、気絶しているだけだ。なぐられたのだろう」
「あの菊池さんは
「ここにはおらん。連れ出されたのかもしれんな」
 そのときだった。クロロックがハッとして、
聞こえたか?」
「え? 何が?」
「今、誰かが『助けてくれ!』と叫んだ」
「私、気が付かなかったけど
「待て!」
 正面に窓がある。カーテンが引かれていた。
 クロロックは駆けて行って、カーテンを開けると、窓を一杯に開けた。
「助けて!」
 はっきり聞こえた。その声は、上から聞こえて来た。
 窓から身を乗り出して上を見ると、屋上から人が落ちて来た。それは一秒の何分の一かのことだった。
 クロロックは片手を上に向けて、落下して来た男にブレーキをかけた。あまりに短い時間だったので、止めることはできなかったが、その男菊池は二階から一階へゆっくりと落ちて、下の地面に尻もちをついた。
「お父さん
「大丈夫だ。間に合ったぞ。大したけがはしていないはずだ」
 クロロックは窓から飛び下りた。エリカはドアから出て、階段を駆け下りた。
 窓の下へ回ると、クロロックがぐったりした菊池を抱き上げたところだった。
「それ、菊池さん?」
「ああ。誰かに屋上へ連れて行かれて、突き落とされたのだ」
「死んだの?」
「いや、気を失っただけだ。骨折もなかろう」
「良かったね! でも、どうしてそんな目にあわされたんだろ」
「この男にされては困る連中がいるのだろうな」
 クロロックは、ちょっと息をついて、
「一応病院に運んで行こう」
「ね、もしかしたら、菊池さんを突き落とした連中は、菊池さんが死んだと思ってるんじゃない?」
「そこを利用するか。エリカ、誰が帰って行くか、見届けてくれ。死んだかどうか確かめには来ないと思うぞ。誰だって十階の高さから落ちて助かるとは考えないだろうからな」
 そのとき、
「何かあったんですか?」
 という声がして、スーツ姿の女性が小走りにやって来た。
 そして、倒れている菊池を見ると息をんで、
「もしかして菊池さん?」
「あんたはどなたかな?」
 と、クロロックは訊いて、
「私はフォン・クロロックという者で、この方と先日お話をしたのだが」
「私はこの大学の教授で、三田みたといいます。三田のぶです。どうして菊池さんが
「いや、通りかかったら、ここに倒れておったのだ。幸い、気を失っているだけのようだが、一応病院へ運んだ方がいいだろう」
「分かりました。救急車を呼びます」
 三田信代はケータイで救急車を要請すると、
「クロロックさんでしたか。菊池さんとはどういう
「いや、この人が何やら予言をしているところに出くわしてな」
「そうでしたか! 外では言わないように、と念を押しておいたのですが」
「三田さんは、菊池さんを実験に使っていたのかな?」
「そうです。人間の通常の能力を超えた力予知能力のある人を捜し出して、研究室で話を聞いています」
 三田信代は五十前後だろうか、落ちついた知的なふんの女性である。
 菊池が、
「ウーン
 とうめいて、気がついたようだった。
「菊池さん! 大丈夫?」
 と、三田信代がそばにかがみ込む。
「あ。三田先生。僕はどうしたんだろう」
「分からないわ。ここで倒れていたって。今、救急車が来る。念のためよ。ちゃんと調べてもらって」
「いや、もう何とも。いてて
 と立ち上がって、菊池は腰を押さえた。
 十階の屋上から落ちたのだ。腰ぐらい痛くなるだろう。
 しかし、菊池は自分が投げ落とされたことを分かっているはずだ。「助けてくれ!」と叫んでいるのだから。
 それを隠しているのは、なにか訳があるのだろう。
「ありがとうございました」
 と、三田信代はクロロックに礼を言って、
「後は私が」
「そうか。では、よろしく。お大事にな」
 そのとき、三田信代のポケットで、ケータイが鳴った。信代はケータイを取り出して一目見ると、一瞬表情をこわばらせた。
 そして、クロロックたちに背を向けて、
「もしもし。はい、今はちょっと話せないのですが
 と、ひそめた声を出した。
 しかし、相手はそれですまないようで、
「どうなってるんだ!」
 と、大声を出した。
 クロロックの耳には充分に届く。
「あの後でご説明します。少し待って下さい」
「こっちは金を出してるんだ! 約束を守れないなら、金を返してもらおう!」
「ご説明した通り、これは予定通りに進むというものではないので
 と、信代は言いかけたが、
「言いわけは聞きたくない! ちゃんともうかる話だというから金を出したんだぞ。あと十日待ってやる。十日を過ぎて結果を出せなかったら、で訴えてやるからな! 分かったか!」
 と怒鳴って、切ってしまう。
 信代はクロロックへ、
「申し訳ありません、お見苦しいところを」
「どうやらお困りのようだが、何かお力になれれば
「いえ、大丈夫です! いつもこうなんです。言い方は乱暴ですが、本当はそうでもないので
 と、信代は無理に笑ってみせると、
「救急車が来るわ。行きましょう」
 と、菊池を促した。
「待って下さい」
 と、エリカは呼び止めて、
「一つ教えて下さい。この間、あなたが、〈炎の雨〉と言ってたのは、あの旅客機の事故のことですか?」
 菊池はあわてたように、
「いや、それは。そんなことを言いましたか?」
「ええ。あの旅客機に、知ってる人が乗っていたんです。何か知ってることがあったら教えて下さい」
 信代が間に入って、
「この人はとても神経質なんです。そんな風に問い詰めないで下さい」
「しかし
「話は後ほど。今夜、お会いします。必ず!」
 と言うと、信代は菊池の手を引いて、行ってしまった。
「お父さん。何かあるね」
「うむ。あの男を殺そうとした連中がいたのだ。あれはただの実験用のではなさそうだな」
 エリカのケータイがニュースを受信した。
お父さん、旅客機はR国のミサイルでげきついされたと分かったって。R国は、『AIがあの旅客機に危険人物が乗っていると判断した』と言ってるそうよ」
「AIのせいにしてすまそうと言うのか」
「とんでもない時代になったね」
 と、エリカはため息をついたが、
「お前のような若い者がそんなことを言っていてはいかん」
 と、クロロックは厳しい口調で、
「AIをどう使うかは人間が決めることだ。AIに使われてはならん」
「それは分かるけど
「ともかく、病院について行こう。あの男が、また襲われるかもしれん。死んだと思わせたとしても長くはもたない」
「じゃ、救急車に車でついて行く?」
「お前がついて行け。私は、あの女が電話で話していた、〈N企画〉のさかしたという男に会ってみる」
「どうして相手が分かったの?」
「なに、あの女のケータイ画面をちょっとのぞいてやった」
 吸血鬼の超能力とはあまり関係なさそうだった

【つづく】