【第◾️夜】 歌う髑髏、あるいは枯骨自賛


「そうだ、(せい)(れん)。今日は地方から来客があってな。ひとつ、珍しい話を聞いた」
 彩雲が月を追う。ごく穏やかで静かな、なんてことはない、よく晴れた夜のことである。
 (ゆう)の後宮、()星蓮に与えられた居室にて。いつもなら、妃の(かた)る物語に、耳を傾ける一方の皇帝陛下が珍しく、今宵は(おのれ)から口火を切った。
珍しい話、でございますか?」
「ああ。なんでも極東の志異(かいだん)だそうだが。なかなか、俺としては好みの筋立てでな」
 からげた翠色(みどりいろ)のとばりの奥、(ごう)(しゃ)(しんだい)の上で待つ(れい)(しょう)から、そんな風に声をかけられ。
 彼のために、壁際の卓で使い慣れた(きゅ)()()を温めていた星蓮は、パッと顔をそちらに振り向けた。飲みやすいよう茉莉花(まつりか)を加えた散茶は、湯を注ぐと、ふわりと爽やかな香りを立てる。
(何かしら。陛下もご興味を持たれるような、極東の志異って)
 危なげない手つきで茶を()れながらも、星蓮の心はすでに、玲翔の話に向かっていた。
 湯の中で、ゆっくりと茶葉が開ききるのを待つ間。いつも通り、一礼して同じ(しとね)に上がり。
 ワクワクと期待に瞳を輝かせる、物語好きの妃に、わずかに苦笑しつつ。玲翔は、ゆっくりと続きを語り聞かせてくれる。
「昔々、東の果ての、さる土地に。とあるごうつく張りな商人がいた。はじめ彼には、共に組んであきないをする、勤勉な仲間が一人。だが、欲をかいた商人は、(もう)けを独り占めするために、仲間を殺して山奥に(しかばね)を捨て、金をみんな持ち逃げしてしまった」
それは。ずいぶんと、物騒な始まりのお話ですね」
(かい)(だん)と言っただろう」
 商人は、奪った金で数年遊び暮らしたが、やがて蓄えが底を尽きそうになった。
 どうしたものかと悩みながら、かつて殺した仲間と、よくよく通っていた道を歩いていたところ。
 不意に路傍(ろぼう)の樹上から、この世のものとも思われぬ、美しい歌声がする。
「なんだろう、と商人が下から(のぞ)き込むと。不思議なことにそこには、真っ白な髑髏(どくろ)がひとつ。枝に引っかかって、カタカタと歯を打ち鳴らしながら、舌もないのに、朗々と歌っていたそうだ」
 世にも美しい歌声は、この髑髏のものらしい。
 しめた。これは好機だぞ。
 商人は、嬉々として髑髏を持ち帰り。それを通りすがりの客に聞かせては、小金を稼ぐようになった。
 こうして再び、懐があたたかくなった矢先のこと。商人に、大きな転機が訪れる。辺り一帯を治める領主から、「(ちまた)で評判の、歌う髑髏にいたく興味があるゆえ、城に参上して披露せよ」と命じられたのだ。
 なんと、ついていることだ。労せずして、褒美(ほうび)で大金をせしめられるはず。うきうきと城に向かった商人が、高座にてご覧じる領主の前で、うやうやしく髑髏を取り出したところ。思いがけない事態が起きる。
 今まで、商人が望めば、絶えず歌声を響かせてくれた髑髏は、そのときに限って、ピタリと口を閉じ。そればかりか、こんな話を語り始めた。
『どうかお聞きください、ご領主様。この時を待っておりました。私めは、数年前、欲深いこの商人めに金目当てで殺された、かつての仲間にございます。山奥に屍を打ち捨てられ、カラスがつついて(くわ)えた(くび)ばかりが、恨みを呑んだまま郷里の道端に戻ってきたのです』
 それを聞いた商人は、あっと叫んで逃げ出そうとした。が、領主の命を受けた兵士たちが、彼を押さえ込む方が早かった。
 たちまち悪事が露見した商人は、あわれ、その場ですっぱり首を()ねられ。そのうちに、己も真っ白な髑髏になってしまったとさ。めでたしめでたし
(ううん。なるほど
 話を聞き終えた星蓮は、思案に視線を巡らせると。両手を重ねる揖礼(ゆうれい)を一つ置き、ひとまず、こう確かめることにした。
不躾(ぶしつけ)ながら、陛下。質問を許されますでしょうか」
「遠慮なく」
「陛下はそのお話の、どんなところがお気に召したのですか?」
「どんなところ、か。そうだな
 この質問に対し。
 褥の上で胡座(あぐら)をかく玲翔は、やや視線を落とし、こんな答えを返してくれた。
「その執念が好ましいと思ったから、かな」
「執念が好ましい、ですか?」
「ああ。死してなお、己を殺したものへの復讐心を忘れず。失った舌で無理やり歌ってまで、(かたき)を討とうとした。髑髏の執念深さは、俺にとって、正直望ましいし、なんなら(うらや)ましい」
 玲翔はため息をつき、静かに続けた。
 そうやって、恨みや心残りを忘れず。死してなお、断罪してくれたらいいのにと。
「俺のそばには、ただ晴れやかに生者の幸せだけを願って、迷いなく己の命を捨ててしまおうとするものが多すぎた」
! そ、れは」
 はっと星蓮は息を呑んだ。
 彼は、思い出しているのだろう。星蓮がこの後宮に入って、そのまま冷宮送りになり。しかるべくして、彼に(こいねが)って百夜語りで命を繋ぎ。()()(きょく)(せつ)を経たあげくに、今に至るまでの経緯を。
 その物語と、そこで見つけた真実は、きっと彼の(こん)(ぱく)に焼きつき、心に消えない影を落とし続ける。これから、ずっと。
 それがわかっているからこそ星蓮は、迷った。
(どうしよう。私なんて、お声をおかけすれば。そうだわ)
「ええと、(せん)(えつ)ながら。歌う髑髏のお話ですが骨が声を出したり、詩を(ぎん)じたりするものも含め、私も、いくつか類話を耳にしたことがございます。西にも東にも似たようなお話があり、やはり仇討ちを目的にしている場合も多いです」
「そうなのか」
「はい。ですが」
 こくん、と小さく唾を呑み。
 星蓮はおっかなびっくり、続きを口に出した。
「枯れた骨が声を発する物語といえば、中には、こんな変わり種もございます」
 そうして星蓮が披露したのは、『枯骨(ここつ)自賛(じさん)』という物語である。
 昔々、あるところに。古びた堂廟を間借りして、暮らし始めた男がいた。
 しかし、夜になると、床下からボソボソ、何とやらんつぶやく声が聞こえてくるのである。
 気味が悪くなった男が、高名な道士を呼んで調べさせたところ。床下から、(がい)(こつ)が一つ見つかった。どうも話し声は、その口から響いてくるようなのである。
「不気味がって家の外に逃げてしまった男の代わりに、骸骨の声にしばらく聞き入っていた道士が言うことには。『この骨は、生前、それはそれは偉くて仕事のよくできる高官だった。みんなが自分のことを褒めそやしていたが、死んで墓に入ってからは、誰も褒めてくれなくなったので。仕方ないから、死後は、自ら己のことを褒め続けることにしたらしい』とのことでした」
 枯れた骨になってまで称賛がほしいなんて、どれだけ自分が大好きなんだ。まったく呆れた高慢ぶりだ、と。
 男は道士とともに大笑いして、しゃべる骸骨を元どおり埋めてやった。そのうちに満足したのか、つぶやき声はだんだん細くなり、やがて消えてしまったという。
「ほう。死してなお自賛する骨とは、愉快だな」
「おっしゃるとおりにございます。そして、同じ、枯れた骨が声を発するお話なら。私は、『歌う髑髏』のより、こちらの方が好きです」
「なぜだ?」
「私も、死してなお語るなら、この『枯骨自賛』に出てくる骸骨のように。恨み言より、もっと楽しいことがいいな、と
 例えば、己の知る限りの物語を。
 改めて礼を()り、首を垂れ、眼前の主君に奏上する星蓮に。玲翔は、蒼灰の瞳をやや(みは)ってみせた。
 そんな彼に、星蓮はさらに微笑んで告げる。今、己がここにいる意味を。彼のそばで、そうしたいと、心から願ったことを。
「ですから、その。私なら、たとえ骨になっても陛下の長い夜々をお慰めし、お心を楽しませる数多(あまた)のお話を、(かた)り続けてまいりたいのです」
 しかし。
「断る」
「えっ」
 口にした途端に、当の玲翔から、即答されてしまい。
 星蓮は、ぎょっと身をすくめた。
(そうよね。私ったら! い、いくらなんでも、差し出がましいことだったわよね
 あわあわしつつ、「申し訳ございません」と慌てて平伏しようとした星蓮を止めたのは、玲翔の「ああ、すまん。別に気に(さわ)ったわけじゃないんだ」という笑い含みの声だった。
 そうして彼が続けた言葉に。今度は星蓮のほうが、目を(みは)ることになる。
どうせなら、死んで骨になって(かた)るんじゃない。生きて、そばで、生身の声を聞かせてくれ」
!」
 ぱちぱちと、数度まじろいだのち。
 星蓮は、かあっと頰に上った熱を、ごまかすように視線を(うつむ)ける。
「お望みとあらば。幾久しく、喜んでお(つか)えいたします」
 ややあって。
 花が咲きこぼれるように、(ほころ)んだその顔は。
 宵闇に揺れる灯火と、ただ一人。皇帝だけが知っている。

【おわり】

【参考】
多久弘一『中国怪談奇談集』 (株)里文出版 2021
国際日本文化研究センター「怪異・妖怪伝承データベース」(2026/04/21検索)
https://www.nichibun.ac.jp/cgi-bin/YoukaiDB3/youkai_card.cgi?ID=C0220092-000