2026年ノベル大賞 選評/丑尾健太郎

不完全でも、いびつでも、その人にしか書けない物語を読みたい。


 今回の最終候補作は、いずれも一定以上の文章力があり、読みやすく、物語を最後まで運んでいく力がありました。一方で、全体として、少し小さくまとまりすぎていたようにも思います。「きっとこういう話なのだろうな」と読み手が想像した範囲の中で物語が進み、そのまま予想したところに着地していく。どの作品も、どこかで読んだことのある物語の型から、大きく踏み出せていなかったように感じました。少し意地悪な言い方をすれば、「AIが書きそうな話」が多かったようにも思います。破綻がなくて、読みやすい。読み手が喜びそうな要素も、きちんと入っている。でも、書き手自身がどうしても書きたいものを書いているというより、読み手が欲しがりそうなものを、そつなく差し出しているような。個人的には、もっと「人間が書いた話」が読みたいです。不完全でも、いびつでもいいから、その人にしか見えていない世界や、その人にしか書けない物語を、読みたいなと思いました。
 そういう意味では『(りょう)(せん)の彼方』は、読んでいて痛いくらいに、作者の思いが詰まった作品でした。そして『鍵』は、既存の型などお構いなしに、大きくはみ出した作品でした。この二作からは、それぞれ質の違う「人間のパワー」を感じました。ただ、両作品とも完成度の点ではまだ課題があり、大賞に推すまでには至りませんでした。そのため、今回は大賞該当作なしとなりました。

『君の声を読む』
 王道中の王道の物語です。これを「どこかで見たような話」と見るか、それとも「やっぱり王道はいいよね」と見るか、好みが分かれるところでしょう。私個人としては、好きな部類の王道でした。王道が王道たるゆえんというか、読み手がそこに求める気持ち良さを、きちんと押さえてくれている作品です。
 文章も気持ちがよく、すらすらと読めます。自分に自信がなく、ちょっと(こじ)らせたシャルロッテの内なる声は、共感できたり、クスリとさせられたりする箇所もありました。
 ただ、やっぱり全体的にお話が優等生すぎるというか、展開が安定しすぎていて、物足りなさも感じました。
 脇のキャラクターであるシャルロッテの妹やリチャードの兄なども、当初は「いかにも嫌なやつ」として登場します。ところが、物語が進むにつれ、実はそんなに悪い人間ではなく、むしろ少し可愛い一面なども見えたりしてくる。人物を一面的な悪役で終わらせなかったところは、よかったと思います。この物語には、本当の悪人が一人も出てこない。そのあたりは、今どきの小説の作り方だなと思いました。
 この作品は、何より設定が面白い。『書く女』と『読めない男』の物語という、シンプルに強い構造を持っています。ただし、リチャードが『読めない男』であるとハッキリ分かるのは、中盤以降になってからです。先ほど触れた脇キャラたちの意外な一面が見えてくるのも後半になってから。つまりこの作品の本当の面白さは、後半にならないと立ち上がってこない。これがとても(もっ)(たい)ないなと感じました。
 それも含めて、序盤をどう面白く見せていくか。展開自体は王道だとしても、どこかに読み手を引き付けておく刺激の種が欲しかったです。
 物語は、主人公シャルロッテの目線で描かれているので、彼女のキャラはよく見えますが、一方で、彼女の置かれている状況がよく見えませんでした。子爵令嬢である彼女の家は裕福なのか困窮しているのか、家族との団らんシーンも特になく。そうした生活の輪郭が曖昧なまま物語が進んでいくことに、少しモヤモヤが残りました。
 リチャードについても、終盤になって急にひねくれて、「物語を捨てられるか」と、主人公に突き付けます。この言葉自体は強いですが、冷静に考えると、ピントがずれているようにも感じます。シャルロッテが物語を捨てなければ、リチャードとの関係を続けられないわけでもないですし。こじらせリチャード自体は、別に悪くはないですが、そうするなら、そのための前フリや予兆、リチャードの劣等感や独占欲のようなものなど、もっと早い段階から見せておいて欲しかったです。
 全体として、やっぱり王道ではありますが、お話が綺麗に整いすぎていて、物足りなさを感じました。ただ、文章の中に、ときおりほんの微かに「毒」が顔を出すことがあります。私はその部分をもっと読みたいと思いました。この作者は、本当はもっと毒々しいものを内に持っているのかもしれません。だとしたら、それをもっと前面に出してほしいなと個人的には思いますし、そのお話を私は読んでみたいです。

『もし!』
 「模試制作」の現場を題材にした作品です。まず、よくこんな珍しい題材を見つけてきたな、と素直に感心しました。この題材をエンタメ作品として最後まで書き上げられた根性も、素晴らしいと思います。
 序盤は、模試制作における知られざる苦労や、「試験問題にも著作権がある」など、「へぇ」と思える豆知識が散りばめられていて、興味深く読めました。
 ただ、ある程度まで読み進めると、もう分かったというか、それ以上の「へぇ」が広がっていかず、少し手詰まり感を覚えました。難しいのは、こうしたエンタメ作品においては、必ずしも「珍しい」イコール「面白い」ではないということです。豆知識は、あくまで豆知識です。大事なのは、そこで描かれる仕事や出来事を、いかに登場人物たちの人間ドラマへとつなげていくかです。たとえば、現代文でよく出題される「登場人物の気持ちを答えよ」といった問題について、主人公の()()が自分自身の状況と重ね合わせて、改めて考えてみるとか。そんなふうに、模試の問題そのものを、理央たちの葛藤や人生と響き合わせることもできたはずです。せっかく見つけた題材を、物語の中へもっと深く落とし込んで欲しかったと思いました。
 理央と(じん)(ぐう)()の会話は上手で、楽しく読めました。一方で、理央を少しおバカキャラにしすぎていないか、ということも引っ掛かりました。これは、理央の目線を通して、模試制作の世界を説明するために、そうしたのかもしれません。ただ、それは言い換えれば、世界観の説明を大事にして、キャラを大事にしていないとも言えます。主人公を下げすぎなくても、読者に説明する方法はあるので、そこは少し安易に感じました。
 構成面では、終盤に入って、急に物語が駆け足になることが気になりました。()(ざき)先生があれほど追い詰められ、最後にあのような行動に出るのならば、その危うさはもっと早い段階から提示して欲しかったなと。
 これは神宮寺についても同じです。終盤になって、神宮寺の過去が一気に開示されます。実は理央の父が神宮寺の恩師であり、しかも神宮寺はかつて理央の家に泊まり、幼い理央とも出会っていた。こうした過去って(もちろん描き方次第ではありますが)読者にとって、かなり大きな萌えポイントのはずです。なのに、読者がその事実を知ったときには、物語はもうほとんど終わってしまうという。これが勿体ないなと感じました。
 木崎先生のことも、神宮寺のことも、前フリが弱く、作品の肝になりそうな要素が後ろ倒しになっています。そのせいもあって、序盤、中盤と物語が平坦に感じられてしまいました。こういった作品は「読者に結末を知られたら負け」というものではありません。本当に面白い作品は、たとえ先が分かっていても、それでも面白いのです。なので、面白い要素は出し惜しみせず、どんどん先に出していいと私は思います。すると、それによって人物がどんどん動き出し、関係が変わり、さらに次の展開が生まれる。その結果、当初は自分でも想像していなかったくらい、とてつもなく面白いものが生まれることがある。それこそが、モノを書く醍醐味ではないでしょうか。
 もう一つは、もっと「今」を描いて欲しかったということ。現代は、若者たちが何のために勉強するのか、その意味自体が大きく揺らいでいる時代です。AIが発達していく中、これまでのような詰め込み教育で本当にいいのか。勉強の在り方そのものが根本から見直されようとしています。そうした時代に対して、作者は何を思っているのか。その中で、模試はどんな役割を果たすのか。明確な答えは必要ありませんが、作者なりのメッセージを、一つでも提示して欲しかったです。それが「なぜ今、この題材で物語を描くのか」という理由にもなるはずなので。

『鍵』
 今回、一番の問題作でした。この作品をどう評価すればいいのか、選考会でもかなり頭を悩ませました。私個人の感想は「正直、よく分からなかったけど、めちゃくちゃパワーがあった」というものです。もっと短く言うと「とにかく、なんかすごかった」です。
 まず、良いところから言うと、文章がとにかく気持ち悪いです。ぞわぞわするし、得体の知れないものに対する怖さや嫌悪感が、随所に盛り込まれています。匂いや湿気、肌にまとわりつくような感覚まで、五感を使って、とことん気持ち悪く描いている。この感触が好きな読者には、たまらない作品だと思います。
 その反面、文章がくどいと感じることもありました。たとえば、()()()が登場する場面では、「濡れ(がらす)のように」だけでも十分に姿が見えるのに、そのあとも「じっとりとした湿り気」「黒一色のいでたち」「夜霧が人の形を持ったよう」「()(ろん)で怪しげな雰囲気」と、描写が重ねられていきます。一つのことを描写したあとに()()を足して、さらにその比喩の意味まで説明する。そうした箇所が幾つかありました。
「怖く見せよう」とするあまり、色々足しすぎてはいないでしょうか。その意図が読み手に見えた途端、かえって白けてしまうことがあります。こういったホラー系の作品は、その(あん)(ばい)がとても難しいところです。
 逆に、この作者は、短く書いたところのほうが上手だと感じました。「彼女と会う日はいつも、雨が降っていた」とか。シンプルだけど絵が見えて、とても良い一文です。他にも『底流』で、水の怪物が襲ってくる場面も、恐ろしい何かが迫ってくる感覚がよく描けていました。個人的には、静止した場面で言葉を重ねていく描写よりも、何かが動き出したときのシンプルで勢いのある描写のほうが、グイグイと読まされました。気持ち悪くて、気持ちよかったです。だからこそ、作者には、もっと自分の文章を信用してもらいたいと思いました。
 話の構成は面白くて、伏線の仕込み方も上手です。最後に、タクシー運転手のフルネームが分かった瞬間に「なるほど、そういうことか」と全体図が見えてきます。しかも、そこで種明かしを長々と説明することもありません。そのあたりはオシャレで上手だなと思いました。
 四編それぞれの話は面白いのですが、正直、よく分からないこともありました。最初の『金庫』と最後の『偽物』は、小夜子に関わっていることは分かりますが、中盤の二編『底流』と『井戸の底』は、物語全体とどのような関係にあるのか。()()(かわ)という人物は、結局なんだったのか、など。分かるような気もしつつ、分からない。そんなモヤモヤが残りました。
 もちろん、こうしたホラー作品は、すべてが理屈で綺麗につながっていたら、それはそれで怖さを失うこともあります。なので、不可解なものが残ること自体は、悪くありません。ただ、分からないことが多くなりすぎると、途中から、どう読めばいいのか、何を読まされているのかさえ見失ってしまいます。「分からないから怖い」と「分からないから入り込めない」は、似ているようで別ものです。この作品は、ときどき後者に寄ってしまっていました。それが勿体ないなと感じました。
 もう一つ気になったのが、それぞれの物語の語られ方です。この作品では、タクシー運転手の松永が「人から聞いた話なんですけど」という形で、いくつもの怪談を語っていきます。ですが、それぞれの物語には、登場人物の細かな心理や、その場に漂う匂い、本人にしか分からない感覚まで描かれています。これを松永は、どんな形で聞いたのだろうという疑問が湧きました。もちろん、最後まで読んで、作品のからくりを知れば、ある程度は理解できます。それでも、読み手に本筋とは関係のない疑問を抱かせ、そこで白けさせてしまうのは、勿体ないです。その点の読者へのケアや工夫が欲しいなと感じました。
 このように、色々とモヤモヤすることの多い作品ですが、一方で、この作品には、とてつもないパワーがあります。特に今回は、他の候補作に優等生的な作品が多かったこともあり、余計にこの作品が異質に感じられました。整っていないし、分からないことも多い。それでも、こちらが戸惑う以上の熱量で、作者が自分の中にあるものをズドンとぶつけてきてくれた。そのパワーを私は評価したいと思いました。

『稜線の彼方』
 とても面白かったです。最初にあらすじだけを読んだときは、美容をこじらせた女性が、山に登って汗をかき、「自然って素敵!」「顔の良し悪しなんて、どうでもいいんだ!」という結論に辿り着く話なのかなと思っていました。が、そうではなかった。そんな綺麗な話ではなく、ルッキズムに囚われた女性の内面を、これでもかと掘り下げている、怨念すら感じるほどの、『鍵』とはまた違う種類のパワーを持った作品でした。
 主人公の()(りん)は、自分の顔も、自分自身のことも嫌いです。けれど、百パーセント嫌いというわけでもない。そこそこイケていると思う自分もいるし、誰かより上だと感じる瞬間もある。それでもやっぱり自分が嫌い。その(さじ)加減がとてもリアルで現代的で、共感する読者も多いのではないかと思いました。特に序盤は、果林が抱えるドロドロとした「毒」を存分に描いていて、読んでいて刺さるし、強く引き込まれました。
 美容を題材にした作品の多くは、主人公が「綺麗になりたい」と願う根底に、「恋愛がしたい」「素敵な恋人が欲しい」といった欲求があるのですが、この作品の果林が第一に求めているのは「安心したい」ということです。果林にとって美容は、楽しみというより、ある種の強迫観念で、絶えず何かに追い立てられる。その息苦しさの描き方が、とても良いなと思いました。そして、その『毒』こそが、この作品の最大の魅力なのだと思います。
 果林の嫌な面を、きれいごとで隠さなかったことも良かったです。内心で何かに毒づくだけではなく、追い詰められた末に、後輩に思わず辛辣な言葉を浴びせてしまったり。主人公の好感度を下げるような描写ですが、そこに嘘がないからこそ、逆に作品への好感度は上がりました。
 だからこそ、『稜線の彼方』というタイトルで良いのだろうか、という疑問も持ちました。タイトルに込められた意味は理解できるし、最後まで読めば、実に上手なタイトルだとも思います。ただ、作品の中であれほどきれいごとを避けてきたのに、タイトルだけが少し綺麗すぎないだろうかと。本当にこの作品を読んでほしい人に『稜線の彼方』というタイトルで、毒や切実さが伝わるのだろうか、とも思いました。たとえば、これはあくまで極論ですが、『自分の顔が嫌いすぎて、今日も死にたい』といったような生々しさをむき出しにしたタイトルにする方向もあったかもしれません(これはこれで、品がなさ過ぎてダメな気もしますが)。とにかく、この作品の魅力でもある痛みや毒を、タイトルにももう少し出しても良かったのではないかと思いました。
 全体的に、文章はとても巧みで、ハッとさせられる描写が幾つもあります。仕事の描写もとても上手です。本筋には関係のない箇所は必要最小限に抑えながら、でも果林がどんな職場で、何の仕事をしているのか、その空気はきちんと伝わってきます。山登りの大変さや、登り切ったときの爽快感にも実感がありました。
 一方で、物足りない箇所もありました。たとえば横領事件については、果林自身はほとんど何もしないまま、結果的に(にっ)()が解決してくれています。物語を通して果林が成長していくのであれば、もう少し果林自身にも能動的に動いて欲しかったです。
 新田の描き方にも、少し引っ掛かりました。仕事ができるイケメンで、優しくて、包容力もある。欠点と言えるのは、ファッションセンスが少しズレていることくらいですが、これも結局は、むしろ可愛らしい長所になっているわけで。この作品は、女性を描くときには、その汚い部分も含めて、徹底的に内面を掘り下げていますが、男性については、こんなにもきれいごとの塊みたいな人でいいのかしら、とは思いました。
 しかも果林は、イケメン新田と知り合い、親しくなっていくにつれて、内側に抱えていたドロドロとした毒を薄めていきます。もちろんこれは「ルッキズムという毒に侵された主人公が、徐々に浄化され、新たな価値観を得ていく話」ではあるので、展開としては間違っていません。それでも、途中までは、この話は結局「イケメンに愛されて、幸せな私」に着地するのだろうか、と戸惑いながら読んでいました。
 一方で、こうした系統の作品によくあるのは「イケメンだと思っていたら実は性格の悪い男に騙されて、最後には、顔は平凡だけど心の優しい男性の価値に気付く」という展開です。しかし、おそらくこの作者にとっては、そんな展開のほうがむしろきれいごとなのでしょう。
 主人公の果林は、最後まで「綺麗なもの」そのものを否定はしていません。物語を通して、自分自身の中にある、綺麗でなければならないという恐怖心のようなものは少しずつ薄れていく。けれど、綺麗なものはやっぱり綺麗なのだと。だから、顔が綺麗で、心も綺麗な新田に惹かれることは、作者にとって、きれいごとを抜きにした真実なのではないかというのが、私の解釈です。そういう意味では、その点を堂々と貫いた作者はいいなと、好意的に受け止めました。
 ただし、読者の中には「結局、顔かよ」というモヤモヤが残る人もいるかもしれません。結局はイケメンに認められることで自分が満たされるという図式なのかと。他者を通してでしか自分を認めることはできないのかと。現実世界に新田がいない読者に救いはないのかと。ですが、おそらくそれは、作者が意図する結論ではないはずです。
 もちろん作中にも、この作品なりの答えは用意されています。滑落した新田を救ったことで、果林は自分を認められるようになったと。ただ、それは「綺麗な私には価値がある」から「誰かの役に立てる私には価値がある」に、条件が置き換わっただけのようにも見えます。「なにも成し遂げなくても価値のある自分」を受け入れたわけではなく。しかもそこに「新田との恋愛成就」まで加わるので、果林自身の回復が何によってもたらされたのか、輪郭がボヤけてしまうのです。逆に言えば、新田の滑落がなかったら、果林は自分を取り戻せなかったのだろうかと、疑問が残ります。きっとそうではないはずです。
 それらを含めて、果林は何によって救われ、何を受け入れたのか。作者なりの捉え方や考え方を、あとほんの少しだけでも明確に提示してもらえたらと思いました。贅沢かもしれませんが、その最後の一点まで描き切ってくれていたら、個人的には大満足の作品でした。

胡桃(くるみ)(ざわ)()の三姉妹』
 王道のホームドラマです。三姉妹のやりとりをはじめ、会話がとても軽妙で、楽しく読めました。サブキャラや、ほんの少ししか登場しない人物にも、きちんと個性があります。特に「スーツの四番」は、選考委員たちの間でも大人気でした。
 各話完結型で、連続テレビドラマを思わせる構成です。ただ、実際に連続ドラマにするには、シリーズ全体を引っ張る縦軸が少し弱いように感じました。というのも、この作品が一番描きたいものは何なのかが、いまひとつ見えにくいのです。「カスハラ」「婚活」「マルチ商法」「ジェンダー問題」など、現代的な題材は数多く盛り込まれています。色んな料理が並ぶビュッフェのようで、それぞれ楽しく味わえるのですが、「この一品で勝負」という看板料理がなかったように思いました。
 そういう意味では、おそらくこの作品の中心にあるテーマは「家族」なのでしょう。だとするならば、三姉妹に家族の命運を左右するような大きな問題が降りかかるとか、あるいは、物語全体を通して三人が向き合わなければならない命題が一つあると、より強い作品になったのではないかと思いました。
 三姉妹それぞれの恋愛模様も、楽しく読みました。ただ、三人ともそれぞれ恋がうまくいかないのは良いとして、その「うまくいかなさ」が、どれも少し冷めているように感じました。たとえば、次女・()()のタクヤへのほのかな恋。出会いから、章をまたいで引っ張り、ひょんなことから再会し、いよいよ面白くなってきたと思ったら、タクヤの店員に対する態度を見て、莉子が冷めて終わります。もちろん、そこで相手を見切れる莉子は賢いのですが、ただ、物語としては、傷つく前に相手を見切り、その恋から降りてしまったようにも見えました。
 たとえばそこに至るまでに何度かデートを重ねて、もっと二人が親密になっていく様子があっても良かったのではないかと思います。そうして莉子がタクヤにのめり込み、酷い目に遭って、涙で顔がぐしゃぐしゃになるくらい振り回される。そんな莉子も見てみたかったです。この作品の三姉妹は、それぞれの恋愛に悩んではいるけれど、本当の意味では、誰も失恋していないように感じました。
 この作品は、現代社会の様々な事象を取り上げて、三姉妹の目線を通して描いていきます。「世の中ってこうだよね」とか「こういうのってNGだよね」「こういう男性には冷めるよね」といったことが、たくさん書かれていて。言ってみれば、女子会の会話を小説に落とし込んだような楽しさがあります。実際に同じようなストレスを抱えている読者にとっては、「そうそう!」と共感できる、良い毒抜きになると思います。
 ただ、肝心の登場人物たちまでもが、一歩引いた場所から、冷めた目で世の中を眺めているように感じることがありました。世間を論評する視点はあるけれど、登場人物たちがその世間の中に飛び込んで、地に足を付けてもがいてはいないというか。傷つく前に危険なものを察知し、少し離れたところから批評してしまう。みんな、ちゃんと自分の人生を生き切っていないようにも見えたのです。
 現代風刺はこの作品の魅力ですが、一方で「世界がこうだったらいいよね」「こういうとき、人は幸せだよね」、あるいは「こういう男性は素敵だよね」といったものも、もっと見せて欲しかったです。このままだと「外の世界は不満だらけ。でも家族といるときは最高!」という結論にも見えてしまいます。それって本当にいいんだっけと思わなくもありません。明るく軽やかな作風なのに、読み終えたあと、どこか暗い気持ちも残ったというか。家族だけではなく、他人と関わることや、人と人の触れ合いにも、こんな面白いことや温かいことがある。そんなふうに外の世界を少し前向きに見られるような何かも欲しかったです。
 もちろん、隣家の受験生・(しょう)()(ろう)との交流や、長女の()()とキヨさんのエピソードは、温かく前向きなものではあります。ただ、茉美がキヨさんから生前贈与で一千万円をもらうという展開には引っ掛かりました。ドラマで避けたい手法の一つに「主人公が大ピンチのときに、宝くじが当たる」というものがあります。この一千万円も、それに近い、思いがけない幸運が天から降ってきたように見えました。もし、その展開にするのであれば、茉美がキヨさんに対して、それ相応のことをしてきたと読者が納得できるだけの積み重ねが必要です。そうしたリアリティや地道な前フリが薄かったせいで、どうしてもご都合を感じてしまいました。
「スーツの四番」やタクヤなど、ダメな人間を描くのはとても上手です。そういった世の中の違和感を拾い上げる観察眼や、それを軽妙な会話に換える力は、この作者の武器だと思います。だからこそ、批判して終わるだけではなく、そうした相手と本気で関わった結果、主人公たちが傷つき、泥をかぶり、それでも何かを得て変わっていく。そんなところまで、エンターテインメントとして掘り下げてほしかったです。