決意の抹茶あんみつ


「どれを注文したら、和菓子通っぽいかな?」
 (つぼ)(にわ)が望める二人掛けのテーブル席で、小鳥遊(たかなし)(まり)は真剣な表情で悩んでいた。
 七月上旬。期末テスト明けの放課後。
 (きょう)()(ひがし)(やま)(きよ)(みず)(でら)に向かうルートのひとつ、()(じょう)(ざか)の路地裏にある和菓子喫茶『喫茶あじさい』は、二階建ての京町家を改装した落ちついた雰囲気の店だ。
 高校二年生の鞠もファンのひとり。
 鞠は、向かいに座る()(だか)(しょう)に聞いた。
「穂鷹くんはどう思う?」
 鞠と同じ高校で同学年の翔は、京都東山で創業百年以上の和菓子店『(くすのき)(あん)』の息子であり、喫茶あじさいは彼の兄が経営する店だ。
 翔は柔らかな京都のイントネーションで、あきれたように言った。
「好きなもんを注文したらええんちゃう? なんで、通やと思われたいん?」
「来週、和菓子同好会の初めての(しん)(ぼく)(かい)をここでやるでしょ? 会長の私が頼りになるところをみんなに見せたいんだよ。だって私、京都の和菓子を『京菓子』と呼ぶことも、こっちに来てから知ったぐらいだし」
 生まれも育ちも京都で和菓子に詳しい翔とは違い、親の転勤で去年、(とう)(きょう)から京都にやってきた鞠は、和菓子好きだが知識がない。
 話すようになったきっかけは和菓子だ。普段はクールな翔だが、和菓子の話になったら熱が入り、口数も増える。思い出の和菓子について調べるなど、身近で起きた和菓子にまつわる謎を何度か一緒に解いてきた。
 和菓子同好会を作ろうと翔を誘い、メンバーを集めているのだが、いざ親睦会の日が近づいてくると不安になってきた。
「あ、店員さんに聞いてみようかな? すみません!」
 鞠が呼びかけると、抹茶色の()()()姿の男性が来てくれた。清潔感のある短髪の彼は、大学生ぐらいに見える。
「『これを注文するお客さんはさすがだな、通だな』と思う和菓子ってありますか?」
 鞠が聞くと、店員はきょとんとして、助けを求めるように翔を見た。翔は喫茶あじさいでたまにバイトするからだろう。翔がフォローするように言った。
「通というか、暑い今の時期にこそ食べてほしいおすすめってありますか?」
「あ、それでしたら、抹茶あんみつと宇治金時がおすすめです」
 ほっとした顔で店員が教えてくれる。
 鞠は、自分のせいで困らせてしまったと気づいた。思いついたらすぐ言ってしまう癖がある。
 急に恥ずかしくなってしまい、とっさに「抹茶あんみつください!」と注文する。翔も同じものを頼んでいた。
 店員がテーブルから離れたあと、翔が小声で言った。
「先月からバイトに入ってくれた人やから、困らせるような質問せんといて」
ごめんなさい」
 鞠はしょぼんとする。気遣ってくれたのか、翔が聞いてくれた。
「あんみつは東京発祥やね。東京におったときにも抹茶あんみつは食べとったん?」
「ふつうのあんみつは食べたことあるけど、抹茶あんみつは初めてだよ」
「店にもよるけど、うちは抹茶蜜を使っとる。寒天と白玉にも抹茶蜜と同じ、京都宇治の抹茶を混ぜた抹茶尽くし」
「抹茶尽くし! 楽しみだなぁ」
 ほどなく、涼し気なガラスの器に盛られた抹茶あんみつがテーブルに運ばれてきた。
 抹茶尽くしにふさわしく、角切りの寒天は緑色、丸い白玉は薄緑色。そして黒みがかった粒あんが、色味のアクセントになっている。深緑色の抹茶蜜は、片口鉢での別添えだった。
 鞠は店員に頭を下げた。
「困らせるような質問してすみませんでした」
「こちらこそ、うまく答えられずにすみません。厨房のスタッフに確認したら、こう言われました。『そんなん気にせず、好きなもんを楽しく食べてほしい』だそうです」
 そういえば翔も「好きなもんを注文したらええんちゃう?」と言っていた。
 好きなものを楽しく食べる。
 そのシンプルな答えが、鞠の胸にストンと落ちた。それなら、私にもできそう。
 店員にお礼を言ったあと、とろりとした抹茶蜜を抹茶あんみつにかける。甘党だから最後の一滴まで(そそ)ぐ。
「いただきます」
 そう言って鞠は、まずスプーンで抹茶寒天を(すく)って食べる。抹茶蜜の甘さのおかげか、抹茶特有の苦味はほとんど感じられない。抹茶のうまみとまろやかな蜜の甘さ、それに冷やした寒天のぷりっとした食感。抹茶が苦手な人でも食べられそうだ。
「おいしい! 抹茶が爽やかで、暑い時期にちょうどいいね」
 その言葉に翔がうなずく。
 大粒の大納言小豆の粒あんは、抹茶蜜と合わせるためか、すっきりとして上品な甘さ。丸い抹茶白玉はもちもちで、かむほど抹茶の風味が感じられる。
 夢中で食べていた鞠だが、はっと気づいた。
「また写真を撮り忘れた!」
 季節の和菓子の写真を集めた『京菓子暦』を作り、文化祭で和菓子の紹介をしたいと思っているのだが、撮影前に食べてしまった。
 翔はぷっと噴きだした。
「また今度、注文しはったらええやん。来週の親睦会はうちでやるんやろ? そのときは忘れへんよう写真を撮ったら?」
「うーん。せっかくなら、来週は違うメニューを食べたいかも。宇治金時も気になるし」
 写真撮影より、食欲が勝ってしまう。
 おいしい和菓子の前では嘘がつけない。
「よし、決めた。頼りになる会長は諦める。親近感がある会長になる!」
 鞠がそう宣言すると、翔は「小鳥遊さんらしいね」と笑った。

【おわり】