バック・トゥ・ザ・11

集英社オレンジ文庫11周年フェア『京橋骨董かげろう堂』(辻村七子)スペシャルショートストーリー


「十一といったら、やっぱり()()十一(じゅういっ)(こく)時代だよね、(しら)(さわ)くん」
「五胡『十六』国時代ですね」
そうだね」
「そうですね」
 昼下がりの店の応接間に、よくわからない沈黙が満ちた。そのまま時が過ぎる。白澤は特に何も言おうとしなかった。ボケもツッコミも。
 (くろ)(いわ)は気まずそうに「ごめん」と呟いた。
「本当に五胡十六国を間違えたわけじゃないよ。もちろん。ただ、どうにかして十一にちなんだことを言いたかったんだ」
「十一? どうしてまた」
「今日いらっしゃる常連さんのお嬢さまが、十一歳の誕生日なんだよ」
 それで十一、とモゴモゴ言う黒岩に、白澤は目をすがめた。
「何か考える必要なんてあるんですか。ケーキとろうそく十一本を買ってくれば、それで済む話では?」
(こっ)(とう)(ひん)(てん)でいきなり十一本もろうそくが立ったケーキが出てきたらちょっと変じゃない? 最近の言葉でいうと『重』くない?」
「そこはご判断にお任せしますが」
 そもそも常連さんではなく、常連さんの娘の誕生日を祝おうとしている時点でやや『重』なのでは、という言葉を白澤は考えた末に呑み込んだ。
 (きょう)(ばし)に存在する、かげろう堂は骨董店である。
 かつて(こく)(よう)(どう)という名前で存在した、東京のみならず日本を代表する名店がのれんを下ろした後、その跡地からちいさな不死鳥のひなのように生まれてきた、小さな店。
 白澤の見ている限り、ポジショニングの複雑な店であった。
 その中で奮闘し、時々珍奇なことをやらかす黒岩、本人曰く『期間限定の』かげろう堂の店主を、白澤は(こっ)(けい)だと思うことはあったが、その滑稽さを(あざ)(わら)ったり水を差したりするのは嫌だったし、そういうことをする人間がいればきつく(にら)んでやりたいと思う程度には黒岩が好きだった。人好きがする性格の男だから、というより、それこそ十一歳の子どもが頑張っているのをいい大人が笑うような、大人げなさを感じてしまうからである。
 十一、十一、と白澤も考え始めたが、ラッキーセブンや末広がりの八と違い、わかりやすいお祝いにはなかなか縁遠い数字である。二人とも早々に黙り込まざるをえなかった。
 それなりに長い沈黙の後、口を開いたのは黒岩だった。
「ねえ、白澤くん」
「何か思いつきましたか?」
「そうじゃなくてさ。君、十一歳の時に、自分の未来のことって想像できたかい」
は?」
「いやあ、私は全然できなかったなあって」
「俺はできました。というか、決まっていました」
 白澤の答えに、黒岩はしまったという顔をしたが、白澤はしらっとした顔を装い続けた。
 (とう)(しょう)になること。
 白澤の家に生まれた人間にとって、それは定められた運命であり、ただの現実でもあった。
 若干の気まずそうな顔をしつつ、それでも黒岩は白澤から目を()らさなかった。白澤は黒岩のそういうところを多少尊敬していた。
 しばらく白澤を見つめた後、黒岩は柔らかく微笑んだ。
そう。それで、今はどう?」
「今?」
「その頃『決まっていた』ものと、今の状態と比べてどうなのかなって」
「最悪ですね。(がん)(さく)()ですから。まあ(しょく)(ざい)の道を進んではいますが、どこかの段階できっとお縄になります」
「いやいや、そういうことじゃなくて」
 黒岩は本気で慌てていた。白澤が眉間に(しわ)を寄せる。ではどういうことなのかと尋ねる意だった。
 黒岩は少し困ったような、それでも(かす)かに柔らかく、あたたかい表情をしていた。
「決められたレールを外れたところに、今の君がいるわけだろう。それだけを見れば、現状はそんなに悪くない気がするけれど」
「最悪の脱線をしている状態でそれを言いますか。(けん)(きょう)()(かい)では?」
「逆に質問させてもらうけれど、陶匠になっていたら、君の人生は『最高』だったかい?」
 白澤は言葉に詰まった。
 素晴らしい名家の三代目。偉大なる才能。決められたレール。望まぬものづくり。
 それは外側から眺めれば、ある意味で『パーフェクト』な人生であったのかもしれなかったが、少なくとも白澤の考える『最高』ではなかった。
 白澤は何も言わずに考え込んでいたが、黒岩にはそれが答えになったようだった。黒岩が再び微笑む。
「最高とか最悪とか、言葉にすると簡単だけど、人ひとりの人生はそこまでシンプルじゃないと私は思ってる。だから、君もそんなに自分につらく当たり続けることはないと思う。いつかお縄になるかどうかは別の話として、君だけは君を好きでいてあげないと。心までろくろにのせて成型できるわけじゃないだろう」
黒岩さん、ろくろができる人ですか」
「えっ? やったことが、あった? かな? 確か小学校の図工の授業で一度、やったような、そうでないような? うん、その程度なら!」
「質問した俺が馬鹿でした。忘れてください」
「そんなにオーバーにがっかりしなくていいと思うよ!」
 心までろくろにのせて成型すること。
 そうか、三代目になるというのはそういうことだったのだなと、白澤は初めて理解した気がした。それをやらなければならないと思い、やりたくないと思いつつ逃げることなど考えず、自分を壊すことでしか、『ろくろ』を破壊できなかった。
 つまらないことをしたと達観できるほど、白澤は自分を突き放すことができなかった。罪を他人事にするような愚かしさに通じたくなかった。それだけに、黒岩の言葉が胸に多少、しみた。
 白澤は笑い、黒岩を見返した。
「特に十一に(ちな)まなくてもいいんじゃないでしょうか。ただ『おめでとう』って言われるだけで、普通の人は嬉しいと思いますよ」
本当かな? それでいいと思う?」
「逆に黒岩さんは、『おめでとう』って言われて嬉しくなかった経験がありますか」
「うーん、かげろう堂の店主になった時、かな。(おきな)が亡くなったばかりだったから、今そんなこと言うなよって気持ちになった。ああでもうーん、誕生日か。どうなんだろうね?」
「子どもの頃に祝われて嬉しくありませんでしたか」
「どうかな。私の育った家には、私の誕生日を祝う習慣がなかったんだよ」
 白澤は沈黙したが、黒岩は多少きまずそうに笑うだけだった。変なことを言っちゃってごめんね、と言わんばかりの顔には、白澤に関する気遣い以外の要素がない。この話を深堀してほしい等の様子もなかった。
 白澤は静かに、そうですか、とだけ告げた。黒岩も(うなず)く。
「白澤くんはどうだった? よく知らない人から『おめでとう』って言われた時、嬉しかったかい」
「まあ、多少は」
「そうか! じゃあその作戦でいこう。『十一歳のお誕生日おめでとうございます』って言って駄菓子でも買っておく?」
「駄菓子は逆に馬鹿にされている感じがするのでは」
そうなんだ、勉強になった。じゃ、じゃあ(だい)(まる)の一階のお菓子とかかな? ほら、十字架とかファラオの顔とか、面白いチョコがあったよね」
「幼少の誕生日に十字架やファラオの顔面チョコもどうかと思います」
「難しい!」
 自分が調達しておくので心配しないでくださいと白澤が告げるまで、黒岩は真剣に悩んでいた。
 黒岩がお祝いの言葉を述べ、サイドから白澤がプレゼントを差し出す。
 そういう段取りまで整えたところで、常連さんの娘のお誕生日案件は片付いた。黒岩はソファから立ち上がり、両腕をあげて伸びをする。
 黒いポニーテールを馬の尻尾のように揺らし、黒岩は去ろうとした。
「そろそろアメリカの買い付け業者からメールの返信があったころかな。時々掘り出し物が出てきたりするからね。チェックは速い方がいい。白澤くん、相談に乗ってくれてありがとう! お菓子をよろしく」
「わかりました」
 そして。
 白澤は黒岩を呼び止めた。
 まだ何かある? という顔をして振り向いた店主に、白澤はまっすぐに告げた。
「『おめでとうございます』」
え?」
「黒岩さんがいてくれて、俺は地味に嬉しいので、祝われなかった誕生日の分、今俺がまとめて祝いました。それで『おめでとうございます』」

「まあこれも、馬鹿なことですよ。忘れてください。それじゃあ」
 お菓子を買いに行ってきます、と店を出ようとした白澤を、走ってきた黒岩が引き留めた。白澤の腕を掴み、黒岩は床に脚をふんばっていた。白澤が振り払おうとするところまで読んでいたらしい。
「何ですか。やめてください」
「白澤くん、ありがとう! 今、とても嬉しかった! ありがとう白澤くん!」
「今度はそっちがオーバーです」
「うわあー! 十一歳の時の自分に教えてあげたいなあ! 二十年くらい時間はかかるけれど、ちゃんと祝ってもらえるから大丈夫だよって、そうしたら泣くほど嬉しいだろうになあ!」
「タイムマシンを発明してください。俺は買い物に行きますので」
「あ、そうだった、行ってらっしゃい! 帰ってきたら改めてお礼を言わせてもらうからね!」
「もういいです」
「いや、私は言うからね!」
「わかりましたよ。それでは」
 じゃれついてくる犬をふりはらうように、白澤は体を左右にふって店を出た。自動ドアが閉まると、扉の内側で黒岩が両手をぶんぶんと振っている。ふざけた男だった。子どもっぽい男だった。それはもしかしたら、ずっと子どもの頃の自分を胸の中に抱き続けているせいなのかもしれないと、白澤はその時ふと思った。
 白澤の中にも時々、浮かび上がってきてしまう子どもがいるように。
はあ」
 似た者同士などと白澤は思いたくなかった。あまりにも黒岩は善人で、簡単に犯罪行為に手を染めた白澤とは似ても似つかない。
 であれば、きっと誰もがそうなのだと、白澤は結論付けた。
 年一年、ミルクレープの地層の如く年齢は堆積してゆくもので、子どもの自分と大人の自分が完全に切り離されていることはない。
 だからこそ、誰もが子どもの自分を持ち続けているのだと。
 それがいいことなのか悪いことなのか、白澤には判断できなかったが、ともあれ白澤と黒岩は、二時間後にやってきた常連客の一人娘を、(しょう)(しゃ)なクッキー缶とおめでとうの言葉で寿(ことほ)いだ。(せい)()の壺を見にやってきた客人が、結局「今日は買わない」と結論付けて帰ってゆく時に、十一歳の少女は笑って、二人に手を振った。
「ありがとう」
 そう言って、笑って。
 売り上げはなかったものの、それを見て白澤と黒岩は視線を交わし、小さくグータッチをした。

【おわり】