贈り物

ありがとう!集英社オレンジ文庫9周年フェア『掌侍・大江荇子の宮中事件簿』(小田菜摘)スペシャルショートストーリー


 ()(じょう)の工房に住む仏師・(えん)(しん)が御所を訪ねてきたのは、紅梅が盛りとなる如月(きさらぎ)の中旬だった。とはいえ彼は帝への謁見が叶う立場にはない。もちろん帝が望むのなら話は別だが。‌
 遠信は(ゆき)()を訪ねてきたのだ。若い時分に如子の祖父の支援を受けたというこの仏師は義理堅い人物で、もはや完全に日の目を見ることがなくなった(なん)(いん)家の者達にも礼儀を尽くしている。‌
 そんな人物だから、あらかじめ訪問の可否を問う文は届いていたそうだ。しかし細やかな時刻など(おん)(よう)(りょう)にでも行かなければ知ることはできないから、だいたいこの頃に伺いますという内容だったらしい。その他になにが書いてあったのかは如子がなにも言わなかったので、結局のところ遠信の目的がなんであるのかは聞いていない。‌
 時刻のきっちりした指定がないので、当日の昼下がりになっても如子は局には戻らず内侍司で通常通りの仕事をしていた。‌
「昼間は少し温くなってきたわね」‌
 柳の(から)(ぎぬ)をつけた(べんの)(ない)()が、火箸で炭をひっくり返しながら言った。赤い漆に(すず)()で素朴な(かえで)(もん)(よう)を描いた火桶の中では、(おき)()が赤々と色づいている。まだまだ暖房具は必要だが、(うす)(にび)色の雲が立ち込めていた空も少し晴れ間をのぞかせるようになり、春の(きざ)しをうかがわせる日和(ひより)にはなりつつある。‌
「今日ぐらいの天気なら、遠信仏師も来やすいですね」‌
 (こう)()()(づくえ)の前に座る如子に話しかけた。彼女は無文の(あお)(にび)色の衣を着けていた。心喪に服しての衣である。内裏女房唯一の(じょう)(ろう)として、常日頃は艶やかな(ふた)()織物をまとう彼女がそんな装いをすると、宮中の火が消えたような寂しさがある。それでも簡素な装いによってさらに研ぎ澄まされたように見える美貌はさすがというべきなのか。‌
 如子はここ数か月で相次いで親戚を亡くした。とはいっても彼等との付き合いはほとんどなく、規定でも喪に服さなければならぬほど近い関係ではない。けれどその死の痛ましさを知る荇子は、如子が喪に服したいと望む気持ちも十分理解できるのだった。‌
 如子は筆を置き、格子のほうを見上げた。もちろんぴっちりと閉ざされている。多少寒さが緩んできたとはいえ、まだまだ格子を開けはなすような気候ではない。‌
「そうね。仏師も若くはないから、風病(この場合は風邪)になどならなければよいのだけれど」‌
「壮健な印象の方ではありましたけどね」‌
「九条の工房はぐっと冷えるでしょうし、鍛えてはいるかもしれないわね」‌
 如子が九条の工房と口にしたとき、荇子の(のう)()にある人物の顔が思い浮かぶ。おそらくだが如子も同じだろう。そう言ったときの彼女は一瞬(もの)()げな表情を浮かべていた。‌
 ひと月程前、ひそかに御所を訪れた今上の異母弟・三の宮。‌
 如子と同じ南院家の流れを汲む若い宮は、彼女に負けず劣らずの圧倒的な美貌を備えた青年だった。その容姿も加えてあらゆる面で型破りだったので、とにかく強烈な印象を対面した者達に与えた。荇子はもちろん、おそらく如子もその一人であっただろう。‌
 その三の宮は遠信のもとにいる。‌
 仏師としての彼の才能を見出した遠信が、教育に色々とさわりのある三の宮を根気よく指導してきた。その忍耐力はまこと尊敬に値する。南院家に対する義理はあったのだろうが、それ以上に三の宮の才能に目を見張るものがあったのだろう。遠信が来たのなら、三の宮の近況を聞くことができる。その点で荇子も如子もそわそわする気持ちはあった。‌
 それから四半剋程して、遠信がやってきた。‌
 (にょ)(じゅ)に案内されて内侍所の西(にし)(ひさし)にあがった彼は、両手に一抱え程の大きさの木箱を携えていた。()()越しにその様子をみた荇子が「九条からお持ちになったのですか?」と訊くと、彼は苦笑交じりに「従者を連れてきていますよ」と答えた。‌
「要件というのは、お二方にこれをお渡ししたかったのです」‌
「お二方?」‌
「あ、ごめんなさい」‌
 如子は口許を押さえた。‌
「あなたにも用事があると書いてあったけど、伝えるのを忘れていたわ」‌
珍しいですね」‌
 荇子が言うと、如子は自身をいぶかるように首を傾げた。聡明でしっかり者の如子がこんな単純な失態は珍しい。失態というほど大袈裟なものでもないが、なにを浮ついていたのやらである。‌
 遠信は(らい)(らく)に笑い、そのあと御簾の間から箱を差し入れた。‌
「先日の件での感謝の意を込めて、宮様が彫り上げた品です。どうぞ手許に置いてください。きっと御身を守ってくれることでしょう」‌
 ということは仏像なのだろう。蓋を取ってみると、(かや)の木の甘い香りがただよう。榧は仏像に適した硬さと粘り気を持つ材木である。中には二体の立像が収まっていた。女人の前腕程の大きさで、頭には(てん)(かん)(だい)(冠)。しなやかな身体には優雅な襞を持つ(じょう)(はく)天衣(てんね)をまとっている。その特徴から菩薩像であることは分かるのだが。‌
「ずいぶんと、顔立ちの彫が深い仏様ですね」‌
 荇子は言った。仏像にかんしてそんな俗な表現は不謹慎かもしれないが、ものすごい美形だった。凛々しいが粗野ではなく、鼻筋はすっと通って顎の形も美しい。伏せた(まぶた)は美しい(くぼ)みを作っている。‌
「先日、(から)(もの)の仏像が手に入りましてね」‌
「唐物?」‌
(てん)(じく)か、あるいはもっと奥の国の仏像だとかそれがこのような造形で、おそらくその影響を受けられたのだと思います。なんせ目にするやいなやすぐに作業場にお行きになられましたので」‌
あれだけ(こん)(ごう)(しん)に固執しておられたのに?」‌
主上(おかみ)に上納なされた()()(てい)()(鬼子母神)を手掛けられて以降、()き物が落ちたように色々な像に目をむけるようになられました」‌
 半ば呆れる荇子に、遠信は苦笑交じりに答えた。三の宮が荒神の像にばかり執着していた背景を考えれば、それは良いことなのだろう。‌
 如子は白い手を伸ばし、一体の仏像を取り上げた。よく見ると二つの像は顔の同じ造りだが衣装や装身具は少しずつちがっている。如子は像を目の高さに持ち上げ、しげしげと眺めている。如子の横顔と仏像の横顔が見つめあう形になったとき、荇子ははっと気が付いた。‌
「でも、この像はどこかで見たことがあるような」‌
「別の唐物の像を御覧になったことがあるのでは?」‌
「ん~、そうかもしれないわね」‌
 如子と遠信は納得している。ああ、気づいていないのかと荇子は思った。‌
 この像は如子に似ているのだ。端正で凛としていてけれど本人は気づいていないのなら言うのも野暮だと思って、荇子は黙っておくことにした。‌

【おわり】‌