第238回短編小説新人賞 選評『三日後の天気は晴れ』猫街 文

編集A なんとも微妙な超常能力を持ったコンビニ店長と、そのコンビニでアルバイトをしている大学生の「俺」との物語です。

青木 この二人のコンビ感、すごくいいですよね。

編集A 金欠に始終悩まされている普通の大学生と、低いテンションで働いているコンビニ店長。でもこの店長、商品の仕入れにだけは妙にセンスがある。それも「超能力」のおかげ(笑)。

編集B ここは本当に面白かった。「三日後の天気が予知できる」という、この設定を思いついた段階で、もう作者の勝利だと思います。

編集C ちょうどよく「役に立たない」超能力なんですよね。

編集A 何かに使えそうで使えない残念な感じが、絶妙だなと思いました。

青木 主人公の「男子大学生感」の描き方も、すごくよかったと思います。「パラメータがすべて平均の初期キャラ」とか、店長の感じと、主人公の感じが同時にわかる。この年代のゲーム好きの男の子がいかにも使いそうな言葉ですよね。

編集B 「ガチャで出たらリセマラ対象の性能だ」とかもね(笑)。

青木 「(休みの日は)一日中YouTubeを見る予定だった」なんてのも、「今どきの普通の男の子」の感じがよく出ていたと思います。

編集D コミカルな語り口だから、すごく気軽に楽しく読めるんですよね。その雰囲気のまま進行するのかと思っていたら、「知らない情報がいきなり二つ同時に来た」のところで、ふいに話がディープになりました。

編集E 店長が結婚していたこと。そして奥さんが亡くなっていたこと。ここは「えっ」と思って、引き込まれますよね。そこから、お弁当作り、お墓参りへと続く流れもすごくよかった。

編集D 読者もしんみりさせられますよね。店長はあまり感情が見えない人で、いつも淡々としているのですが、そういう悲しい過去を抱えているからだったのかと思うと、なんとも切ないです。

青木 かといって、店長自身は特に悲壮感を背負ったりしていないのが、また良かったです。もじもじして、ごにょごにょ言って、ガムテープの端っこを弄っている。その様子から、彼の悲しみがまだ癒えていないことがよく伝わってきました。

編集B 店長の過去を知った主人公が、急にウェットになったりしないのも、いいなと思いました。

青木 わかります。ここで急に「店長にそんな悲しい過去が!」って動揺して、「どんなに辛いことだろう」なんて感情移入しちゃったら、逆に不自然ですよね。

編集E 学生アルバイトと店長、というだけの間柄ですからね。「まあ、それは気の毒ではあるけど」という今の反応のほうが、自然だと思います。このあたりも、現代の等身大の男の子が描けているなと感じました。

編集D 「倍の時給出すから」と言われて、即座に「行きます」とかね(笑)。で、「きんぴら、俺が作っちゃだめでしょ」って、ちゃんとツッコんでいる。

編集A 悲しい話を盛り込みつつも、しんみりさせすぎない。描き方の塩梅がうまいですよね。

編集E それでいて、主人公の好感度が非常に高い。実はすごく優しい子なんだなってことが、いろいろな場面から伝わってきます。

編集D お墓参りに行ったとき、店長がお墓で手を合わせているときに少し離れて待っていたり、そのまま自分も小さく手を合わせていたり。なんでもないような細かい描写の中に、主人公の気遣いの様子が感じ取れます。

編集B 「花柄の弁当箱」というのも、いいなと思いました。おそらくは、亡くなった奥さんがずっと使っていたものなのでしょう。そう明記はしていないんですが、「花柄の弁当箱」というワードを一つ出すだけで、瞬時に読者にそこまでを想像させることができている。

青木 上手いですよね。このお弁当箱が登場することで、奥さんの存在感がぐっと増しています。かつて「実和子さん」という女性が本当に生きていて、店長さんの横で笑って暮らしていたのだということが感じ取れる。そして、「この店長さん、今も奥さんのことが大好きなんだな」ということまでもが、読み手に伝わってきます。奥さんの名前がちゃんと出てきているのも、よかったです。

編集D お墓参りでちょっとしんみりさせたと思ったら、その後また、「残念な超能力」を使って話を盛り上げます。

編集C 就活に利用するというのがまた、等身大な感じでよかったです。規模感がちょうどいいですよね。

編集A 本人的にはけっこう大事な局面なんでしょうけど、使われる超能力はやっぱりなんともショボい感じです(笑)。でも、そこがいい。

青木 「俺は店長を信じる!」って、主人公は一大決心をしてますけど、その信じる内容は「天気予報」(笑)。

編集B 6800円をつぎ込むかどうか、悶絶しながら悩んでますよね(笑)。

青木 「口座残高が悲鳴を上げている」って(笑)。もうほんとにおもしろい。

編集E 「お天気は、実際どうなる?」というのも、読者として気になるところです。で、見事店長の予知通りになって、主人公が喜ぶ展開には、爽快感がありました。

青木 天気が悪くなって喜ぶ(笑)。アップダウンする面白いストーリーを、ちゃんと作れていましたよね。

編集C ラストでは、この諦念を抱えたような店長さんも、ちょっと救われる展開になっていました。ここもよかったと思います。

編集D 「その超能力で、俺の就活を助けてくれたじゃないですか! 自己卑下はやめてください!」みたいなことを言って、店長に活を入れているんですよね。

青木 「何も変えられないとか自嘲してるけど、確実に変えてますからね!」ってね。主人公に気づかせてもらえなかったら、店長さんはこの先もずっとうだうだしてたのではと思います。

編集B で、そんなアツい台詞を放った後で、すぐさま、しょうもない会話がまた始まる(笑)。でも、このくだらないトークがいいんです。

編集D 「のり塩わさびバター味」ですね(笑)。このポテチのくだり、大好きです。

編集A シリアスを瞬時にコメディに切り替えている。このテンポの良さ。本当にうまいなと思います。

編集C ただ、ラストの2行は賛否が分かれるかもしれないと思いました。その前の、「未来はちょっと変わる。かもしれない」で締めくくってもよかったのではないでしょうか。

青木 そうですね。それは私も思いました。

編集B この2行の締め言葉、私は好きですけどね。「三日後の天気がわかるのは、おでんの仕込みにちゃんと役立っている」「世界を救えなくても、それで十分だ」というメッセージは、店長の残念超能力をしっかりと肯定しています。

編集C そうなんですが、「店長のおでんの仕込みはすごい」ということは、最初のあたりですでに明確に語られていることですので、ラストで繰り返す必要はないかなとも思います。

編集A ラスト直前のところでも、「おでん少なめにしときましょうか」という会話をしてますよね。ここでも出ていることを考えると、確かに最後の2行は蛇足かもしれません。

編集C かっこよく締めくくりすぎなくても、この話はちゃんとまとまっていると思います。「未来はちょっと明るくなる、かもね」くらいの締め方が、個人的にはむしろ合っているかなと。

青木 ただまあ、こういった辺りは作者の好みの問題です。正解があるわけではないので、参考意見として聞いていただければと思います。

編集B 細かいところですが、「一次面接の場所は、大阪駅近くのビル。自宅から電車で四十分」という設定が、かなり引っかかりました。というのも、作品舞台であるコンビニ「エブリディ中崎町店」の「中崎町」というのは、JR大阪駅の一駅先くらいにある場所なんです。JR線沿いのアパートに住んでいる主人公が、大阪駅に行くのに電車で40分かかるのであれば、中崎町のコンビニへ行くのには更に十数分かかるということになる。週4日通うバイト先としては、ちょっと遠すぎるのではないでしょうか。

青木 なるほど。地理的なことは私は知らなかったですが、確かに大学生がバイトするなら、自宅か大学の近くあたりの、通いやすい場所を選ぶのが一般的でしょうね。

編集A そうなると、主人公が前乗りで泊まりこんだビジネスホテルは、実は「エブリディ中崎町店」から、それほど離れた場所ではなかったということですね。

編集B さらに言えば、JR大阪環状線は40分で一周してしまうし、環状線以外の路線で大阪駅から40分移動すると、そこはもう大阪ではなくなってしまいます。大阪の大学に通っているという主人公が、いったいどこに住んでいるのか、ちょっとうまくイメージできませんでした。

青木 具体的な地名を出しているということは、作者は作品舞台の周辺にそれなりに詳しいのかなとも思いますが、地理的なことに関しては、できるだけ正確な情報を確認してから書くとよいと思います。私は何も気づかず読んでいましたが、現地を知っている人が読むと、引っかかってしまうこともあるでしょうから。

編集D 明確に「大阪」と出さないほうが良かったのでしょうか? 地名は曖昧にぼかすとか、架空の町を設定するとかして。

編集A ただ、店長の天気予知能力は、「半径一キロくらい」の圏内でしか発揮されない。ということはどっちみち、面接会場とコンビニは、割と近くの場所に設定せざるを得なかったと思います。

青木 自転車通勤をしている、という設定だったらよかったかもですね。コンビニも面接会場も、自転車なら5分で行ける場所。歩いても20分程度。だけど、さすがに暴風雨の中を、スーツを濡らさずに歩くのは難しいから、ホテルに泊まる必要があったとか。

編集D それなら筋は通りますね。そういった矛盾のない設定をまず作っておき、ところどころで匂わせてくれていたら、読者が疑問を持つこともなかったかと思います。

編集E 実在する地名を出すか出さないかって、けっこう難しい問題ですよね。実在の場所はそれなりに取材をして書く必要があるし、逆に架空の町を設定すると、そこがどんな場所なのかをわかりやすく説明しなければいけなくなります。

編集B もし「大阪」の町の中に架空の駅とかを設定したら、「そんなもの実在しない」というツッコミが入りかねないと思います。この作品の場合はやはり、実在の「大阪」を舞台に、矛盾を感じさせない設定を作るのがよいかと思います。

編集D ただ、舞台が大阪の割に、作品内にほとんど関西弁が登場してこない。そこはちょっと気になりました。主人公は四国出身だから不思議はないとしても、店長も標準語ですよね。関西弁を喋るのは、「常連の田上さん」くらいです。だからあまり、「大阪が舞台の物語」という印象はなかったです。

青木 もしかしたら、この店長さんも大阪出身ではないのかもしれませんね。地元が大阪なのは、奥さんのほうだったとか。店長は、実和子さんが生まれ育った地で一緒に生きていこうと決心して、結婚して大阪に住み始めたのに、奥さんは若くして亡くなり、自分だけが大阪に残されてしまった、と想像することも可能だと思います。

編集E もしそういうことだったら、話の切なさがさらに盛り上がりますね。

編集A このお話、そしてこの店長には、標準語が合っていたと思います。もし「関西弁を喋るキャラ」に設定したら、やっぱりそれが一つの個性になってしまって、「パラメータがすべて平均の初期キャラ」にはならなかったと思います。

編集C そうですね。これといった特徴のない淡々としたキャラだからこそ、「奥さんを亡くしている」とか「お墓参り」といった要素が出てきたとき、読者が引き込まれたのだと思います。

編集A いちおう超能力は出てきますが、それは「ほとんど意味のない能力」なんですよね。そこが逆に、とてもよかったです。

青木 この話は、登場人物がみんな「普通」だと思います。それこそが、すごくいい。店長が奥さんのことを、「普通が好きだったんだよ、あの人は」って言っているところがありますよね。実際奥さんが結婚したのは、ごく普通の男性である店長さんでした。この店長が「何もかもが普通の初期キャラ」に設定されていることが、話の中でちゃんと活かされています。奥さんも普通の人だし、主人公も普通。でも、その普通の人たちの素晴らしさ、尊さみたいなものが、作品からよく伝わってきました。読みながらずっと、「こういうのいいな、素敵だな」と思っていました。

編集D それに加えて、ストーリーの起伏もちゃんとありますよね。エピソードを重ねて、店長の人となりがだんだんわかってきて、主人公の「就活、どうなる!?」にもちょっとした盛り上がりがあって。ラストでは、いつまでもうじうじしている店長を、主人公がキレる勢いで肯定する。

編集E ささやかなカタルシスがありますよね。そのささやかさがいい。

青木 で、すぐに二人でポテトチップスを食べて、「微妙っすね」って(笑)。

編集B この緩急のつけ方。すごくセンスのある書き手だなと思います。

編集A コメディとシリアスを、とてもいい塩梅で混ぜ合わせることができていましたね。

青木 笑いと涙は、紙一重です。この作者は、そのあたりのさじ加減が絶妙だと思います。読者を楽しませてくれる作品を、これからもぜひ書き続けていってほしいですね。