第238回短編小説新人賞 選評『堀内くんは嘘をつかない』藤城柚子
編集E 「どんなときも嘘をつかない」という、堀内君というキャラクターが面白かったです。
編集A それに主人公も、なかなかいいキャラだと思いました。「もう会うことはないと思います」って言われたのが悔しかったから、ソッコーで飲みに誘っている(笑)。
青木 「ほら、また会ったじゃん」ってことですよね(笑)。意地悪な感じではなくて、とても微笑ましかったです。
編集D 主人公の描き方、絶妙だなと思いました。一歩間違えれば、堀内君に上から意見するような嫌な人物になる可能性もあったのですが、非常にうまくバランスが取れていましたよね。堀内君と二度目に飲みに行ったときには、自分の弱いところを正直にさらけ出していて、読者も彼女の人となりを知ることができます。
編集A 実は主人公のほうも、そんなに要領よく生きている人間ではなかったわけですよね。
編集D なので、主人公にも堀内君にも、終始好感を持ちながら読むことができました。
青木 主人公と飲みに行っていることを、堀内君が割とホイホイ周囲に話しちゃってるのには、さすがにヒヤッとしましたけどね。
編集C 全部筒抜けですよね。
青木 その正直さが堀内君のいいところなのでしょうけど、ちょっと気になると言えなくもないです。
編集B 「嘘をつかない」ということと、「なんでもすぐペラペラしゃべってしまう」ということは、似て非なるものですもんね。堀内君が「気配りのない人」のようにも見えてしまうかもしれないので、そこはもう少し改善できるかもと思いました。
編集C その点に関して、個人的にすごく気になったところがあるのですが、堀内君は「初任給で何を買った?」と尋ねられて、「風俗に行きました」と答えてますよね。読者は、「嘘をつかない堀内君」に対して、「純真な人」というイメージを持っていたと思います。でも、あっさり「風俗に行きました」と答える姿を目の当たりにすると、「えっ、なんか、思っていたのと違う……」と感じてしまいますよね。
編集B もちろん堀内君にだって性欲はあっていいんだけど、何もそれをここで持ち出さなくても……と思いました。堀内君に対してではなく、作者に対してです。
編集D 初任給のエピソードに、「風俗」を持ってくる必要はなかったと思います。他の何かで置き換えが可能ですよね。
青木 「初めて競馬に行って、全部溶かしちゃいました」でもいいですし、「前から欲しかったガンプラを、全種類揃えました!」とかでもいいと思います。「北海道まで電車で行って後悔しました!」とかね。くだらないことに全部使ってしまった、でも本人はカラッとしている。彼の趣味をさりげなく示すこともできたのに、ちょっともったいないと感じました。
編集D そういうほうがずっと、堀内君らしい気がします。多くの読者がそう感じるのではと思います。
青木 性的な描写は印象が強いので、注意が必要です。ほのぼのした話かと思って読んでいて、ふいにこういう言葉が飛び出すと、びっくりする読者も多いでしょう。
編集C そういう意味で、「正直さ」の描き方が行き過ぎていると感じました。これでは単に、堀内君がデリカシーのない人のように見えてしまう。
編集B 誤解してほしくないのですが、「性的な要素を入れるな」と言っているわけではありません。でも、必要性がないのに性的な要素を持ち込むと、作品にノイズが生じかねない。ここはちょっと、意識しておいてほしいですね。
編集D エピソードを作るときには、「そのキャラらしさ」が読者に的確に伝わるものになっているかどうかを、もう少し慎重に考えてみてほしいと思います。
編集B 加えて感じたのは、「嘘をつかない」と「仕事ができない」も、別物ではないかということ。堀内君が職場でよく怒られているのは、単に仕事ができないからであって、「うまく嘘をつけないから」ではない。ですが現状では、そこの描き方もごっちゃになっているなという印象がありました。
青木 そうですね。堀内君は嘘をつかない。いつも正直である。正直であるがゆえに損をしたり、相手に失礼なことを言ってしまったり、時には人の気持ちを傷つけてしまうこともある。でも、その正直さゆえに、彼の言葉は誰よりも信頼できるのだ。――そこがこの話の肝になるはずだったのではないかと思います。そこを読者にうまく伝えられているエピソードが、少なかったかもしれないですね。
編集E 彼はいつも思ったことをそのまま言っちゃって、周囲はよくドン引きしたりするんだけど、時にハッとさせられることもある……みたいなエピソードがあったらよかったですね。
青木 例えば、職場の誰かが髪を切ってきたら、「うわー、全然似合ってないですね」ってケロッと言っちゃうとかね。
編集E 実際似合ってないんだけど、他の人はそんなこと口に出せない。
青木 でも堀内君に、「前の髪型のほうがずっとお似合いでしたよ!」ってニコニコ言われたら、多少はショックを受けたとしても、「……そうなのか」って思えますよね。「堀内君がそう言うなら、そうなんだろうな」って。正直であるがゆえによかったこと、悪かったこと、面白かったこと、堀内くんが自分自身についてどう思っているのか、ということなどのわかりやすいエピソードが、もう少しあってもいいと思います。下手をするとデリカシーのない人になってしまうのですが、何につけても悪意はない。少しズレてるところが可愛らしく、面白い。そういう部分を、テンポのいい会話文として読みたかったです。
編集E 読者も「こういうところが、堀内君の魅力でもあるんだな」って、納得しやすいと思います。
編集A 主人公自身は、そのあたりをどう思っているのでしょうか。「嘘をつかない堀内君」を、人間として「魅力的だな」と思っているのか、恋愛感情で「好き」なのか、どちらなのでしょう?
編集B ラストで主人公が、「月がきれいですよ」と言うところがありますよね。私は、ここをどう解釈すればいいのか、よくわからなかったです。いわゆる「月がきれいですね=アイラブユー」というネタを借りて、これはもしかして、主人公が堀内君にこっそり愛の告白をしているということなのかなとも思ったのですが、確信は持てなかったです。
編集C 私は、これは「愛の告白ではない」と思います。普通の人相手には「もしかして告白?」と誤解されかねないから、きれいな月を見ても「月がきれいですね」とは言えない。でも、堀内君になら、それが言える。変に勘ぐったりしないで、こちらの言葉をその通りに受け取ってくれる堀内君が相手だからこそ、思ったことをそのまま言えるのだということを描いたラストなのではないでしょうか。
編集D 私も同じ考えです。お互い恋愛感情はなくて、だからこそ、気持ちの探り合いをすることもなく、心からくつろいで話し合える。この二人のそういう関係性こそが素敵だなと思いました。
青木 私は、恋愛感情で「好き」なのかなと思いながら読みました。堀内君から「もう会うことはない」と言われたことを悲しいと思っていたり、新しい職場でうわさ話を耳にしたときに「悪い人じゃないです」ってまくしたてたり。「主人公は、実は堀内君に恋心を抱いているのかな」と感じる描写は、ちょこちょこあったように思います。
編集A 私もどちらかというと、「恋愛感情アリ派」ですかね。というのも、主人公は割と最初から、「私があなたに気があるのかと思いましたか?」なんてことを訊ねてますよね。終盤でも、「私と付き合えって言われたら、付き合えますか?」と、ストレートに訊いている。もし、恋愛感情もなしにこんなことを何度も男性に言っているなら、思わせぶりが過ぎると思います。
編集B でも、堀内君が「付き合うのは無理です」と答えると、主人公は「私も無理です」とはっきり返しています。それも、「堪えきれずに吹き出してしまい」ながらです。本当に付き合いたくて尋ねたのに断られたのだとしたら、こんな反応にはならないと思うのですが。
青木 確かにね。ただ、主人公は熱烈に堀内君に恋しているわけではないものの、淡い恋心くらいは持っているんじゃないかなと、私は思いながら読んでいました。だから、ちょっと冗談っぽく「私と付き合えますか?」と水を向けてみたんだけど、「無理です」とはっきり断られてしまった。しかも堀内君の言葉ですから、そこに嘘はない。本当に堀内君には、主人公に対する恋愛感情はなかったわけです。それを主人公は、嫌でも理解せざるを得なかった。即座に「私も無理です」と言ったのは、主人公のちょっとした強がりだったのかなと思います。
編集A 「みんなも会えるのを楽しみにしていると思います」と言われて、主人公は「なぜか泣きそうに」なっていますよね。これは、「みんなじゃなくて、堀内君に『会いたい』と思ってほしいのに」という気持ちが隠れているということではないでしょうか。主人公に恋愛感情がかけらもないのなら、「泣きそう」にはならないのではと思います。
編集B ということは、その後の「月がきれいですよ」は、最後にそっと告げた「アイラブユー」ということでしょうか?
編集E でも、その台詞の後に主人公は、「きれいなものをきれいだと言うだけでいい。こんなに簡単なことのために、私はずいぶんと遠まわりをしてきたような気がする」と語っていますよね。これは、「堀内君とは、ただ素直に話をすればいいんだ。それができる相手なんだ」と、心から納得できて安心したということではないでしょうか。だから、「月がきれい」は、そのままの意味に受け取っていいのではと思うのですが。
編集C 同感です。長期的な人間関係を結ぶのが苦手な主人公が、嘘をつかない誠実な「堀内君」となら友人のような関係になることができ、心が安らいだということかなと、私は思いました。
編集A でも、堀内君に恋愛を求めていないのなら、どうして不意に電話して、「私と付き合えますか?」なんて尋ねるのでしょう……。
編集B その電話をかける前のところで、「トーク画面を眺めていたら、『あぁ違うな』と感じた」とありましたが、ここでの「違うな」は何でしょうね。
青木 うわべだけのやり取りをしている、と気づいたのではないでしょうか。本当に訊きたいことを訊いていなかったなと。だから思い切って電話して、「私と付き合えますか?」とストレートに訊いてみた。ただ……「無理です」と言われたら、確かに少しは落ち込むはずではと思うのですが、この主人公はそうなっていないですね。
編集D 多少がっくりしたり、しょんぼりしたりしそうなものですが、そんな様子は全くうかがえないです。だからやっぱり、恋愛感情はないのでは?
編集A うーん。これは結論は出ないですね。主人公に恋愛感情があるのかないのかは、現状では判断できないです。
編集B もしこの主人公が、ひそかに堀内君に恋心を抱いているということなら、それを匂わせる描写がもう少し欲しかったですね。例えば、「私も無理です」って反射的に返した後に、「そう言ってはみたものの、胸の奥が鈍く痛んだ」と地の文に入れるとか……。ちょっとしたものでいいので、読者が「ああ、主人公は堀内君が好きだったのね」と察することができる何かを、入れておいてほしかった。
青木 そうですね。一人称で書かれている作品なので、主人公の気持ちをさりげなく読者に伝えることは、難しくないと思います。
編集C 「月がきれいですね=アイラブユー」というネタを知らない読者もいると思います。そういう人にとっては、そもそもこのラスト自体が、意味のよくわからない場面になってしまう。
編集B ところで、主人公たちの職場はどうやら、百貨店の中に入っているパン屋さんのようなのですが、この職場の解像度が私は気になりました。描き方がちょっとぼんやりした印象です。
青木 主人公は契約社員なんですね。「契約更新のタイミングで他店舗へ派遣される――派遣社員にはよくある話だ」とあるのですが、別の箇所では、「一年くらいで、自分から派遣先を変えてもらう」とも言っています。
編集C 「派遣先を変えてもらう」けれども、派遣先の会社自体は変えずに……ということでしょうか? ちょっとうまくイメージできないですね。
青木 この主人公、「自分は派遣社員だから、仕事でミスをしたって割と平気だけど、堀内君は社員だから大変だ」みたいなことを語っているのですが、これは逆ではないかなと思います。正社員は少々のミスではクビになったりはしないでしょうけど、派遣社員はミスをしたら簡単に切られてしまいますよね。働く環境は、派遣社員の方が圧倒的にシビアなはずだと思うのですが、主人公の認識は違っていて、ここはかなり疑問に感じました。
編集A 「百貨店のパン屋さん」という舞台設定自体はすごくいいなと思ったのですが、描き方には引っかかる部分もありましたね。
編集E 「仕事」が絡んでいる話なので、そのあたりの描き方には、もう少しリアルな納得感がほしかったですね。ただ私は、「本音と建前」みたいなものがこの作品ではすごく興味深く描かれていて、とてもおもしろく読みました。例えば送別会がお開きになるときに、「もうこれから二度と会うことはないのかも」と感じることって、確かにありますよね。でも普通は、誰もそれを言わない。一方で堀内君は、他意なくするっと言ってしまう。この正直さって、すごいなと思いました。「みんなが思っていて、でも口には出さないこと」を普通に言ってしまえる堀内君。彼の言葉には、時折ぐっと心を掴まれるものがありました。
編集D 私は、斉藤さんが絡むエピソードが心に残りました。彼女のように、無責任なうわさ話を小耳にはさんだだけで、よく知らない誰かに対してちょっとした偏見を持ってしまうことって、実際あると思います。噂をしている人たちに特に悪気はなかったとしても、人の印象って、結構そんなことで簡単に決まってしまったりするものだなと。
編集E 読んでいると、自分事としていろいろ考えさせられますよね。斉藤さんは、最初は堀内君に対して少し否定的だったけど、後には彼に対する印象を変えてくれました。
青木 「高木さんがそこまで言うなら、きっと悪い人じゃないんでしょうね」ってね。この場面は、すごくほっこりします。
編集E 斉藤さんは、主人公を信頼してくれているんですよね。だから、主人公が弁護するほどの人ならと、堀内君への悪印象を取り払ってくれた。主人公も斉藤さんもいい人ですよね。人間って捨てたもんじゃないな、と感じさせてくれるエピソードでした。
編集C それぞれのキャラクターがちゃんと際立っているのが、すごくよかったです。細かいところをいえば、設定のズレや疑問点が目立ってしまって、惜しかったですね。
編集B この作者さんは、精力的に投稿してくださっている方で、着実に力をつけてきていると感じます。この方なら、選評を読んでいただければ、修正ポイントはすぐに理解できるだろうと思いますので、ぜひまた挑戦していただきたいですね。