第237回短編小説新人賞 選評『小晦日』夜澄大曜

編集E すごく雰囲気のいい作品でしたね。

編集A 作中に漂っている空気が、なんだかおしゃれなんですよね。

青木 「住宅街の一角にある小洒落たレストラン」という作品舞台が、とても素敵でした。ただ、最初に「ハビさん」から話が始まりますよね。だから、ハビさんを中心にした物語なのかと思っていたのですが、読み進めてもなかなかハビさんは出てこない。

編集A そこは私も気になりました。残り4分の1くらいになってから、ようやく再登場しますね。

青木 ハビさん、脇役だったんですね。この登場の仕方では、読者に誤解させやすいと思います。特にこれは短編ですので、重要なキャラクターは最初から出したほうがいい。この話において、主人公の視線が一番集中しているのは、レストランの常連の女性、「彼女」ですよね。

編集A 主人公の憧れの女性です。その「彼女」の様子の変化に主人公がやきもきしながら、自分の生き方も見直していく、というのがこの話のメインの部分なのに、かなり読み進めないとそれがわからない。もっと最初から「彼女」を大きく打ち出したほうがいいですね。

青木 5枚目の「夜、『彼女』はいつもひとりで店にやってくる」。もうここから始めてもよかったと思います。冒頭の一文としてもいいですよね。素敵な大人の女性が、幸せそうにモリモリ食べている描写から始めれば、読者は自然に話に惹き込まれたでしょうし、読み筋も迷わなかったと思います。

編集A 正直、ハビさんの部分は必要なかったですよね。

青木 少なくとも、冒頭には持ってこないほうがよかったと思います。日本人が外国人から「小晦日」という言葉を教わるのは印象的なエピソードではありますが、この作品の核にかかわるものではないですからね。

編集A たぶん、作者がこのエピソードを書きたくなっちゃったんじゃないかな。主人公とカタコトのハビさんのやり取りが頭に浮かんで、どうしても話に入れたくなったのではと思います。そうだとしても、大事な冒頭シーンは、やはり中心人物である「彼女」で始めてほしかったです。

青木 この「彼女」さんに、最後まで名前がなかったのも気になりました。重要なキャラなのですから、本名は出さないまでも、何かしらの名称はつけてほしかったです。例えば、主人公が心の中でこっそり「カルボナーラの君」や「カルボさん」と呼んでいたり。

編集A カルボさん、いいですね。あだ名でいいので名前がつくと、ぐっと存在感が増します。

青木 カルボさんは、すごく魅力的なキャラだったと思います。たくさん食べる女の人って、いいですよね。

編集A 気持ちのいい食べっぷりです。デザートを手で食べて、最後に指まで舐めるんだけど、それさえもチャーミングなんですよね。

青木 おいしい食事を心から楽しみながら食べているのが伝わってくるから、見ている側も幸せな気持ちになれます。食べる描写がとても良いですね。

編集A 仕事帰りにレストランに寄って、一人でゆっくりと食事を楽しんでいるカルボさん。自立した大人の女性を、とても素敵に描き出せていました。主人公が憧れるのも納得です。

編集B 一方で、途中から登場してくる男性のことは、よくわからなかったです。この人は、カルボさんの恋人なのでしょうか?

青木 彼氏さん、ということなんでしょうかね。そうでないなら、洒落たレストランで二人だけで頻繁に食事したりしないでしょうから。

編集A でも、二人で食事しているとき、カルボさんはあんまり幸せそうではないですよね。もしかしたら、知り合い程度の仲なのに、付きまとわれて迷惑しているとか?

編集B でもカルボさん、別に迷惑がっている感じはないですよね。男性が初めて来店したときも、柔らかい微笑を浮かべていましたし、「一緒に楽しそうに笑っている」とも書かれていました。

青木 そうですね。この雰囲気から見ると、二人はお付き合いをしているのかなと感じます。

編集D でも、カルボさんはちょっと無理しているわけですよね。大好きなビールは飲まないし、食べる量も減らしている。幸せそうではないということは、この男性のことはそんなに好きではないということなのでは?

編集B 食事の量を減らしたりというのは、この男性の好みに合わせた振る舞いをしているということだと思います。カルボさんがこの男性に気に入られようとしているとすれば、カルボさん側に、この男性への好意があるということではないですか?

編集C うーん、そのあたりは、ちょっとよくわからないですね。

青木 私は、婚活で知り合った男性なのかなと思いました。この男性は、サプライズのケーキを用意していましたよね。メッセージには「愛情を伝えるシンプルな言葉」が書かれているとのことですが、これは告白の「アイラブユー」でしょうか。あるいはカップル記念日のお祝いか、はたまたプロポーズか

編集D プロポーズだったんじゃないかなと思います。二人は付き合っていて、結婚目前だった。たとえば彼が、「もうすぐ転勤するんだけど、当然ついてきてくれるよね」とか言ったので、カルボさんが「えっ、急にそんなことを言われても」と戸惑いを見せたら、「はあ!?」って怒りだしたとか。

編集A 私は「アイラブユー」派ですかね。二人は付き合ってはいなくて、でも彼の方は「告白したらOKがもらえる」と勝手に自信満々になっていた。で、「今日から正式に付き合おうか」みたいなことを言い出したので、カルボさんはびっくりして、「私にはそんなつもりは」って断ると、彼が「はあ!?」って怒って帰っちゃった。だからカルボさんは呆然としている。

編集D でもそれなら、こんなにさめざめと涙を流したりはしないでしょう。それなりに親密な関係が、いま急に断ち切られてしまったから、カルボさんは泣いているのではないでしょうか。

青木 この男性とカルボさんがどういう関係なのかは、結局よくわからないですね。二人は付き合っているのかいないのか、どちらが前のめりなのか、どんな経緯によって男性が怒り、カルボさんは呆然としたのか。そういう辺りをもう少しわかりやすく、読者に伝える必要があったと思います。

編集B 詳しく明かさないまでも、読者が推測できるくらいの描写は入れておいてほしいですね。

編集A 主人公は、憧れのカルボさんのことを常にさりげなく観察し続けているのですから、ちょっとした描写を入れることはそんなに難しくないと思います。読者を迷わせないよう、必要な情報は出しておいてほしいです。

編集D 最後のところで、カルボさんのバッグから着信音が聞こえますよね。これは、怒って帰ったあの男性からだと思います。でも、カルボさんは電話に出なかった。ここは安心しました。こんな男、別れて正解です。

青木 ただ、この男性の「嫌さ」は、もう少し強く匂わせたほうがよかったかな。そのほうが読者も、そういうつもりで読めますよね。悪者にしなくてもいいんです。とてもいい人だけれども、女性は小食なものという思い込みが強いとか。現状では、作者が彼をどういう男性として描いているのかが曖昧に感じられます。

編集D 粘っこい話し方をする、ということしかわからないですよね。カルボさんのことはとても丁寧に描写されているのですが、この男性に関しては解像度が低かったです。

編集C でも、そんな嫌な男と付き合っていたということなら、カルボさんに男を見る目がなかったということになり、カルボさんの好感度も下がってしまいませんか?

編集A まあ、二人の関係がわからないから、現状ではなんとも言えないですね。もし付き合っていないのであれば、カルボさんに落ち度はないわけですし。だからまずは、設定をちゃんと伝えてほしい。

編集E 主人公は、この男性のことをどう思っているのでしょうね。実はそのあたりも、あまりはっきりとは描かれていなかったと思います。「粘っこい」とか「気取った感じ」と言っているので、それほど好意的ではなさそうですが。

編集A 好意は持っていないでしょうね。彼と一緒にいるときは、カルボさんの幸せオーラが消えている。「なんでこんな男と」と、少々モヤモヤしているのではないでしょうか。

編集D それに主人公は、「おひとりさまのカルボさん」に憧れていたわけですから、「男性と付き合っているカルボさん」自体に、ちょっと引っかかりを抱えていたと思います。

編集B ケーキのメッセージ依頼を受けたときに、主人公は「怖い顔」をして「不機嫌」になっていましたよね。ここから見ても、主人公はこの男性のことを快く思っていないのだと推測できます。ただ、ケーキを渡す場面になるとなぜか、一生懸命ジャストタイミングを探ったりして、「男に共犯者のような親密な感情を抱いて」いたとある。ここの主人公の感情は、矛盾しているように感じられました。

青木 そうですね。ここはちょっと、主人公の描き方にブレがある。でも、カルボさんが好きなのに、このときだけは男の共犯者の立ち位置になってしまった、というのはちょっと面白いなと思いました。

編集D 時折、作者が主人公の視点になりきれていないと感じられるところはありました。でも、ラストは良かったと思います。

青木 人付き合いに一歩踏み出そうとする、前向きなラストでしたね。

編集A 小さな変化ではありますが、主人公の成長が感じられますよね。

編集E 個人的には、このラストがよくわかりませんでした。カルボさんは男性と別れて、のびのびと振る舞える幸せなおひとりさまに戻り、輝きを取り戻したわけですよね。そんなカルボさんの姿を見て、どうして主人公は、「鍋パーティーに参加しよう」と気持ちを変化させたのでしょう? この流れなら、「私ものびのびと、おひとりさまでいよう」と思う方が自然ではないでしょうか。

編集D この「カルボさん事件」の前日の場面で、オーナーシェフの田口さんが、「なくなったりしないよ。『自分』ってね、相手によって形は多少変わるけど、ぜんぜんなくならないから」と言っていますよね。私はここが、ラストへの伏線であり、この作品のテーマでもあるのだろうと思います。主人公の憧れのカルボさんは、男性と付き合ったり別れたりということはあったものの、それでも彼女の本質は失われなかった。だから主人公は、自分も安心して人の輪に入っていこうと思ったということではないでしょうか。

編集A 私もそう思います。今までは人付き合いをちょっと避けてきたけれど、カルボさんのおかげで、鍋パーティーに行ったくらいでは自分の本質は変わらないんだという確信が持てた。だから、それならもう少し他人と交わろう、前に進んでみようという気持ちになったのではと思います。

編集C うーん、そこまで理屈付けが必要な話なのでしょうか。「鍋パーティーに参加することは、人付き合いをするということ。それを決心した主人公は一歩成長した」とまで解釈するのは、少々大げさかなと感じます。

編集E それに主人公は、本心から「一人でいるのが好き」なんですよね。それは作中のあちこちで、明確に語られています。カルボさんに対しても、「あの人なら、一人でいたい私の気持ちをわかってくれるはず」と、心の先輩として憧れていた。なのに、おひとりさまに戻って本来の幸せな笑顔を取り戻したカルボさんを見て、どうして「私は人付き合いをしよう」と思ったのでしょうか。

編集B この主人公は、本当はそろそろ人付き合いをしたいと、心の奥底で思っていたのかもしれませんね。レストランにやって来た陸人から、「働いているサキちゃん、カッコいいね」と褒められたとき、確かに「自分の生活を侵食された苛立ちが先に立った」けれど、同時に「ほんの少し、嬉しい気持ちも湧いた」と語っている。これは、主人公の気持ちが少し動いているということかなと思います。「一人が好き」なのも本心だけど、優しく踏み込んできてくれる人を受け入れたくなっている気持ちも、また本心。主人公は今、心を開きかけている、その過渡期にいるのだと思います。

編集A それに、主人公は大家族で育ってきた反動で、「一人になりたい」気持ちがすごく高まった状態になっているのではと思います。家父長制意識の強い父親に辟易しながら暮らしてきたせいで、男性に対する警戒心も強いのでしょう。だから陸人に誘われたときも、正直気乗りはしなかった。でも、男性と別れたカルボさんは、すぐにいつもの素敵な彼女に戻った。「いつでも戻れるんだ。本質は変わらないんだ」とわかって安心した主人公はようやく、人付き合いをしてみるのもいいかなと思えるようになった、ということなのでは。

編集C ただ、読者がかなりがんばらないとそのように解釈できないということは、描き方に改善の余地があるかもしれません。

編集E 挿入されるエピソードも、今ひとつ的確ではなかったように思います。田口さんは「誰と付き合っても『自分』はなくならないよ」と言い、でも奥さんは「嫌なら行かなくていいよ」と反対のことを言っている。ハビさんは最初、「人付き合いは大事だよ」と諭しますが、主人公がスペイン語のことわざで切り返すと、「一本取られた」と笑って引っ込みます。各人がバラバラの意見を口にするだけで、「本質は変わらないのだから、安心して人付き合いをすればいい」というテーマへと話をうまく導いているようには感じられませんでした。

編集C もうちょっと描き方を工夫して、わかりやすく伝えたほうがいいのではと思いますね。

青木 そうですね。あと、「本質は変わらない」というテーマを、キャラクターに直接台詞で語らせているのも、若干気になるところです。言葉ではなく、エピソードを通して伝えてもらえたらと思います。

編集A スペイン語のことわざのくだりは、「小晦日」と同じく、作者が入れたくなってしまったやり取りという印象です。この作者さん、小ネタをいろいろ投入してきますよね。すごく面白くはあるのですが、もうちょっと取捨選択は必要かもしれません。

編集B 短編なので、話の本筋と関係ないものは思いきって削る勇気も求められますね。

編集D ラストで気持ちの変化を見せた主人公が、このあと実家に帰省するのかどうかが気になりましたが、そこについては言及がなかったですね。他にも「ここはもう少し詳しく読みたかった」という箇所がいくつかあるのですが、いかんせん、枚数に余裕がないですね。30枚をほぼ使い切っています。

青木 そうなると、やはりハビさんの扱い方も検討し直した方がよいかもしれません。作者のお気に入りポイントだとは思うのですが

編集B 「小晦日」も、タイトルになっている割には、ストーリーに関係ないと思います。「カルボさん事件」は12月29日の出来事ですから。

編集D ただ全体的に、事物の描写力は非常に高かったと思います。ものの形だとか、色彩だとかが、丁寧に細かく描かれていました。

編集A 中でも、食べ物に関する描写は素晴らしかったですよね。どれもとてもおいしそうでした。読者を「食べたい!」という気持ちにさせる描き方ができているのは、すごいことです。

青木 人物描写も上手ですよね。カルボさんは本当に魅力的な女性でしたし、ハビさんも好人物だなと思います。

編集B 陸人君たちも、主人公を何度も誘ってくれる、気のいい子たちでした。怒って帰る男性以外は、嫌な人物は一人も出てこないですね。そういう、ほっこりした話を得意とする書き手なのかなと思いました。

編集A このレストランも素敵ですよね。雰囲気はお洒落なのに、気軽に入れるカジュアルビストロ。オーナーシェフも奥さんも、優しくて温かい。このレストランを軸にして、連作短編にしてみても面白いのではと思いました。

青木 いいですね。それなら堂々と、ハビさんの出番も作れそうです(笑)。

編集A 陸人やオーナー夫妻も、各話のゲストキャラとして登場させることができますよね。なんなら、怒って帰った男性が主役の回も、あってもいいかもしれない。

青木 この作者さんは、人間模様を描くのが得意な方なのかなと感じます。筆力が高いですよね。

編集A 細かい指摘点はいろいろありましたが、この作者ならすぐに修正できるのではと思います。気のいい人たちが集う心温まる話を、ぜひまた読ませていただきたいですね。