第237回短編小説新人賞 選評『ひとの煙』藤みのる
編集A 人の死、それも自分と同じくらいの歳の子供の死というものに初めて触れた、小学生の女の子のお話です。まだ9歳ぐらいですから、いろいろ受け止めきれないことも多いし、感情も思考もとっちらかってグルグルしている。それを安易にまとめたりせず、ただ正面から真っすぐに描いているのがいいなと思いました。
青木 子供が死ぬというのは、重い題材ですよね。しかも主人公にとっては、同い年の知っている子です。受けた衝撃は相当なものでしょうし、「どうしてもっと仲良くしてあげなかったんだろう」という後悔や葛藤も抱えることになる。単純に、悲しいとか寂しいとかという内容ではないです。読み手にとっても、辛いお話でした。
編集A とても難しいことを描こうとしていましたよね。でもそれを、大人の言葉で解説しようとはしていない。作者が主人公の中に入り込み、主人公の感じていることをありのまま感じ取って表現しているのが、とてもよかったです。
青木 丁寧に内面描写がされていましたよね。主人公の正直な気持ちや、マイナスな側面さえも取り繕うことなく描かれている。だから読者も、主人公に素直に寄り添って読めます。
編集B 私も、すごく共感しながら読みました。そんなに親しくもない人のところへ、毎日のようにお見舞いに行かなければならないとなったら、正直大人だって負担に感じてしまいますよね。ましてや、主人公はまだ小学生。だから、もう行きたくないとなる気持ちもわかるし、そうこうしてたら相手が亡くなってしまって、「なんてことをしちゃったんだろう」と後悔する気持ちもよくわかる。おそらく多くの人が、シチュエーションは違えど、似たような感情を成長過程で経験しているのではと思います。そういうことを、何の衒いもなくストレートに描いて作品に仕上げるというのは、なかなかできることではないなと感じました。
編集A 実は私も子供のころ、主人公と似たような経験をしたことがあるので、「すごくわかるなあ」と思いながら読んでいました。久しぶりに、子供の頃の自分の気持ちを思い出しました。
青木 描写が理屈っぽくないのがいいですよね。まだ9歳だから、そのときそのときの正直な気持ちを語っているだけなんですが、それが逆にすごくいい。言語化しきれていない思考や感情といったものが、ストレートに伝わってきました。
編集C ただ、「学校帰りに病院に立ち寄って、プリントを渡す」という展開は、個人的に気になりました。
編集D 私もです。今の時代だとすると、こういうことは起こりにくいのではと思いました。
編集C 「家が近い生徒に、先生が届け物を頼む」というのは、私たちが子供の時代にはあったかもしれませんが、今は子供の安全面への配慮がかなり厳重になっていますから、考えにくいのではないでしょうか。
編集D これ、先生が堂々と「寄り道して帰れ」って言っているようなものですよね。しかも、帰り道の途中に「クラスメイトの家」があるということならともかく、立ち寄るのは「病院」です。今は病院って、家族以外は簡単に面会できないんじゃないでしょうか。
編集C 実際に二人は、看護師さんに不審がられて、呼び止められていましたよね。病院というのは、小学生の子供たちだけで、大した用もなく頻繁に訪れるのに適した場所ではないと思います。そんな場所へ毎日のようにプリントを持って行かせるという展開は、ちょっと不自然に感じられました。
青木 翔ちゃんは、もう長くは生きられないという病状だったわけですよね。ということはもしかしたら、ここは一般の病院ではなく、ホスピスみたいな施設だったのかもしれません。そういう場所では、面会者の規制が緩やかになることもありますから。
編集C 例えば担任の先生が、「みんなで代わりばんこにお見舞いに行きましょう」と提案するということならまだわかるのですが、主人公と篤人君だけにその任が押し付けられているのが引っかかります。
編集D プリントを渡すだけなら受付にでも預ければいいことですけど、二人に求められているのは、翔ちゃんに直接会うことですよね。クラスの中で二人だけが、友達とも呼べない子のお見舞いにしょっちゅう行かされるなんて、あり得るでしょうか。しかもこれ、1年以上続いているんです。
編集C 主人公と篤人君の負担があまりにも大きいですよね。嫌気をさした主人公が、何度となく「行きたくない」と思ってしまうのは、むしろ当然だと思います。
編集D なのに、主人公のお母さんまでが「そんなこと言わずに、行ってあげて」と諭している。このあたりは個人的に共感できませんでした。
編集C もし私が主人公の母親だったら、こんな風には考えられないと思います。仲の良い友達というわけでもないのに、なぜ自分の娘ばかりがそんな役目を負わされなければいけないのか。それに、翔ちゃんの命が長くないことは、主人公のお母さんもうすうすわかっているはずですよね。近い未来に娘が「死」を目前に見て、何らかのショックを受けるだろうことは容易に想像できる。私だったら、できれば娘にそんな思いはさせたくないです。むしろ翔君からは距離を取ってほしいと思うかもしれない。
編集A 翔君のお母さんが「二人にお見舞いに来てもらいたい」と強く望んだ、ということでしたね。「翔が楽しみにしているので、どうかお願いします」と、翔君のお母さんが担任の先生に頼んだらしい。
青木 たぶん先生は、最初はたまたま「家が近くだから」という理由で二人に声をかけただけなんだけど、その後、翔君のお母さんから「ぜひ、あのお二人に」と頼まれ、お母さんの思いを察して承諾したということではないでしょうか。
編集C でもそれって、子供の気持ちがないがしろにされてますよね。この二人が喜んでお見舞いに行っているわけではないことは、誰の目にも明らかです。
編集D プリントを渡しに立ち寄らない日が続くと、途端に翔君の母親から催促のような電話が入るんですよね。これは、受ける側も気が滅入ると思います。
編集C なのに主人公の母親は、嫌な顔をするどころか、それとなく娘にお見舞いに行くよう促している。もし私だったら、「そんなにしょっちゅう行くのは難しいです」と、やんわり断ったかもしれません。
青木 確かに、翔君のお母さんは、自分や翔君の気持ちのほうを優先させていますね。わがままだと言われればそうかもしれない。ただ、翔君のお母さんの立場で考えてみたら、必ずしも責められないのかなとは思います。自分の子供がもうすぐ死んでしまうという状況に立たされたら、子どもが一番になってしまうものではないでしょうか。
編集A 愛する我が子が、お見舞いに来てくれる友達もいないまま、ひとり寂しく死んでいくのかなんて考えたら、母親としてはなりふりかまっていられないですよね。「迷惑を承知でお願いする」という心境に、私だってなってしまうかもしれない。
編集C 翔君の母親はそれでもいいと思うのですが、それを教師が受け入れるかどうかは、また別の話です。現代の学校では、いち教師が個人的な判断で、特定の児童にだけ過剰な役目を負わせるというのは、後々大きな問題にもなりかねない。
編集D この担任の先生がどういう気持ちで二人にプリント届けを続けさせているのか、そのあたりがもうちょっと盛り込まれていたらよかったですね。単にすごく雑で適当な先生なのか、それとも「この二人なら、翔君の友だちになってくれるかも」と望みをかけたのか。そのあたりによっても、話の印象は変わってくると思います。
編集B 加えて、主人公と篤人君以外にもプリント届けを頼まれた子供はいるんだけど、親が拒否した、みたいなエピソードもあったほうがいいかもしれないですね。いろいろな考えを持つ人物が登場してくると、客観性のある物語なのだということが読者に伝わります。
編集C この作品は、「人の死」というものに初めて触れた小学生の女の子が、その事柄の大きさを呑み込めないまま懸命に受け止めようとしている、切なくて良い話ですよね。ただ、物語の土台部分に不自然なところがあると、読者が引っかかって素直に感動できなくなる。読者に疑問を抱かせない設定を用意することに、もう少し意識を向けられるといいのではと感じました。
編集E 本作は、現代が舞台のお話なのでしょうか? 私はなんとなく、「90年代あたりの設定なのかな」と思って読んでいたのですが。
青木 年代設定は、実はよくわからないですね。スマホもパソコンも出てきませんし、時代を感じさせるものがほぼ見当たらない。男の子たちはカードゲームに興じ、女の子たちはシール集めに夢中になっていますが、年代を特定できる要素ではないです。
編集E 主人公は今はすっかり大人になっていて、30年ほど前のことを回想して書いている、という設定ならよかったかもですね。それなら、プリント届けを頼んだり、先生の対応が適当だったりすることも、まああり得たのかなと思います。
青木 主人公は「田舎から田舎へ引っ越してきた」みたいなことをちらっと語っていましたよね。だから、これはひと昔前の小さな田舎町での出来事であり、当時はいろいろ緩かったんですということであれば、納得感があります。
編集C 年代がはっきりわかるアイテムを登場させたり、人との距離感が都会とは違うのだということがわかるエピソードを盛り込んだり。そういう描き方がされていれば、ここまで引っかからなかったのではと思います。
編集B 本作に限らず、投稿作の中には、舞台の年代や場所を詳しく設定することを避けているように感じられるものが、割とあります。普遍的な話にしたいということなのかもしれませんが、設定がぼやけているがゆえに読者が受け取りにくくなるということも、ままあります。本作に関しても、もう少しディテールを詰めて、それを作中に出しておいたほうがよかったのではと思いました。
編集E それと、子供が主人公である作品の地の文に、「恵美」とか「奈津子」とか、母親たちの下の名前が出てくるのには、ちょっと違和感がありました。子供が大人を呼び捨てにしている感じで。
編集B わかります。三人称で書かれている物語とはいえ、視点は主人公である凜ちゃんの後ろにありますからね。ここはやはり、「翔ちゃんのお母さん」みたいな書き方にしておいた方が自然だと思います。
青木 子供目線での描き方そのものは、基本的にすごくうまかったと思います。私は特に、篤人君が好きでした。
編集A 私もです。ちゃっかりしてたり、言動が乱暴なところもあるのですが、そういう悪ガキ感もよかったと思います。
青木 翔君相手に、まったく遠慮してないですよね。翔君にとっては、そこが逆に嬉しかったのかもしれません。
編集A 「病人だから」という理由で優しくされても、嬉しくないですもんね。変な気遣いをすることなく接してくる篤人だからこそ、翔君は「友達だ」と思えたのでしょう。
青木 それは主人公に対しても同じですね。しばらく来てくれないことがあっても、「つまんない!」って怒ることがあっても、それは本心で接してくれているからだと感じられた。だから翔君は、「凜ちゃんも大事な友達だ」と心から思えた。
編集A 主人公と篤人の正直な振る舞いというのは、翔君にとって、確かな喜びだったのだろうと思います。
青木 そのことをたぶん、翔君のお母さんもわかっていますよね。だから、翔君が亡くなった後にも、お母さんは主人公をちっとも責めないです。「凜ちゃんがどう思ってても、翔にとってはほんとうの友達やった」「ありがとう」って、抱きしめてくれました。
編集A ここは泣けますよね。
青木 主人公が「友達なんかじゃない」って言ってしまうのには、私はびっくりしました。「凜ちゃん、それは正直すぎるよ」とも思いましたが、翔君のお母さんは動じなかったですね。いろんな覚悟をしながら、翔君の最後の日々に寄り添っていたのだと思うと、胸が締めつけられます。
編集A 終盤で主人公が、泣きながら煙を見上げて、いっぱい考えてますよね。答えなど出ない事柄を、それも子供の頭で、一生懸命考えている。その姿が切ないというか、愛おしいなと感じました。
編集B 篤人もまた目を潤ませていて、そんな篤人の手を主人公がそっと握るという、このラストもすごくよかったです。
編集A いいですよね。「友達の死」を体験した少年と少女。みんなこうして、一歩ずつ大人になっていくんだなと思いました。
青木 感慨深いシーンですよね。ただ個人的には、このラストはやや綺麗にまとめすぎているかなと、思わないでもないです。心には残るのですが、いわゆる大人っぽいまとめ方というか。9歳の少女の目で描かれた物語なので、より子供っぽい締めくくり方でも、私は大好きだっただろうなと。
編集C 子供が死ぬ話に「また生まれ変わるんだよ」とか「星になったんだ」なんて言葉が出てくるのは、ちょっときれいごと感があるかもですね。
編集A ただ、子供である主人公は、それを否定していますよね。「星になるなんて嘘だ」「生まれ変わったら別の人じゃないか」って。だから、そこはあまり気になりませんでした。
編集B 翔君のお母さんが、どこまで本気で「翔は生まれ変わるんだ」と思っているのかはわかりませんが、そうでも思わないと自分を保っていられない、というところはあるんじゃないでしょうか。「大人のきれいごと」は、上っ面の言葉のように感じられることもあるけれど、ときに人の心を慰めるものでもあるように思います。
編集D ただ、翔君のお母さんが主人公に、翔君のノートの切れ端を「持っといてやって」と渡してきますね。これはちょっと重すぎると思います。
編集A それは私も思いました。見せるだけならいいのですが、「持っていて」と言われるのは、子供には負担ですよね。
編集D 奈津子さんの深い悲しみは想像に余りありますから、できれば寄り添って読みたいのですが、一歩引いて読むと「母親のエゴ」が感じられてしまう。そこは、本作を「いい話」として読めるかどうかのポイントにもなり得ますので、描き方の塩梅にはもう少し慎重になったほうがいいかなと思います。
編集A 子供の描き方は、ほんとに上手でしたよね。ラストで主人公が、夕焼け空を見上げて、煙の行方をいつまでも見つめているところは、とてもいいシーンだなと感じました。胸にじんと染みてくるものがありますよね。
青木 はい。しかもそれを、感傷的になりすぎずに描けているのがよかったです。タイトルもうまいですよね。小説としての完成度がとても高いです。
編集B 誰もが経験したことがあるけれど、うまく言語化できずにいる感情を、子供を視点人物にして、巧みに描き出せていたと思います。そこがすごくよかった。
青木 ラストでも凜ちゃんの心は混乱したままで、何ひとつ整理されていない。でも、そういう複雑なものを、複雑なまま抱えながら、人は少しずつ大人になっていくのだと感じさせてくれる作品でした。しみじみとした味わいのある、良作だったと思います。