第236回短編小説新人賞 選評『山本、誘拐される』山田結衣

編集A タイトル通り、まさに「山本君が誘拐されるお話」です。しかも、宇宙人に誘拐される(笑)。

編集E 荒唐無稽な話のはずなのに、不思議と引っかかりませんでした。どころか、すごく惹き込まれて読めました。本当に面白かったです。

青木 素晴らしいと思います。完成度がすごく高いですよね。

編集E 気づいたら主人公は拘束されて車に乗せられていて、運転している市役所の同僚の原田さんが、「私、宇宙人です」と真顔で言っている。読者は「ん?」と思いますよね。主人公も最初はまさかと思っていたんだけど、会話しているうちにだんだんと「本当なんだ」と実感させられていく。同時に読者も、「そうなんだ」と思わされます。

編集C 心の中をことごとく読まれてしまうし、ジャンケンも全敗。何より、バックミラーに映った原田さんの真実の姿は、恐ろしい宇宙怪物のようでした。

編集B 誘拐した理由が「手土産にするため」っていうのも、面白かったです。

編集E これ、「食べるため」の手土産なんですよね。

青木 その発想はなかったから、読者もびっくりですよね。

編集B これ、原田さんは「あなたを食べます」という露骨なことは言っていないんです。でも、「お土産にお饅頭をもらったら、あなたならどうしますか?」って尋ね返された主人公は、それだけですべてを悟る。直接的な表現をしないままで、主人公にも読者にもちゃんと伝わる書き方ができています。こういうあたり、すごくうまいですよね。

編集E 「彩果の宝石」に「十万石まんじゅう」というところで、作品舞台が埼玉だということもしっかりと伝わります(笑)。

青木 原田さんは、丁寧な口調をずっと崩しませんよね。最初のうちは「こんな真面目そうな人がまさか」と思うのですが、だんだん真の姿がわかってくると、この丁寧さが逆に怖い。地球人的な「優しさ」を一切期待できない存在だということがわかってきますから。

編集E そういう情け容赦ない宇宙人の原田さんが、苦心して有給休暇を取っているというのも、面白かったです(笑)。

編集B 原田さんは、渋滞に対しては何もできないんですね。人の心を読めたり、用意周到だったりするから、渋滞くらいうまく対処するのかと思ったのですが。

青木 ずっと冷静だった原田さんが、ここで急に感情をむき出しにしますよね。「地球上でいちばんバカなことは渋滞だ!」って。こういうところがまた、原田さんの異常さを表しているようで、面白かったです。

編集C 「宇宙人のキレるポイント、そこなんだ」って(笑)。

青木 原田さんは、もちろん人類の敵だし、人間ですらないんですが、キャラとしてすごく良かったと思います。

編集B 主人公の山本君もすごくいい子で、好印象でした。

編集C プリンターで暖を取るエピソードがものすごく好きです。もう、切なくて切なくて。心に沁みるエピソードでした。

編集B 山本君がかわいそうで、感情移入しちゃいますよね。

編集C 充実した人生を送っていたら、「プリンターが温かい」なんてことに気づける人は、なかなかいないと思います。作者は、この主人公が「プリンターで暖を取る」ような人物像だということをちゃんとわかっている。そこがすごいですよね。作者が登場人物のことをしっかりと把握しているから、こういうエピソードが書けたのだと思います。

青木 主人公は、自分が食べられてしまうということを理解した後でも、「原田さんのご家族が僕を見て喜んでくれるなら、それもいいかもしれない」なんて考えたりしてるんですよね。

編集C もうほんとに、切ないです。

編集E 河原に行って叫んでみようと思ったけど、いざ行ったら恥ずかしくてできなかった、なんてエピソードも好きでした。

編集B 日頃から出し慣れてないと、大声ってなかなか出せないですよね。だから、誰もいない河原で、一人でモゴモゴしちゃって(笑)。

青木 いっそグレてやろうかと思ったこともあったんだけど、やっぱりそれもできなかった。

編集E 不良たちにちょっと睨まれただけで縮み上がって、即断念です。

編集B で、必死に素知らぬふりをして、立ち読みをして帰る(笑)。こういう辺りも、本当にエピソード作りがうまいですよね。

編集C 縮こまって生きるのをやめようと、主人公は何度も頑張ってみました。方向性はどうであれ、です。でも、結局一つもうまくいかなかった。読んでいて胸が痛みます。

青木 こんなに人生がうまくいかないと、心の中に恨みつらみを溜め込んだりしそうなものですが、主人公にはそういうところが全くないですよね。パッとしない人物ではあるんだけど、実はこういうところ、主人公は非凡ですよね。心底いい人なんだなと思います。

編集B 倉庫で一日中、地味に備品管理をしているのですが、常に神経を配って、ベストな仕事をしようとしていますよね。

青木 名札を下げる首ヒモの色が、青じゃなくて緑がいいなんて細かい注文にも、サッと対応できている。そこにささやかな誇りを感じていたりする。しょせん小さな仕事だということは、自分でもわかっているんです。それでも主人公は、今の自分にできる最大限のことをしようと、いつも心がけていますよね。

編集E 地球から連れ去られる前に、ひと目でも「こもれび丘公園」が見たいと言い出す場面も、すごくよかったです。

編集A 備品を出したり掃除をしたりと、ほんの些細なことであっても、自分もあの公園プロジェクトにかかわった。だから思い入れがあるんだというところ、グッときますよね。

編集C 車の窓越しに、幸せそうなお母さんと赤ちゃんの光景を、いつまでもずっと見つめている。自分はこれから、宇宙人の手土産となって食べられるというのに。なんだかもう、読んでいて泣きそうになってしまいました。

青木 ラストでは、「僕がジャンケンに勝ったら、もうこの職場の人は手土産にしないでほしい」と願い出ています。「負けたら自分を連れて行っていい」とまで言っている。この主人公、けっして恵まれている人じゃないのに、本当にどこまでも優しいですよね。確かに、気の弱い冴えない青年ではあるんですが、心から応援したくなります。

編集E 大河原部長もまた、すごくいい人でしたね。

編集A 主人公は「誰も僕のことなんか」と思っていたのに、部長はちゃんと見ていてくれました。

編集B 「君が無断欠勤なんかするはずはない」と、深く信頼してくれていた。その思いに支えられて、ラストで主人公は、原田さんとのジャンケンに勝つことができました。

編集E 心が強くなってバリアを張れたから、主人公は心を読まれなくなったんですね。人とのかかわりの中で、主人公が強く明るい変化を見せている。いいラストだなと思いました。

編集D ただ見方によれば、話がちょっと一本調子かなという気はしますね。物語の大部分は、閉じられた空間での、二人だけの会話だけなので。

編集B 確かに、単調といえば単調ですね。

編集A このタイトルは内容を端的に表しているとは思いますが、これだと読者は、もう少し派手なアクションのある物語を期待して読み始めてしまうかなという気がします。

編集E 私も最初は、そっちを期待していました。「誘拐」ときたら、やっぱり「事件か!?」って思いますよね。

編集D しかも犯人は「宇宙人」だとくれば、これはハチャメチャに盛り上がりそうだと思ったのですが、物語は最後まで、会話とモノローグで静かに進んでいく。

青木 私は会話劇が大好きですし、すごく面白く読みましたが、言われてみれば確かに、期待を外された読者もいるかもしれないですね。

編集D 中盤くらいに、もうひと展開、何かが起こってもいいのではと思いました。

青木 スーパーヨコヤマで、ひと騒動あるとかね。

編集B スーパーのおばあちゃんが、原田さんと同郷の宇宙人であるという設定も、面白いですよね(笑)。立地が郊外であることも、妙に広い駐車場があることも、宇宙船の発着所にするためだったと説明されると、なんだか「なるほど」と思わせられてしまいました。

編集E 私は、ストーリー展開は今のままでもいいと思います。主人公が連れて行かれる寸前のところまで来て、土壇場で原田さんが急に取り乱して、誘拐は中止となる。あわやというところで主人公が助かっているので、私はじゅうぶん楽しめました。

青木 そうですね。もう少し緩急があってもとは思うものの、30枚の分量ですから、終盤の急展開一つで押し通すというのもアリかもしれない。

編集C タイトルも、私はアリだと思います。どちらかというと大事なのは、「期待した内容ではないな」と気づいた読者が、そこからでも面白く読めるかどうかですね。ここは反応が分かれるところだと思います。残念に感じる読者もいるとは思いますが、そこはもうしょうがないというか。

編集B そう思えるほどに、物語そのものが面白かったですからね。

編集A ただ、いくら家族に政治家がいるとはいえ、市役所勤務の一般人である大河原部長が、即座に警察を動かして検問を敷けるとは考えられないです。ここの展開は、さすがに無理があるかなと感じます。

青木 確かに。ただまあ、そもそもが「宇宙人が地球人を誘拐する話」ですからね(笑)。

編集E 原田さん、こんなことをした後も、平然と出勤して、大河原部長に有給の変更まで交渉してますよね(笑)。さすがです。

青木 描かれてはいませんが、主人公はこの後、がんばって正社員を目指そうとか、友達を作ろうみたいな方向に動き始めるんじゃないかなと思います。部長のおかげで少し自信がついたので、備品倉庫で人目を避けて暮らす生活から、一歩前に進めそうですよね。書いたら蛇足になってしまいますが、そういう想像ができる話になっているのがいいなと思いました。

編集C この主人公は内にこもって自己卑下しがちですけど、変に悲壮的になっていないのがいいですよね。あまり恵まれた人生ではなかった割に、人を恨んだり、過剰に被害者意識を持ったりしていない。

編集B こんなにいい人だと、どうして今まで友達ができなかったのか、ちょっと不思議ではありますね。私がもし、学生時代にこの主人公と出会っていたら、すごく気になる存在だった気がします。

編集E 大河原部長のように主人公のことをちゃんと見てくれている人は、実は主人公が考えているよりずっと多いかもしれませんね。今回、部長のおかげで、主人公は少しだけ前を向くことができた。そうしたら、今まで見えなかったものもだんだん見えてくるのではと思います。主人公はこの先もまだまだ、いろんなことに気づいていける。明るい未来が予想できるラストになっていて、すごくいい話だなと思いました。

青木 文章にリズムがあるし、会話も面白かったですよね。リーダビリティも高かった。

編集C エピソード作りが非常にうまいですよね。

編集B 主人公を、とても好ましい人物に描けています。読者が思わず味方になりたくなるような主人公を書けているのは、すごくよかった。私はこの作品が大好きです。

編集E 読後感もとてもいいです。「この作者の書くものを、もっと読んでみたい」と思わせてくれる作品でしたね。