第236回短編小説新人賞 選評『問われる十畳』原沢青

編集A 深夜の山中で、友人を殺した犯人と閉鎖環境で二人きりになってしまうという、かなり究極のシチュエーションで進行する物語です。設定がドラマチックで面白かったですね。

編集B そういう究極の状況下で、スリルのある心理戦なんかが展開されるのかなと思ったのですが、意外とそうでもなかった。ですが個人的には、そこが面白いなと思いました。一本道で進む話かなと思ったら、どんどん道が枝分かれして、曲がり角もあって、思いがけない風景が見えてくるような印象ですごく楽しかったです。

青木 私もこの作品はとてもいいなと思いました。会話劇、大好きなので。

編集C 企みがすごくあって、いろいろと工夫していますよね。あとはその企みに、読者がうまく乗れるかどうか。これに関しては、読み手側の個人差も大きく影響してくると思います。残念ながら、私はうまく乗れませんでした。作者がやりたいこと自体はすごくわかるのですが

青木 話の流れが、ちょっとぎこちなく感じられるところはありますね。冒頭でお互いに「まいったね」と言い合っているところから始まって、それは崖下に落ちて這い上がれなくなっているからだとわかって、そのうえ片方は殺人犯だと明かされ、しかも被害者は主人公の友人でありと、情報が少しずつ明らかになっていく。ミステリーっぽい雰囲気で、ストーリー自体はすごく面白いのですが、情報の明かされ方をもっとなめらかにできるようにも感じます。

編集C 一つひとつの要素は面白いのですが、その点と点をうまくつなぎ合わせる作業が、まだ洗練されていないのかなと思います。単なる思い込みであったり、検証のないこじつけであったりするものを、力業で無理やり押し通している印象がある。

編集B この国語教師の殺人の動機も、実はよくわからなかったです。なんだかぼんやりしてますよね。

青木 そうですか? 私はここ、いいなと思いましたけどね。「可愛らしいものを前にすると、壊してみたくなる」みたいな理由。「そんな性分の人が中学校の教師を」と主人公が思わず口にすると、「人間の子供は可愛くないから平気」って、さらっと返してくる。先生の「普通じゃない」雰囲気が見え隠れするのがよかったです。

編集B ただ、殺人衝動を五十年も抑え込んできた人のようには見えないですよね。対する主人公も、「玲奈は私が殺したようなものだ」と勝手に思い込んでいるけれど、これもちょっと無理があるように感じます。いつの間にか「僕たちは共犯だ」みたいな話になっているのですが、この流れも呑み込みにくい。

編集D 実際、共犯ではないですからね。

編集C 主人公が「私のせいで死んだ」と思う流れにするために、強引に理屈をつけているような感じがあって、読んでいて引っかかってしまいました。

編集B 映像の浮かぶ描写ができているのが、とてもよかったと思いました。シチュエーションの作り方もすごくうまいですよね。夏の夜中、真っ暗な山中で崖から落ちてしまって、殺人犯と二人きり。そんな中、二人の背景が少しずつ明かされていってと、見せ場がいっぱいあるし、ストーリー展開も細かくて巧みだと思いました。終盤も、玲奈の幽霊が出てくるのかと恐怖を盛り上げたうえで、不意に目のくらむような光とともに助けが現れる。ラストがどうなるのかを、私は全く予想できずに読んでいましたので、最後の最後まで展開を楽しめました。

青木 私もです。最初、「殺人犯と二人きり」という状況で話を盛り上げていくのかなと思ったら、そうはならなかった。主人公が、殺人犯相手だからこそ打ち明けられる辛い気持ちを吐露していって、静かな会話が続きます。この雰囲気には、不思議な魅力があると思いました。

編集D ですが個人的には、せっかくの究極のシチュエーションを活かしていないのは、やはりもったいないと思います。夜中の山中、殺人犯と二人きり、助けは来ないときたら、読者は「この後どうなる!?」って期待しますよね。

編集C ヒリヒリする生き残りゲームでも始まるのかと思っていたら、静かな打ち明け話に終始している。冒頭で提示された緊迫のシチュエーションに食いついた読者は、やや肩透かしに感じると思います。

編集B それと、冒頭部分は視点が少しわかりにくい気もしました。全編を通して、渚の一人称でもよかったですね。

青木 冒頭部分がわかりにくいと、読者が作品世界に入り込みにくくなってしまいます。その後の展開のために情報を隠し気味にしていたのかもしれませんが、「それだけが、今ここにおいて相手と絶対に共有できるものだから」とか、妙に思わせぶりな書き方のところもあって、ちょっと読者に不親切になっているかもしれない。

編集A 状況をまだ知らない読者にとっては、意味がよくわからないですよね。一緒にいる男性が殺人犯であるということは、もう冒頭から明かしておいてもよかったんじゃないでしょうか。

編集B 私は、今くらいのタイミングでもいいかなと思います。最初のあたりがよくわからないからこそ、「この二人、なんなの?」と気になりますし。

編集C そうですね。ポツポツと会話をしている最中に、不意に「殺人犯」というワードが出てきて、読者は「えっ」と驚かされますので。

青木 ただ、その次のページで「殺人鬼」という言葉が出てきますよね。この国語教師は連続殺人犯というわけではないから、「殺人鬼」は言いすぎかなという気がします。読者の気を引こうとする書き方が、ときどきちょっと行き過ぎているように思います。

編集C 企みすぎかなというのは、少し感じますね。考えて考えてお話を作っているのだろうとは思うのですが、逆に不自然さが出てしまって、話に乗れる読者と乗れない読者が出てきてしまったのかもしれません。

編集B ただ、先生のキャラは、私はすごくいいなと思いました。

青木 同感です。最初は中年男性ということしかわからなかったのですが、途中で「国語教師です」と明かされますよね。そのとき、「ああ、なるほど」と納得ができました。そこに来るまでの男性の描写は、言われてみればすごく国語教師っぽかったです。

編集B ちゃんとそれらしい描写ができていますよね。

青木 目つきや声が穏やかで、品の良さもあります。殺人犯ではあっても、今この場で主人公を襲ったりはしないんだろうなという雰囲気がある。でも同時に、「柔らかな圧」を与えられる人でもあるんです。

編集B 信用しきれないですよね。読んでいると、ときどきふと、「やっぱりこの人、殺人犯なんだな」と思わされる。

編集A 秘められた狂気が、随所で顔をのぞかせるんですよね。

青木 読者もゾクッとして、我に返りますよね。穏やかな紳士然としている人だからこそ、「この人が殺人を」と思うと怖くなる。ミステリー感のある犯人像を、うまく描けているなと思います。

編集B 先生が、国語の試験問題について語る場面がありましたよね。「筆者の気持ちを答えなさいみたいな問題があるけど、あれはおかしい。他人の本当の気持ちなんて、わかるわけないのに」という。言われてみれば、その通りです。そして、その出題のおかしさと、主人公が「私が玲奈を殺したんだ」と思い込んでいるおかしさは、つながっています。どちらも勝手な思い込みで、正解なんてない。だから、この物語で「君の解答には丸をあげられなかった」という終盤に運んでいくために、殺人犯を「国語教師」にする必然性がある。作者はちゃんと、一番ふさわしい人物を犯人役に持ってくることができています。

青木 この先生の語り口と、語る内容には、説得力がありましたよね。そこがすごくよかった。ただ、主人公が実はミュージシャンであるという設定は、ちょっと唐突に感じられました。この主人公には、ミュージシャンっぽさとかアーティストっぽさはまったくないですよね。ごく普通の女の子という感じです。

編集B ですが、この主人公は特別音楽を勉強してきたわけではなく、ソフトを使ってやってみたら、意外といい曲が作れて、そのまま流れに乗って仕事にできちゃっただけらしい。「ミュージシャン」と呼べるほどの専門家ではないのかなと思います。

編集C ただ、主人公の職業は、話の途中でいきなり明かされますよね。かなり特殊な職業なので、読者としては面食らう感じがありました。

編集E この主人公、いわゆる「ボカロP」ってことですよね。それも、有名なヒット作を持っている。TVアニメや映画の仕事を依頼されるというのは、かなりの成功ぶりです。普通の女の子とは言えないと思う。

青木 本作は、割とキャラクターを記号として使ってますよね。先生は「殺人犯」の役です。対する主人公を「ミュージシャン」という役柄に設定するのであれば、やっぱり「それらしさ」を、もう少しわかりやすく盛り込んでおいたほうがよかったと思います。

編集A 展開次第ではありますが、そういう情報は序盤で少し匂わせておいたほうがいいですね。途中でいきなりだと、唐突で呑み込みにくい。ボカロPの仕事に絡めたエピソードなり描写なりを、あらかじめあちこちに入れておけば良かったなと思います。

編集B ポケットに手を突っ込んだら、高性能イヤホンがあったとかね。あるいは、山の中を歩いているときに「音」に関する描写がやたらと細かい、とかでもいい。葉っぱが擦れてカサカサいってるとか、遠くで川がゴオッと鳴ってるとか。音に敏感というだけでも、後に「ミュージシャンである」と明かされたときに、説得力につながると思います。

編集D うーん、描写の問題ではないんじゃないかな。個人的にはやっぱり、「ボカロP」という職業の特殊性に違和感がある。読者はそっちに気を取られてしまいますよね。主人公の職業が明かされた時点で、先生が「殺人犯である」ということの衝撃度が薄まってしまっています。

編集B 私は、そこもいいと思ったんですけどね。というのも、誰もいない真っ暗な山中で、殺人犯と普通の女の子が対峙したら、それはもう、殺人犯のほうが圧倒的に強者ですよね。この話は、二人が対等な立場で会話しているからこそ、成り立っているのだと思います。そのためには、女の子側にも何かしら「強み」を持たせる必要があったんじゃないかな。

青木 ただ、この話の肝の部分は、主人公が罪悪感にとらわれているということですよね。自分は東京で華やかに活躍をして、その間に玲奈ちゃんとの関係はおざなりになっていった。要するに、ごく普通の平凡な友人を、ちょっと下に見ちゃっていたわけです。そうしたらその友人が、自分に若干の原因があるような流れで殺されてしまった。だから罪の意識にさいなまれていると。

編集C その構図は、「ミュージシャン」の設定がなくても描けませんか? せっかくの「ミュージシャン」という要素が、活かしきれていないと思います。

編集D 「クリアファイル」も、玲奈ちゃんが殺されるための装置ですもんね。主人公が曲を作って、その曲がアニメに使われて、そのアニメのグッズであるクリアファイルを手に入れようとコンビニに行った帰りに、玲奈は殺された。だから、主人公は玲奈の死に対して責任がある。関係がないわけではないですが、やっぱりこじつけっぽく見えてしまいます。

青木 単に「幼馴染が殺されてしまった」というだけの設定でも、「なんだか責任を感じて、罪悪感を抱えている」という話を作ることは可能ですよね。今のままだと、「ミュージシャン」設定はノイズになっているように思えます。

編集B 言われてみれば確かに、「ボカロP」である必然性はそれほど感じませんね。ただ私は、真っ暗で何もない田舎の山中と、デジタル機器を駆使して作られる音楽という、一見ミスマッチな要素が同居している感じは、印象的で面白いなと思いました。

青木 正反対のものが対峙しあうような展開は印象に残りますね。この設定を生かしたエピソードがあってもよかったと思います。ラストは少し冗長かなという気がします。最後のお墓参りのような場面は、必要だったでしょうか?

編集D 私は、蛇足かなと思います。

編集A 結局この後、先生はどうなったのでしょうか?

編集B それはまあ、逮捕されたんじゃないですか?

編集D そこははっきり書かれていないですよね。ラストの場面では、崖下から救出されたのであろう主人公が、そのまま玲奈が埋められた現場にお参りして、姉に促されて帰途についている。でも、主人公は具体的に、どうやって崖から引っ張り上げられたのでしょう? 家族がロープを持参して、殺人犯まで救出して、みんなで一緒に帰るはずはないでしょうから

編集C 細かい点ではありますが、ちょっと気になりますよね。

青木 お約束的展開ではありますが、「遠くからパトカーのサイレンが聴こえてきた」みたいな描写で終わってもよかったかもしれないですね。そのほうが妙に疑問が残らず、すっきりと読み終われたと思います。

編集D 今作に関しては、人によって評価が分かれましたね。単に好き嫌いで分かれたというよりは、「良い」と思う点と「気になる」と思う点が、読み手によって様々であるという印象です。

編集B ちょっと企みすぎてしまったかなと思います。書きたいことや、やってみたい仕掛けみたいなものがたくさんあって、それを30枚に詰め込みすぎたのかもしれない。

編集C 読者を楽しませようという姿勢はすごくいいと思います。ただ、読み手の意見や感想がこのように分かれるとなると、やっぱりどこか話に無理があったり、読者に伝わるようには書けていないということかなと思います。

青木 指摘点はやや多めではありましたが、この作者さんなら、すぐに理解して修正できるものばかりだと思います。ミステリーっぽい展開に引き込まれて、私はすごく面白く読みました。これからも色々な仕掛けに挑戦していただきたいですね。