第236回短編小説新人賞 選評『奇天烈な一日』山口夏人
編集C これは、いわゆる「不条理もの」ですね。ストーリーの整合性に関する議論とは無縁です。「なんでそうなるの?」と思うことの連続ですが、これが意外と、すごく楽しめました。私は高評価しています。
編集D 私もです。単純に、読んでいて面白かった。ユーモア感があるし、展開はハイスピードですし。
編集B うーん、私も嫌いではないんですが、高評価はできませんでした。思いつきで書いた部分が先行しているように感じられてしまう。
編集E 私もです。この不条理感には、ちょっと乗り切れなかったです。
編集A 読者によって好き嫌いや評価が大きく分かれますね。
青木 不条理ものというのは、かなりのテクニックが必要で、相当に熟練した書き手でなければ、うまく書き上げるのは難しいです。本作にも、気になるところはいろいろありました。冒頭部分は若干スベっている印象ですし、テンポ感に欠けるところもあります。こういう作品の場合、テンポよくワーッと畳みかけるように書く必要がある。かといって、本作が悪い出来なのかと言えば、そんなことはないです。むしろ、かなりうまく調整を利かせていますよね。技術のある書き手です。
編集B 短編とはいえ、思いつき一本で書くことはできなさそうですよね。
編集A 最初から最後まで内容がハチャメチャな割に、映像はちゃんと浮かびます。
編集B 状況説明が上手ですよね。本当なら、こんなおかしな世界、読者が脳内で再現するのは大変なはずなのに、意外とすんなりと絵が見える。そういうところは魅力的でありつつ、やっぱりちょっと引っかかる感じはありました。これは「好き嫌い」とも違う気がします。
編集D わかります。私は非常に推しているんですが、その感性からしても、何か今ひとつ物足りないところがあるように思います。
青木 「若干テンポが悪い」以外で、ということですか?
編集D はい。ラストのまとめ方かなと思います。この話は、「普通の世界」が、急に「不条理な世界」へ移行して、ラストでまた「普通の世界」に戻ってきますよね。その「境界線」の前後関係を、ちょっとうまく書けていない感じです。まともな世界がおかしな世界へ移行するときって、「あのとき、あの場所で、あのボタンを掛け違えたから」という「契機」となるタイミングがあると思うんです。そのきっかけによって不条理世界へ行き、また何かのきっかけで普通の世界へ戻ってくる。本作では、ラストで主人公がレバニラを作り直して「めでたし」となるのですが、いつ境界線を行き来したのかは、よくわからない。いつの間にか戻っている。読んでいる側としては、ちょっと納得感がないですよね。終盤で、主人公が境界線を越えて戻るというところを、さりげなく入れこんでくれていたら、完成度は一気に上がったと思います。
編集C なるほど。掛け違えたボタンが戻る瞬間みたいなものが、何か欲しいということですね。
編集D 長々と書くことでもないので、本当に2~3行くらいで、パチッとスイッチが入れ替わるところがあるとよかったです。
青木 そういう、ほんの少しの部分を書くか書かないかで、出来上がりが大きく左右されますよね、こういう話は。
編集D 台詞がちょっと冗長になっているのも、少し気になるところです。つい、書き滑っているというか。
編集A 例えば、主人公が信吾くんに助けてもらった場面で、「アインシュタインよりもホーキングなんかよりも断然賢い!」という台詞が出てくるのですが、「ここにこの固有名詞を出さなくても……」と、思ってしまいました。この二人を選ぶ必然性がないですよね。
編集B 不条理ものなら、必ずしも必然性はなくてもいいかもしれませんが、それにしても「アインシュタイン」や「ホーキング」はチョイスとしてありきたりすぎる気がします。
編集D なぜ信吾くんが助けてくれたのか、なぜ60人以上もの子供たちが協力してくれたのかというあたりも、できれば納得できる経緯が欲しいところではあります。
編集B 『奇天烈な一日』というタイトルも、あまりにもそのままなので、再考してみてほしいですね。
青木 不条理ものといっても、作者一人があまりにもぶっ飛んだ世界に行ってしまうと、読者はついてこられないです。読者に読んでもらう以上は、一定の読者が楽しめる作品でなければならない。この、理性と狂気のバランスをうまく取るというのは、至難の業です。しかも、そこをいちいち熟考していては、そもそも不条理ものは書けない。本能に身をゆだねても書けるレベルに達してはじめて、あり得ない世界をほとばしるようなスピードで展開させることができます。
編集B そういう意味では、不条理ものを書くって本当に難しいことなんですよね。めちゃくちゃなことをただ書けばいいというわけではないですから。
青木 はい。内容はハチャメチャなんだけど、ちゃんと作品として成立するものを創るというのは、相当のテクニックがなければできないことだし、並の神経の持ち主でも書けません(笑)。境界線の向こう側の世界を描こうとするなら、作者もまた、現実で境界を越える力を持っていなければならない。そういう観点から見てみると、この作品はまだちょっと「まとも」すぎるかなと思います。作者はどこかで正気を保ちすぎている。もちろん、これは今後も磨くことのできる力です。この作者は、この不条理な物語を思いつき、楽しんで挑戦してみた。私はそのこと自体を高く評価したいです。
編集D しかも、一定のレベルに達していますからね。
青木 短編小説としては成立していると思います。勢いもありました。不条理ものを「成功」させていると言っていいと思います。
編集C 作者は、不条理ものに意図的に取り組んでいますよね。そこがすごくいいなと思いました。最初から「そういう話」を書こうと決めて、真摯に着手している。意思がはっきりと読み手に伝わってくる作品になっていて、良かったと思います。
編集B 全力で駆け抜けたという感じで、すごく好感が持てましたね。
青木 作者なりにやり切っていますよね。こういう話を書くときには、「なーんちゃって」的なエクスキューズを保険のように入れてしまいたくなるものですが、この作者は、逃げの姿勢で書いていない。それがすごくよかったです。
編集C 書き手がぐいぐいと力強く引っ張っていってくれるから、読者も引き込まれて読めますよね。
青木 キャラの立て方も、うまかったと思います。裁判長が「紙おむつのおっさん」だとか、弁護士は赤いオーバーオールの女の子だとか。
編集B 主人公が十字架にくくりつけられてトラックで運ばれているとき、だいぶ経ってから目を開けてみたら、たいした距離を進んでいなくて、「ちょっと遅くないですか」って尋ねるところとか、笑えました。
編集A 緊迫したシーンの後で、笑いを取る。ちゃんと緩急がつけられていましたよね。
編集B あっという間に死刑執行まで話が進んでしまって、ずんずんと屋上へ運ばれているとき、階段の踊り場に飾られた習字に「希望」と書かれているのが一瞬見えた、なんて場面も良かったです。
青木 私もすごくいい描写だなと思いました。書き手のセンスの良さを感じますよね。
編集B この作者なら、不条理もの以外もじゅうぶん書けそうに思います。
編集A 実際、これまでも投稿してくださっているようです。すごくやる気のある書き手さんのようで、ジャンルも不条理ものに限りません。
青木 いろいろなジャンルで試行錯誤しているタイミングなのかもしれませんね。ぜひそのまま、書き続けてほしいです。
編集D ただ、今回不条理もので最終選考に残ったからといって、「今後は不条理ものに狙いを定めて頑張ってみよう」とは思わないでほしいです。こういうジャンル限定で作家になるのは、正直難しい。ネタもすぐに尽きてしまいそうです。この手の作品は、あくまで普通の小説を書いている合間の余技くらいの気持ちでいてください。
編集B 不条理ものは、いわば変化球みたいなものです。まずは直球を投げる練習に専念して、余裕ができればちょっと挑戦してみる、くらいのスタンスでいいんじゃないかと思います。
青木 そうですね。まずは、オーソドックスな小説をうまくまとめあげられるように、基礎を固めるのが先だと思います。この作者さんだと、基礎もそれなりに固まっているとは思いますが、どういう方向性が自分に合っているかは、そんなに早急に決めなくていいです。当分は、いろいろ試してみてほしいですね。
編集D 普通の小説で腕を上げれば、それによって自然と、不条理ものもさらにうまく書けるようになると思います。「型」があってこその「型破り」ですからね。まずは基礎力アップを目指してほしい。
編集C いろんな作品を書いていくうちに、勘所もきっと自分でつかめてくるのではと思います。
青木 そこが大事ですよね。他の人から指摘されるのではなく、自分でわかるようになることが。
編集C 特にこの作者に関してはそう思います。今は感性だけで書いている部分が多いのかなと感じますが、同時にそれは、失ってほしくないポイントでもあります。
青木 今ここで、「ああしたほうがいい、こうしたほうがいい」とあれこれ注文をつけて、書き手の感性を潰してしまうことだけは避けたいです。だから、具体的な指摘もいろいろしましたが、あまり深刻には受け止めないでほしい。しばらくの間は、書きたいものをのびのびと自由に書いていってほしいなと思います。