第235回短編小説新人賞 選評『キラキラ』浅木まこ

編集A これはもう、すごくかわいらしい作品でした。私は大好きです。

編集E 私もです。大学2年の女の子が主人公の一人称小説なのですが、おしゃれでかわいい友人に憧れてぞっこんになっている気持ちの描き方がとても素直で、すごくよかったです。

青木 花ちゃん、ほんとに心の底からルルちゃんのことが好きですものね。「ルル、今日もすっごく素敵!」「えー、そーお?」「そうだよ! すごいよ! 最高だよ!」「えー、ありがとねー」なんてやりとりをずっと続けていて、なんだかもう、読んでいてむずがゆい感じです(笑)。

編集A わかります。花ちゃんが褒めて、ルルちゃんが照れて、花ちゃんが褒めて、ルルちゃんが照れて(笑)。花ちゃんはいつも褒めて褒めて褒めまくっているけど、これ全部本心なんですよね。

編集D 崇められている側のルルちゃんが、意外と言っては失礼ですが、すごくいい子なのが良かったです。こういうお話って、ルルちゃんの位置に来るキャラが、天然だったりエキセントリックだったりするパターンが割と多いと思います。悪気なくキツいことをスパーンと言ってきたりして、主人公は傷ついて、それでも嫌いになれなくて振り回されてみたいな流れになることがよくあるのですが、この作品は全然そんな展開にならない。ルルちゃんは気遣いのできるちゃんとした人で、自己卑下に走りがちな主人公を、折に触れて励ましてくれたりします。

青木 そうなんですよ。ルルちゃんって、本当にすごくいい子なんです。

編集D ルルちゃんは、自分を褒めてくれるから主人公をそばに置いているわけではなくて、ルルちゃんもまた本心から主人公を好きなんですよね。読み進むとそれが伝わってきて、ほっこりした気持ちになれました。

編集A ルルちゃんは、単におしゃれでかわいいんじゃなくて、すごくセンスがいいんですよね。それも流行を追いかけるのではなく、自分の「好き」をのびのびと追求している。興味を惹かれたものにはどんどん手を伸ばして、でも決して無理はしないで、いつも自然体で楽しんでいる。

青木 いい感じに力が抜けていて、余裕がありますよね。

編集A これはもう、主人公も憧れるわけですよね。ルルちゃんのキラキラぶりは、主人公の語りからすごく伝わってきました。

編集D 読者の目から見ても、ルルちゃんは魅力的ですよね。それは、主人公がルルちゃんの魅力をしっかりと言語化できているからだと思います。それはすなわち、作者の言語化能力の高さでもあります。

編集A すてきな友人に憧れる主人公の気持ちは、私もすごく共感できました。自分の十代の頃を思い返してみても、「この子、かっこいい!」とか思ったら、その子の真似ばかりしていましたね。

編集D 主人公は、ルルちゃんのことを「うらやましい」とは思っても、嫌な気持ちで妬んだりすることはないんです。ネガティブな方向に行くのではなく、あくまで純粋に憧れているのがすごくよかった。

青木 それに、「自分も何かしなくては」と思って、ちゃんと行動を起こしていますよね。主人公の「よし、神保町に行こう」という唐突な決心から始まる、神保町探訪記の部分が大好きです。

編集A 私もです。ここ、面白いですよね。

青木 ルルちゃんが吉祥寺で限定出店すると聞いて焦って、「じゃあ、私は神保町だ!」って(笑)。

編集A 意気込んで来てみたけど、別に取り立ててどうということもなく。単に渋い古書店が多いだけだった。

青木 「ラインナップがちょっとガチすぎる」って(笑)。この感想がかわいいです。

編集A 人気のレトロ喫茶には行けず、適当な店に飛び込んだら、単に古臭くて小汚いだけで。そのうえ、アイスコーヒーを頼んだら酸っぱくて、ミルクと砂糖を入れたら不味くなった(笑)。

編集D なんともお粗末な一日になってしまうんだけど、この主人公のがっかり感や、「私、何してるんだろう」という情けない気持ち、私はすごくよくわかります。

青木 私もです。実は私、高校の頃、神保町を一人で訪ねたことがあるんです。やっぱり本好きとしては「行ってみたい!」という気持ちが強くありまして。でもいざ来てみたら、「あれ?」って感じでしたね。別に何もないなって。現実を知ったという意味では成長したのかもしれません。

編集B 私も同じです。大学1年のときに「ここが、あの憧れの!」と思いながら神保町に降り立ったんだけど、「ええとそれで?」って。だって、普通に人が行き交ってるだけで。

青木 気を取り直して、「よ、よし、古本でも買うか!」って思ったんだけど

編集B 薄汚れた本を前にして、「買うってこれを?」って(笑)。もうほんとに、この主人公と同じです。

編集D 「神保町みたいなわかりやすい文化の町にやってきたら、自分も魔法みたいにパッとエモい女の子になれるんじゃないか、なんて思ってしまった」というところ、私は読んでいてすごく刺さりました。

編集A 私もです。キラキラしたルルちゃんと比べて、「自分には何もない」ことが、ものすごくコンプレックスなんですよね。一生懸命に真似してみたりするんだけど、どうもうまくいかない。

編集C で、つい、何の興味もないのに、『フルカラー・土偶と埴輪の人類学』なんて本を買ってしまう(笑)。

編集A 十代の頃なんて、みんな、そんなことの繰り返しですよね。

編集D 「私は好きだから何かをするんじゃなくて、何者かになりたいから何かを頑張って好きになろうとする。そういうところがだめなのだ。だからダサいのだ」。このあたりの自己分析は素晴らしいなと思います。深く考えて突き詰め、的確に文章化できている。内容も、読者の胸に響くものになっていました。

編集A 主人公は「自分は本当に中身のない人間だ」と繰り返し嘆いていますが、そうとは思えないほど、ものすごく鋭いところを突いている箇所があちこちにありました。

青木 ただ、主人公があまりにもルルちゃんを崇拝しすぎではないかという懸念も、若干ありますね。ここまで手放しに称賛されまくると、読者も飽きますし、ルルちゃんもちょっと引いてしまうのではないかなと、心配になります。

編集A 実際ルルちゃんも、「褒めてくれるのはすごく嬉しいけど、私、そこまですごいわけじゃないから」みたいなことを言ってますよね。

編集B 終盤に再度、主人公が力を入れてルルちゃんを褒めるところがあるのですが、ここはもう少し、なんらかの工夫が欲しいところだなと思いました。

編集A そうですね。前半あたりで「ルルはすごいよ!」って褒めまくっていたときと同じようなことを、ただ繰り返していますからね。

青木 主人公は神保町巡りをする中で、自分のどこがダメなのかという点を、鋭い分析力でしっかりと突き詰めた。そして後日、ルルにだって「私はまだまだだな」とちょっと落ち込んだりすることがあると知りました。であれば、その後で主人公から発される言葉は、前半あたりの台詞とは確実に違ってくるはずですよね。

編集B そんなに大きなものでなくていいから、読者が「あ、主人公ちょっと変わったな」と気づけるぐらいの変化があってほしかったです。

青木 何かエピソードを持ってくるのでもいいと思います。例えば、ルルちゃんがアクセサリーを作っている最中の様子を目撃するとか。いつものにこにこしたルルちゃんじゃなくて、怖いくらい真剣な顔をしていて、「ああ、ルルでもこんな顔をするんだ」って思うとか。

編集A ルルちゃん、すんごい寄り目になって、変な顔してるとかね。

青木 手を火傷して「あちちち」とかやっていて、全然かっこよくはないんだけど、主人公はそんなルルちゃんのことも「すごい。やっぱり大好き」と思うとかね。

編集E 主人公にほとんど変化が見られないので、話が単調になってしまっています。ストーリー的な山場がないのは、確かにちょっと物足りなかったですね。

青木 ラストの一文も、少々引っかかりました。「そして私もいつか自分のことを心から好きになれたらいいと思う」と締めくくられていますが、ここはやっぱり、「自分をちょっと好きになれた気がした」くらいのことは言ってほしいところですよね。

編集B 私もここはちょっと残念でした。結局、自己否定した状態のままで終わってしまっている。

編集A 主人公はいろいろ頑張ったし、自分の内面ともしっかり向き合ったのだし、少しくらい自分を好きになってもいいと思います。

青木 自分では「神保町に行っても何も得られなかった」と思っていますが、実は何か得ているのかもしれませんよね。自分で気づいていないだけで。それをルルちゃんがちょっと指摘してくれたらよかったのにと思います。なんでもいいんです。服装でも、小物でも、ちょっとした言動についてでもいい。「あれ、花ちゃん、ちょっと変わった? それも素敵だよ」みたいなことを言ってくれたら、主人公も少しは自信がついたのではないでしょうか。

編集D ルルちゃんと主人公を単純に比較したら、ルルちゃんの方が輝いているように見えるのは事実だと思います。だから主人公は憧れて、背中を追いかけて、ルルちゃんのことを言葉を尽くして賛美している。対してルルちゃんの方は、「そのままの花ちゃんが好きだよ」と言ってくれてはいるけど、「そのままの花ちゃん」がどういうものなのかは、あまり提示されていません。ここはちょっと惜しかったかなと思います。終盤のシーンには、そこへの言及が何かしら欲しかったですね。例えば過去に、主人公自身はなんとも思っていないけど、ルルちゃんの心にすごく響いた主人公の言動があった。ルルちゃんがその思い出を語り、「だから私は、花ちゃんが大好きなんだよ」みたいなことを言ってくれたらよかったのにと思います。

編集B ルルちゃんの口から、根拠がきちんと示されるということですよね。

編集D はい。そのほうが、ルルちゃんが主人公を本心から友人だと思っていることを、読者がより深く納得できたと思います。

編集A 主人公はすごく素直でいい子ですから、長所なんてたくさんあると思う。「自分はダメだ、ダメだ」と思ったまま終わるのではなくて、最後に少しくらい浮上してほしかった。

青木 現状では、主人公は最後までルルちゃんの崇拝者の位置にいるので、もう少し対等な感じになれたらよかったですね。今まではルルちゃんを追っかけてばかりだったけど、ラストでは思いきって自分から誘ってみるとか。例えば、「今度、一緒に神保町に行こうよ。人気のレトロ喫茶があるの。私、ルルと行ってみたい」なんて。

編集A 一緒に同じところを歩いても、ルルちゃんはまた、主人公が思いもかけない素敵なものを見つけそうですよね。主人公も今度は、ルルちゃんの視界には入らなかった何かを見つけることができるかもしれない。

青木 この二人は感性が違いますよね。逆に、お互いが補い合ってすごくいいコンビになりそうな気がする。

編集A 女の子同士のやり取りは、すごくよかったと思います。とてもかわいいし、読んでいてなごみます。この作者はこういう雰囲気の作品が向いているのかもしれないですね。

編集D そして何よりもこの作者は、描写がすごくうまいと思います。具体性があって、解像度が非常に高いです。

青木 映像が浮かびますよね。そんなに長々と書いているわけではないのに、服装とかが目に見えるようだし、場面の空気感もすごく伝わってくる。ルルちゃんがどんなふうに素敵なのかを描写したあたりなども、細かく事例を挙げていて、本当にうまいなと思いました。

編集A ストーリー的に弱いのは、どうにも惜しいところでした。小説としては、何かもうちょっと欲しかったですね。

青木 確かに。もう少し人間ドラマを入れたほうがいいかなとは思いますね。

編集B もう一つジャンルを掛け合わせてみるのはどうでしょう。この二人のコンビ感はすごくいいと思うので、そこは一つの大きな軸にして、さらに何かを絡める。「友情×ミステリー」とか、「友情×旅」とか。それなら長編にもできると思います。

青木 観察力があって物事を深く考える主人公と、天性のセンスの良さが光るすてきなルルちゃん。この二人の絶妙な組み合わせが活きる物語を、ぜひ読んでみたいですね。

編集E この作者は、多くの人が共感する話を書ける方だなと思います。作品の好感度も非常に高かった。今後がすごく楽しみですね。