第234回短編小説新人賞 選評『惑星を捨てる』水野すきま

編集D 滅亡しかかった地球で暮らしている、高校3年生の「私」のお話です。SF作品ってなんだかわくわくしますよね。

編集A おそらく作品舞台は未来の地球、ということなのでしょうね。とても興味をそそられたのですが、話の土台部分に疑問点が多かったように思います。

青木 そうですね。SF設定が、まだあまり固められていないなというのが正直なところです。作中の「今」がどれくらい未来なのか、よくわからなかった。

編集C 時系列も、読んでいてちょっと頭に入りにくいです。「半世紀以上前に惑星間移民計画が開始された」とのことですが、具体的には「第一号のコスモス宇宙船は、約六十年ほど前に出発した」わけですよね。二十年かけて惑星J7に到着し、移民先の星の環境を整え、そこからまた二十年かけて、報告書と手紙を乗せた無人宇宙船が返って来てということらしいのですが、合わせて40年は報告待ちをしていて、今から20年前に惑星間移民が始まったということでしょうか?

編集A でもそれだと計算が合わないです。移民船の出発は半年に一度。20年間宇宙船を打ち上げ続けても、合計40基にしかならない。実際は「もうすぐ八十三号が出発する」ということなのですから、コスモス一号からの報告を待つことなく、二号目以降の打ち上げも始まったということなのではないでしょうか。

編集D 「無人宇宙船に紙の報告書を乗せ、二十年かけて返送する」というのも、かなり引っかかりました。「距離や宇宙線の関係で不可能」とのことですが、惑星間移民が可能になっているほどの未来世界にしてはアナログすぎるような

編集C おそらくこの「コスモス号」というのは、日本国が管理・運営している船なのでしょうね。日本国民を乗せて、日本領の星へ行く。ただ、3万人を乗せた宇宙船を83基打ち上げても、合計人数は250万人程度。未来の日本の人口がどのくらいなのかはわかりませんが、それでも船に乗れるのはほんの一握りだろうと思います。ほとんどの人は、たとえ不本意でもこのまま地球で暮らすしかない。ですが、移民船にはお店もヘアサロンもペットショップまで用意されているようです。

編集A ペット同伴が許される状況とは思えないですよね。明日にも隕石が落ちてきて、地球は滅亡するかもしれない。むしろ、無理やりにでも船に乗り込もうとする人たちが殺到しそうです。密航者が次々に捕まったり。

青木 嫌でも地球に残るしかない、いつ死んでもおかしくないとなると、人心も荒廃しますよね。社会秩序は維持できないかもしれない。「幾度と地球を襲った隕石は、大陸の形を変え、海を暴れさせ、眠っていた火山を叩き起こし」たということなら、地球環境は激変しているでしょうし、食料さえ十分に手に入らないなんてことも考えられます。

編集A 力ずくで奪い合い、やけになって暴れまわる。暴力が支配するディストピアみたいな世界になっていてもおかしくないですよね。

編集D 運よく宇宙船に乗れた人たちだって、楽観的になれる状況ではないと思います。移民先の星にたどり着くまで20年間も宇宙船生活が続くのですから。その間に、寿命や事故で死んでしまう可能性だって充分あります。

青木 長期間宇宙航行をする場合、「コールドスリープ」が使われたりすることもあると思うのですが、そこへの言及もなかったですよね。ということは、移民する人たちはみんな、起きたまま宇宙船暮らしをするということでしょうか。もしいま主人公が船に乗り込んだとしても、新しい星に到着するときには、すでに38歳くらいになっているわけですよね。

編集D 移動に長期間を要するからこそ、年齢の若い人がいる家族を優先的に乗せているということだと思いますが、それにしても40歳くらいで同乗した親たちは、到着時にはもう60歳ですからね。あまり効率的な移民方法とは考えられないです。人類をなんとか存続させるために必死でやっていることだとは思うのですが

青木 移民船に乗り込んでも、地球に残っても、どちらにしろ常に命の危険と隣り合わせ。人類を存続させるため、妊娠出産の計画やプレッシャーもあるでしょう。この未来世界の人類は、非常にシビアな状況に直面しています。でもそういう危機感とか切迫感が、この作品からはあまり感じられませんでした。そういった側面ももう少し描写されていたらよかったなと思います。

編集B 未来社会なのにテレビを見るのかな、というのもちょっと疑問でした。そういえば放課後に、校外学習のプリントをホッチキス留めする場面もありますよね。

編集A それも未来社会っぽくはないですね。朝食はトーストとコーヒーで、自転車を漕いで学校に行って、進路調査票にどう記入しようかと悩んでいる。「今にも地球は弾け飛ぶかも」という切迫した状況と、現代と大差ない女子高生の生活という取り合わせが、どうにもマッチしていなかったです。

青木 もちろん、どんな危機的状況であっても、人間は食事をしたり眠ったりします。しかもそれが長期間続くとなれば、慣れてしまって、普通ではない状況の中で「普通の生活」を送ることもあるかもしれない。ただその場合、一見「普通」に見える暮らしが、薄氷の上で危うく保たれているものなのだという空気感は、読者に伝わるように醸し出しておいた方がいいと思います。ヒタヒタと迫りくる滅亡の下で、懸命に平穏な日常を送ろうとする人類。その象徴が、ホッチキスを打つ少女です。胸に迫るように書くこともできたと思います。

編集A 大枠の状況設定はすごく面白かったのですが、SF設定が曖昧になっていて、もったいない。

編集B ただ、作者はSFを書きたかったわけではないと思います。この話の一番の肝となるのは、主人公と吉岡君の心の交流の部分です。たまたま二人きりで過ごす時間が生じて、話をしているうちに心の距離が縮まった。その後は特に触れ合う機会もなかったけれど、なんとなく意識はしていた。なのに突然の別れが訪れた。しかも永遠の別れです。彼とはもう二度と会えない。その切ない展開と、その後の主人公がどういう未来へ歩みだしていくのか。作者はそここそを描きたかったのではないかなと思います。

編集A おそらくそうでしょうね。その「もう二度と彼に会えない」という状況を成立させるために、「地球滅亡」「惑星移民」という、あまりにも壮大なSF設定を話のベースに敷いてしまったように感じます。

青木 一番に描きたかったのが女子高生の淡い切ない想いであるということなら、ちょっと話の規模を大きくしすぎたかなとは思いますね。SF設定のほうが気になってしまって、主人公と吉岡君の物語に集中できなかったです。無理に壮大な話にしなくても、「吉岡君は急にアメリカに行くことになりました」とかでもよかったのではないでしょうか。

編集B でもアメリカ程度の距離であれば、普通に連絡はとれてしまいそうですよね。やはり作者は「永遠の別れ」みたいな状況を作りたかったのだろうと思います。宇宙船からの通信方法はないとか、片道だけで20年かかるといった設定も、そのためだったのではないかなと。

編集A 確かに。仮に主人公が移民を希望して、吉岡君をすぐさま追いかけたとしても、次に会えたり話せたりするのは最低でも20年後ですからね。

青木 やろうと思えば「地球滅亡」以外でも、似通った設定は作れると思います。例えば、「父の仕事の都合で、南極の地下深くにある研究施設で暮らすことになった。通信環境もない。機密保持のために、次に地上に出るのは20年後になる」とかね。

編集A 主人公たちはまだ学生ですからね。家庭の事情を絡めて「もう会えない」という設定を作るのは、そんなに難しくはない。

青木 「宇宙が」「地球が」といったところに話を広げなくても、吉岡君の個人的な事情で「もうお別れだね」となる話にしておけば、これほど基本設定への疑問点が出ることはなかっただろうと思います。それでもあえて「SF」を選びますということであるなら、SF設定の部分はもう少ししっかり詰めていく必要があると思います。科学に精通しなければいけないということではありませんが、書く以上は理屈の部分をもう少し整えておいたほうがいいですね。

編集D 「宇宙線の関係で」とか「宇宙の情勢が変わって」とかでは、やはり説明がふんわりしすぎていますからね。読者から「これはどういうこと?」と尋ねられたときに迷いなく答えられる程度には、作者の中で作品世界を構築しておいてほしいです。

編集A 主人公と吉岡君の心の交流も、ちょっと中途半端に感じました。主人公は吉岡君をほんのり好きになった、ということなのだろうと思うのですが、恋心が芽生えるほどの何かが、この放課後のシーンにあったようには感じられなかったです。星座の話もしていますが、個人的にはそれほど素敵なシーンになり得ていないような気がしました。

青木 そうですか? 私は「君の左腕にカシオペア座があるね」みたいな場面、すごく好きでしたけどね。その後には吉岡君が、「僕は内腿の付け根にあるんだ」と恥じらったりして。ほほえましかったです。

編集A 吉岡君は頬を染めて「怒らない?」と聞いていますが、彼にとって主人公は、ほとんどしゃべったこともないクラスメイトですよね。しかも二人はもう高校2年生、それほど子どもでもないです。妙に恥じらわれると、こちらもかえって気になってしまう。オリオン座の三つ星は、吉岡君の右腕にあるという設定でもよかったですよね。

青木 性的なものが不意に話に紛れ込んできたので、引っかかりを感じたということですかね。確かに、この「内腿」の部分はさほど重要とは思えないので、もっとあっさり済ませてもよかったとも思います。それより吉岡君の魅力に筆を割いてほしかったですね。主人公はこの放課後の場面で吉岡君を好きになったわけですから、読者としてももう少しときめきを共有したかったです。

編集A 物静かなのに独特の存在感がある、知的な男の子。10代の女の子が「なんだか素敵」と思ってしまうのも分かるし、作者もそういうキャラとして彼を描いているのだろうと思います。でももう一押し、素敵なポイントを打ち出してほしかった。あるいはこの場面そのものに、青春感やきらめき感を盛り込むのでもいいです。せっかく星座のきれいな話をしているのに、なんだかちょっと物足りなくて、もったいなく思ってしまいました。

編集B 二人きりの放課後の教室で何気ない会話をしながら、主人公と吉岡君の心の距離が近づいていく場面は、私はすごくいいなと思いながら読んでいました。なので、二人の会話をもっと聞きたかったですね。二人が仲良くなっていく様子をもう少し眺めていたかったです。

編集A 枚数には少し余裕がありますから、ぜひそこを描いてほしかった。吉岡君を想う主人公の切なさがもっと際立つお話になっていれば、読者は感情移入して読めたでしょうし、SF設定の粗さも気にならなかったかもしれないです。

青木 ラストのあたりもやや説明不足かなと感じました。終盤で主人公が「吉岡、やっと決めたよ」と言っていますが、いったい何を決めたのでしょう? 「地球に残る決心をした」ということでしょうか。

編集B そうだろうとは思うのですが、進路調査票になんと記入したのかは書かれていないし、ちょっと読み取りにくいですね。

編集A 「なぜ残ることに決めたのか」という理由の部分もわからないです。

青木 「吉岡を理由にして移民することを決めてはいけない気がした」というようなことを言っていますが、うーん、でも、理由にしてもいいのにね。「やっぱり彼が忘れられないから追いかけます」ということでも、何も悪くないと思います。主人公はこの点に関して、妙に生真面目ですね。

編集B 主人公の行動原理というか、動機や感情の流れがつかみきれず、ラストの場面でもうまく感動できませんでした。すごく切ない思いが描かれている雰囲気はあるのですが。

青木 もう少し具体的な理由が提示されてほしかったですね。「やっぱり私は地球が好きだから、離れられない」とか「大好きなお母さんが病気になって宇宙の旅は無理になったから、私も残る」とか

編集A すごく些細な理由でもかまいません。「飼っている金魚を置いていけない」とか、「ハマっているドラマを最後まで観たい」とかでもいい。とにかくなんらかの理由が示されていれば、読者は「そうなのか」と思うことができたはずです。

編集C 全体としてややポエミーな方向に傾いていて、根本の部分が曖昧なままになっている。例えば冒頭の「吉岡は私に星座を与えて、それから地球を捨てた」という表現も素敵ですが、正確には吉岡君は捨てていませんよね。お父さんの仕事の関係で、仕方なく移民船に乗っただけで。

編集A 『惑星を捨てる』というタイトルもすごくかっこいいなと思うのですが、よくよく考えてみると、吉岡君は自分から地球を捨てたわけではないし、主人公も居残る決心をしたのだから捨てていない。話とタイトルが合致していませんね。

青木 厳密には違うのに「吉岡は地球を捨てた」とつい語ってしまったということは、もしかしたら主人公には「私は捨てないぞ」という強い気持ちがあったのかもしれませんね。吉岡君のことは好きだし、地球もいつ終わるかわからないけれど、「それでも私は捨てない」という確固たる思いが主人公にあるのかもしれない。

編集B SFって、登場人物たちのドラマを始める前に、設定や世界観を読者に理解してもらわなければいけないですよね。情報を伝えるには文字数も必要だし、短編で書くのはかなり大変です。作者がどういった意図で作品舞台を未来の地球に設定したのかはわかりませんが、ものすごく難しいことに挑戦されたなと思います。

青木 SFやファンタジーを短編で書くのは、本当に難しいです。なので「30枚の中で書きやすいものを」と考えると、つい「隣にちょっと変わった人が越してきて」とか「クラスメイトにちょっと素敵な人がいて」とか、スケールの小さな話にしてしまいがちです。でも、この作者はものすごく大きなものを書こうとした。永遠の別れだとか、宇宙の果てに向けた遥かな想いとかを30枚で書こうとしていました。そのチャレンジを私は高く評価したいです。今回は基本設定への疑問点が多めに出てしまう結果となってしまいましたが、どうかくじけずに、自分の描きたい世界を追求していってほしいなと思います。