第234回短編小説新人賞 選評『オクガミサマ』波之間之泡

編集C 大学四年生の主人公・司が、ラストで、怪しい「カミサマ」の形代にされてしまうというホラーなお話です。細かい粗がないわけではないのですが、とにかく面白かった。私はイチ推しにしています。

編集D 司は「憑き物」を卒論のテーマにしているから、「秘密の儀式を見に来るか?」という佐倉の誘いに、一も二もなく飛びついてしまいます。ミイラ取りがミイラになるというような話で、とてもすっきりした構図だなと思いました。友達だと思っていた人間に最初から騙されていたわけで、これは主人公、すごくかわいそうでしたね。

編集A しかもその「騙された」内容が、ちょっとお金を取られたみたいなことではないですからね。主人公は、この後ずっと、オクガミ様の形代として生きていかなくてはならない。これはもう、人生を奪われたのと同じことです。

青木 佐倉は60歳になればお役御免になるようですが、主人公にはそういう期限がないですからね。次の「オクガミ様の身体の入れ替え時」になるまで、逃げることはできない。

編集C 「入れ替え」が済んだ後って、以前の形代はどうなるのでしょう? さっきまでオクガミ様が入っていた灰色の髪の少年は、オクガミ様が抜け出て、この後どうなるのかな?

編集A なんか、ゴトッと床に転がってますよね。これって、死んじゃったってことでしょうか?

編集C そこがよくわからないので、ちらりとでもいいから、何か言及がほしかったですね。それによって、主人公が現在受けつつあるこの仕打ちの残酷さが変わってきますので。

編集A 確かに。この少年がどうなるのかを見て、主人公は悟るわけですからね。「俺も、いつかこうなるのか」って。

青木 怖い(笑)。絶望しちゃいますね。しかも、主人公はすべてを乗っ取られるのではなくて、「意識は残しておく。そのほうが面白い」みたいなことになっているのも、一層残酷だなと思いました。でも、ホラーとしては、こういうのがまたいいんですよね。

編集A この作者は、映像の浮かぶ文章をちゃんと書けていますよね。読んでいると、場面が脳裏にありありと浮かんできます。

青木 映像が浮かぶかどうかは、ホラー系の小説にとって大きなポイントですよね。絵面と、空気感。その二つがホラーにはとても重要です。この作品は、そのどちらもすごくうまく読者に伝えていると思います。

編集A 長々と描写するわけではないのに、短い言葉で的確に表現してますよね。佐倉の田舎のあたりの情景も目に見えるようだったし、主人公たちが居酒屋や定食屋で飲み食いしている場面も、その場の雰囲気が伝わってくるようでした。

青木 冒頭の描き方も秀逸でした。最初の一行で、メイン要素の「オクガミ様」をズバリ出してますよね。主人公が「それ何?」って聞き返しますが、これは読者の反応でもあります。この後、主人公が佐倉から説明を受けることで、読者も作者から説明を受けるわけです。最初のあたりで早くも、怪しげな神様が存在する家があって、佐倉はそういう田舎の名家の跡取りなんだということがわかる。しかも、台詞だけでです。読みやすいし、わかりやすい。とてもうまいなと思います。

編集A 冒頭の1枚目の中に、必要な情報も世界観も、ギュッと詰まってますよね。

青木 しかも、主人公は民俗学を専攻している学生であると。であれば、そういう怪しげな話に足を踏み入れていくのも、何ら不自然ではないです。

編集C 『遠野物語』とかを、ふっと連想させる設定ですよね。もちろん「オクガミ様」の設定そのものは作者のオリジナルだと思いますが、読者のなじみやすいストーリーが展開していくので、読んでいて無理なく受け入れられます。

青木 佐倉の実家へ行くには、「新幹線で2時間、そこからローカル線を乗り継いでさらに1時間かかる」とのことですが、これ、場所はどこでしょうね。私はつい、頭に地図を思い描いて、いろいろ想像しちゃいました。岐阜? 長野の山奥? それとも岩手でしょうか。

編集A どれもありえますね。具体的な場所は話の本筋に関係ないから、べつにはっきり明かす必要はない。現状の書き方でいいと思います。あとは読者が勝手に想像してくれる。設定の作り方がうまいですよね。

青木 無人駅に降りて、バスなんてないからタクシーでたどり着いた佐倉の実家。そんなど田舎に、どっしりしただだっ広い平屋敷が建っている。この感じも、すごくよくわかります。実際にありそうですよね。

編集A 歴史を感じさせる日本家屋でね。中庭に離れがあって、わけのわからない神様を祀っている。それでも「この令和の世に?」とは思わなかった。田舎の古い土地に住んでいる人たちが、昔ながらの風習を守り、その土地特有の神様を大事にしながら暮らしているというのは、そんなに不思議ではないです。

編集C 佐倉の名前が「智徳」で、伯父さんが「武徳」だというのも、こういう家柄にすごくありそうなネーミングだと思います。絶妙なリアリティですよね。

青木 で、そういう裕福な旧家の跡取りだから、大学だけは東京に行かせてもらえるけど、卒業したら帰らないといけないっていうあたりも、「なるほどね」と自然に読めます。

編集A 佐倉と主人公って、置かれている状況が真逆なんですよね。主人公は親が再婚したせいで、家族との縁が薄い。経済的にも厳しいから、バイトしながら単位取得に追われている。主人公からしてみれば、佐倉は妬ましいほど恵まれて見えるはずですが、なんだか気のいいやつで、いつの間にか友達になった。

青木 佐倉って、かなりのイケメンなんですよね。実家が裕福だから何事にも余裕があるし、もちろんモテモテで彼女をとっかえひっかえ。でも、お坊ちゃまだから品も良かったりする。

編集A で、なぜか、そんな佐倉の方からちょくちょく声かけがあって、交流が途切れない。主人公としても悪い気はしないですよね。たくさんの女の子たちが夢中になっているであろう佐倉から、「でも俺は、おまえと食べるメシが一番うまくていい」みたいなことを言われるんです。不思議な友情が成り立っているように思ってしまう。だから主人公は、佐倉を疑うなんて考えもしなかった。

編集C 実際には、佐倉はけっこう早いうちから主人公に目をつけていたわけですよね。肉が嫌いで、性的にも未経験という清らかな体。性格も悪くない。そしてなんといっても、好みの顔。自分がオクガミ様付きになることからは逃れられないのだから、せめて形代は自分の好みの人間にしようと思った。

青木 まあ、自分勝手にもなりますよね。自分だって否応なく「オクガミ様付き」の役目を背負わされるのですから。先代の伯父さんは「父親の兄」だということなので、もしかしたら「オクガミ様付き」という役目は、「本家筋の次男の長男」の役目なのかな? どういう条件でならされるのかは書かれていないので、ここに関してはもう少し言及があってもよかったですね。あるいは、「俺には弟がいるから、後継ぎの心配はない」みたいなことが、ちらりと語られてもよかったと思います。それなら読者は「ああ、この“オクガミ様”は、この先もずっと続いていくのだな」と感じ取れますから。

編集A オクガミ様付きのお役目が「還暦まで」というのも、また絶妙な設定だと思います。一生ずっとではないけど、人生の主要な時期の自由を奪われてしまう。60という数字は、十二支が5回めぐる数字でもあるので、いろんな意味が込められていそうですよね。

青木 還暦になると一度赤ん坊に戻る、みたいな話も聞きます。つまり、「一生が終わる」みたいなことなのかもしれませんね。

編集A 作者も適当に「還暦」と決めたわけではなくて、いろいろ考えた上で設定しているような気がします。物語の背景がきっちり作られているという印象です。

編集B ただ、「オクガミ様に仕える」って、具体的にどういう生活になるのでしょう? 私はそこが、ちょっとよくわからなかったのですが。

編集C ラストの描写からすると、どうやらオクガミ様の生命を支えるエネルギー源は「オクガミ様付きの者の血液」のようですね。なので、要するに「オクガミ様のご飯」の役割になるのだろうと思います。オクガミ様が「欲しい」と言ったら、血を吸われに離れに行く。もちろん他にも、話し相手になるとか世話を焼くとか、いろいろなことを要求されるのでしょう。オクガミ様付きがオクガミ様の要求を満たしている間は、オクガミ様はその家に福をもたらし、魔物にもならない。佐倉家が繁栄を保ち続けられるかどうかは、オクガミ様付きの働きにかかっている。

編集A だからオクガミ様付きは、家からあまり遠くには行けないんですよね。常に待機しておかなければならなくて、自由がない。そのかわり、家の一番広い部屋に住み、周囲からも丁重に扱われる。

青木 「オクガミ様」は「奥噛様」の意であるという設定も、面白いなと思いました。せっかくなので「先代である伯父さん」という人物も、ちょっと登場させればよかったかもですね。

編集A すごくかっこいい人のように描かれてますしね。

青木 佐倉が主人公のことを「大学の友人だよ」と紹介すると、その伯父さんがちょっと悲しそうな、哀れみが混じったような目で主人公を見るなんてエピソードが、あってもよかったかもしれないです。

編集A 主人公の人間としての最後の食事が「無人駅の売店で買ったパン」だったというのは、個人的に引っかかりました。ストーリー的にどうこうということではないですけど、あまりにかわいそうだと

青木 しかも、佐倉が勧めてるんですよね。「他に店はないから、売店で何か買っとけよ」って。佐倉君、「これがこいつの最後の食事になる」ってことをわかっていたはずなのに、これはひどい。むしろ、何かちょっとしたものでもごちそうしてあげてほしかったですよね。これから辛い役目を一方的に押しつけるのですから、佐倉には、もう少し主人公に優しくしてほしかった。

編集C そういうエピソードがあると、あとで読み返したときに効いてきますよね。読者は「そうか、佐倉は主人公をちょっと気遣ってたんだな」と思えます。

編集A ただ、お昼のお弁当は、佐倉が買ってくれてましたよね。一応、罪の意識は少しあるのかな。

青木 でも佐倉は、主人公のお弁当の西京焼きを、筍と取り換えたりしてますよね。一見、二人は気心の知れた仲だからという描写に感じますが、私はこれも佐倉の都合かなと思いました。主人公は調理済みの魚がそんなに好きではないとはいえ、食べられないわけではないですよね。でも佐倉は、もうすぐ形代になる主人公の身体に、動物性の食べ物を入れたくなかったんじゃないかな。

編集A その可能性もありますね。佐倉って、主人公を「好みだ」とかいう割に、あんまり思いやっている感じはないです。オクガミ様についての書き付けを事前に読ませるというのも、考えてみれば残酷ですよね。「騙された」と気づいた後で、どういうシステムなのかを理解しやすくさせるためのようなものです。しかも、肝心の語句は抜いてある。司が書き付けを読んでいる様子を、佐倉がほくそ笑みながら物陰から見ていたのかなとか想像すると、ゾッとします。

青木 実は私はけっこう早い段階で、「この主人公、もしかして狙われているのでは?」と思っていたので、いろんな場面で「あ、さらにヤバい展開になってる」「あ、ここも」「ほらここも」って思いながら読めて、非常に楽しかったです。

編集B そうなんですか? 私は全然そんな風には予想していなくて、むしろ、「佐倉君っていいやつじゃん。二人は気の合う仲良しさんなのね」と思って読んでいたので、ラストの展開にはびっくりしました。まさかこんな不穏な終わり方になるとは。

編集C 私もこのラストは予想していなかったですけど、気持ちよくだまされたという感じですね。思いがけない展開になって、面白かった。

青木 私はもう、「肉を食べない」とか「女性経験がない」みたいなところで、「ん? これはもしや」と思っていました。で、その通りにどんどんヤバくなっていって(笑)。ハラハラしながらも、予想通りの展開になるのが、とても気持ちよかったです。

編集D これはどうなんでしょう? 主人公が陥れられる展開を読者にうすうす感じさせる書き方にしたほうがいいのか、それとも、ラストで一気に驚かせた方がいいのか。

編集A うーん、現状の書き方のままでいいんじゃないでしょうか。気づいている人は「ヤバいぞ、ヤバいぞ」って思いながらわくわく読めるし、気づいていない人はラストのどんでん返しで驚かされますし。どちらにしても楽しめますよね。

青木 この作品は、一度目よりも、二度目に読んだときに一層楽しめる話だと思います。ヒントになる要素がいろいろ散りばめられていますよね。二度目に読むと、「ああ、これはそういうことだったのか」と気づける。それがすごく楽しいです。

編集A 綿密に計算されたうえで書かれていますよね。しかも、それがすっきりとまとまっていて、30枚にうまく収められている。すごくうまいなと思います。

編集D ラストで急に「交わるのならお前がいい」みたいな台詞も出てくるのですが、この「男性同士」という要素もあったほうがいいのでしょうか?

編集A 確かにこの作者は、BLなどもそれなりに読んでいそうではありますが、決して自分の好みで「男性同士」という要素を入れたというわけではないと思います。いろんな要素を、自分でコントロールしながら話に入れ込んでいるのではと感じました。

青木 そうですね。もしこれが「ホラーテイストのBL」として書かれたものなら、もっと容姿の描写などをたくさん入れていただろうと思います。主人公はすごい美形で、相手の男の子もやっぱり美形で、二人はこんなに仲良くしていて、みたいなことを。でも、この作品にはそういったところがないですよね。それでも自然に読めるので、あえて強調しなくていいと思います。

編集A 確かに佐倉はイケメンだし、主人公も実はきれいな子なのでしょうけど、強調されてはいないですね。

青木 おそらく主人公は、小柄な美少年系なのではと思います。菜食派で、女性が苦手で、美肌なんですよね。親の再婚でできた義理の姉は、夜な夜な部屋に入ってこようとする。ラストで「女子からも可愛いって評判だった」とも書かれています。たぶん、凛々しいイケメンというよりは、少し幼さの残る感じなのでしょう。

編集A 佐倉も、「水上、年上受けしそうじゃん」って言ってましたよね。そういった部分も、二度目に読むとよくわかってきます。美少年と明言したり、過剰な演出をしたりはしていない。でも、ヒントはちゃんと盛り込まれている。こういう辺りも「よく考えられているな」と思います。

編集C 細かいエピソードの盛り方がうまいですよね。

青木 あえて言えば、主人公の民俗学に対する情熱みたいなものは、もうちょっと描かれていてもよかったですね。好きだからこそ、怪しげな話につい食いついてしまって、まんまと騙され、哀れもう二度と帰れないという流れがより印象的になったのではと思います。

編集D オクガミ様の正体が吸血鬼っぽいのも、若干気になりました。離れの建物に十字架が貼り付けてあったり、形代の少年は銀色の目をしていたりと、どうも日本古来の魔物ではない感じですよね。

編集A 確かに。ですが、ものすごく引っかかるというほどでもなかったです。この作者は、多少の疑問点もスルッと読ませる力を持っているように感じます。

青木 文章もきれいだし、漢字の混ざり具合などの字面もいい。情景描写やエピソード描写にも、過不足がなかったですよね。時系列もほぼ前後しないので、ストレートに楽しく読める。物語としての完成度が非常に高いと思います。

編集A 最初からすっと物語世界に入り込んで、ぐいぐい読むことができました。ちゃんとエンタメ作品になっていて、とても良かったと思います。