第233回短編小説新人賞 選評『まちがいさがし』 ラム・И

編集A 202X年7月18日を何度も繰り返すたび、間違いを一つずつ見つけ出していくという、ループ系のお話です。ゆるめのデスゲームっぽい感じと、元気のいい主人公キャラと、あふれるユーモア感。すべてが相まって、とても面白かったと思います。

青木 これはもう、文章がうまいですよね。1行目からいきなり作品世界に引きずり込み、現状やゲームの説明をちょいちょい混ぜながらも、スピードはまったく落とさず進んでいく。ゲームの始まりのくだりも、テンポの良い会話でわかりやすく伝えています。説明が端的で、すっきりしていますよね。書き慣れない人が書くと、ごちゃごちゃといろいろ詰め込んだり、変な情景描写を入れてしまいがちですが、そういう余計なものは一切書かれていませんでした。

編集A それでいて、ちゃんと場面の状況はわかるんですよね。

青木 構成が巧みです。限られた枚数の中で、緻密に組み立てて書いてあると思います。「同じ日を10回繰り返す」という話をそのまま書いたら、当然、読者は飽きますよね。毎回毎回、同じ情景、同じ出来事が繰り返されるわけですから。でもそれを飽きさせずに書いている。これは、大変にスキルの高いことだと思います。

編集B 「まちがい」がバラエティに富んでいて、面白かったですね。

編集C ほんとに、全然退屈しなかったです。むしろ、「今回はそこかー!」って、すごく楽しく読めました。

青木 「(担任の)鈴原がイケてる!」ってところなんて、大笑いしました(笑)。

編集A ループする話なのに、ダレた描写にならない。ハイスピードな展開。そして笑わせてくれる。ほんとにうまいなと思います。

編集C 主人公の「おれ」を、とても生き生きと描けていましたよね。元気でやんちゃな、現実にいそうな普通の男の子として描けているのが、すごくよかったと思います。友達との遠慮のない会話とか、学校、部活、バイトという日々の様子とか、お母さんを邪険にしてる感じとか(笑)。大人の言うことなんか聞き流して、遅刻ギリギリで学校に行って、友達と馬鹿話をして、暇ができたらダラダラして。普通の男子高校生というものが、とても実感を持って描けていました。

青木 でも終盤にさしかかると、謎のキリンマスクちゃんが、実は亡くなった幼馴染だと判明する。ここで、話が一気に切なくなりますよね。

編集C 主人公の元気の良さに、油断させられましたね(笑)。トントントーン! って、ハイテンポで進んでいた話に、急にフッと「哀しみ」が顔を出して、流れが緩やかになる。この緩急もうまかったと思います。

青木 話がきれいに着地していましたよね。コメディと「泣かせ」のバランスが、非常にいいなと感じました。

編集B ただ、「ループ」に関する細かい設定がどうなっているのかは、やや気になりました。例えば、「異変に関与しちゃいけない」というルールは、どこまでが許容範囲なのかとか。

編集C 「一回でもお手付きしたら、永久に戻れなくなる」という、かなり厳しい決まりもありますよね。主人公は、けっこう無造作に動き回っていますから、「それ、やっても大丈夫なの?」って、読んでいて心配になりました。

編集D そもそもこの「10回のまちがいさがし」は、亡くなった美咲ちゃんが設定したゲームなんですよね。「この先も、楽しく人生を歩んでいって。私の分も、いろんな世界をいっぱい見てきてよ」というメッセージを、主人公に伝えるためにやっているらしい。でもそれなら、「一回でも間違えたら無限ループ」というルールは何故だったのでしょう? もし主人公がうっかり「お手付き」をしていたら、どうなっていたのかな。美咲ちゃんは主人公のことが好きなはずなのに、どうして「無限ループ」で主人公を脅かすのでしょう?

編集A 確かに。これ、主人公と美咲ちゃんの心の絆のお話ですよね。なのに、なんだか意地悪ゲームみたいになってしまっている。

編集C どうして「10回」なのかも、よくわからなかったです。もちろんキリは良いですが、実際やるとなると、10回はけっこうな回数ですよね。主人公にそこまで大変な思いをさせる必要はあったのでしょうか。

編集A 二人がどの程度の関係なのかも、はっきり見えてこなかったです。確かに幼馴染だし、保育園から中学までずっと一緒だった。でも、今はもう学校も違うんですよね。コンビニで時々見かけるくらいで、そんなに強いつながりには思えない。

青木 美咲ちゃんの方が、主人公を特別に好きだったのでは?

編集A 可能性はありますが、書かれてはいないですよね。で、主人公の方はといえば、特に幼馴染以上の気持ちはないように思えます。

編集E 23枚目にもそう書かれています。「幼馴染としての親しみはあったけれど、好きだとか、そんなふうに感じていたわけじゃない」と。

編集A 二人の間にある一番の思い出が、5歳のときの「ティガーの絵事件」だったということなら、それ以降はさほど濃い親交はなかったとも感じてしまいます。どうして美咲ちゃんは、縁が薄れかけてきている主人公に、この「まちがいさがしゲーム」を仕掛けたのでしょう。

編集C 主人公は美咲ちゃんが亡くなってからも、割と元気に過ごしていたっぽいですよね。なのに、ラストで正体を明かした美咲ちゃんは、「私のことはもう気にしないで、前に進んでいってね」みたいなニュアンスで話している。ここには少し違和感がありました。美咲ちゃんが一人合点で、「どうか悲しまないで」と言っているみたいで。

編集E 長年の幼馴染だった美咲ちゃんを忘れてしまっている主人公のことが、薄情に思えてしまいますね。

編集C 主人公は、コンビニで美咲ちゃんに再会した途端に、涙がこみあげてきていますよね。美咲ちゃんが亡くなった後は、この世のすべてが薄い膜越しのものに感じられて、現実感を持てないでいた。つまり、美咲ちゃんの死を受け入れられなかったということでしょう。恋愛感情ではないにしても、主人公は美咲ちゃんのことがとても好きだったのだろうと思います。なのに、ループ中は美咲ちゃんのことを忘れている。これはちょっと不自然だなと感じました。

編集E 美咲ちゃんの死によって、現実感が失われるほどのショックを受けた。主人公にとって、美咲ちゃんはそれほどに大きな存在だったわけです。そうなると、「まちがいさがし」がコンビニの場面に進むまで、主人公の脳裏に美咲ちゃんのことが頭をかすめないというのは、変ですよね。日常生活の中には、幼馴染である美咲ちゃんの思い出に関わるものが、あれこれあるはずなのに。

青木 しかも毎回、「今日もまた7月18日だ」と、くっきり認識していますよね。「美咲の命日だ」とか「一周忌だ」ということに言及しないのは、おかしいといえばおかしいです。

編集C このあたりに関しては、何らかの理由づけが欲しかったですね。美咲を失ったショックで、美咲に関する記憶が一時的に抜け落ちてしまっているとか。

青木 思い出すと辛いから、なるべく意識に上らせないようにしている。無意識的に記憶を封印しているとかね。

編集E 現状では美咲ちゃんは、終盤にならないと姿を現しませんよね。ラスト近くになって不意に登場してくるのが、若干唐突に感じられました。重要なキャラなのですから、もう少し以前から、チラッチラッと存在を匂わせておいたほうがよかったのではないでしょうか。

青木 そうですね。例えば、ショッキングピンクの横断歩道の場面で、「そういえば保育園のとき、お絵かきで横断歩道をショッキングピンクにしてた女の子がいたな。美咲だったっけ」なんてちらりと思うとか。タコのジェノベーゼサラダの場面で、「いつだったかお祭りの屋台で、タコ焼き落として泣いてた奴いたな。あれも美咲だっけ。たしか俺のを半分やったんだよな」とかね。

編集C なるほど。「まちがい」に関するものは、すべて美咲との思い出にかかわるものだった、ということにするわけですね。

青木 はい。回数を重ねるごとに、だんだんと思い出していく、という展開にしてみてはどうでしょう。もっとも、あまり繰り返すとわざとらしくなってしまいますので、そこの塩梅は考えたほうがよさそうですが

編集A 何度も美咲の名前が出てくるとネタバレになりかねないので、誰だかわからないぼんやりとした女の子の思い出として描いておいて、ラストで美咲が登場してきたところで、「思い出した!」となる形でもいいかもしれませんね。「なんで今まで、俺は忘れていたんだろう」って。

青木 さらに欲張っていいなら、ループと同時並行で、何かが少しずつ進行していく、みたいな構成にしてもいいと思います。ループだけでなく、別の事態も同時に動いていて、最後にすべてがつながる。読者が思わず、「そうだったのか!」と膝を叩くような。本作のようなストーリーは、仕掛けがあればあるほど面白いので、ギミックの部分により一層の工夫を凝らすことを考えてみてはと思います。もちろん、現状でもじゅうぶん面白く書けてはいます。

編集A 「まちがいさがしを10回やらせる」ことに関しても、もう少し違う背景事情を用意するとよかったのではないでしょうか。やっぱり、美咲が好きな人に意地悪ゲームを仕掛けた理由のところが引っかかりますので。

編集C あるいは、ベタでいいから、死神や閻魔様を登場させてはどうでしょうか。

編集A それもありだと思います。この作品の雰囲気なら成立すると思う。閻魔様から、「天国に行くためには、誰か信頼できる人にこのゲームをクリアしてもらう必要がある」と言われて、美咲ちゃんは迷った末に主人公を選んだ、とか。

青木 「リョウなら、きっとやってくれると信じてた」ってことですね。

編集A それだけの信頼感が二人の間に培われていったエピソードを、途中に少しずつ挟んでおくといいと思います。そしてラストで、美咲が「これで天国に行ける。ありがとうね」と微笑んで、主人公も安心して人生に前向きになれる。

編集C キリンのマスクをかぶった謎の少女は、時々ふいに現れては、主人公のピンチを救ってくれる存在、みたいな設定でもいいかもですね。主人公がお手付きをしそうになると、ルールすれすれのところで、必死に助けようとしてくれるとか。

編集A あるいは、もっと大きく改変して、ループする世界に迷い込んでいたのは主人公の方だったという設定でもいいかもしれない。何かの理由で主人公は自殺しかけて、生死の境のループ世界から抜け出せなくなっていた。そこへ、亡くなったはずの美咲が現れ、助けてくれた。「私の分まで生きてね」という言葉を残して、彼女は消えていく。で、主人公がハッと目を覚ましたら、病院のベッドの上だったとか。とにかく、ラストで明かされる事情に、もう少し納得感が欲しい。

編集E あと、ラストシーンで二人がついに再会するところ、すごくいい雰囲気だったのにすぐに終わってしまって、残念でした。もう少しゆっくりと会話をさせてほしかったですね。

編集A 枚数にはけっこう余裕がありますので、もう少し粘って、完成度を上げてほしかったです。

青木 でも、リーダビリティの非常に高い作品でしたよね。すごくテンポがいいので一気に読まされました。全体的なクオリティはとても高いと思います。個人的にも大好きです。

編集A レベルの高い書き手なんだろうなと感じました。今回の選評を読んでいただいて、「読者はそこが引っかかるのか」「そこを直せばいいのか」みたいなことがわかれば、すぐにでも勘所をつかんでもらえるのではないかと思います。一層レベルアップした次作を、ぜひ読ませていただきたいですね。