第232回短編小説新人賞 選評 『わたしは回転木馬』堀祐貴

編集B 毎晩夢の中で遊園地に行っている主人公が、その遊園地の管理人だという人物を現実世界で偶然見つけてというお話です。とてもいいストーリーを思いつきましたよね。この書き手にはアイディア力があると思い、私はイチ推しにしています。夢の中の人物に現実で出会うというだけでも面白かったですが、この作品には続きがある。夜の寂しい遊園地の管理人だった小杉さんは、主人公の言葉に背を押されて、諦めていた「人でにぎわう遊園地」の管理人になるという夢を、夢の中で叶えます。登場人物に大きな変化が起きているし、温かい明るい雰囲気で話が終わるのもとてもよかった。

青木 「誰もいない遊園地」という場面から話が始まるのも、すごくよかったですよね。

編集A 作品舞台として非常に魅力的だと思います。

青木 最初の一文の「近ごろ私は、馬に乗っている。」ですが、これだと読者が、瞬間的に「動物の馬」をイメージしてしまう。ここは最初から、「回転木馬に乗っている。」で始めてもよかったのではないでしょうか。

編集C もしかしたら作者は、最初のうちに「本物の馬」だと読者に誤解させておいて、後に「回転木馬のことだったのか」とわかるほうが面白いと考えたのかもしれませんが、その企みはあまり効果を上げていない。「夜の遊園地」だけでも魅力的な場面設定ですから、初めから「回転木馬に乗っている」ことを出していいと思います。

青木 文章がすごく読みやすかった印象です。

編集A 加えて、なんだかユーモア感がありますよね。「キャベツをみじん切りにすると、困ったことに、キャベツのみじん切りができてしまう」とか。

編集B 「小杉さんはどこですか」と尋ねたら、「こちらは熊本県産になります」って(笑)。

編集A 「夢を見ない程度の浅い眠りをおかわりする」なんて、あまり聞かない言い方だけど、するっと理解できる。うまいなと思います。「興奮しすぎて夢から覚めてしまう」という状況が、夢の中では「つむじのあたりをみょーんと摘まみ上げられ」なんて描写に変換されるというのも面白かった。誰がどうやって摘まみ上げているのかわからないし、何の説明もないんだけれど、特に気にならない。なんとなく場面の想像がつきます。

青木 イメージを上手に読者に届けていますよね。軽妙な描写がとてもうまいです。

編集A 「夢の中の世界」という曖昧なものを、曖昧なままうまく文章で表現していたと思います。場面は目に浮かびつつも、夢の中っぽい不思議な浮遊感もありました。こんなふうに書ける人って、なかなかいないんじゃないかなと思います。

青木 しかも、この夢世界は現実とも連動している。そこも面白かったです。

編集B 夢の遊園地の管理人は、年老いた魔女みたいなイメージですよね。現実世界でスーパーに勤めている小杉さんとは、顔は似ていても、雰囲気とかは若干違うと思います。でも、主人公はひと目で「あの人だ!」と気づいている。そういうあたりの書き方にも、違和感がなかった。

青木 たぶん小杉さんも、主人公に対して同じことを思っていそうですよね。「夢の中のあの子とはちょっとばかり感じが違うけど、でも同一人物ね」って。服装や見た目が多少違っていても、不思議とわかるんでしょうね。夢とリアルが、どこかでつながっている。

編集A スーパーの店員という現実感と、夢の遊園地の管理人という非現実感のギャップの大きさも、面白かったです。

編集C 現実世界が本物で、夢の中はかりそめの架空世界、というわけではないんですよね。夢の中で過ごすのも大事な時間で、人生の一部。小杉さんにとってはむしろ、夢の世界の方が重要なのかもしれない。

編集A 一見、ほんわかした楽しい話のように感じますが、実はこの小杉さんには、長年の間に胸にため込んできた哀しみや寂しさがあるのだろうなと思います。そこを想像すると、けっこう切ない。ずっと独り身で生きてきて、高齢になった今もスーパーで働いていて、おそらくは細々とした生活を送っているのでしょう。せめて夢の中でくらい希望を叶えたっていいと思うのに、「あんまり騒がしいのは人に迷惑ですから」と苦情を言われて、あっさりと「寂しい夜の遊園地」へと切り替えている。「なんでもなさそうに諦める姿」というフレーズには、胸につんと来るものを感じました。長年生きてきて、たった一つの良い思い出が、「子供のころ小さな遊園地に連れて行ってもらったこと」だなんて、すごく悲しい。

青木 でもこの後、主人公に励まされて、小杉さんは行動を起こします。「みんなが楽しんでくれる遊園地を作る」という夢を、夢の中で叶えるために、なんと現実の生活の方を変えている。年老いてからの、この決断と実行力はすごいですよね。

編集A ラストの「夢の中の昼間の遊園地」には、たくさんの人の歓声があふれていて、空気もきらきらしてますね。子供たちの明るい声を聞きながら幸せそうに笑う小杉さんを見られて、主人公だけでなく、読者も嬉しくなる。このハッピーエンドはとてもよかったです。

青木 ところで、この話はほぼ、主人公と小杉さんで成り立っているのですが、夢の中に第3のキャラクターが出てきますよね。鼻の短いゾウのような顔をしたスーツ姿の男、通称「ゾウ鼻男」です。この人は何者なのだろうと気になっていたのですが、結局正体がわかりませんでした。彼は、人間ではないということでしょうか?

編集A 夢世界の番人か何かでしょうかね。そのあたりはよくわからなかったです。

青木 仮に「夢の番人」だとして、どうして「ゾウのような顔」のキャラとして設定されているのでしょう? そこに何か理由があるのかな、と気になったのですが。

編集A なぜ「ゾウ」なのか、そこに意味があるのかないのか。確かに気になっちゃいますね。

青木 夢世界のシステムやからくりが、もう少し詳しく設定されていてもよかったのではと思います。夢の中ならではの不思議な空気感は魅力的なのですが、若干ふわっとしすぎていたのかもしれないです。個人的にはこの「ゾウ鼻男」さんも、現実世界の誰かだったら面白かったのになと思いました。

編集A ゾウ鼻男にも現実世界で出会ったりね。まさか本当にゾウのような顔はしていないだろうけれど、小杉さんには「あっ、あの人!」とわかるような。

青木 現状では、彼は小杉さんの台詞の中にしか登場してこない。せっかく特徴のあるキャラなのですから、話にもっと生かしてほしかったですね。

編集A ラストにちらりと登場するだけでも、キャラとしての存在感が増したと思います。

編集D 私は、この主人公のこともよくわからなくて、引っかかりました。冒頭で「28歳」だと書かれているし、ほんの一か所「仕事のうちは良かったが」と出てくるので、働いてはいるようですが、どんな仕事をしているのかはまったくわからないですよね。「働いている」という空気感すら希薄だと感じます。

編集E 私もそこは気になりました。主人公の一人称で書かれているのに、主人公に関する情報がほとんど出てこないですよね。現実生活の中でどういう生活をしているのかが見えてこないので、私はこの話にうまく感情移入することができませんでした。

青木 主人公の現実に関することは、すごくふわっとしか書かれていないですね。でも私は、今くらいの書き方でいいかなと思います。あまり解像度を上げると、どうしてもそちらに引っ張られてしまう。「私の名前は○○。××に勤める28歳」みたいにはっきりさせると、読み手は少し醒めてしまうんじゃないかな。

編集A 夢の中にいざなう話だから、あまり現実感はないほうがいいような気もします。

編集E 直接的に詳しい説明はなくてもよいのですが、読者が「たぶんこうなんだろうな」と想像する手掛かりみたいなものが、もう少しあればよかったと私は思います。それなら読者が、脳内補完しながら読むことができますので。

青木 うーん、この辺りは難しい問題ですね。主人公についてあまり詳しく描写すると、作品全体の雰囲気が変わってしまうようにも思いますし

編集D 私はもう少し書いてほしいと思う派ですね。

編集A 私は、今ぐらいの曖昧さの方が好きかな本当に難しいですね。読者の好みによって、評価が違ってくるところです。

編集C ところでこのラストは、「何もかもうまく収まった」ということになるのでしょうか? 主人公が働いているのは、割とのんびりした職場なのですかね。

青木 この主人公、あまりがっつりと働いている感じはないですよね。もしかしたらフリーターとかで、時間には割と融通が利くのかもしれない。とはいえ、ここで「主人公はフリーター」という情報を入れてしまうと、そこからまた「じゃあ、フリーターとして、どんな仕事をしているの?」という疑問が生まれてしまう。具体的な情報を投入すればするほど、リアル感が増して、「夢の話」という作品の雰囲気が壊れてしまいかねない気がします。ただ、引っかかっている読者がいる以上は、もう少し手は加えたほうがいいかもですね。すごく難しいとは思うんだけど、雰囲気はふわっとさせたままで、ちょっとした情報をほんの短く盛り込んだりしてみてはどうかなと思います。

編集E 主人公が話の中心にいないのも、ちょっと気になりました。現状では、ただの語り手になってしまっていますね。

編集B 成長しているのは小杉さんですね。小杉さんが自分の胸に夢を問い直して、行動して、ラストで見事に夢を叶えている。

編集C 主人公はそれを脇で見ているだけで、特に前には進んでいないです。

編集A まあこういう話も、アリはアリなんじゃないでしょうか。現実生活にストレスを抱えている人が読んだら、癒される物語だと思います。

編集C 個人的には、物語としてちょっと薄いかなと思います。出来・不出来の問題ではないんだけれど、いまいち決め手に欠ける感じはあります。

青木 いわゆる「パンチが足りない」ということですよね。それはわかります。この話を、芯のある小説っぽく書き直すことは、可能は可能です。主人公を、現代に生きる28歳の女性として、その悩みとともに描き、夢の中で小杉さんに出会うことによって、癒しを得たり、何らかの問題が解決に向かうような展開にする。そういう最終的な帰結があると、物語としての完成度は高くなります。ただ、それをやると、この作品が今持っている良さが消えてしまうと思います。

編集A これは、言ってみれば、MV(ミュージックビデオ)的作品ですよね。細部まで構築されてはいないけれど、なんとなくわかるし、そのなんとなく伝わってくるものがとても心地よい。その心地よさにこそ魅力があります。MVに対して、「細部の詰めが甘い」とか「ストーリーがない」なんて批判をしないのと同じで、この作品はもう、「こういうもの」として受け取ればよいのではないでしょうか。

青木 楽しく心地よく読めますよね。私も、これはこれでいいように思います。ただ、もし今後長編を書くのであれば、その際は、キャラクターにしっかりと肉付けすることが必要になってくると思います。

編集A 「MV的なもの」ではなく「小説」を書こうとするなら、キャラもストーリーももっと練り上げが必要だし、登場人物の気持ちの変化や人間的成長などを描くことも避けて通れないと思います。

青木 この作者の持っている世界観みたいなものはとても魅力的なので、それは生かしつつ、キャラクターとストーリーに厚みを持たせてほしいですね。そうすれば、小説作品としての完成度が高まると思います。

編集B タイトルのつけ方も、できれば考え直してみてほしいです。読み終わった後も、なぜ「わたしは回転木馬」なのか、いまいちピンと来ませんでした。もっとぴったりなタイトルがあるはずだと思います。

編集A 作品の雰囲気は、本当に良かったと思います。今後もぜひがんばってほしいですね。