第232回短編小説新人賞 選評 『さいごのひともじ』瀬野那成

編集A 高評価している人が多い作品です。私も高い点数を付けました。多感な少年時代の、忘れがたい出来事のお話。淡くて、切なくて、素敵でした。

青木 青春感がたまらないですよね。読み終わって、「この話、好き」と思う読者は多いのではないでしょうか。もちろん私も大好きです。

編集A 作品の雰囲気がとても魅力的でしたね。「主人公が好きなのは長友さんではなく」という真相には驚きました。

青木 ここは、少し賛否の分かれる点でしょうね。

編集A 誤解のないように申し上げたいのですが、性別を問題にするわけではないんです。ただ、長友さんは主人公の目から見て、非常に魅力的な女の子として描かれていますよね。特に中盤の、長友さんがヘアゴムをほどいて髪が宙に踊る場面などは、本当に美しく描写されていました。「神さまみたいだ、と思った」とも語っています。こういった一連の描写から私は、主人公の純粋で淡い恋心を読み取りました。が、終盤になると「本当に恋していた相手は」ということになっている。若干、飲み込みにくいものを感じます。

青木 おそらく、いろんな面で未分化なのだろうと思います。主人公は中学生ですよね。自分では「僕は西田君が好きだ」と思っているようですが、それはまだ、ほんのりとした未分化な恋愛感情なのではないでしょうか。だから、長友さんへの気持ちについても、きっぱり「恋愛感情ではない」と言い切ることはできないように思います。この辺りに関しては、そんなに決着をつけてしまわなくてもいいんじゃないかな。現状の描き方でも、さほど問題はないのではと私は思います。

編集A 長友さんのほうでは、主人公のことをどう思っていたのでしょう? 一時的な退屈しのぎにしりとりを持ちかけただけかと思いきや、その後も延々と続けてきますよね。長友さんも主人公のことを好きなのかなと、ちらっと思ったりもしたのですが。

青木 割と普通の感情だったのではないでしょうか。特別に好き、とかではなく。

編集A しりとりする相手としてちょうどいい、くらいの普通さ。

青木 はい(笑)。でも、そういうのが逆にいいですよね。深刻な思いの絡まない二人の関係が、逆に良かったと思います。

編集A 長友さんの遠慮のないところとか、十代女子ならではの気まぐれな感じは、すごくかわいかったですね。

青木 主人公は真面目で思索的でおとなしく、ちょっと中性的な印象を受けます。女の子に警戒心を抱かせないタイプで、長友さんも声をかけやすかったのではないでしょうか。私も、この主人公にはとても好感を持ちました。だから、そんなに親しいわけでもない主人公と長友さんが、子供の遊びのような「しりとり」を毎日ちょっとずつ、しかし途切れさせずにやり続けているという展開は、すごくいいなと思いました。ピュアなものを感じますよね。

編集A 主人公本人は、自分のことを「友達のいない地味な存在」と思っているかもしれないけれど、長友さんから見たら、「軽々しくクラスメイトと交わらない孤高の男子」のように感じられて、無意識的な信頼があったのかもしれません。

青木 主人公は、スクールカーストの上でも下でもなく、横にいるような感じですよね。長友さんにとって、あれこれ気にせずにちょっと絡む相手として、最適だったのかなと思います。気楽に話せる相手って、それはそれで貴重ですから。

編集A しかも主人公と長友さんは、実は相性がいいように感じます。気の合う中学生男女が、子供みたいにしりとりして遊んでいる様子は、すごくほほえましかったです。

青木 ただ、終盤で長友さんがいじめを受けますよね。この展開はちょっとベタかなとも思いました。そこまでは、きらめき感のある淡い青春の日々を、絶妙な空気感で描けていたのに、「いじめ」というベタな要素が入ったことで、展開がわかってしまって、若干ノイズが生じてしまったかなという気がします。

編集A いじめの内容も、机を倒されたり、靴を隠されたりと、どことなくひと昔前のいじめという感じですね。いわゆる「いじめ」というワードが想起させるようないじめ。

編集C 「アダルトコンテンツを合成」とか、今どきっぽいものも一応描かれてはいるのですが、全体的にいじめの描写は、少し作り物感があったようにも思います。

編集A 「消火器の中身をぶちまける」や「殴るのは序の口で」というのも、少々度が過ぎているように感じます。そのせいで、リアル感がちょっと薄れてしまっている。

編集C 現実にこういういじめが全くないわけではないでしょうけど、フィクションの中で描く場合には、もう少し加減に注意したほうがいいのかもしれませんね。「作品内でのリアル」を成立させるために。

青木 しかも長友さんは、「スクールカーストの最上位のみんなのアイドル」であるだけにとどまらず、けっこう肝の座った人物ですよね。取り巻きの女の子たちも、それはわかっているはずだろうと思います。そういう「強い」人間に対して、下位の子たちが一夜にしていっせいに反旗を翻し、苛烈ないじめを始めるという展開には、なんだかちょっと、ピンと来ないものを感じました。

編集C 引っ越し直前に、お礼参りとばかりに、いじめの主犯を思いきり殴って回った、歯までへし折ったというのですから、長友さんはものすごい豪傑ですね。

青木 ただ見方によっては暴行事件でもありますので、そこも若干気になりますね

編集A こういうエピソードもちょっと激しさが先行していて、リアリティがないように感じられてしまいました。

編集C まあ、主人公が通っているのは「荒れた学校」という設定ですので、そういう学校で上位カーストになっている長友さんもまた、「実はガラが悪い」ということなのでしょうね。

編集A この「学校が荒れている」という設定は、皆さんいかがでしたか。というのも、物語の冒頭ではそういう印象は薄いですよね。本当に荒れている学校なら、蒸し暑い体育館の中で、つまらない校長先生の話を生徒たちがおとなしく座って聞いたりしないと思います。

青木 主人公と長友さんがほのぼのとしりとりをしていた後に出てくる情報なので、たしかに違和感はありました。「校庭をバイクが走っている」とか「体育倉庫が放火された」なんて、かなりの荒れようですね。

編集E 「不良生徒が、校庭をバイクで走る」、「飲酒・喫煙、当たり前」といったあたりにも、なんだかベタなものを感じます。もちろん、こういった不良ぶりは現在でもあり得ないことではないですし、作者には何らかの形で見聞きした実体験などがあるのかもしれない。でも、「作品内でのリアリティ」ということを考えると、ここもまた塩梅が求められるところかなと思います。

青木 設定に臨場感を持たせるには、説明するのではなく、具体的な場面を描くのが一番だと思います。例えば、「放火事件があった」と地の文で書くのではなく、煙がもくもく上がって、みんなが「何事!?」と騒ぎ出す場面を現在シーンとして描写する。また、「パトカーが週四で停まっている学校」と文章で書くのではなく、校庭で生徒の誰かがバイクに乗って奇声を発していて、それを追いかけて先生たちが大声で怒鳴っているのを主人公が眺めていたら、パトカーの音がどんどん近づいて校内に入ってきたという場面を描写する。現在形の具体的なシーンとして描写すれば、場面のリアリティが読者にも迫ってくると思います。

編集C そもそもの話で恐縮ですが、「荒れている学校」に設定した理由が気になりました。これ、普通の学校が舞台でも成立しそうですよね。

青木 はい、私もそう思います。もしかしたらこれは、終盤で長友さんがいじめられる展開へ自然に持っていくための設定だったのかもしれないですね。ただ、学校ものの話に「いじめ」という要素を入れること自体、ちょっとありきたりのようにも感じられます。

編集A 学校ものは「いじめ」と「毒親」を話に盛り込むと、とりあえずドラマが作れてしまうというところはありますね。記号的要素としてとても使いやすいです。もちろん、記号は記号で重要だし、物語に必要な要素でもあるのですが、読者の目に「記号的」と映ってしまわないよう、用い方に工夫が必要かなと思います。

編集D せっかく「荒れた学校」という設定にしているのなら、そこへさらに「いじめ」をプラスするのではなくて、荒れた学校ならではの現在エピソードを描写する。そして、そういうひどい場所で、主人公と長友さんと西田君がちょっと素敵で切ない関係になっている、という風に描いてもよかったのではないでしょうか。

青木 それはいいですね。荒れた状況の中で、「ルルリカケス!」なんてやっているとしたら、一層かわいく感じます。

編集B 対比で際立ちますよね。すさんだ学校の中だからこそ、無邪気にしりとりをしている二人のピュアさが一層浮かび上がっただろうと思います。

編集A あと、スクールサポーターのくだりに行数が多少費やされていましたが、これは話の本筋にあまり関係がなかったと思います。特に、西田君が主人公に話しかける場面の途中で説明が挿入されていて、話の流れが少しぎくしゃくしているように感じました。

編集E 「スクールサポーター=学校に駐在する警察」というイメージで書かれていますが、通常「スクールサポーター」と言えば、先生たちの手伝いをするようなスタッフを指すのではないでしょうか。非行防止の少年サポートセンター活動も確かにありますが、現役警官を学校に常駐させるとは考えにくい。こういう辺りは、もう少し誤解を生まないように書いたほうがいいかなと思います。

青木 文章は全体的にうまかったと思います。ところどころユーモアが感じられるのもすごくよかったです。校長の長すぎる話を遮ってくれたから、「教頭は僕たちの間で英雄となった」(すぐ忘れられるけど)、なんてところとか。

編集A 長友さんが、ヘアゴムをスーッと外す場面は、本当に素敵でした。二人きりの早朝の教室で、空気が澄んできらめいていて。

青木 主人公はぼんやりと見とれていて、そうしたら長友さんが不意に、「あ、モナリザ」と言って微笑む。長友さんのほうは、しりとりのことを考えていたんですね。

編集A ほんとに、映画のワンシーンのようでしたね。映像が目に浮かびます。読後もすごく心に残っているシーンです。

編集B 「みんなの神さまがしりとりをしている間だけ僕の隣に落ちてきてくれる」、なんて詩的な語りをしながら、「そういう僕自身が何よりも気持ち悪かった」とも言っている。中二っぽい陶酔だけに終わらず、客観的な認識をちゃんと持てているところもよかったです。

青木 熱血担任の山岡先生が長友さんを助けてあげられなかったと悔いているのを、「意味もない涙を流していて、気持ち悪くてたまらない」と思っているとかもね。こういうことを書けるのって、すごくセンスがあるなと思います。

編集A 私は、西田君も好きでした。ちょっと無骨だけど、根がまっすぐで、気持ちのいい男の子だなと思います。

青木 私も、メインの三人のキャラクターは全員大好きです。読者にそう思わせる人物造形ができているのはすごいですよね。

編集A 余韻のある終わり方になっているのも良かったです。作品内のリアリティという点に関しては気になるところもありましたが、良い意味で全体的に「エモい」作品になっていたと思います。雰囲気が抜群にいいし、好感度もとても高い。このままどんどん書き続けていってほしいですね。