第231回短編小説新人賞 選評 『あいつの葬式、宗派なに?』薄田もなか
編集A 高校時代に仲良し男子3人組だった内の一人が亡くなり、残る二人が、彼らなりのやり方で故人を見送るというお話です。といっても、しんみりしたお話ではないです。むしろ、この二人は相当くだらないことをやっている(笑)。そのくだらなさが、私は逆に良かったと思います。
編集D かつての少年たちも、今はもう、いい年のおじさんになっている。なのに昔の仲間と会えば、またしょうもない「男の子」に戻るんですよね。
編集A 髪が薄くなっていたり、お腹が出たり、どこからどう見ても立派な中年なんだけど、このおじさんたち、なんだかかわいいですよね。回想シーンに出てくる「かつての少年たち」も、地味で冴えない3人組。この少年たちが、年月を経て、そのままこのおじさんたちになったんだなと思うと、なんだかしみじみしてしまいます。
青木 今はもう中年になってしまったおじさんたちが、「かつて少年だった俺たち」に思いを馳せるという、割と王道の話ですね。大人になった元少年たちが、過去をしのんでいる。ただ、その「思いを馳せた」先の回想シーンの内容が、けっこう性的なことであるのが、私は少々引っかかりました。
編集A 体育館の中二階から、女子バレーボール部の練習を隠れて覗いていた場面ですね?
青木 はい。これ、見られている女の子たちが知ったら、「気持ち悪い!」って震え上がると思います。
編集A 確実にそうなるでしょうね(笑)。確かに、その子たちからすれば気分のいい話ではないんですけど、でもなんだかこの男の子たち、そんなに憎めないなという気が私はします。
編集B まあ、「覗いている」といっても、べつに着替えを覗いているとかではないですしね。練習風景を見ているだけなので。
青木 でも、やっぱり視線がいやらしいですよね。「男子特有のレンズを通して眺めている」と、はっきり書かれていますし。
編集B そこもまあ、思春期の男の子たちなので、こんなものではないかと思いました。女子を見ているときの会話も、品定めをしたり点数をつけたりしているわけではなくて、「なんでショートカットが多いんだろう」「俺は後ろで束ねてるほうが好き」なんて、かなり素朴で他愛のない会話をしています。露骨に性的な書き方ではなかったと思う。
編集A むしろ、ちょっと幼い感じですよね。モテ男子ではないから、女の子に縁がなくて、えげつない妄想に走るところまで行けていないのだろうと思います。
青木 でも、「聖書」の内容には、けっこう男子の欲望が表れていませんか? 「週末は教祖とデート」とか「夏祭りは水着で参加」とか。女の子を思いのままにしたい気持ちが前に出ていて、ちょっと苦手な感じでした。
編集A 私は逆に、せいいっぱい欲望を発揮してもこの範疇に収めているところに、好感を持てたんですけどね。
編集B 私もです。「家の方向が同じ人は一緒に下校する」。小学生みたいです(笑)。
編集C 私もどちらかと言えば、「くだらないなあ」と笑いながら楽しめたんですけど、この表現について嫌悪感を持つ読者もいるだろうなという懸念は、若干感じました。特に、女性の読者には多いかもしれない。
青木 この作品は、「元少年」だったおじさんたちが、「本物の少年」だった時代を懐かしく、ちょっぴり切なく思い返す話ですよね。それは伝わってくるので、できれば「いい話だな」と思って読みたかったのですが、やはり共感しにくい部分がありました。好きな子に話しかけてみようか悩むとか、教義にしても「女性に優しくする」とか、違うエピソードにもできたように思います。
編集B 私は、主人公の情報が不足気味なのが気になりました。奥さんと17歳の娘さんから冷たくされているようですが、その状況とか理由とかが、あまり見えてきませんでした。離婚届を用意して持ち歩いているということは、けっこう長いこと逡巡していて、離婚を本気で考えているのだろうと思います。いったいどういう理由からなのでしょう?
編集A これが娘さんだけなら、「思春期の女の子だから」とも思えるのですが、奥さんからも長いこと冷遇されているということなら、家庭内に何らかの問題があるのでしょうね。
青木 その原因が夫側の浮気や、主人公が何か悪いことをしたからなのであれば、ラストで「離婚を思いとどまった」ことが「いい終わり方」になるのかどうか、断定はできないですね。
編集B そのあたりの背景が不明なので、このラストのオチには説得力が足りない気がします。主人公の抱えている事情については、もう少し読者に伝える必要があるのではないでしょうか。
青木 本文を読む限りにおいては、主人公にはあまり、「妻子に申し訳ない」みたいな思いはないみたいですね。ということは、奥さんが悪妻で、娘もお母さんの味方で、孤立している主人公はもういっそ離婚しようかと思っていたということかな。そんな中で今回の件があり、もう少し我慢してみようかと思い直したとか。
編集B 悪妻というほどひどい奥さんなのかはわからないですが、コミュニケーションが十分に取れていないのは確かでしょうね。もうずいぶん前から、「行ってらっしゃい」も「おかえりなさい」も言ってもらえていないようなので。
編集A 主人公は、「相手がああしてくれない、こうしてくれない」みたいな、被害者意識のようなものを持っていたのかもしれませんね。それが、今回の出来事のおかげで、「自分のほうから歩み寄っていこう」という気持ちになれたということかと思います。
編集B 相手に変わってほしいと思うのではなく、まず自分が変わる。自分のほうからコミットしていこうという方向に、気持ちを切り替えることができた。未来に少し希望が持てるラストなのだろうと思います。
編集A この後、奥さん側がどう受け止めるかは、現状では全く予想がつかないですけどね。
青木 もう長いこと、「行ってらっしゃい」すら言ってもらえないという夫婦関係は、相当冷え切っているように感じます。
編集B でももしかしたら、「ただいま! お土産だよ」って明るく声をかければ、「えっ? あ、うん……お帰り」みたいなことになるかもしれない。そこはわからないです。
青木 もし、ほんのり希望を感じられるラストにしたかったということであれば、やはりもう少し、主人公の家庭の様子を描く必要があったと思います。今は家族とちょっと行き違っちゃってるけど、本当はお互いに好き合っているのだということが、どこかでほのめかされていてほしかったですね。それなら読者も、「主人公が勇気を出して歩み寄るなら、たぶん大丈夫だな」と思うことができたはずです。
ただ私は、そもそも「離婚」という要素は出さなくてもよかったのでは、とも思いましたね。アホな男子高校生の、ずっこけ3人組が大人になって……というだけの内容で押し切ったほうがよかったかもしれない。「離婚」というワードが出てきたとたん、妙に現実的な話になって、若干テイストが変わってしまったような気がします。
編集B ただ、「離婚」の要素をなくしたら、単に「昔おバカな少年だったおじさんたち」の回想話で終わってしまいますよね。
編集A 私は、現状で話の流れはいいと思います。かつてのおバカ少年たちも、現実にもまれて、いつしか大人になった。離婚するべきかという「大人っぽい」悩みを抱えてもいる。そんなとき、回想や「聖書ノート」を通じて、純粋にバカをやっていた少年時代の自分と仲間に、思い出の中で再会したんです。「離婚禁止」だなんて、ほんとに子供っぽい発想だけど、「俺たちはモテないんだから、もし運良く結婚できたら精いっぱい奥さんを大事にしろ。だから離婚は禁止だよ」みたいなトシの言葉が、ふとよみがえってきて主人公をハッとさせたのだと思います。
編集C 亡くなった親友からのメッセージのように感じたんですよね。
編集A はい。そして、昔の自分からのメッセージでもある。くだらないことをやっていた少年時代に、ノリで作った子供っぽいルールです。でも、「あの頃の俺たち、本気でこんなこと考えてたな」「世の中のことなんて、全然わかってなかったよな」と思いつつも、そういう無邪気な子供だった過去の自分たちを、温かな気持ちで尊重してあげる。「しょうがねえなあ」と思いながら、その子供っぽいルールをおじさんたちがちゃんと守って実行する、というストーリーは、とても微笑ましいなと思いました。
編集C しかも、要素がうまくつながっていますよね。親友の死というものをきっかけにして、過去の回想と、いま自分の抱えている問題が、うまくリンクしている。それがよかったと思います。カバンの中の紙が離婚届だとラストで判明するのも、伏線がうまく効いているなと思いました。
編集A 「ハンサム教」だとか「教祖になる」だとか、ほんとにくだらないなと思うんだけど、このおバカ加減が私は好きでした。
編集B ただ、タイトルは再考したほうがいいと思います。普通、「宗派」と言えば、既存の大きな宗教の中の、ということですよね。「ハンサム教」は新興宗教ですから(笑)、「宗派」は関係ないのではないでしょうか。
編集C あと、三人の男子のキャラ立ちがちょっと弱いかなと思います。ナベちゃんは「ぽっちゃり系」ということでイメージしやすいのですが、主人公とトシは若干キャラがかぶっている感じも……。
編集A いい表現だなと思えるところもありました。例えば17枚目。「(トシが亡くなって)三点でピンと張ってたロープが、力をなくして弛んでしまったように感じた」というのは、三人の結びつきやバランスをうまく表していて、よかったです。
青木 文章がうまいですよね。
編集A はい。で、さっきの箇所は後の、「この方法で弔えば、力をなくして弛んでしまったロープが、また三点でピンと張れる気がした」というところにつながっていきます。親友を亡くして気落ちしていたけれども、「俺たちなりの弔い方」をすることを起点に、主人公の気持ちと話の流れが、明るいほうへと上向き始めることになる。
編集E その「弔い方」というのが、「黒いブラジャーを着けて葬式に行く」ということでした。個人的に私は、ここにも少し、生理的な抵抗を感じてしまいました。
青木 同感です。しかも、棺にまでこっそりブラジャーを納めていますよね。これ、もしトシくんの奥さんが知ったら、ちょっと複雑な思いになるだろうと思います。「学生時代の悪友のいたずら」の範囲を超えかけていて、読者が面白がれるエピソードではないような気がする。
編集A まあでも、三人だけの秘密という約束を死守していますし、試着したブラジャーもちゃんと買い取っていますし(笑)。社会人としての気遣いは、一応できているのではないかと。
編集E うーん。「女の子覗き」の場面も含めて、今作に描かれているものは、「みずみずしい青春」と呼ぶには、やや品がないようにも思えます。
青木 もう少し性的な要素を抑えぎみにしてこの題材を描くことも、可能だったのではと思うのですが。
編集B ただこれ、「俺たちはモテない」というところが出発点ですよね。モテない男の子たちがつるんで仲良しになって、モテないからこそ、「奥さんとは仲良くしろ。離婚するなよ」という話につながっていく。話の構造上、性的なものを完全に排除するというのは難しいかなと思います。
編集D 生理的な抵抗感というのは、理屈ではどうしようもないところもある。この作品は、受け入れられる人と受け入れられない人が、けっこうくっきり分かれると思います。
編集C この作品の魅力は、ちょっと下品でくだらないというところもあると思います。そこをなくしてしまうと、この作品のいいところを削ってしまうかもしれない。これはもう、「人によって好みが分かれる作品」ということで、いいのではないでしょうか。
編集A ただ、もし可能であれば、性的な要素は入れないで、「くだらないけど面白い話」という短編にも挑戦してみていただきたいですね。この作者さんなら、書けそうな気がします。
編集C 多くの読者の支持を得るには、「受け入れられやすい作品を書く」という視点も大事になってきますしね。
青木 おバカな男の子3人組の話、という点に関していえば、今作の雰囲気はとてもよかったと思います。
編集A 地味でモテないけど気のいい男の子たちが、いつしか大人になった。でも、冴えないところは相変わらずで、むしろ少ししょっぱい人生を送っていたりする。そんなおじさんたちが、くだらないことばかりしていたかつての自分たちを、苦笑いしながら懐かしんでいる姿は、なんだかいとおしいなと私は思いました。今回は評価が分かれる結果になってしまいましたが、刺さる人には刺さる作品を、ちゃんと書けていたと思います。新たな作品も、ぜひ読ませていただきたいですね。