第231回短編小説新人賞 選評 『24seconds』大槻華子

編集E 全国中学校バスケットボール大会の、決勝戦を描いた作品です。それも、ラストの24秒間をです。「あと24秒の間に、少なくとも1点を取らないと負けてしまう」という、本当にギリギリの状況を描いていて、とても緊迫感がありました。私は高得点をつけています。とても面白かった。

青木 私もこれは、かなり高めの点数をつけています。「24秒を30枚で描く」という思いつきをやり切ったのは、すごいことですよね。しかも、それを投稿作としてぶつけてきている。この心意気には、強く感じるものがありました。

編集E こういう「限られたわずかな時間の出来事」をドラマにするという趣向は、必ずしも目新しいものではないですし、そういうシチュエーションからして、切迫感や緊張感を演出しやすい面はあると思います。でも、それを差し引いても、スピード感をもってよく描けていたと思う。それでいて、試合中の描写とタイムアウト時の描写とは、ちゃんと緩急をつけて描き分けられていたと思います。

青木 「残りは24秒しかない。さあどうする」というところから話が始まっているのも、引き込まれますよね。

編集E 主人公の一人称で描かれているのですが、そのモノローグを使って、バスケのルールや、「もし次にこんなことが起これば、ゲームはこう展開する」というような説明を入れています。おかげで、バスケに詳しくない読者でも、状況を把握しやすかったかなと思います。そういう意味では、一人称を効果的に使えていたと思う。

青木 試合の様子を、ちゃんと描写できていましたよね。人物の動きとかを、うまく描けていたと思います。スポーツ小説として、非常に完成度が高いなと感じました。

編集E 最後、主人公たちが勝って終わるというのは、ちょっとうまくいきすぎかなという気もしないではないですけど、少年マンガ的展開と思えば、じゅうぶんアリだと思います。個人的には、これでOKだと思う。

青木 キャラクターの描き方も、うまかったと思います。例えば、「熊田五郎の『田』を取ってあだ名をつけられた」という「熊五郎」くん。この人なんて、一発で頭に焼き付きますよね。名前のイメージ通り、盾の役目をしてくれる大男という設定になっていて、わかりやすい。30枚という短い中で、キャラをしっかりと立たせることができているのはすごくよかったです。

編集B テンポのいい作品ですよね。非常に躍動感があります。

青木 しかもこれ、ただの「かっこいい」作品とは少し違うんです。

編集B 「確かに感じるのはこの鼓動」「俺のハートは胸の内で暴れている」、とかね。

青木 はい。この作者は、こういう「ダサかっこいい」を意図的にやっているのだろうと思います。

編集B 「さあ、残りはあと1.44秒。ここにはどんなメモリーが刻まれるのだろう」。ここで「メモリー」という言葉をチョイスするあたりが、またなんとも(笑)。読んでいて、気恥ずかしさやひと昔前の雰囲気を感じつつも、私はなかなか好きでした。

青木 ラストを、「主人公が負けて切ない」というお涙頂戴ものにしなかったのも、逆に良かったと思います。堂々と「俺たち、勝ったぜ!」で話を終わらせている。この作者は、最後まで「ダサかっこいい」で押し切っています。そこが、よくやったなと思いましたね。

編集D うーん、私はちょっと、このセンスにはついていけなかったです。どうにも芝居じみているように感じて、話に入れなかった。この子たち、まだ中学生ですよね。なのに、やたらかっこよさげな言動をしていて、違和感がありました。あとほんの24秒で負けてしまうという状況にいるのに、「勝つしかないべ」と不敵な笑みを浮かべたり、「これで最後だな」「おう。てっぺんとろうぜ」みたいなことを言って握手しあったりしている。もうすぐ試合に負けそうな中学生がです。何だかマンガみたいで、「現実にはあり得ないな」と思うと気持ちが醒めてしまいました。

編集A このノリになじめるかどうかで、この話を面白く読めるかどうかは分かれますよね。実は私も、ちょっと入り込みづらかったです。

編集D 「あと何秒」「あと何秒」というカウントを何度も挟みながら、ほんのわずかずつ試合が進んでいくのも、私には読みにくかったです。

編集A この秒数カウントがなかなか進まないんですよね。キャラクターたちが悩み、考え、いろんな行動をし、ボールもあっちこっち移動しているのに、なぜかほんの1秒すら経っていなかったりする。

編集B 実際は、何度かゆっくりドリブルするだけで、数秒はすぐ過ぎてしまいますよね。

編集A まあ、「それを言ってはおしまいよ」というところも、あるのかもしれない。マンガやアニメとかで、「ほんのわずかな時間の出来事」を引き延ばして描いている作品は、実際ありますよね。評価の高い人気作もある。そういった手法を、今回作者は、30枚の短編小説でやっています。しかも、それなりの完成度で仕上げている。その点に関しては、すごいことをやり遂げたなと思います。

編集D 「24秒」という設定が短すぎるのかもしれない。せめて「残り3分」くらいだったら、今と内容は同じでも、もう少しリアリティを感じられたかもしれないです。

青木 確かに、もう少し長かったほうが、読者が受け入れやすかったかもしれないですね。ただまあ、「最後の30秒で試合がひっくり返る」ということは、バスケットではあり得るとは思います。

編集A 秒数とか分数とかの問題ではなく、私はそもそも、試合の展開のみを延々と読まされている気分になってしまいました。文章で描かれているキャラクターの一挙手一投足を、ずっと脳内で映像に変換し続けなければならないですよね。場面転換や回想シーンもないので、ひと息つける場所もない。「緊迫した試合」を楽しむのが目的であれば、アニメを見るほうがいいかなと、正直思ってしまいました。

編集D これが映像作品だったら、私も楽しめたかもしれないです。文章のみというのは、ちょっと厳しかったですね。私がバスケットボールにあまり詳しくないせいもあるとは思うのですが、頑張って読んでも、描かれている状況が今ひとつよくわからなかったです。

青木 確かにスポーツものは、それぞれの読者が持っている基礎知識の量によって、面白く感じられるかどうかが分かれてしまうところもあるでしょうね。

編集D 登場人物たちの背景がほとんど描かれていないのも、話に入り込めない一因だったかと思います。キャラクターの人物像がわかれば、競技には関心を持てなくても、人間ドラマとしてもう少しのめりこめたかと思うのですが。

編集A キャラクターたちの背景描写を、少し入れてみるというのはどうでしょう? 回想シーンを挟むとか。

編集E この作品に回想シーンを盛り込むのは、あまりよいこととは思えないです。話が間延びしてしまいそう。

青木 私もそう思います。ただ、ほんの短い行数で、ちょっとした情報を盛り込むことは可能だったかもしれません。そういうのがあるだけで、読者の思い入れの度合いは変わってきますよね。

編集B 例えば私は、両チームの「強豪度」の設定がどうなっているのか、けっこう気になりました。毎年、全国大会の優勝候補になっているようなチームなのか、それとも、意外なダークホースとして今回勝ち上がってきているのか。強豪校なら、選手層も厚いでしょうから、チーム内でのスタメン争いもあるだろうし、「勝って当たり前」という周囲からの期待など、背負うものも多くなる。そういう強豪同士の戦いなのか、あるいは、強豪VS弱小校の戦いなのか。そういうことによって、メンバーのメンタルや、試合中の思考など、様々なことが違ってくるはずです。描写も当然違ってくる。でも、そういった辺りの情報はほぼ出てきませんでした。両チームのこの試合におけるスタンスというものがよくわからなかったです。

編集C そこは重要ですよね。登場人物たちが、どういう気持ちで全国大会の決勝に臨んでいるのか。話に入り込んで読むためには、そこはぜひ知りたかったです。強豪校なら強豪校なりの、弱小校なら弱小校なりの、全国制覇へ懸ける気持ちとか覚悟とかがあると思う。ここへ到達するまで、どれだけ頑張ってきたのか、どんな辛い思いに耐えてきたのか、そういうことがもう少し垣間見えると、読者はより引き込まれたと思います。

編集B 別に長々描写する必要はありません。例えば、対戦相手のことを「俺等と同じく全国大会決勝戦出場のチーム」と呼んでいますが、ここを、「俺たちとは違い、全国大会常勝のチーム」と、ひとこと書き換えるだけで、両者の立ち位置がわかりますよね。あるいは「去年先輩たちが奪われた優勝カップを、今年は俺たちが取り戻す」といった一文でもあれば、「ああ、両方とも決勝常連校なのか」とわかります。

編集D 試合の最中にも、練習に明け暮れた日々のことがちらりと脳裏をよぎるとか、ベンチの後輩たちに一瞬思いが向くとか、ちょっとした描写を混ぜることは可能ですよね。

編集C チームメイトたちとの気心の知れたやり取りとか、ちょっと軽口を叩けるコーチとの程よい距離感とか、キャラクターの関係性を伝えている描写は、現状でもあります。そこはよかったと思う。でも、せっかく「全国大会の決勝戦」というドラマチックな舞台を用意しているのですから、もう少し背景事情も描いて、主人公たちに肩入れさせてほしかったです。それなら読者も、手に汗を握って応援できますよね。

編集B 試合の描写自体はうまいと思いましたが、ところどころ気になる箇所もありました。例えば、21枚目。相手選手がファウルをしてくれて、主人公側が得点とフリースロー権を得る展開があるのですが、この場面で、敵の「5番」がどういうファウルをしたのかが描かれていない。この5番は、逃げずにプレーをしてくれる人で、主人公はそれを狙って切り込んでいったらしいのですが、状況がよくわからないです。

編集C 確かに。5番がどういう動きをしたのか、具体的には描かれていないですね。その場面が抜けている。

編集B 本当ならここで試合終了になってもおかしくなかったのに、この5番君のスポーツマンシップのおかげで、主人公チームは首の皮一枚つながったわけです。ここはとても重要なシーンですので、しっかりと描写してほしかったです。あと、27枚目の、シュートを決めるシーン。「陽平が決めたのは、悔しいほどカッコいいタップシュート」とあるのですが、同時に「ダンクをした」とも書かれています。タップシュートとダンクシュートは違いますよね。

青木 ここは私もよくわからなかった。単なるうっかりミスかもしれないですけど、主人公側がついに勝利を手にする大事なクライマックスシーンですから、もう少し丁寧に描くなり、見直すなりしてほしかったです。

編集B あと、5枚目に「そう容易くいかないのがこのフィールド」とありますが、バスケットの試合が舞台なら、「フィールド」より「コート」という言葉のほうがふさわしいと思う。「フィールド」はサッカーです。細かいところではありますが、スポーツものを書くなら、こういう辺りにももう少し注意を払ったほうがいいかなと思います。

編集A それから、23枚目の、「シュッ」というフリースローの場面。私はここは、かなり引っかかりました。15行分のスペースを使って、「シュッ」の一語。好き好きだとは思いますが、私はこういう表現の仕方は、小説らしくないと思います。

青木 私は、実は好きです。個人的な好みの話ですが。

編集D 私は変えるべきとまでは思わないですが、「昔よく見かけた」という印象のほうが強いですかね。

編集A こういう視覚効果を利用する手法は、なにも禁じ手というわけではないですが、個々人の好みによって評価はかなり分かれると思います。「好きではない」と思う読者もある程度いるということは、頭に入れておいてほしいです。

編集B そして最後に、これはどうしても避けて通れないところだと思うので申し上げるのですが、この作品は、大変有名なバスケ漫画に雰囲気がとてもよく似ていますね。具体的な作品名を出してしまいますが、読んでいると、井上雄彦先生の『スラムダンク』がどうしても頭をよぎってしまう。試合の流れや、選手の動き、台詞、登場人物のキャラ付けまで、非常に似通ったものを感じると言わざるを得ないです。

青木 私は、本作のキャラ立ちの良さを高評価してはいますが、『スラムダンク』を知っている分、無意識に脳内補正を入れて読んだのかもしれないな、とも思います。私、『スラムダンク』は大好きなので。

編集C 有名な既成作品があることで、読者がイメージを描きやすかった可能性はありますね。

編集A 他作家の作品に依存している部分があるのかも、と考えると、手放しで高評価はしにくかったです。挑戦作だとは思うのですが。

編集C 私は、「既成作品にインスパイアされて作りました」という作品は、あってもいいと思っています。大好きな作品があって、その「好き!」の気持ちを原点にして何かを作るというのは、悪いことではない。ただ、自分の作品として世に出すためには、オリジナリティーは必要だと思います。「あの作品に似てはいるけど、この作者独特の要素があるな」と、読んだ人に思ってもらえる作品であってほしい。そして、その独自色が魅力的なものであれば、「似ている」ことは問題にならないと思います。

編集B 確かに。ただ現実問題として、そのジャンルに有名な先行作品がある場合、書き手としてはオリジナル作品を書いたつもりであっても、何かしら似ているところがあれば、「あの有名作に似てるよね」と言われる可能性はどうしても高くなってしまう。「似てるね」と言われないためにはどう描くべきか、後続の書き手には相当の工夫が求められるところだと思います。そこへの覚悟は必要かもしれませんね。

青木 でも、既成作品に似ているということを差し引いても、今作はとても面白かったと思います。何より私は、「24秒を30枚で描く」という意欲作をぶつけてきたことを、高く評価したい。このチャレンジ精神は素晴らしいと思います。

編集C しかも、それをしっかりと描き切っていますよね。すごいなと思いました。ラストの「回らない寿司屋」で話が終わるのも、いい締めくくり方だと思います。

青木 「お前等にはまだ早い」ってね、ちゃんと話がオチていました。うまいなと思います。

編集A 高いテクニックを持っていますよね。

青木 もし「スポーツもの」がお好きなら、別の競技の話にも、ぜひ挑戦してみてほしいですね。スポーツものを迫力ある描写で書ける人ってそう多くはないので、もし得意分野にできれば、大きな武器になります。この方ならきっと書けると思う。

編集E 今回、評価はけっこう分かれてしまいましたが、高評価している人も確実にいますので、自信を持ってほしいですね。

編集A もちろん、スポーツものにこだわらなくても大丈夫です。ジャンルは自由でいいので、今作のような「これが書きたい!」という情熱あふれる作品を、ぜひまた読ませていただきたいですね。