第230回短編小説新人賞 選評『転生したら超つまらないOLになってしまったと嘆く人物が、私の後輩になった件』白坂小深

編集B ユーモアにあふれた作風が、とても魅力的でした。語り手がセルフツッコミをするというのは、やり方次第では空回ってしまうことも多いのですが、うまく面白い塩梅に収まっていると思います。書き手に余裕を感じました。客観性がないと、コメディは書けないです。作者はこういう話が好きなのだろうなと思うし、自分の好きな世界をのびのびと楽しんで書いている感じが、とてもよかったです。

編集A もう、タイトルからして、笑えます。

青木 転生ものって、「私、転生しました」っていうのが定番かと思いますが、この作品では、「会社の隣の席に、転生した王女来ました」ですからね。ここでもう笑えます。

編集B 冒頭の、「わが社に王女様が入社した、と社内中がざわついた」というぶっこみ方もよかった。話に引き込まれました。後輩の奈子ちゃんのキャラクターもいいですね。冷静にツッコミを入れてたりして、面白かったです。

編集A この主人公と奈子ちゃんの先輩後輩コンビ、そして王女さまとの三人の掛け合いが、安心して楽しめるものになっています。書き慣れている方なのかなと思いますね。テンポが非常にいい。

青木 しかもその王女が、意外と仕事ができるというのが、また面白かった。お仕事小説としても楽しかったですね。

編集A 主人公が困っていたら、さっとスマートにサポートしてくれるんですよね。王女様なのに、意外と使える(笑)。ただ、ラストの展開は、個人的には非常に残念でした。

青木 私もです。正直、「えっ、こんなオチ?」とびっくりしてしまった。小西さんは、本物の王女様という設定でよかったのではないでしょうか?

編集A 同感です。小西さんが仕事ができるのも、「本当は王女ではなかったから」という真相だからなのでしょうが、話としては「本当にソレス王国の王女だった」ほうが断然面白いと思います。ラストに黒幕的なキャラを登場させるのなら、どこかの社長ではなく、魔王様にしてほしかったなと。地球を侵略するために、まずは中小企業から乗っ取っていこうとしてるとか、そういうぶっ飛んだ設定のほうが、この話には合っていたのではないでしょうか。

青木 私も、そういうラストのほうが好きですね。自分から「前世は王女でした」なんて真顔で言う人に、主人公たちは「ええー?」と当惑しつつも、適当にスルーして付き合っている。読者も「まさかねえ」と思いながら読んでいるんだけど、最後の最後に「本当だったのか!」となる、というほうが面白かったと思います。

編集D 個人的には、ツッコミどころが多く入り込めない作品でした。。「実は王女じゃなかった」という真相はあくまで最後にわかることで、読んでいる最中は王女の行動や言動がたびたび引っかかるのですが、主人公たちは、なぜかそこを流してしまう。こちらとしては、「そこ、もっとツッコむところでしょ!」って、いちいち気になってしまった。「実は王女ではない」なら、主人公たちの反応をもっと現実的に感じさせてほしいし、「実は王女である」なら、ファンタジー部分の設定やエピソードに、もう少し精度が必要だと思います。

編集A 作中では王女だったのは前世の話で、普通の人間として生まれて育ってもう24年も経っているのですから、王女気分はとっくに薄れているはずでは。少なくとも、現代の地球生活には慣れているはずですよね。。

編集B 本格的な転生ではなくて、ある日目覚めたら、ソレス王国の王女であった前世の記憶がよみがえっていた、みたいなことだったのかもしれないですね。

青木 そのほうが、まだ納得できますね。「大学二年生の、ある夏の朝のことでした。目覚めたとき私は不意に」みたいな。まだ数年しか経っていないから、記憶が鮮明でそっちに引きずられるんです、という話のほうが入り込みやすい。。

編集A あるいは、ソレス王国で王女が眠りについたら、地球の小西さんが目覚めるとかでしょうか。なんにせよ、転生して24年なのか、24歳の小西さんの中に転生してきたのか、そういうあたりの設定はもう少し詰めておいたほうが、読者をあまり引っかからせなかったと思います。

青木 「こちらのコーヒーは原産国はどこで、どんなこだわりがある豆を使っているのですか?」なんてことも、本物の王女なら言いませんよね。もちろんこれは、その後の主人公の返答で読者を笑わせるための台詞なのはわかります。私も読んで笑った一人です。でもやっぱり、少々不自然ではありました。小西さんの「王女らしさ」の描き方に関しては、もう少し工夫する余地があったのかなと思います。

編集D 「ソレス王国にも、パソコンに似たものがあった」という設定は、笑いどころだったのでしょうか。

青木 小西さんが仕事の場で活躍するシーンなどにも、もっと「王女」設定を活かしてほしかった。「ネットで素早く商品検索をする」のは現代人の有能さです。そういうのではなくて、例えば、王女として高級品を日常使いしていたからこそ、一目見ただけで本物を見分けられるとか。あるいは、「礼儀作法」でクレーム客を撃退するとか。そういう「王女ならではの技」を駆使してほしかったですね。

編集D また、現状の「実は王女ではない」という方向性の話にするのであれば、それはそれで、ラストの真相は引っかかります。社長が自分の娘の就職先としてふさわしいか、あらかじめ「王女」に潜入捜査をさせていたとのことですが、そんなに娘を大事にしている親なら、そもそも見知らぬ会社に就職させようなんて考えないのでは。

編集A 大会社の社長をしているのですから、自分のところのグループ企業のどこかにでも入れてあげればいいだけですよね。それも特別待遇で。

編集D どうして主人公の勤める、社員が3人しかいない零細企業を候補に選んだのかも、現状では読み取れなかったです。

青木 まあ、これはコメディではありますし、あまりにも細かい追及はしなくていいかとは思いますが、私はこのラストは、枚数的にちょっと長いと思います。作者がどうしてもこのオチにしたいということなら、それはそれでいいのですが、それにしても6枚は費やしすぎです。これでは間延びしているように感じられる。くどくど説明せず、2枚程度でシュッと締めくくったほうが、話が引き締まったと思います。

編集A あと、細かいところですが、「掃除はすべて臣下たちの仕事だった」というところも、臣下ではなく「侍女」とか「下女」だろうとか、「意外とバターが嫌いです」というのは、果たして「王女っぽい」ことなのかとか、いろいろ気になりました。このあたりは、すぐに直せるところではあるのですが。

編集D ファンタジー部分の設定が、作中では小西さんのウソであったとしても、作者の中でしっかりと詰められていないために読者が引っかかってしまうような粗が生じたのではないでしょうか。あるいはそういった粗さというか「エセ王女」感も、作者の意図したコメディポイントかもしれないのですが、もし作者が「本当は王女ではなかった」というオチを活かしたいなら、個人的には小西さんはエセっぽいよりも本物の王女っぽいほうが効果的だったと思います。

青木 確かに、読んでいて、ちょっと「ん?」と思うところはいろいろありましたね。そのせいで、せっかくのコメディを楽しめない読者も出てきてしまった。こういうあたりの書き方、エピソード、言葉の選び方には、もう少し丁寧さがあったほうがよかったですね。

編集A こういう勢いの良さは、この作品においては魅力の一つになっていると私は思いました。

青木 はい。そこは同感です。ただ、コメディというのは、勢いで一気に書き上げられるかもしれないけど、書き上げた後には意外と練りこみが必要です。「夜に書いたラブレターは、必ず朝に読み返せ」というのと同じで、勢いに乗って書き上げたものは、後日冷静に見直すことが重要です。この作者は、ユーモア感のある文章や楽しい掛け合いなど、コメディを書く才能をすごくお持ちだとは思いますが、もう少し時間をかけて作品を練りこんでいれば、例えばさきほどの「コーヒー豆」の会話なども、もっと的確な書き方ができたのではという気がします。

編集C 惜しいですよね。基本的なレベルにおいては、読者が気楽に楽しめるエンタメ作品として、すごくうまく書けていると思いました。

編集B 私は、この作品のユルさはすごく好きです。キャラクターも、とぼけた感じで面白い。奈子ちゃんが大好きです。一歩離れたところから冷静なノリツッコミを入れてきて、でも決して生意気ではなく、先輩をちゃんと立てている。主人公に彼氏ができたら本気で喜んでいるし、とてもやさしくていい子だなと思います。

青木 主人公もすごくいい人ですよね。小西さんが王女様設定をちょこちょこ持ち出してきても、当惑はしても気分は害さない。それどころか、マッチングアプリのデートで話のネタにしたらカップル成立の一助になったからと、「王女様、ありがとうございます」って心の中で手を合わせている。

編集C そのデート相手の比良さんも、「元王女です」の話を聞いても、バカにしたり否定したりしませんよね。「(あなたのような)魅力的な先輩たちがいるから、今の生活も悪くないと思ってくれますよ」みたいなことを、微笑んで言ってくれる。すごく心の温かい人です。

青木 社長も、細かいことは気にしない人。「元王女です」と自己申告する人を、普通に雇っています。もう、出てくる人みんなが、すごく優しいいい人ばかり。あたたかくてやわらかくて、ほんわかした世界です。

編集E それでいて、「私たちが認識している世界なんて、ごく一部。実は、転生が当たり前の世界を持つ人だっているかもしれない」と、ふと深いことが書かれていたりします。私はそこもいいなと思いました。

編集D 私は、タイトルでちょっと期待しすぎてしまったかもしれないです。昨今、「転生もの」はとても人気のジャンルですよね。しかも、今作のような内容を全部説明した長いタイトルも多い。だから、「この作品はきっと、そこを逆手に取った、まったく新しいアプローチをしてくるのだろう」と思い込んでしまいました。もっと素直に楽しめばよかったんですね。

編集A いろいろ粗いところはあると思います。ただ、その粗さがテンポの良さにつながっているという面もあると思う。

青木 それは確実にありますね。

編集C 読者に深く考えさせないわけですよね。考える前に、ポンポンと話が進んでいく。

青木 本物の王女かどうかはわからないんだけど、小西さん自体は悪い子ではないので、さほど気にしないで受け入れていくという、ゆるあたたかいオフィスの話になっているのがよかったです。

編集A あまり突き詰めすぎず、曖昧なまま、ちょっととぼけた感じ、という世界観がプラスに作用する作風だなと思いました。

青木 「ソレス王国」というネーミングが、これまた、おかしみがあって絶妙なネーミングですね。

編集D 王女様のときの名前で名乗っていたり、言葉遣いも、「○○ですわ」みたいに振りきれていたら、コメディだと分かりやすくて面白かったかもしれないです。

青木 そうですね。で、「○○ですのよ」なんて言っている割に、仕事は超できるというギャップで笑わせていくとかね。

編集A 「本物の元王女」という設定の、何でもありのコメディファンタジー路線に、最初から振りきって書いたほうがよかったかもですね。私は、大きく引っかかったのはラストの部分だけです。そこさえ「本物の王女」だったら、最高点をつけたかった。

青木 私もラストの真相は、「本物の王女」のほうが好みではありますけど、でもここは、作者はどうしたいのかを尊重すべきだろうなと思います。「読者が好むから」という理由で、大事なオチを「変えてください」とは、私からは言えません。ただ、どういうオチにするにしても、王女様の描写の解像度は上げる必要があると思います。あと私は、もう単純に、ソレス王国の話がもっと聞きたかったですね。すごく興味があります。「元王女様」のおかげで主人公に彼氏ができたのなら、他にもいろいろ、「ソレス王国のおかげ」で何かがうまくいったりするかもしれない。そういう展開が次々に起こり、もうみんなが「ありがとう、ソレス王国!」みたいなことになって、一大ムーブメントとして盛り上がっていく、みたいな話になったら面白いのではないかとか、本当にあれこれ想像が膨らみました。それくらい、大きな可能性を秘めた設定だと思います。

編集C せっかくコメディなのですから、もっと思いきって話を広げててもよかったですね。

編集A そういう話をもっと長い枚数でぜひ読みたいです。この作者の文章には、とんとん拍子に話が進んでいくテンポの良さと、読者が余裕をもって楽しめる安定感が同居してますよね。キャラクターも嫌みがなくて好感が持てる。とても読みやすかったです。

青木 そして、コメディは、センスがなければ書けないものです。この作者は、コメディの文法を感覚的にわかってますよね。私はそこも高く評価したい。この作者のコメディセンスには、大いに期待できるものがあると思います。今後もぜひ頑張ってほしいですね。