第230回短編小説新人賞 選評『風景画の解釈』大橋項

編集A イチ推ししている人もいれば、低い点数をつけている人もいます。評価はかなり分かれていますね。

編集B かなり不思議な話でしたよね。これはSFと思っていいのでしょうか?

青木 確かに、九道画伯の手紙を読む限り、「彼は予知能力者か何かなの?」としか思えないですが、この小説自体がSFかどうかはどうでしょう?

編集C これは恋愛小説ではないでしょうか。青春恋愛小説。

青木 なるほど。そう言われれば、そうも解釈できるかも。この不思議な状況にどういう説明がつくのかと思いながら読んでいたら、なぜか話は、「めでたくカップル成立」というあさっての方向に落ち着いた。この展開には驚かされました。

編集C まったく予想しませんでしたよね。急に主人公が告白して、枝野さんも、さして動揺もせず「二年遅いよ、ばーか」って了承して。唐突な展開なんだけど、でも、このからっとしたところが逆に良かった。この二人は、謎めいた出来事に巻き込まれていく中で、お付き合いをするという流れになんとなくうまく乗れたということかなと思います。シリアスすぎない温度低めの恋愛が今っぽく感じられて、私はいいなと思いました。

編集E 私は、終盤の唐突展開については、あまりいいとは感じられませんでした。絵と未来予知に関する謎を追っていたはずなのに、急に主人公が「俺はずっとお前のことが好きだったみたいだ」と言い出して、あっさり両想いになって終わってしまった。何を描いた話なのか、よくわからなかったです。

編集B これを恋愛小説と言われても、あまりピンとこない。枝野さんのことは、終盤に来るまで男性だと思っていました。

編集C 枝野さんが自分のことを「私」と呼ぶ箇所が出てくるまで、私も女の子とは気づきませんでした。

青木 私も、男の子だと思って読んでいましたね。ただ、事実を知って改めて読み返してみたら、枝野さんが女の子であることに、特に違和感はなかったです。

編集D 私は最初から、枝野さんは女の子だと思っていました。主人公に「あんた」と呼びかけているし、語尾が「でしょ」だったりしますから、男の子だとは思わなかったですね。こういう、男性とも女性ともわからないしゃべり方をする作品は増えていると思います。

青木 台詞から性別がはっきりわからないというのは、特に問題ではないと思います。男性らしい言葉はこう、女性らしい言葉はこうなどと、区別をつける必要はないと思う。

編集B この描き方は意図的なものなのでしょうか? 作者はわざと、序盤ではあまり枝野の性別をはっきりさせずに書いているということ?

青木 わざとぼかしたというより、「友達」っぽい雰囲気の二人として描いたということかなと思います。

編集D お互い苗字で呼び捨てにしているのも、「友達」の距離感が出てますよね。この恋愛っ気のない二人が、もし最初から相手を異性として意識しているような言動をとっていたら、むしろ違和感を覚えたと思います。ただ、ラストでこの二人は付き合う展開になるわけですから、あまりに恋愛感がないのも、たしかにちょっと引っかかるところではある。終盤の両想い展開に戸惑った読み手も多かったようですし。

編集A 急激な恋愛展開にも驚きましたが、やっぱり「枝野は女の子だったのか!」というのはびっくりでした。この点に関しては、もうちょっと書き方に工夫ができたのではないでしょうか。台詞そのものは変えなくても、登場人物の性別をさりげなく伝えることはいくらでも可能です。

青木 そうですね。もしこれをラブストーリーの一種として書いているのであれば、ほのかな予感くらいはもう少し早い段階で匂わせておいてほしかった。そういう描写がちらりとでもあったなら、枝野さんが女の子だということも、もう少しナチュラルに読者に伝わったかなと思います。

編集D ラストは恋愛っぽい感じで終わっていますが、この話の面白さは、やはり途中の謎めいた部分だと思います。

編集A うーん、私はそこの部分もよく分からなくて、引っかかってばかりでした。九道高直は予知能力者なのですか?

青木 まあ、現状ではそうとしか思えないですね。

編集A 九道さんは、描き上げた絵をわざと手放し、それが巡り巡って鯨井君と枝野さんのところにたどり着くことまでを把握した上で、あらかじめ鯨井君たち宛てに手紙を書いておいたのでしょうか?

青木 ということになりますね。

編集D フリーマーケットで主人公に絵を売った女性も、九道さんの手先だったのでしょうか?

青木 それは私も考えたのですが、ちょっとその線は薄いかなと思います。フリマ会場でどの絵を買うのかは、主人公側がランダムに自由意志で選んだように思えますよね。フリマの女性と美術館職員の女性は同一人物かもということも一瞬疑いましたが、描写を読む限りでは別人のようですね。

編集A 九道さんは「鯨井君がどこでどうやって絵を手に入れるか」すらも、すべて見通していたのかもしれません。しかし九道さんは、こんな手の込んだ仕掛けをしてまで、一体何がしたかったのでしょう? 主人公たちとは一面識もないはずですが、なぜ彼らを対象として選んだのでしょうか?

青木 そのあたりはよく分からないですね。九道さんは直接には登場してきませんし、結局、謎は解明されない。彼の特殊能力についても、作中では一切説明されていません。

編集D いや、これはSFではなく、ミステリー作品ではないでしょうか。ただロジックの整合性が取れていないから、超常的なことが起きているように感じてしまうだけで。

編集B でも、ミステリー作品というのは、ロジックの整合性が取れていることこそが重要ポイントなのでは?

編集A 同感です。不思議なことがいろいろ起きるんだけど、何ひとつ謎は解き明かされないまま終わっている。本作をミステリーと呼ぶのはかなり苦しいと思います。

編集C 私はそもそも、これはロジックとか整合性とかを気にせずに読む話ではないかと思います。なんだかよくわからないけど、不思議なことが起こって、それを追いかけているうちに、なんだかんだで主人公たちが両想いになる。そういう「先の読めなさ」がとても面白かった。

編集E でも、その「不思議な出来事」で読者の興味を引きつけているわけですよね。なのに、そこが全く解明されないまま、急に恋愛話で終わるのは、ちょっと呑み込みにくい。読者としてこの作品をどう受け止めればいいのか、私には判断しづらかった。

編集A 予知能力的な要素はいったん脇に置いたとしても、それ以外のところも今ひとつよくわからなかったです。例えば冒頭で、「フリーマーケットでドッキリ動画を撮って、動画サイトに投稿大作戦」ということをやっていますが、撮影されたこの動画の何がドッキリなのでしょうか?

青木 ここは確かに、分かりにくいですよね。

編集D 「フリマの絵を世界的名画みたいな雰囲気出しつつ購入するドッキリ」ということなら、売り手の女性がもっと動揺していないと成立しないですよね。「しまった! そんな名画とは知らず、安値で売っちゃった!」と慌てるところを撮るつもりだったのに、相手は意外と淡々としていて、盛り上がらなかった。本来なら、ターゲットを変えて撮り直すはずではと思うのですが、なぜか主人公たちは、この動画を「なかなかの出来」と思っている様子ですね。

編集A これでは単に、「フリマで絵を買った」という動画に過ぎないです。なのに主人公は、「大バズり間違いなし!」と興奮している。それどころか、「これがバズって大金が入るはずだから、就活しない」とまで考えているらしい。ちょっと理解できないです。

青木 あと、終盤に一応、謎解きっぽいものがちょっとだけ提示されますよね。九道の手紙の中にキーワードが隠されているのではないか、みたいな。私はあれも、よくわからなかったです。

編集C 「伸ばし棒の前の単語を抜き出して並べると」というところですよね。「宝物、立脚、埋没、解釈」。

編集A 主人公たちにとっては、「これが偶然だなんてとても思えない」ほどに辻褄が合っているようなのですが、私には意味がよく分かりませんでした。

編集C でも、このあたりの場面も、私はかわいいなと思いました。他の人たちにはうまく理解できないことなのに、似た者同士の二人だけが、「うんうん、これは暗号に違いない!」って盛り上がっている。こんなふうに感性が似ていて気が合う二人だからこそ、あっさり両想いになれたんだなと納得がいきました。

編集D そこは作者本人は、「辻褄が合っていない」とは思っていないんじゃないでしょうか。例の四つのキーワードで、一応の謎解きはできていると思って書いているのでは謎めいた状況に主人公がどんどん巻き込まれていく展開が魅力的な作品ですが、ちょっとまだそこに、ロジックの筋道を立てることはできていないかなと思います。

編集A 説明や描写が抜けているところが多いのも、わかりにくい一因かと思います。例えば18枚目で、枝野が「似た構図の場所を探すのは過酷だ」ということを言っていますが、九道高直は手紙の中で、「七浦海岸はいいところだから、一度行ってみてね」ということを書いているだけですよね。いつのまに、「絵に描かれたのと同じポジションを探す」ことになっているのか、分かりにくかった。また、25枚目に「(おれたちの)写真を撮るやつまでいた」とありますが、19枚目で二人を尾行しているらしい男は、写真を撮ってはいませんよね。少なくとも、文中にそういう描写はない。

青木 もしかしたら、作者の頭の中にある話は、もう少し整合性が取れているのかもしれませんね。今はまだ、それをうまく描写に盛り込めていないだけで。

編集D 私は、これは「すべては九道の掌の上」「翻弄され、踊らされながらも、実は俺たちは結構楽しんでいる」という話だと解釈しました。そういう謎解き的な雰囲気や現代の若い男女の青春っぽい機微の描き方、「そんな解釈も悪くはない」という終わり方も良かったと思います。

編集B ただ、絵に描き加えられた「意味深に明るい色」の場所を掘り返したら、いったい何が見つかるのでしょう? 作者は明言せずとも具体的な答えを用意しているのでしょうか? そこはすごく気になります。「すべては解釈次第。読者の皆さん、あとはご自由に」という締めくくり方は、あまりに放り投げ過ぎのように感じるのですが。

青木 きっちり説明をつけるのではなく、フワッとさせたままで読者に解釈をゆだねる、みたいなものを書きたい人なのかもしれませんね。ただ、そういう系統の小説をちゃんと「作品」に仕上げられるのは、基礎がしっかりしていてこそです。ふんわりした作品を書きたければなおさら、基礎固めが必要になってくると思います。この作者にはもう少し、エピソードの確度を上げることを意識してほしいですね。例えば冒頭シーンで、読者が「ドッキリ動画が成立していない」と感じるのも、このエピソードが、きちんと説明できるわかりやすいものになっていないからです。「佐渡島」が急に話に浮上してきたり、ラストでなぜか「宝探しに行く」という展開になってみたりというのも、やはり唐突に感じられる。大きな謎はフワッとさせたままであっても、個々のエピソードをきっちり描けていれば、説得力は上がりますからね。ふんわりした話を書くにしても、「作者の中には、しっかりとした設定がある」という状態にしておいてから、書き始めたほうがいいと思います。まずは、キャラクターの設定表を作ってみることをお勧めしたいですね。

編集D 文章は上手いと思います。説明が足りなくて破綻していると感じられるところはあっても、場面の状況は鮮明に浮かびますよね。

編集C 私はもうシンプルに「面白い!」と思えたので、イチ推ししています。良くも悪くも話の先の想像がつく投稿作は多いですが、これは本当に、予想がつかなかった。「どうなるの? どうなるの?」と、ぐいぐい引っ張られて読みました。

編集D 同じくです。「先が気になる小説」を書けているのは、素晴らしい才能だと思います。それも、ショッキングな要素で安易に読者の気を引こうとするのではなく、謎めいた展開を駆使して最後まで興味を持続させようとしている。またその「謎」が、人の生き死にに関わるようなものではない。謎はさらに混迷を深めつつも、あくまで爽やかな青春ミステリという雰囲気で、とても魅力的でした。

編集C 観客が探偵役になって事件を解き明かす「リアル謎解きゲーム」みたいなものが流行っていますよね。本作で、普通の人々である主人公たちが、不思議な謎に巻き込まれて解明に乗り出すさまには、そういう「リアル体験型アトラクション」的面白さを感じました。

青木 もしかして九道さんも、そういう試みをしたのかもしれませんね。ただ絵を描くんじゃなくて、その絵が人の手を渡る中で、謎を解こうと動く人がいたり、カップルが成立したり。そういうことをすべて含めて「アート」になるのだ、みたいなことをやりたかったのかもしれません。

編集B 「謎」については上手く説明がつけられているとは思えませんでしたが、伏線めいたものを作るのはすごくうまいなと感じました。七浦海岸とか佐渡島とか地名のチョイスがミステリーっぽい雰囲気を盛り上げていると思うし、何気なくダウンロードしたアプリの広告から絵の作者が判明するという話の流れも面白かった。アイディア力が抜群にある書き手だなと思います。

編集C 独自性はすごく高いですよね。今回は、「話をうまく受け取れない」と感じる読者が多めでしたが、この作者独特の持ち味を評価している人も複数いますので、そこは自信をもって書き続けてほしいですね。おそらく作者は、こういう系統の作品を書くのが好きなのでしょうから、無理にセーブすることなく、今後ものびのびと書いていってほしい。

青木 この作者さんだけでなく、投稿者全員に対して私はそう思っています。こうして批評されるときって、褒められるだけではなく、やっぱり厳しい指摘も受けることになりますよね。でも、それで凹んだり委縮したりはしないでほしい。他人のアドバイスを聞くも聞かないも、そんなこと書き手の自由です。「とにかく、書きたいものを、書きたいように書くんだ」というスタンスだけは、いつまでもずっと大事にしてほしいですね。