第229回短編小説新人賞 選評 『増量する過去、減量する未来』八木真平

編集A タイムリープものですね。しかも、ほんの半日くらいのタイムリープ。この「ちょっとやり直す」というサイズ感が、短編としてまとまりがよかったと思います。プチSFらしく、タイトルも凝ってますよね。

青木 時間を「総量」として見ているんですよね。この感覚は面白いなと思いました。

編集A 生きるということは、過去がどんどん増え、未来がどんどん減るということ。「時間」を限定された数量として捉え、「悔いなく生きねば」とスピーチをやり直す。テーマとタイトルがリンクしています。比喩とかうんちくとかをてんこ盛りにしている文章も、すごく楽しかった。

編集D 私はちょっと、こういう文章は苦手でした。あまりにやりすぎで、ややスベっている印象を受けました。

編集E 私は、うんちく話は割と好きなので、「ホーキング博士のパーティ」のところなど、とても面白く読みました。このエピソードは作品のテーマにも絡んでいて、良かったと思います。でも、猫が登場してきてから後は、さすがに盛り込み過ぎと感じました。

青木 私も、この作品の比喩・うんちくの盛り込み方は、ちょっと過剰かなと思います。こういうあたりは読者の好みに左右されるところではあるでしょうけど、好みは脇に置いたとしても、若干やりすぎかなという気がする。

編集B しかも、表現が微妙にズレていたり、比喩が対になっていなかったりするところがあって、引っかかりました。

青木 地の文の語りで、「歌舞伎町で財布を落とすのはジャングルに生肉を置くようなもの」、なんて箇所がありましたが、例えとして今ひとつピンとこなかったです。「前後不覚に歩くケイスケはゾンビ同然だった。砂漠を歩いているみたいだった」というところも、「ん?」って引っかかります。

編集A 確かに。「うっかり落とす」のと「わざと置く」のは、同列にならないですし、「ゾンビ」と「砂漠」というのは、なんだか食い合わせが悪い感じですね。読んでいてしっくりこない。

青木 言葉の取り合わせという点で言うなら、「バッキンガム宮殿の門前を守っているかのように」というたとえを出したすぐ後に、「『ターミナル』のトム・ハンクスみたい」と語っていたりするのも妙に感じられました。ほんの五、六行の中で使うたとえなら、もう少しジャンルをそろえたほうがいいんじゃないかな。

編集A どっちもイギリスにするとか、どちらも映画を持ってくるとかですね。おそらくこの作者は雑学好きで知識も豊富で、頭の中にいろいろストックがある方なのではと推察しますが、思いつくまま、という書き方にならないよう注意した方がいいと思います。

青木 それに、うんちくがずらずら並べられたかと思うと、一転、「彼女が砂漠を歩けばたちまちその足跡から花が芽吹いてくるだろう」、みたいなファンタジーな描写が入ってきたりする。全体に、もう少し表現に統一性を持たせた方がいいと思います。一方で、「肌は薄めたカルピスみたいに透明感がある」なんて形容には、なんだか心惹かれました。すごくいいものを持っている書き手さんですよね。

編集A はい。私は、この人の文章はすごく好きだし、イチ推ししています。でも好きだからこそ、私のような一部の読者に好まれるのではなく、より多くの読者に「面白い!」と思わせるような書き手なってもらいたいです。そのためにはやはり、比喩・うんちくの盛り込み方や表現の仕方に、もう少し注意を払った方がいいでしょうね。

青木 作者がこういう系統の作風が大好きで、ノリにノッて気持ちよく書いているのであれば、私はそこは絶対に否定したくないです。だから、「セーブしよう」ではなくて、むしろどんどん書きまくって突き抜けてほしいですね。多くの読者が、「むむ、鋭い」とか「おお、うまい!」って感じるような、刺さるような表現の仕方を模索していってほしいです。現状でも、上手いなと感じるところはいろいろありますけどね。ラストの、「なぜかポケットに320円が」というところなんて、すごくよかったと思います。

編集E 私も、ここ好きです。ただ、「ほんの少し先の未来からやってきたのだ。ホーキング博士の仮説を否定したのだ」とまで言うのは説明過剰に感じられて惜しかった。ポケットに320円あって、猫の毛玉がついていたというだけで、読者は分かってくれます。

編集F 私は、終盤の展開も、もう少し練ったほうがいいのではと思います。過去に一度、ひどいスピーチをしてしまった主人公は、タイムリープしてスピーチをやり直しますよね。でも、この二度目のスピーチが、今ひとつ感動的ではなかった。せっかく時を超えてまでやり直したスピーチなのですから、もっと胸に迫るものであってほしかったです。

編集E 確かに、企みのあるタイトルや設定な分、肩透かし感はありましたね。この作品をぐっと盛り上げて、キュッと粋に締めくくってくれるスピーチを聞かせてくれるのかと思ったら、割とストレートだった。ちょっと長いし、言葉で語りすぎてもいる。

編集B 二度目のスピーチでも、「僕は以前、新婦と付き合ってました」って堂々と言っちゃうんですよね。結婚式でこんなことを暴露されたら、新婦も新郎も、内心で相当モヤモヤすると思います。せっかくのハレの日だというのに、しこりが残りそう。

青木 招待客もスタッフも、その場にいる全員が動揺しそうですね。この二度目のスピーチからラストにかけての部分は、やっぱりもう少し練り上げて、読者の胸に残るものにした方がいいと思います。また、「今度は僕はトスを上げる番」とか「(写真の並びは)ポジション通り、タカシは真ん中に、ケイスケは右端にいた」とか、バレーボールを何度も引き合いに出しているのですが、でもこの話の本質に「バレーボール」はあまり関係がないように思えて、そこも今ひとつ響いてこなかった。

編集F 「青春感」を演出する要素なのだとは思いますが、効果的に使えてはいませんでしたね。

編集B ケイスケたちがバレーボール部で一緒に過ごしていたのは、高校生の頃ですよね。で、今、この三人は30歳。卒業してから12年ほどが経過している。私はここが非常に引っかかりました。高校時代につきあっていた彼女への未練を12年間も引きずっているというのは、あまりにしつこいし、その尋常でない未練の重さに触れられないのも不自然な気がします。ワカと別れた後、大学に行って、就職して、社会人になってから8年も経っている。その間、いろいろな人と出会ったでしょうに、いまだにワカに執着しているなんて。

編集F 主人公が、12年間誰ともお付き合いしなかったとは考えにくいです。でも、今カノの話とかは一切出てこなかった。こういうあたりは、もう少し描写がほしいですね。主人公の現況がよく分からなかったです。

編集B しかも、ワカとタカシが付き合い始めてからも、この三人はずっと親交があったらしい。一緒にお酒を飲みに行ったりしてますよね。恋人同士になっているワカ&タカシと親しく語らいながらも、心の中では嫉妬の炎を燃やし続けていたのだろうか、12年間も、とか考えると、ちょっと怖いような

編集F 「30歳」まで引っ張らないで、「大学を卒業すると同時に二人は結婚」、という設定にすればよかったのでは。4年ぐらいなら、主人公がワカへの想いをまだ完全に吹っ切れずにいるというのも、不自然ではないですよね。

青木 あるいは、ケイスケとワカが付き合っていた時期を「大学時代」に変更するとかね。卒業と同時に別れて、社会人2年目くらいでワカとタカシが結婚する。それなら、「なぜ12年間も?」という疑問は生じないです。

編集B ただ、大学生同士の付き合いなら、おそらく体の関係も生じますよね。でも高校生だと、そのあたりがはっきりしない。ケイスケとワカの関係がプラトニックでしかなかったのなら、ここまで長期間気持ちを引きずるのは粘着質すぎて引っかかる。そして、肉体関係があったのであれば、披露宴のスピーチで「以前つきあってました」なんて言ってしまうのは、あまりに生々しいし、友情にもモラルにも反すると思う。

編集F そこは私も気になりました。ケイスケとワカの過去の関係度合いによって、このスピーチをどう捉えるかは違ってきます。

青木 ケイスケとワカがどの程度のお付き合いだったのかについては、作中で言及しておく必要がありましたね。私はそもそも、なぜワカちゃんが、タカシに気を惹かれつつもケイスケとつきあったのか、よくわからなかったです。ケイスケくんって、実はすごいイケメンなのかな? 高校生のときは、ついイケメンに傾いちゃったけど、大人になるにつれてタカシくんの良さに気づいた、ということならわからなくもないのですが、ワカちゃんの気持ちは描かれていなかったですね。

編集B ケイスケはケイスケで、ワカの魅力に関して、外見的なことばかり語っている印象です。内面も多少褒めてはいるんだけど、一番好きなのは容姿みたいに感じられる。「脚は妖精たちが滑り台にするにはもってこいの長さと滑らかさがある」とか「コカ・コーラの瓶みたいに自然な胸の膨らみとくびれを持つ」とか、描写にすごく力が入っているので、どうしてもそちらが頭に残ってしまう。

青木 登場人物たちの内面が、もっと知りたかったですね。そこをこそ描写してほしかったし、掘り下げてほしかったです。

編集B 時制もちょっとわかりにくかった。過去の説明をしているところに、現在の主人公から見た人物描写が混じっていたりするので、もう少し丁寧に書くことを意識してみてほしいです。

青木 でも、タイムリープして「スピーチをやり直す」という展開は、私はすごくいいなと思いました。これ、やろうと思えば、高校時代に戻ってワカちゃんとやり直すこともできそうじゃないですか? でも、主人公はそうしなかった。披露宴の場面に戻り、今度は辛くても二人を祝福した。主人公の人柄の良さが窺えて、ほっこりします。

編集G ただ、主人公の葛藤は、実はまだ解消されていないですよね。喋る猫と出会い、あれこれうんちくを聞かされたからといって、タカシへの嫉妬心は消えてなくならない。この猫との場面において、もう少し主人公の心情に変化が生まれる様子が描かれていればよかったのにと思うのですが。

編集F 確かに、小説の流れとしてはその方がきれいだと思います。でもまあ、「うんちくを聞いて、反省する」という展開を説得力を持って描くというのは、やっぱりちょっと難しいでしょうね。

編集E これほどまでの「うんちく猫」にしなくてもよかったんじゃないかな。夢か幻の中で「喋る猫」に出会い、話をしているうちに、主人公の荒んだ心がちょっとなごんでみたいな流れでも、話は作れたと思います。この猫、愛嬌があって可愛いですよね。

青木 ちょっとふてぶてしいんだけど、そこにいい味が出ていたと思います。この猫ちゃんがあんまり意味深なうんちくを語りすぎるので、なんだか「お説教猫」みたいになってますよね。もっとなんでもない会話で良かったんじゃないかな。

編集F あるいは、うんちくの数を減らすとか。現状ではてんこ盛りになっているので、一つひとつは埋もれてしまう。例えばですが、「鍵を探す男」の小咄は有名な寓話のひとつだと思いますが、ここでこの話を選ぶセンスはとても良いし、非常に面白いなと思いました。この小咄だけに絞って、テーマとうまく絡み合わせることができれば、いい感じにまとめられたかもしれません。

編集G 確かに、物語に深みを与える良いたとえ話だたと思うのですが、作者にとっては、数ある小ネタの一つでしかなかったのでしょう。実際、主人公はその小咄より、「5億回の呼吸」のほうに強く反応しています。それに、タイトルと照らし合わせると、むしろ「5億回の呼吸」のほうがテーマに繋がっているネタですよね。「回数は決まっている。人生は有限なのだから、悔いなく生きろ」と。

編集A なるほど。でも、この「5億回」のネタも、結局は他の多くのうんちくに紛れて埋もれてしまってますよね。

青木 この作者さんは本当に、隙あらば比喩やらうんちくやら入れてきますよね(笑)。でもそれがこの作者のオリジナリティだと思います。「入れたい!」というのが作者の現在の気持ちなのであれば、我慢しないでどんどん入れて欲しいです。過剰だと思ったら推敲する時に削ればいいし、悩みながら一番いいと思える入れ方を探っていくといいと思います。

編集E この作者は、文章そのものはとてもうまいですよね。しかも、自分らしい表現で、言葉を尽くして描写しようとしている。その点はすごくいいなと思いました。

編集A うんちくをたくさん知っていて、ボキャブラリーも豊富。武器をいろいろ持っている書き手だなと思います。

青木 比喩は小説の華とも言えますから、ここぞというところでうまく入れられるようになれば、これも大きな武器になります。ただし、スベるとものすごくサムいので、そこは覚悟しておいてほしい。このあたりは、言葉の一つひとつに自覚的に向き合い、経験を積み上げるしかないと思います。指摘された点は参考にしつつも、たゆまず書き続け、いつか大輪の花を咲かせてほしいですね。