第229回短編小説新人賞 選評 『祭りの夜に』金沢夜空
編集A とても面白かったです。気になる点もいくつかあるのですが、とにかく引き込まれて読みました。
青木 すごく雰囲気のある話を書ける書き手さんですよね。
編集F 以前も、最終選考に残られたことがある方です。そのときの作品もすごく面白かったし、雰囲気もあったのですが、分かりにくいところやつじつまが合わないところも少なからずあり、多くの編集者が引っかかってしまいました。それと比べると、今回はずいぶん内容が整理されてきたと思います。話の道筋がちゃんとできている。
編集B 実は友人の滝山が、主人公を黄泉への道連れにしようとしていた……という真相は、すごくよかったですね。
青木 お祭りの描写もよかったです。たくさんの人でにぎわっていて、お囃子が軽快にピーヒャラしてるんだけど、どことなくうすら寒い感じもありますよね。陽気でありながらなぜか空疎、という空気感をうまく出せていたと思います。
編集A 不穏さの匂わせ方が、とてもうまいですよね。
青木 途中途中に挟まる盆踊りの歌詞とかも、ほどよいインパクトになっていて、すごくよかった。ただ、滝山君が主人公に持ってきた食べ物がどういうものなのか、よくわからないのが気になりました。もちろん、作者はわざとぼかしているわけですが、ここはもう少し具体的な描写があった方がよかったと思います。
編集E 「串に刺した何かよく分からないもの」と書かれていますが、これでは、読者もイメージしづらいですね。
編集B イカ焼きでもフランクフルトでもいいから、何か明示しておいてほしかったです。全体としてはすごくイメージを描きやすい作品なのに、この部分だけ脳内で映像化できないので、ちょっと違和感がありました。
編集E でも、黄泉戸喫(よもつへぐい)の場面ですから、「この世の食べ物」を作者は出したくなかったんじゃないかな。
青木 「串に刺した肉のようなもの」、とかでよかったのではないでしょうか。何の肉かは分からないんだけど、とにかくほかほか湯気をあげて、すごくおいしそうな匂いが漂っている。それくらいのぼかし方なら、映像的にも問題ないかと思います。
編集A 「何かよく分からないもの」では、ちょっと不穏さの演出が過剰かもしれませんね。これだとこの時点で、読者は「この食べ物が怪しい」と気づいてしまいます。まだ、柏崎さんが勝手にこれを食べて、主人公が「とんでもない女だ」と唖然とする展開が残っているのですから、描き方の塩梅にもう少し気をつけたほうがいいかなと思います。
青木 あと、冒頭の一文の、「学生の時分の話である」。これはやめた方がいいと思います。のっけからこう言ってしまうと、読者は「思い出話なのね」と思ってしまいます。話がどんどんゾクゾクする展開になっていっても、「でもこれは過去の話だから、けっきょく主人公は無事だったのよね」ということが頭にあって、危機感が削がれてしまう。二行目の、「うだるような暑い夏の夕方だった」から話に入るか、あるいは、いきなり祭りの場面から入ってもいい。で、「なぜ今僕がここにいるのかというと」、みたいな感じで滝山が迎えに来る回想シーンを入れて、状況を説明するとか。
編集G 最初の一文を、ラストに持ってきてもいいと思います。祭りの日の出来事を、現在の話かと思って読者に読ませておいて、最後に、「今日みたいなうだるような暑い日には、今でもあの日のことを思い出すのだ」、と締めくくる。ラストの一文で初めて、読者はこれが過去の出来事だったことを知る、という構成にするとか。
青木 重要人物である柏崎さんの登場も、少し遅かったかなと思います。前半部分の構成には、ちょっと手を入れたほうがよさそうですね。
編集E ところで、柏崎さんはどうして主人公を助けたのでしょう? 私はそこがよく分からなくて、引っかかりました。
編集A 柏崎さんは、主人公のことを好きだったのでは?
編集H えっ、そうなんですか? 私にはそうは思えなかったのですが。だって彼女の主人公に対するふるまいは、到底好きな人に見せる態度ではないですよね。
編集A こういう子、いると思います。こじらせてるというか、ひねくれてるというか。本当は好きなんだけど、「好き」ということを素直に表に出すことがどうしてもできなくて、逆にいじめちゃうんです。
編集H 小学生の男の子ならわかりますが、高校生の女子ですよ? ちょっと考えにくいな。
編集F 私も考えにくいとは思いますけど、でも、そうとでも解釈しないと、主人公を助けた理由がわからないですよね。
青木 うーん、私は、「実は好きだった」が理由だとは感じ取れなかったですが……
編集E 私もです。思いつきもしなかった。
編集A いや、素直になれない女子って、いると思います。特に柏崎さんは、容姿が整っていて、態度が大きくて、クラスの中心的存在だったんですよね。そういう立ち位置にいたり、女王様気質だったりすると、「〇〇君が好き」みたいなことを絶対に悟られたくなくて、真逆の態度をとることはあると思います。
編集G 私はむしろ、「好き」という理由しかないと思いましたけどね。主人公と再会して、やたら「懐かしい」ってはしゃいだりしていますし。
青木 でも、好きな相手に、「あんた、相変わらず暗くて気持ち悪い」なんて言います? 柏崎さんが他人とうまくコミュニケーションを取れない人なら、こういう言動もまだわからないでもないけど、クラスの中心人物で友達も多かったらしいですし。
編集H 柏崎さんのせいで、主人公はクラスで孤立して、いじめられかけたわけですよね。SNSに勝手に動画を上げて、笑いものにしようとまでしている。彼女のやっていることは、あまりにも悪質だと思います。これで、「実は好きでした」と言われても、納得できない。
編集B もし、柏崎さんが本心から主人公を「気持ち悪いやつ」「嫌い」と思っていたのだとしたら、最後にどうして助けたのでしょう?
編集E 単なる気まぐれなんじゃないでしょうか。自分はもう死んじゃってるけど、こいつはまだ生きてるらしいから、たまたま再会したのも何かの縁ということで、仕方ない、ちょっと助けてやろうかと。
青木 私もそちらに近い読みですね。生前は本気で嫌っていたんだけど、最後の最後に踏みとどまって、その嫌いな相手を助けてやった。柏崎さんにとって主人公は、自分が殺されるのを見殺しにした男とも言えるわけですが、でも柏崎さんは主人公を見殺しにはしなかった。そこがこの話のエモいところかなと思いました。
編集G 私は逆に、過去にさんざん嫌な態度を取ってきて、相手から嫌われていることを自分でも分かっているのに、「実は好きだった」という真相がエモいなと感じました。ちょっとベタではありますけど。
編集F 私も、他の読み筋では理屈が通らないので、かなり無理やり「実は好きだった」という解釈で読みました。好きな人につい突っかかっちゃう人って、実際いることはいると思います。ただ、作者としてはどういうつもりだったのかは、よくわかりませんね。
編集I 8枚目の過去シーンの描写の中に、「柏崎がほんの少し眩しそうに目を細めて私を見ている」という箇所があります。もしかしたらここは、柏崎さんの秘めた想いをちらりと描いているのかな……? とも思ったのですが、すぐさま「険のある声が飛んで」来たりしていて、やっぱりよくわからなかったです。
編集H 描写の塩梅が、ちょっとうまくいっていないですね。現状の書き方では、相当悪質ないじめに感じられてしまう。「こういう方向で解釈してほしい」というものが作者の中にあるのなら、それが読者に伝わるような描写をしてほしかったです。
編集E 二人が再会したとき、柏崎さんが「あの頃は、お互いバカな話ばかりしてたけど、すごく楽しかったよね」みたいなことを言う場面とかがあれば、よかったかもしれませんね。「柏崎さんの方はそういうつもりだったんだ」ということを、まだしも読者が察せたと思う。
編集F あるいは、「以前は私、嫌な思いばかりさせてたよね。素直になれなくてごめんね」と謝ってきたりでしょうか。ただ、再会した二人があれこれ会話して、謝ったり和解したりというところをあまり盛り込むと、物語そのものがダレて、勢いを失ってしまう危険はあると思う。もしそういう展開を入れるなら、注意と工夫が必要ですね。
編集B 逆に、「本当に嫌いだからいじめていた」が真相でもよかったんじゃないでしょうか。それが読者にきちんと伝わるように描いてくれればよかっただけで。私は柏崎さんの嫌さ加減は、これはこれでキャラが立っていると思います。あくまでツンケンしている柏崎さんの、「振り向くな、走れ」という叫び声に背を押され、主人公が無我夢中で走って逃げる。この緊迫感のあるシーンこそが、この作品の一番の見せ場だと思います。
青木 同感です。祭りで再会した柏崎さんには、あれこれ説明させたり謝罪させたりしないほうがいいと思います。滝山が持ってきた食べ物を怒ったように奪ってバクバク食べて、主人公に「帰れ!」って命じる展開は、私はとてもいいなと思いました。
編集H 胸にぐっときますよね。事情はよく分からないんだけど、でもなんだか切ない。
青木 で、主人公は走って走って、気づくと朝になっていて、いつのまにかアパートの万年床に転がっていた。この緩急の付け方も、非常にうまいなと思います。
編集G 密度の高い作品でしたよね。ギュッと凝縮されていて、読み手に満足感を与える濃い読み味になっていた。
編集B ただ、枚数は25枚と少なめです。もうちょっと粘って枚数を上限まで使えば、多くの読み手が引っかかった柏崎さんの真意を読者に伝えることができたのではないでしょうか。
編集E 滝山君のことも、もう少し書いてほしかったです。友人だったのに、なぜ主人公を道連れにしようとしたのか。それとも、友人以上の深い思いがあったのか。彼の真意も非常に気になります。そこが知りたかったのに、何も描写されていなくて、残念でした。
編集C でもとにかく、作品全体の雰囲気作りは非常にうまかったと思います。大勢の人の気配でざわざわしているお祭りの夜の空気感だとか、夏の夜の蒸し暑さだとかが、ちゃんと伝わってくる。熱気と人いきれで現実感が曖昧になり、半分夢の中をさまよっているような感覚の中で体験する、妖しい出来事。からくも難は逃れたものの、年月を経ても真相はわからないまま、いつまでも記憶の底にこびりついている、あの夏祭りの夜――という感じの話に仕上がっていて、とてもすてきだなと思いました。確かに、疑問点は色々あるのですが、表現力のある書き手なのは間違いないと思い、私は高得点をつけています。
青木 わかります。この作者は、多少の疑問点も雰囲気でねじ伏せる力を持っていますよね。
編集B 書き手のパッションを強く感じます。
編集H 私も、断トツでイチ推ししています。雰囲気作りもうまかったですが、私はこの主人公には「不作為の罪」があるような気がして、そこが一番心に刺さりました。主人公は、もしも自分が通報していれば柏崎さんを助けられたのかも、という負い目を持っていますよね。今回主人公は、柏崎さんに助けられた。だからといって、過去の仕打ちを許す気にはなれない。でも、もしも証言をしなかったせいで柏崎さんが死んだのであれば、主人公は柏崎さんの死に一端の責任があると言えなくもない。それでも許せない。それでも柏崎さんは助けてくれた。柏崎さんの気持ちも真相も、今となっては分かりません。モヤモヤするけど、確たることは何も分からないまま、昔の事件には片が付いた。ただ主人公の不作為の罪だけが残った――という、割り切れない話になっていたのが、私はすごくよかったと思います。単純にオチがついた話ではないから余計に、読後も胸に残りました。
青木 そうですね。いろいろ引っかかったり、噛み合わなかったりするところも多い作品なのですが、でもそういう不条理さがエモさを醸し出している、という面もあると思います。
編集F この作者の、ある種、持ち味なのかもしれませんね。
編集H 柏崎さんの言動は、本当に意味不明だとは思うのですが、もしかしたら、だからこそ印象に残ったのかなとも思います。
編集A ただ、前回の投稿作においても、似たようなことが指摘されていましたよね。つじつまの合わないところが多かったり、登場人物の関係性がよく分からなかったり。もしこの書き手に、「大事なところをぼやかして書く」という癖があるのだとしたら、ちょっと気になりますね。
青木 ほのめかすことで雰囲気を出しているというところは、あるかもしれないですね。それもテクニックの一つではあるのですが、あまりやりすぎるのもよくないと思います。まあでも、気持ちはよく分かります。ほのめかすのって、書き手にとってすごく気持ちがいいんですよ。気をつけていないと、ついやりすぎてしまいがちです。それに、こういうホラーっぽい作品なら、その「匂わせ」がうまくハマれば、それはそれで効果的ですからね。読者もすごく気持ちよく読める。
編集A そのちょうどの塩梅を、今後はぜひ掴んでいただきたいですね。
青木 この作者は、自分の中に萌えをちゃんと持っていて、それを作品にしっかりと反映させることができる書き手です。書きたいものを情熱をこめて書けているところが、素晴らしかった。これからも、この熱量を失わずに書き続けていってほしいですね。