第229回短編小説新人賞 総評

編集B 今回は「調べる」ということをテーマに話し合いたいと思います。投稿作を読んでいると、「これはちゃんと調べた上で書いているのかな?」という疑問を感じることが、けっこうありますね。

編集D 例えば今回の受賞作、『祭りの夜に』には、「宵山祭」という言葉が出てきます。「宵山とは、祇園祭の前夜祭のことでは?」と問う主人公に滝山が答える形で、「祇園祭に限らず、祭りの前夜祭のことを宵山祭と呼ぶのだ」という説明が入る。これが作中だけの独自設定なのか、作者が本当にそう認識しているのかはよくわかりませんが、祇園祭に限って言えば、前夜祭はあくまで「宵山」であり、「宵山祭」とは呼ばないと思います。

青木 作者がどういう意図でこの会話を出しているのかも、よくわからなかったです。「祇園祭」という単語が出れば、やっぱり読者は京都の祇園祭を思い浮かべますよね。では、作品舞台は京都なのかというと、なぜか「近畿地方の片隅」と、曖昧にぼかされている。ということは結局、京都ではないということなのかな? でもそれならどうして、「祇園祭」を引き合いに出してきたのでしょう?

編集A 全国にさまざまな「祇園祭」があるとはいうものの、有名なお祭りの名前を作中に出せば、読者がイメージを描きやすいと思ったのかもしれませんが、かえって混乱を招いてしまっていますね。

編集D 作品の舞台はあくまで「××神社のお祭り」ですよね。しかも、このお祭りが「前夜祭」であることの必然性は感じられなかった。「祇園祭」とか「宵山祭」というワードは、この話に出す必要はなかったんじゃないかなと思います。

編集B もしくは逆に、「祇園祭に行く」という設定に、明確に定めてもいい。ただしその場合は、作中で描かれる祭りの様子は、実際の祇園祭に即したものにする必要があります。

編集D この××神社には狐の像があるらしいので、稲荷神社だと思われます。でも、稲荷神社のお祭りで、山車が町を練り歩き、境内では盆踊りをやっているというのは妙ですよね。可能性として考えられる祭りとして、長野県千曲市稲荷山の「祇園祭」はありますがいろいろな祭りがごちゃ混ぜになっている感じです。読んでいて、どうにも引っかかりました。

編集E 雰囲気を出そうとして、お祭りっぽいアイテムを思いつくまま盛り込んだのかもしれないけど、「アイテム全部乗せ」という書き方はお勧めできないです。

編集A こういうあたりは、ちゃんと調べて描写したほうがいいですね。でないと、「祭りを題材にしている割に、祭りの描き方がなんだか適当だなあ」と思われてしまいかねない。

編集B あるいは、もしかしたら作者は、わざとこういう描き方をしているのかもしれない。こういう「ありえない祭り」を描くことで、「冥界の祭り」感を出そうとしたのかもしれません。ただ、それならそれで、読者にさりげなく伝える必要がある。

編集D 「お稲荷さんなのに、盆踊りをやってて、山車も引いてるなんて、ずいぶん変わったお祭りだなあ」みたいなことを、どこかで主人公に語らせてくれていたらよかったですね。

編集F 『増量する過去、減量する未来』は、主人公が昔バレー部で「ライト」を務めていたというところが気になりました。「俺はライトで、あいつはセッター」みたいな書き方をしていますが、この組み合わせが、なんだかしっくりこない。位置的ポジションの「ライト」に対応するのは、「レフト」とか「センター」になりますよね。一方「セッター」は役割的ポジションですから、それに対応するのは「リベロ」とか「ミドルブロッカー」とかになるんじゃないかな。

編集G それとも、「ライトのサイドアタッカー」という意味なのでしょうか。それなら間違いとも言えないですけど、「ライトとセッター」という取り合わせは、読んでいて一瞬「ん?」と引っかかるところではありましたね。

編集F 「ライト」という言葉を使っていた時代も過去にはありますけど、主人公がバレーボールをしていたのは今から12年ほど前のことですよね。その時代にはもうそういう表現はしなくなっていたんじゃないかなとか考えると、そこも気になりました。作者はもしかしたらバレー経験者なのかもしれませんが、バレーに詳しい人が読んでも詳しくない人が読んでも引っかからない書き方を、もう少し意識してみてほしいかなと思います。

青木 特にスポーツは、時代によってルールや言い方が変わったりしますからね。書き手に知識や経験があってもなくても、とりあえず今一度確認してみる、という姿勢は大切だと思います。

編集F 今回の投稿作にはありませんでしたが、例えば作品舞台が「明治」なのか「大正」なのかが曖昧、なんてものも割と目にしますよね。

編集B 「史実とは異なる江戸時代風」みたいなものを書くにしても、独自設定を作るには、まず実際の時代のことをちゃんと調べておいて、その上でやる必要があります。

青木 フィクションではあっても、土台の部分がぐらぐらしていたら、読者は落ち着いて読めないですよね。作品設定の「時間」「場所」そして「題材」に関するところは、あらかじめ調べて基礎固めをしておいてほしいです。

編集A 『ゆにこぉん・プリン』は、間違いといったようなものは特に目につきませんでしたが、「キッチンカー」や「プリン」に関してもう少し具体的な描写がほしかった。このお兄さんがプリンを作っているシーンでもあれば、場面やキャラの解像度がぐっと上がっただろうと思います。

編集B 「ここの工程がこんなふうに難しい」とか「冷蔵庫の電源はここから引いている」とか、そんなことがちらっとでも出てきたらよかったですね。せっかく「キッチンカー」という要素を出しているのですから、それをもう少し活かしてほしかった。

青木 例えばこういう話を書くときは、まず図書館に行って、『キッチンカー起業入門』的な本を一冊読んでみるといいと思います。今はネットでパッと調べられる時代ですし、ネット検索だけでも、やるのとやらないとでは違うと思いますけど、私は断然、本がお勧めです。わかりやすくコンパクトにまとめてくれている入門書的な本はいくらでもありますから、まずはそういうものから基本的なところを吸収してほしい。

編集F ネットの情報は、真偽のほどがわかりませんからね。その点では、書籍のほうがずっと信頼できると思います。

青木 取材とかも、できるならした方がいいと思います。ロケハンもいいですね。そんなに難しく考えないで、例えば、お祭りの話を書くのなら、近所のお祭りに行ってみる。キッチンカーを書くのなら、実際に食べに行ってみる。「実際の空気を味わう」というのは、作品の雰囲気作りに役立つと思います。

編集F あと、「現在の自分の知識や認識」も、とりあえず一度、疑ってみてほしい。「経験があるから知っている」と思っていても、実はそれは個人レベルの経験で、普遍性はないかもしれない。思い込みで誤解していることだって、あるかもしれない。自分にとっては「当たり前」で「正しい」ことであっても、「本当かな?」とまずは疑って、とりあえず一回確認してみてほしいです。

編集B 調べてみて、「やっぱり合っていた」ということなら、安心して書き始めることができますし、そうやって調べる中で、新たなネタを拾うことだってできるかもしれないですしね。

編集D ただ、いつも言うことですけど、調べたことを全部作品に盛り込もうとはしないでほしい。

青木 一生懸命調べはするけど、調べたことを作中には一つも入れないかもしれない、くらいの心構えでいたほうがいいです。

編集F でも、それくらい労力を払ってこそ、作品に深い奥行きが生まれるわけですからね。大事なことなので、ここは手を抜かないでほしいです。

青木 ただ、全てを調べつくすことはできないです。だから、一通りは調べたと思えたらもう、作品作りに取りかかってほしい。調べている間に、「書きたい!」という情熱が消えてしまったら、元も子もありませんからね。だから実は私は、「調べる前にとりあえず書いてしまう」派です。書きたいうちに、その勢いのままバーッと書いて、後から調べ始めます。このあたりは、書き手のタイプによると思いますので、自分がどちらのタイプなのかは、自分で見極めてほしいですね。

編集B ただ、「後から」タイプの人は、書き上げた後に致命的な欠陥が見つかる場合もありますから、そこは覚悟しないといけませんね。

青木 実際、私もそういう経験をしました。書き上げた後で調べてみたら、重要な要素に関して「絶対にこれはあり得ない」ということがわかり、頭を抱えました。そのときはもうどうしようもなくて、めでたく全部書き直しとなりました(笑)。でも、私のような勢い先行とか萌え先行の書き手は、先にあれこれ調べると逆にうまくいかないこともありますのでね。どういう方法を取るのかは、自分とよく相談して決めてほしいです。

編集A 作品に気になるところがないか、友人・知人に読んでもらうという手もありますがでも、難しい面もありますね。「ここはもっとこうしたら」というアドバイスは、読み手の好みによるところも大きいですから。

編集F 友人A・B・Cに見せて、全員の意見を全部取り入れようとしたら、収拾がつかなくなってしまうでしょうね。

編集G この選考会の中でも、賛否が分かれたりすることはよくありますよね。プロの編集者でも受け取り方には差があるのですから、一般の読者ならさらに、個人的な好みに左右されてしまいがちだと思います。

編集F これはちょっと、今回のテーマから離れてしまう話なのですが、こうした選考会で真逆の意見が出たとき、「どちらの意見を聞けばいいの?」と迷うことがあるかと思います。そういうときは、どちらを取るか、作者自身が決めてください。誰かの意見が絶対的に正しい、なんてことはないので、納得できない意見に無理に従うことはありません。

青木 そこはしっかりお伝えしたいですね。何か指摘を受けても、「そこはどうしても直したくない」と思うのであれば、直さなくてもいいんです。

編集F 意見がいろいろ分かれているときには、「自分の気持ちにぴったりくる」ものを尊重すればいいと思います。例えば、編集Aは「修正した方がいい」と言っている。でも編集Bは「このままで問題ない」と言っている。自分も、ここは変えたくない。という状況なら、「私は編集Bさんの意見を参考にしよう」と思っていいんです。

編集B ただ、この場で幾人もの読み手に「ここは修正した方が」と言われているなら、それはやはり、一般の読者の多くもそう感じる可能性が高いと思われます。そのことは一応頭に入れておいてほしい。

編集D その上で、選評の意見を取り入れるも取り入れないも、書き手の自由です。「ああ言われた」「こう言われた」ということに、あまりこだわりすぎないで、書きたいものをどんどん書いていってほしいですね。

編集F 「自分はこれを書きたいんだ!」「誰に何を言われようと書くぞ!」という、ブレない強い軸を持っていてほしいです。

編集A そして、だからこそ、調べられることはちゃんと調べておいてほしい。「ひと通りの下調べは済んでいる」という自信があれば、少々の指摘には揺らがずにいられますからね。

編集B 「自分が書きたいものを書く」ことが究極の目的なのですから、そのためには労を惜しまず、やれることはやってほしい。全てにおいて自覚的であってほしいなと思います。