第228回短編小説新人賞 選評 『あの日々/あの日々』上田しん

編集A 大学生の男の子たちの、過去の認識の違いが浮き彫りになっていくお話です。「実はあのとき」と明かされていく話の不穏さに引き込まれ、ぐいぐい読まされました。とても面白かったです。でも、読み終わってから振り返ると、友情話なのか、ホラーなのか、今ひとつ判然としませんね。このタイトルも、どういう意味なのでしょう?

編集E 坂田君側から見た「あの日々」と、青木君側から見た「あの日々」ということかと思います。同じ出来事であっても、視点人物が変われば見え方は全然違ってくる、ということを描きたかったんじゃないかな。

青木 ただ、この作品の中で「青木君サイド」になっているのは、ラストの3枚ほどだけですよね。それ以外はすべて「坂田君サイド」で描かれています。ラストだけ急に視点人物が変わっているので、読み手が混乱しやすい。この構成はあまりうまくいっていないように感じます。

編集E 時系列が前後している点が、私にはちょっとわかりにくかったです。冒頭シーンは、ラストシーンの途中の時点までを坂田サイドから描いたもの、という解釈で合ってますか?

編集F そうだと思います。私はこの冒頭シーンは、強い引きを作ろうとしたんだなと感じて、悪くないと思いました。とにかくまず読者の興味を引いておいて、そのあとで現在の状況を伝え、「実はお前にいじめられていた」「自殺した」という不穏な流れへと持っていく。定番の展開方法ではありますが、シンプルに面白いと思いました。ただ、ラストはちょっと納得がいかなかったです。青木は坂田に対して、「いじめられた」と本気で恨んでいたわけですよね。なのにこんなあっさり、「また連絡してやらなきゃ」なんて思えるものでしょうか?

青木 そこは私も非常に気になりました。青木君は、坂田君に三週間も嫌がらせの無言電話をかけ続けている。「あいつは死んだよ」なんて重い嘘までついている。相当な恨みっぷりですよね。なのに、「いじめたつもりはなかった」「友達だと思ってた」なんて言い訳めいた言葉とほんの少しの涙で、「あ、自分のほうが誤解していたんだ」と本当に納得できたのかな?

編集F 事実はどうだったのでしょう? 坂田は青木のことを、本当に友達だと思っていたのかな?

編集A そこがよく分からないですね。坂田の一人称で書かれている割に、「坂田側から見た事実」がどうなのかは、はっきり語られていない。

編集B 青木から「お前にいじめられてた」と言われたときの坂田の内心とか反応とかを、もう少し書いておいてほしかったです。忘れたい過去を蒸し返されてギクッとしているのか、心底意味が分からなくてぽかんとしているのか。それによって、この話は全然違ってきます。

編集E 坂田本人が認めているのですから、勝手にラブレターを偽造したり、死んだ金魚を机に入れたり、靴を隠したりしたのは事実なんですよね。

編集F ただ、トイレに閉じ込められた経験は坂田にもあるらしい。特別に青木だけがいじめのターゲットにされていたわけではないということなのかな。もしかしたら、本当に坂田には悪気など微塵もなく、仲間うちでちょっと悪ノリが過ぎただけ、ということなのかもしれないですね。やんちゃな中学生男子なら、そういうことはありそうですし。

編集E うーん、死んだ金魚を机の中にこっそり入れておいて、驚いたところをみんなで笑いものにするなんていうのは、イジリの範囲を超えていると思います。本当に友達だと思っていたなら、そんなことはしないんじゃないかな。

編集F でも、いじめとかではなくても、男の子グループの中で、内気でおとなしい子がパシリっぽくなっちゃうみたいなことって、あるような気がします。なんとなくのヒエラルキーが自然にできあがってしまうようなことが。坂田は無意識的に、自分が青木より上位にいるような振る舞いをしていたのではないでしょうか。青木は当時は、その場の空気に黙って従っていたんだけど、内心では傷ついて不満を募らせていた。

青木 そういう関係性自体は大いにありうると思います。ただ、坂田君と青木君のやり取りを見る分には、上下関係がある印象はあまり受けないですよね。二人はごく普通に、対等の口のきき方をしているように見える。

編集B 学生時代の坂田と青木がどういう関係だったのか、二人が互いにどういう感情を抱いていたのかは、もう少し描いておいてほしかった。そこがわからないと、この話をどう受け止めればいいのか、読者は迷ってしまいます。

編集A 「お前にいじめられてた。あれとか、あれとか」って青木が言い出した場面で、主人公側からもいくつか、微笑ましい思い出エピソードを出せばよかったですよね。「いや、でも、他にあんなことやこんなことも一緒にしたよね。あれ、すごく楽しかったじゃん? 俺にとっては今でもいい思い出なんだけど」って。現状では、偽ラブレターとか死んだ金魚とか、いじめ疑惑を強めるエピソードしか出ていないので、読者もつい坂田を疑いの目で見てしまう。

青木 せっかく同窓会の場面があるのですから、そこで友人たちとの昔話として、学生時代の楽しい思い出を語らせておいてもよかったですね。もし、坂田君は気のいい男の子であるという設定なのだとしたら、それを印象付けるエピソードを、最初のあたりにさりげなく入れておいてほしかった。坂田君はいじめをするような人なのか、そうでないのかは、現状ではよく分からないです。主人公の人となりは、できれば早めに描写して、読者に伝えておいた方がいいと思います。

編集E 「友達だと思ってたよ」という坂田の言葉は、私にはちょっと信じきれないです。主人公だけど、信じきれない。もし本当にそう思っていたなら、青木君から食事に誘われたとき、喜んで応じればいいだけでは? 旧友と会うのが、どうしてそんなに気まずいのでしょう?

編集C 同感です。一対一の食事に誘われたのに、どうして「同窓会」にしてしまうのか。これではまるで、「二人きりでは会いたくない」と言っているようなものです。何か後ろめたいことでもあるのかと、勘繰ってしまいそう。

編集A 一方で、青木君側の気持ちもよく分からなかった。中学卒業から7年も経っているのに、なぜ今になって急に「いじめ疑惑」を追及してくるのでしょう?

編集H 青木君は、いま休学しているんですよね。つまり、人生がうまくいっていない。その原因をあれこれ考えているうちに、いじめ問題に行き着いたのではないでしょうか。「やっぱりあの出来事が心に引っかかっているから、俺はいつまでも前に進めないんだ」と。

編集B それは、あくまで推測ですよね。それならそうと書いてくれないと、読者には伝わらない。

編集I それに、作中で青木は堂々と嘘をついていますよね。だから私は、「休学中」という発言も怪しい気がする。坂田の罪悪感を煽るために話を盛っているのかもしれない。

編集G 坂田と青木のどちらをも、読者は信用できないですよね。

編集I この話の中で、青木が坂田にイタ電を繰り返していたことだけは事実です。しかも、同窓会の真っ最中にもやっている。さりげなく物陰に隠れ、坂田がどんな顔をして電話を取るのかをこっそり凝視しながら無言電話をかけていたのかなと想像すると、青木の恨みの深さが伝わってくる気がする。かなりの陰湿さですよね。

青木 ちょっと度を越した執着ぶりだなと思います。バスの中での「いじめられた」発言の場面に来るまでは、気の置けない旧友然とした振る舞いをしているから、余計に怖いです。

編集C 「死んだよ、祐二は」という衝撃発言をするときも、青木は坂田の反応をじっと観察してる感じでした。

編集I ここまで恨みを募らせているというのに、坂田がちょっと「友達だと思ってた」と泣いたら、青木は「よかった、よかった」と全てを許している。このラストはどうにも納得できなかったです。なんだか急に、「二人の間には友情があった」という展開になっている。

編集B 話の後半で坂田が発している言葉は、なんとも浅いですよね。保身のためにその場だけ取り繕っている感じでした。こんな上っ面の言葉を聞いて、青木の積年の恨みが晴れるとは思えないです。

編集C 21枚目に、「見失ってはいけない、最後の一本の糸」のくだりが出てきますよね。すごく情感を込めた描写になっているので、この話の中で作者が一番描きたかったのはここではないかと思います。だから本作は、坂田と青木の心の絆を描こうとした話なのだろうと思うのですが、どうにも腑に落ちない。それまでの不穏なムードが、「友情」へとシフトするのが急すぎます。この物語を「よかった」で締めくくるのは無理があると感じる。

編集A このあと青木君は、坂田君に電話をかけて、「さっきの話は嘘だよ。俺は生きてるよ」って、ほんとに言うつもりなのでしょうか? それを坂田君が「ああ、よかった」と受け入れるとでも?

編集E おそらく坂田はブチ切れますよね。二人の関係は、そこで完全に終わると思います。

青木 「お前の気持ちを知りたかったから、嘘をついて試した」と言われて、快く許す人はあまりいないでしょうね。そういう「お試し行為」が友情にひびを入れることに、青木君が全く思い至っていない様子なのが、引っかかります。むしろラストで青木君が、「へーえ、友達だと思ってくれてたんだ。でも俺はお前のこと、一生許さねーから」って言って電話をブチッと切る。坂田君は呆然として友情を失ったことを知る。そういうほうが、キャラクターの感情としてはまだ納得できたと思います。後味の悪い話にはなるかもしれないけど。

編集A この作品において、ラストを「友情」にもっていく必要はなかったんじゃないかな。そもそもこの作者は、不穏さで読者を引き付けようとしていましたよね。そして、それはすごくうまくいっていたと思う。雨に閉じ込められた密室のような薄暗いバスの中で、並んで座っている友人が不意に、「俺、お前にいじめられてたよね?」って言いだす。ここはゾクッとする場面です。

編集G 同窓会をきっかけに、過去のいじめに対する復讐が始まっていくというのは、ミステリホラーの定番の一つだし、作者は意識的にそういうテイストに寄せていると思います。

編集A 作者としては青春感のある話としてまとめたかったのかもしれないけど、読者はこのホラーっぽさに引きずられてしまいますよね。どういうテイストの話にするかは、書き始める前にしっかり固めておいた方がいいです。でないと、作者が描いたつもりの話を、読者がその通りに受け取ることができない。

青木 そうですね。作品のテイストは、あらかじめ統一しておいた方がいいと思います。それにしても、青木君はどうしてここまで坂田君に固執しているのかな。当時の友人グループには他にもメンバーがいて、その子たちもいじめだかイジリだかに加担していたはず。なのに、他の子たちの話は全く出てこないですよね。

編集B もしかしたら、青木の坂田への気持ちにはブロマンス的なものが含まれているのかなと、私は思いました。坂田君とだけは特別に強い絆を結びたかったのに、坂田の方は青木をグループの一員としか見ていなくて、むしろ平等に悪ふざけのターゲットにもした。青木にはそれが受け入れがたかった。そしてだからこそ、いじめがどうのこうのということより、「お前が死ぬなんて嫌だ」と坂田が泣いてくれたことのほうが、青木にとっては重要だった。それで全てを許せる気持ちになった、ということなのかも。

青木 なるほど。確かにそれなら、青木君の坂田への執着に、一応筋は通る。でも、もしそういう話なら、そういう話として書く必要があります。ホラー感は減らして、二人の心情をもう少し描写して、ラストもカラッと明るいものにした方がいい。

編集E 加えて、エピソードをもう少しソフトなものに変えたほうがいいと思います。「あいつは死んだ」という嘘も、いじめの内容も、全体にちょっと悪質度が高いなという気がする。「誤解だった」で済ませられる範囲を超えていると感じます。

編集A 読者の気を引きそうなものをなんでも盛り込むのではなく、自分の描きたい方向性をまずはっきりさせておいて、そこへ向けて演出を調整したほうがいいですね。

編集B 作者は常に全体を俯瞰しながら、客観的に作品をコントロールしてほしいと思います。

編集G この作品は、まさにその「客観性」がテーマだったはずです。同じ出来事であっても、人によって受け取り方や感じ方は違うということ。それを描き出そうとしていたのに、こう書いたら読者がどう受け取るかということについて、作者自身が今ひとつ考えきれていなかった。そこが少々残念でした。

編集E あと、青木君の名前の漢字を書き間違えている箇所が複数ありました。「双子だという嘘」に絡んだ伏線かもしれないと思って心に留めておいたのですが、読み終えてから改めて考えてみると、やはりこれは誤字でしょうね。見直しをすれば気づけたはずのケアレスミスですので、今後は推敲にも力を入れてほしいです。せっかく面白い話を書けているのに、こんなことで読者を躓かせてしまうのは非常にもったいないと思います。

編集A 話そのものは、本当に面白かったです。「どうなるんだろう?」「真相は?」と興味を引かれ、一気に読みました。

青木 リーダビリティは非常に高いですよね。

編集G そこは大きな長所だと思います。その長所を生かしつつ、まとまり感のある話にするにはどうしたらいいのか。選評を参考にしながら再考してみてほしいです。

編集A 読者を楽しませようという意気込みが、すごく感じられる書き手なのは頼もしいですね。期待して次作を待ちたいと思います。