第228回短編小説新人賞 総評
編集A 今回は、「情報の出し方」について話し合っていきたいと思います。
青木 今回の候補作は、どれも文章はうまかったと思います。ただ、もう少し効果的な情報提示をしてくれていたら、もっと話に入り込んで楽しめたのに、と感じるところもけっこうありましたね。
編集G ちょっと説明がうまくできていなかったり、そもそも情報が出されていなくて分かりにくかったり、というところが目につきました。なので、今回取り上げたいのは、「的確に読者に理解してもらうための情報の出し方」、ですね。
編集A 『冬乙女の口づけ』は、まずなんといっても、登場人物が多すぎました。家系図が必要になるくらいの多さでしたね。
編集C 作者の頭の中には実際に家系図が用意されているのかもしれないけど、読者は予備知識ゼロの状態から読むわけですから、「〇〇が」「××が」と次々に登場させられても、覚えられないです。
編集A キャラクターの多さそのものが悪いわけではないんです。長編作品なら、たくさんのキャラが登場してきても特に問題はない。ただ、30枚の短編にこの人数は多すぎました。
編集B 情報は、多すぎると読み手の負担になります。作品の面白さを味わってもらうためには、いかに読者の負担を少なくするかということも考慮した方がいいですね。
青木 あと、複数のキャラクターを描くときに、誰にどのくらい重点を置くかということも意識した方がいいです。10人の登場人物がいるとして、全員を均等に描写したら、その物語の中で誰が、そして何が重要なのかが分からなくなってしまう。例えば本作の場合、全体を10とするなら、主人公のアルドナと、「過去の女たち」の代表としてのルータ、そして「その他の女たち」を、4:4:2くらいの分量で描くとか、描写量の配分にも注意を払った方がいいと思います。
編集A 主役であるはずのアルドナに、なぜかあまり焦点が当たっていなかったですよね。だから読者も、この話をどういう方向で受け止めればいいのか、戸惑ってしまった。
青木 はい。だからまずは、誰に重点を置くのかをはっきりと決める。それから、キャラクターの重要性によって描写に濃淡をつける。メインのキャラクターは数人に限定してしっかりと描写し、それ以外の人物はさらっと描くという風に差をつけるといいかなと思います。
編集G また、「冬乙女」とは何なのかというあたりの説明が、ちょっと不足気味でした。ファンタジー作品は、作者が説明しない限り、読者は設定を知りようがない。何もかもを説明し尽くす必要はありませんが、重要な要素に関しては、なるべく早めにちゃんと情報提示することを心がけてほしいですね。
編集B 『あの日々/あの日々』についても、まずは主人公と青木君の元々の関係性を、最初のあたりで描く必要があったと思います。
編集A 加えて、主人公の人となりもね。そこがわからないと、そもそも主人公の語りを信じていいのか、それすら読者は判断できない。
編集F 主人公は気のいい男の子。そして、二人は仲のいい友人同士。そういう土台があってこそ、バスの中で青木君から「俺はお前にいじめられていた……」とふいに告げられるシーンが、衝撃になるわけですからね。
編集E ただ、本当にいじめではなかったのかどうかは、かなり怪しいようにも思えます。過去のエピソードは、もう少し程度を抑えたほうがいいと思う。まああくまで、作者の頭の中の設定でも「本当にいじめではなかった」という真相であるならば、の話ですが。
編集C ラストで急に友情話になって収束するのも、読者はちょっとまごつきますよね。青木君が「あいつは死んだよ」なんて、悪趣味な大嘘をつくのも、やりすぎに感じました。青木君の気持ちの流れは、今ひとつ理解しにくかった。彼の人となりについても、もう少し情報がほしかったです。
青木 この作品に関しては、キャラクター表を一回ちゃんと作ってみたほうがいいと思います。青木君と坂田君は、キャラとして結構似てる感じですよね。それぞれの性格、家庭環境、過去のエピソードと、その時どんな感情を抱いたかなど、詳しい人物情報を書き手が事前に把握していたら、二人の差異や認識のズレみたいなものが、もう少し自然ににじみ出たのではと思います。
編集G 『サクラメント』は、主人公の現況そのものに疑問が多く、話に入りこめない読者が多かったですね。
編集C 主人公が今辛い状況にいるからこそ、夢のような世界にどっぷりハマってしまうことに納得感が生じるわけですが、そもそも、その「辛い状況」に必然性がないように感じられてしまいます。
編集E 現状では、多くの読み手が「離婚すればいいだけでは?」と思ってしまいました。現実には、離婚したくても様々な事情があってできない夫婦がいると思いますが、小説ですから、この話を成り立たせるためには、「主人公がどうしても離婚できない理由」を考え、読者に提示する必要があったと思います。
青木 夫のケイさんの人物像も、今ひとつ上手くつかめませんでした。「支配的」という設定の割に監視の目がゆるかったりして、どこまで「ひどい夫」なのかということがよくわからなかった。このあたりも情報不足かなと思います。
編集E 読者が主人公に理解なり共感なりを示しやすい設定づくりや描写を、もうちょっと意識できるといいですね。
編集C 「推し」に関する描写も、同じようなことが繰り返し語られていたりするので、もう少し内容を整理した方がいいと思います。
編集G 『浅ましき化け物』は、とにかくもう、いつの時代の話なのか教えてほしい。
青木 最初の方で、ちらっと何か書いておくだけでよかったのにね。非常にもったいなかったです。ちょこちょこいろんなワードが出てきてはいて、それで匂わせているつもりだったのかもしれないけど、決定打にはならないものばかりでした。もう少しわかりやすく読者に伝えてほしかったです。
編集G 「人魚」に関する設定も、よくわからなかったです。この人魚を食べたら、不老長寿になるのか、それとも不老不死になるのか。食べるのは一回だけでいいのか、ダメなのか。鱗にはどんな効能があるのか。そもそもこれは人喰い人魚なのか。そういったことが全部曖昧なまま、話が終わってしまいました。
編集B 作者の中にはイメージがちゃんとあるのかもしれませんが、それは読者にはわからないです。特にこういうファンタジー要素に関しては、読者は「まるっきりわからない」のです。
編集G 小説において、「人魚」はかなりポピュラーなアイテムですが、作品によって設定は違います。「この作品中の人魚はどういう設定なのか」ということは、事前にしっかり固めておいた上で、描写や説明で伝えてほしい。
編集I また、「人魚」以外のところでも、矛盾点や疑問点はちょっと多めでした。読者に疑問を抱かせないような説明なり描写なりを、もう少し意識した方がいいと思います。
編集D ただ、読者に理解してもらおうと、設定を長々と全部説明したりするのは避けてほしい。必要な情報は、あくまで描写の中にさりげなく混ぜ込む。きっちり説明しきらなくても、読み手に正しい方向で察してもらえれば、それでいいんです。
編集B 今回は全体的に、書き手に客観的視点が欠けているところがやや目につきました。自分にとっては当たり前であっても、他人から見ると全然当たり前ではなかったりすることは、よくあります。自分の常識と他人の常識は違う。それを念頭に置いたうえで、いかにその「他人」に分かってもらうかを考えてほしいです。
編集E 書きながらでも、書き上がってからでもいいですので、「こういう書き方で読者にうまく伝わるかな? 納得してもらえるかな?」ということを、何度も自問してみてほしいですね。そういう目線が作者の中にあるだけでも、出来栄えはだいぶ違ってくると思います。
青木 今回はどの作品も、企みや効果的な演出などがあり、とても面白かったです。文章も総じてうまいと思いました。そこに客観的な視線が加われば、さらに読者を引き付けられる物語になるだろうと思います。各作品とも、指摘点は結構多めではありましたが、意外と直しやすいところでもあると思います。ぜひ選評をよく読み直して、作品の完成度を上げる一助にしていただきたいですね。