第227回短編小説新人賞 選評 『プロポーズは三度目に』樹れん
編集C なんともかわいらしいお話ですね。文章は素直で読みやすく、引っかかるところもほとんどない。30枚をノーストレスで読めました。
青木 登場人物たちも、作者も読者も、誰もがハッピーになれる作品ですね。
編集C 主人公がイケメンと幸せになる展開は、一歩間違うと、主人公が読者から嫌われてしまいかねない。でも、この主人公の好感度は非常に高いです。こういうヒロインを描けるのはすごいなと思いました。
編集B ストレートど真ん中のお話を、非常に丁寧に描けていましたよね。
編集C こういう直球な話って、書くのは逆に難しいと思います。たんに書くだけならともかく、読者に反感を抱かせずに面白く書くのは難しい。
青木 そうですね。泣かせるより笑わせるほうが難しいし、ひねりのある話より単純な話のほうが難しい。ひねりがあるということは、それだけでもうドラマチックであるということです。そういう読者の気を引きそうな要素を持ち込まないで面白い話を書くのは、かなり難易度の高いことです。
編集C 何気ないごく普通の生活の中での、女の子の恋心とか、恋人たちのやり取りとかの描き方が、非常にうまかったと思います。例えば、真鷹さんのカーディガンに洗濯ハンガーでついた跡が残っているのを見て、胸がきゅっとなって恋に落ちたとか。
青木 真鷹さんが鴨居に頭をぶつけたとき、保冷剤で冷やしてあげていたら、頭をあずけてくれて嬉しかったとかね。
編集B 主人公がバイト中にミスして落ち込んでいたら、「余ってたから」なんて言い訳しながら、おいしいチーズを差し出してくれたところとかも、よかったです。
編集H 「気にするなよ」とか「元気出せよ」みたいに言葉で慰めるんじゃなくて、優しいミルク味のチーズを持ってきてくれたというところに、真鷹さんの不器用さと温かさが出てますよね。
編集C 真鷹さんがシェフであるということとも、ちゃんと繋がっているエピソードになっています。
編集H 「同棲を始めるとき、長身の真鷹さんが中腰にならなくてすむように、高めのテーブルを選んだ」なんてところにも、さりげないリアリティーがある。登場人物たちが、作品内で本当に「生活」をしているんだなと感じられます。
青木 生きたキャラクターになってますよね。主人公はごく普通の女性ですが、彼女の恋する気持ちがとても丁寧に描かれているので、「陽凪ちゃん」という輪郭のあるキャラクターになっていました。真鷹さんもまた、「主人公の恋人役」ではなく、「真鷹さん」という固有の人物として描けています。
編集B しかも、そのキャラたちを魅力的に描けていたと思う。陽凪ちゃんは応援したくなる女の子だし、真鷹さんも優しくて素敵ですよね。主人公が恋するのもよくわかる。
編集C 主人公の恋人をせっかく「長身のイケメン」に設定しても、設定だけで終わらせてしまっている書き手は多いと思います。でもこの作品は、「真鷹さんは長身」→「だから鴨居に頭をぶつける」→「冷やしてあげてたら、頭をあずけてくれた」→「心を許してくれてることにキュンとした。結婚したくなった」というふうに、設定や要素が、ストーリーの流れにちゃんと絡んでいる。
編集B 互いに想い合っている恋人たちのお話で、読んでるこちらもキュンキュンしますよね。
編集I うーん、私はちょっと物足りなさを感じました。そのうち何かが起こるのだろうと思って読んでいたのですが、結局何も起こらなかった。かわいらしい恋愛物だとは思うのですが、もう少しストーリーらしきものがあってもいいのではと思います。
編集G 同感です。「結婚したい!」→「プロポーズしよう」→「うまくいった。終わり」では、あまりに他愛なさ過ぎると思う。正直、拍子抜けしてしまいました。
編集F いや、私は山あり谷ありの話だと思いますよ。主人公の心の中はジェットコースターのように激しく揺れ動いていますから。
編集H プロポーズって、人生の一大イベントですよね。しかも主人公は、過去に二回フラれていますから、うまくいくかどうか自信がない。
編集F 真鷹さんは優しい人だけど、「結婚」となると、また話は別かもしれない。相手の気持ちがわからないから、主人公も思い悩みますよね。そういうあたりの心情はすごく丁寧に描けていて、よかったと思います。
編集H こういう恋愛物の醍醐味って、「彼は、私のことどう思ってるの? 好きなの? 好きじゃないの?」っていうハラハラドキドキだと思います。真鷹さんはキャラ的に、内面がわかりにくいですよね。ベタな愛情表現が苦手で、「好きだよ」なんて言ってくれそうにないタイプに見える。だから主人公も迷うし、読んでいるこちらもドキドキできます。
編集D ただ、二人はすでに一年も同棲しているわけですよね。関係はすこぶる良好。真鷹さんは35歳で、手に職があって、仕事も順調です。主人公もしっかりと働いていて、問題は何もない。この状況で女性側からプロポーズされて、「いや、結婚はまだ考えられない」なんて返事をするとしたら、私は真鷹さんの人間性を疑ってしまいます。
編集A 真鷹さんが主人公を二回フッたのも、「自分では相手を幸せにできないかもしれないから」ですよね。相手を思いやって断ったわけです。その真鷹さんが、いま主人公と同棲しているということは、真鷹さんの中では迷いが吹っ切れているはずではないでしょうか。
編集E 同感です。いくらアパートの取り壊し問題があったからって、真鷹さんは、ちゃんと責任を取る覚悟がないうちは同棲なんてしないだろうと思います。そこは陽凪ちゃんもわかっているだろうと思うのに、あまりに悶々と悩んでいるのが、ちょっとしっくりこない。二人が付き合い始めた後、同棲を始めるまでの間に、もうワンエピソードあってもいいのではと思います。
編集D 結婚の覚悟もないまま、真鷹さんは自分よりずっと若い女の子と同棲を始めたのかと思うと、すごく引っかかりますね。
青木 はい。ましてや、真鷹さんは陽凪ちゃんより十歳も年上。どんな事情があったにせよ、将来のことも考えずにずるずる一緒に暮らし始めたということなら、ちょっと許容しがたいです。同棲するなら、「結婚を前提に」くらいのことは言っておいてほしいですし、そうでないと、「真鷹さん」というキャラクターにもそぐわないと思います。
編集A 真鷹さんのキャラクターは、私にはよく分からないところがありました。彼と陽凪ちゃんは、順調に同棲生活を送れていますよね。二人の息が合っているなら、結婚しても問題はなさそうなのに、陽凪ちゃんは「断られるかも」とひどく危惧している。そう思わせるものが真鷹さんにあるということでしょうけど、一方で真鷹さんは、すごく優しくて思いやり深くて責任感のある人として描かれています。人物像がなんだかつかみにくかった。
編集C 施設育ちだから、「家庭を持つ」ことに不安がある、ということだと思います。経験したことがなくて、イメージできない。
編集B 「家庭」に夢を持てないんでしょうね。というか、誠実で優しい35歳の大人の男性が、「君を好きだけど、結婚はできない」となるシチュエーションってどんなものだろうと考えていったら、こういう設定になったということなのでは?
編集A まさにそこです。この「施設育ち」という設定には、装置感がある。この要素ひとつで、真鷹さんというキャラクターの説明を簡単に済ませているように感じられて、引っかかりました。
編集H 確かに。最初に読んだときには、なんとなく納得させられたのですが、じっくり読み返してみると、「施設育ち」=「愛情が薄い」みたいな図式になっているのは、少々気になりますね。
編集A 「施設育ち」というのは、かなり重い設定ですよね。そのうえ、「施設育ちだから〇〇」という理由づけを話に持ち込むのは、人物の描き方として、ちょっと安易な方法かなと思います。陽凪ちゃんの心情はとても丁寧に描けているし、プロポーズ前の緊張感あふれる描写などは素晴らしかった。それだけに、真鷹さんの人物造形がやや平板に感じられてしまいました。
青木 確かに。真鷹さんの気持ちがわからないからこそ、ハラハラドキドキで話が盛り上がるのは分かりますが、「真鷹さん」というキャラについては、もう少し細やかに掘り下げてほしかった。それに真鷹さんは、「自分は施設育ちで、人を愛せないかもしれないから」というのを理由に、常に一歩引いてますよね。陽凪ちゃんの方ばかりが、いつも一生懸命に二人の距離を縮めようと奮闘している感じで、なんだかかわいそうだった。陽凪ちゃんのことを真剣に想っているのなら、真鷹さんにももう少し、自分の気持ちを伝える努力をしてほしかったです。
編集A 「施設育ち」という設定はなくして、真鷹さんはまじめでしっかりした大人の男性だから、十歳も年下の女の子と付き合うことを最初は本気で考えられなかった、という流れでもよかったのではないでしょうか。
青木 そうですね。それに、現在シェフである真鷹さんは、修業期間も長かっただろうと思います。一人前の料理人になることに必死で、女性とはあまり付き合ってこなかったかもしれない。そこへ、十歳も年下の陽凪ちゃんが現れた。本当なら経験豊富な大人の男性として優しくリードしてあげたいところだけど、どうにも自信がない。だから、懸命に愛の告白をされても、最初は尻込みしていた。というような設定でも、この話はじゅうぶん成立したと思います。
編集C 「真鷹さんの悲しい過去」は、この作品において必ずしも設定する必要はなかったですね。ただまあ、多くの投稿者はそういう設定を入れがちだし、「彼がどんなに辛かったか」みたいな描写に分量を割きがちだと思います。それを考えれば、この作者はそこを最小限に抑えることができていると思う。
青木 主人公の気持ちを描くだけで、最後まで物語を維持できているのは、すごいと思います。
編集B 最初にも言いましたが、主人公がイケメンとストレートに幸せになる話を、読者に嫌われずに面白く描けているのは、たいした手腕だと思います。こういう話、なかなか書けませんよね。
編集A この主人公は、ちゃんと努力している。告白してOKをもらって終わりではなく、常に相手を気遣い、二人の関係をより一層確かなものにする努力を続けています。だから読者も、嫌な気持ちにならないんだろうなと思います。
編集F 今回だって、「結婚したい!」と思ったとき、主人公は相手からさせようなんて全く思っていませんよね。当然のように、「私からプロポーズして、成功させるぞ」と精一杯準備している。だからこちらも、「がんばれー!」って気持ちで読めます。
編集A エピソードが非常に細やかで、小説としての精度が高い。具体的な行動とか仕種とかを通して、キャラクターを描き出せているのはとてもよかったです。
青木 真鷹さんは「長身・イケメン」だけど、それが記号になってはいなかったですよね。キャラクターがしっかりと立っている。
編集A この作者なら、例えば恋する相手が身長の低い男子であっても、読者がキュンとする恋愛物を書けると思います。恋する女の子の気持ちを、とても上手にセンスよく描けていました。
編集H 恋愛感のある話を書くのが、非常にうまい書き手だなと思います。かわいいお話だけではなく、大人の恋愛物も書けそうな気がして、期待が高まりますね。