第227回短編小説新人賞 総評

編集F 今回は「キャラ表」をテーマに話し合いたいと思います。「キャラクター表」「キャラシート」など、いろいろ呼び方はありますが、要するに、一人のキャラクターの情報を一枚にまとめた設定資料のことですね。

編集B 「身長」「体重」などの数値的なもののほかに、「性格」とか「好きな食べ物」「過去のエピソード」など、いろいろな情報を書き込んで作成します。項目や体裁などは、自由にしてかまいません。とにかく、パッと見て、作者がそのキャラクターを正確に把握できるものになっていれば、それでいいです。

青木 投稿者さんたちには、ぜひこれを作ってみてほしいですね。毎回作るかどうかは別にしても、一度は「キャラ表作り」を経験してみてほしいです。ついでに、「相関図」も作ってみると、なおいいですね。これは、キャラクターたちの関係を、簡単な図表にしたものです。こちらも体裁は自由でいいのですが、よくある例としては、中央に主人公を置き、その周囲に脇キャラを配置して矢印で結び、関係性や相手に抱いている思いなどを矢印の横に書き込みます。例えば、主人公から人物Aへの矢印は「友情」だけど、人物Aから主人公への矢印は「友人の振りをして利用している」だったり。

編集E 投稿作を読んでいると、「もしこの作者がキャラ表や相関図を作っていたら、読者が疑問を感じるような書き方をせずに済んだのではないか」と思えることが、結構ありますよね。

編集A 自分の作ったキャラクターを、作者自身がまだ把握できていないのでは? と感じることは割と多いです。例えば、今回の『スピカ』では、メインキャラの二人の関係性や言動について「よく分からない」という感想が多く出ましたよね。これは、この二人のバックグラウンドが見えてこないから、というところも大きかったと思います。だから、二人の気持ちや考えがうまく読み取れないし、描写に納得感がない。

編集D この二人のキャラ表にはぜひ、「将来の夢」とか「遥(将暉)のことをどう思っているか」みたいなことも、あらかじめ固めておいてほしいですね。

編集G 「親の職業」や「親の年収」とかの項目も欲しいです。音楽家を目指すには、かなりのお金が必要ですから。そのあたりがはっきりすると、二人の「家庭環境」も見えてきます。

青木 そうですね。『スピカ』の場合、キャラ表より前に、まずは「音大生になるには」みたいなことを調べたほうがいいかもしれない。ピアノの値段は? ピアノ教室の月謝は? ハイレベルな先生の個人レッスンを受けるにはどうしたらいいのか。謝礼金の相場は? 音大を受験するには等々を調べていくうちに、「けっこう費用がかかるな」「それを出せる親って、どんな仕事をしているんだろう?」みたいなことも考えますよね。それにより、主人公の設定がどんどんくっきりしてきます。

編集G 一方の遥君ですが、彼は「天才少年」ですよね。6歳の時点で、すでに高名な師匠に弟子入りしていた。「親の都合で田舎に引っ越してきた」ということですが、でも、こういう状況なら普通、親の片方が東京に残って、遥君に専門教育を受けさせ続けるんじゃないかな。それとも、この「親の都合」というのは、「両親が離婚して、遥君は母親に引き取られ、母方の実家に越してきた」みたいなことなのでしょうか?

青木 もしそうだとするなら、田舎で働くシングルマザーが、いかに天才とはいえ、息子を海外留学までさせられるのかは、かなり疑問ではあります。それとも、実家が裕福なのかな。あるいは、遥君は才能を高く見込まれ、「レッスンはタダ」「学費無料の特待生」みたいな待遇を受けているのでしょうか。

編集B あるいは逆に、お母さんは身を粉にして働きまくって、息子にピアノを続けさせているのかもしれない。遥君はそれがわかっているから、「左耳がおかしい」ということをなかなか言い出せなかったのかも。それなら、14歳の時点で左耳の不調がわかっていたのに、海外留学までしながら、何年も悪化させるままに過ごしていたことの不自然さも、多少やわらぎます。

編集G それに、もしそういう事情を抱えているなら、遥君の「ピアノ」にかける思いの深さに、また別の説得力が生まれますよね。遥と将暉の家庭に経済格差があったりすれば、それによってさらにドラマが生まれる。

編集A 遥はなぜ星が、中でも特に「スピカ」が好きなのか。どんなきっかけでそうなったのか。そういう「過去のエピソード」は、キャラ表にどんどん書き込んでいってほしい。エピソードや設定を突き詰めて考え、キャラ表を使って情報を整理していけば、「遥」というキャラクターがさらに立体的になっていくと思います。

青木 遥君の病名は何なのかとか、「海外」とはどこなのかとか、そういうあたりも、作中に出さなくてもいいけど、作者の中には設定を用意しておいてほしいです。

編集G 『トンネル』においては、なんといっても、「新島さんのお父さん」と「新しいお母さん」のキャラ表を作ってほしいですね。

青木 そこにもし、「実は妻を殺害した」とか「不倫していた」とかって情報があれば、それは作中に自然に表れてくるだろうし、逆に、「娘のことが心配で、再婚を急いだ」という情報があれば、これまた、そういう雰囲気が自然に描写に出てきただろうと思います。

編集B 『幸福な孤独』に関しては、「このキャラクターは、こんな台詞を言わないのではないか?」、というような疑問を感じることが多かった。キャラのブレみたいなものが気になりました。こういうあたりも、キャラ表を書くことで防げるのではないかと思います。

青木 時系列も、ちょっとわかりにくかったです。この作品に関しては、キャラ表に加えて、年表みたいなものを簡単に作成してもよかったのではと思います。そうやって全体を把握すれば、おそらく逆に、「この話に、清美さんの事件はあんまり関係ないな」「失踪少年のテレビ番組は、もっと関係ないな」ということに気づけたのではと思います。

編集E 一点気をつけてほしいのは、キャラ表に書いたことを、作中に全部入れ込もうとはしないでほしいということです。

編集C つい盛り込みたくなってしまう気持ちは分かりますが、キャラ表はあくまで、作者が自分のキャラクターをより深く理解し、作品に出す情報を整理するためのものですからね。

編集A 例えば、「好きな色」とか「好きな食べ物」とかを決めてキャラ表に書くのはいいのですが、表を埋めること自体が重要なのではありません。「青が好き」なキャラクターを設定したなら、「なぜ青なのか?」を、作者は掘り下げてほしい。「子供の頃、海の見えるところに住んでいたから」みたいなエピソードが背景にあってこそ、設定が活き、キャラクターに奥行きが生まれます。

青木 ただ、本編を書く前にキャラクター情報をきっちり決めようとすると、かえってうまくいかない書き手もいると思います。何を隠そう、私がそうなんですけどね。だから私は、とりあえず先に一回、ダーッと話を書いて、書き終えてから改めてキャラ表を作り、それを元に一から修正していく、というやり方をよくしていました。

編集B 後から答え合わせをする感じですね。

青木 はい。私は、まずは一回書いてみて、そこからばっさり削ったり、また一から書き直したりすることが多いタイプなので。私みたいなタイプの人はそうやって書いてもいいし、最初にキャラ表を作ってから物語を考えていくほうが向いている人もいると思います。自分に合ったやり方を模索してみてほしいです。

編集G 作品ごとに、アプローチを変えてみてもいいですしね。キャラ表は作らないけど、プロットをあれこれ考えているうちに、人物像やバックグラウンドが自然に決まってくる、という場合もあると思います。

青木 向き不向きとかもありますしね。やり方は、人それぞれでいいと思います。でもとにかく、キャラ表をまったく作ったことがないのであれば、一度はトライしてみてほしい。「自分の作ったキャラなんだから、わざわざキャラ表なんて作らなくても、ちゃんとわかってる」と思うかもしれないけど、実際に作ってみると、思いがけない発見があったりするんです。「この人、こんな一面があるのか」とか「過去にこんなことがあったのか」とか、思ってもみないひらめきが湧いたりする。

編集B 実際に手を動かして、「キャラ表を作る」という作業をすることによって、そのキャラクターの解像度が上がるということですね。

青木 はい。「文章力を上げる」とか「テクニックを磨く」なんていうのは、どう努力すればいいのかわからないところがありますけど、「キャラ表を作る」というのは、やりさえすれば誰にでもできることです。ただやればいいだけなのですから、やらない手はないと思いますね。それに、自分の作ったキャラクターのことをあれこれ考えるのって、単純に楽しいです。

編集A 『プロポーズは三度目に』の中で、陽凪ちゃんが真鷹さんのことをずっと考えていますよね。もしこうしたらどう反応するだろう、こんなことを言ったら嫌がられるだろうか、あのときの彼はどういう気持ちだったんだろうって。「このキャラはこういう時、こういう反応をする」と明確に思い浮かぶというのは、つまり作者が解像度の高い生きたキャラクターを作れているということだと思います。真鷹さんのキャラクター像に関しては、「施設育ち」という設定で済まされているところが若干気になりましたが、とにかく陽凪ちゃんは真鷹さんのことを心から愛しているんだなというのは、作品からすごく伝わってきました。投稿者さんたちには、ぜひこの陽凪ちゃんと同じくらいの熱量で、自分のキャラクターに愛情を注ぎ、一心に考えてあげてほしいです。

編集G 30枚の短編ですから、そこまで詳細な設定表を作りあげる必要はないかもしれませんが、キャラ表を書くのにも慣れは必要かと思いますので、いい練習になると思って、楽しく取り組んでみてほしいですね。

青木 今は私も、さすがに書き慣れてきましたので、特にキャラ表を作ったりはしていないです。でも、一時期はかなりじっくり取り組みましたね。それにより、学ぶことは多かったです。今後だって、書き詰まったときには、またやるかもしれない。それは苦ではないですし、投稿者さんたちにも、苦にしてほしくないです。せっかく自分が作ったキャラクターなのですから、「あなたはどんな子なの?」って優しく問いかけながら、じっくりと理解を深めていってほしいですね。