第226回短編小説新人賞 選評 『ターミナル・ダイブ』青葉梟

編集E 批評に入る前に確認しておきたいのですが、登場人物の性別が、いまいち明確ではなかったですよね。「丹(まこと)」というのは、男女どちらにも使える名前です。この主人公は女の子? それとも男の子ですか?

編集A 女の子でしょう? 私は、主人公が女子、タニシが男子、と思って読んでいました。

編集G 私もです。特に疑問は感じず、そう読んでいましたけど。

青木 私も同じですね。主人公は女の子だと思って読みました。

編集E 私は、主人公もタニシも男の子だと思っていました。男の子同士の、ちょっと切ない友情話かと。仲良くなれた途端、相手はもう死んでいると知らされるという。

編集B 私も、二人とも男子だと思って読んでいました。「丹」という漢字を「まこと」と読ませる名付け方は、男の子の場合だろうなという気がしたので。

編集D 私はまた別の解釈です。淡い恋心が根底に流れている青春もので、主人公は男子で、タニシが女子だと思って読んでいました。ただ23枚目で、主人公のお母さんが、タニシのことを「田西君」と言っていますね。ここで初めて、「タニシは男の子だったのか!」とわかって、すごくびっくりした。それまでの読みが一気に覆されてしまいました。

青木 この「田西君」の箇所は、根拠になり得るでしょうね。タニシが男の子なのは、まず間違いないと思います。ただ、主人公の性別については、現状では決め手がありませんね。

編集A 女の子だと思いますけどね。だって、お母さんがすごく心配してるじゃないですか。「暗くなる前に帰りなさい。遅くなるときは必ず連絡しなさい」って。

編集C でも、話の舞台が相当の田舎なのであれば、夜は本当に真っ暗になりますからね。

編集A いや、でも、高校生ですよ? 高校生にもなった男の子に、「日が暮れる前に家に帰ってきなさい」なんて言わないんじゃないかな。だから無意識に、「丹は女の子」と思って読んでいました。

編集F 私もです。それに丹は、友人との付き合い方に悩んでますよね。課題を写させろとか、ケータイのメッセージに素早く対応しろとか要求されて、すごく嫌なんだけど、孤立するのも怖いからずるずると従っている。こういう人間関係のありようは、まさに思春期女子のものかなと思います。男の子は、あまりこういう感じにはならないんじゃないかな。

編集H でも、タニシは丹に、「まずシャワー浴びりい」とか言ってますよね。いくら小学生のときの同級生だとしても、久しぶりに会った高校生男女としては距離感がおかしいと思います。

編集A それは確かに。「シャワーを浴びている間に、服を洗濯して乾かしておいてあげる」みたいなことも言っていますが、さほど親しくもない男子と女子との会話としては、変ですよね。

編集H 二人の会話には方言が混じってますよね。実は私は、この方言にはすごく聞き覚えがある。この作品の舞台は、私の出身地に近い地域ではないかと思います。たまたま知っているから申し上げるのですが、ここで話されている方言には、「男の子は(女の子は)こうは言わないだろうな」というものが含まれています。そこから推測すると、私には丹は男の子のように思えました。ただ、妙に標準語っぽい言葉も混ざっているので、断定もしにくいのですが。

編集A もし丹が女の子だとしたら、異性のタニシの家にこんなに気安く上がり込むのは、ちょっと不自然かなと感じますね。とすると、丹は男の子なのかな?

編集D 私はこれを、男女の話だと思っていたから、家に上がったりシャワーを浴びたりという展開が、ドキドキ感があっていいなと思っていました。悩みを抱えた男の子がずぶ濡れになって橋の上でうずくまっていたら、ちょっと疎遠になっていた幼馴染の女の子が通りかかって、家へ招いて世話を焼いてくれた。明るい笑顔で元気づけてくれた。もう恋の予感しかしない! と、ときめいていたのですが、終盤で急にタニシが男の子だとわかって、「ええっ!」とショックを受けました。まあ、こちらが勝手に期待しちゃったんですけどね。

編集G いえ、これはけっこう重要な問題だと思います。もし登場人物たちが小学生なら、性別はさほどストーリーに影響しないかもしれないけど、この二人が高校生である以上、男の子なのか女の子なのかは、もう少しはっきり示しておいた方がいい。丹とタニシが「女子/男子」なのか、それとも「男子/男子」なのかによって、この話の雰囲気や読み筋はだいぶ違ってくると思います。

青木 そうですね。性別を明らかにしなくても成立する小説というのは確実にあると、私は個人的には思っていますけど、この作品においては、もう少し性別を読み取れる描写なり情報なりがあった方が良かったように思います。

編集D 今作は、「あえて性別をあいまいにしよう」という意図で書かれたものだとは感じられないです。だったらやはり、メインキャラクターの性別くらいは、読者がすんなり読み取れるような書き方になっていてほしかったですね。

編集B 作者は、こんなにも読み手が「登場人物の性別がわからなかった」ことに、今ごろ驚いているかもしれないですね。おそらく作者の中では、二人の性別ははっきり決まっているのだろうと思います。書き手にとってはわかりきっていることなので、つい書き漏らした、ということなのでしょうね。ただ、作者が書いていないことを、読者は読み取れないです。ちょっとまだ、「必要な情報を読者に伝える」ということに、書き手の意識が及んでいないような印象を受けます。

編集E ほんのちょっとの描写があれば、それだけでいいんですよね。例えば、タニシが登場してきた場面に、「この蒸し暑さの中で、なぜか学ランのボタンを上までぴっちり閉めている」みたいな一文でもあれば、読者は「タニシは男の子なんだな」と分かります。ついでに、いったん読み終わってから読み返したとき、「彼はもうこの世の人ではなかったから、暑さとか関係なかったんだな」「作者は最初から、ヒントを出していたんだな」と思ってもらえる伏線にもできる。

編集B 丹についても、例えば冒頭の電車のシーンの中で、制服のスカートのすそを気にする一瞬があるだけで、読者は、「主人公は女の子なのね」と思ってこの話を読み始めることができます。やり方は色々あるし、そんなに難しいことでもない。ただ、基礎的な情報を、早い段階で過不足なく盛り込むには、客観的な視点が必要です。「この物語を初めて読む人に、疑問を抱かせない書き方ができているかな?」ということを、書き手には常に意識していてほしいですね。

編集A そういえば、例の「シャワー浴びりい」の場面にも、引っかかるところがありました。「(丹は)急いで洗面所に向かった」のすぐ次の行で、「丹は再び制服を着て~」となっていますよね。結局丹がシャワーを浴びたのかどうか、これではよくわからない。「再び制服を着た」のですから、一度は脱いだということだろうなとは思うのですが、それにしては「シャワーを浴びた」描写が丸々すっぽ抜けています。この2行の間に、どれくらいの時間が経過しているのかもわからない。

編集D 「シャワー浴びりい」と言いながら、タニシが「風呂の準備を始める」のも変ですよね。

編集C 描写の塩梅が、ちょっとうまくいっていないなと感じます。書くべきところが抜けているかと思えば、細かく描写しすぎて、かえってわかりにくくなっているところもありました。例えばラスト近くの、「RAINの隣にある雲のようなマークをタップした」のあたりは、一体何を言わんとしているのか、理解するのに時間がかかりました。

編集E 確かにちょっとわかりにくいですよね。ここは要するに、スマホを新しくしたから、クラウド上のSNSアプリを改めてダウンロードした、ということを書いているんだと思います。iPhoneユーザーにしか伝わらない描写になってしまっていますが。

編集B RAINというのは、LINEのもじりでしょうね。でも、ここは「LINE」のままで良かったと思います。実際に存在するアイテムを登場させていいものか迷って、部分的に変えたのかもしれませんが、こういう使い方であれば問題ないのでそのまま使ってください。

編集E あるいは、主人公は気象予報士志望らしいですし、「RAIN」「雲」「(アイコンが)晴れる」と、作者天気にまつわる描写でいろいろ関連づけているのだろうと思います。ただ、話の本筋には関係ない部分なので、かえって余計な描写になってしまっていますね。

編集H ラストの場面で、「川に真っ黒な鯉が泳いでいた」というのもなんだか唐突で、「え、鯉? なぜ鯉?」と戸惑ってしまいました。ここで初めて出てくるアイテムですよね。どういう意味で投入されているのか、よくわからなかったです。

編集E しかもこの川は確か、ポイ捨てされたゴミだらけで濁りきっていたはず。そこになぜか、今は鯉が泳いでいるのが見える。描写やイメージに齟齬が生じているように感じます。

青木 この「鯉」に特に意味はないでしょうね。おそらく作者は、主人公がタニシの冥福を祈って投げた花束が、魚の泳ぐ緩やかな流れを下っていく美しいラストシーンを描きたかったのだろうと思います。ここは単に、「魚が泳いでいるのが見えた」、くらいでよかったのですが、不必要に細かく描写したことで、読者を混乱させてしまいましたね。

編集B この件に関しては、投稿者さん全体にお伝えしたい。過去の選評で、「この作品はディテールが描けていて良い」というような言葉が何度も出てきたかと思います。でも、この「ディテール」というのは、なんでもかんでも細かく描写すべしということではありません。具体的な描写をすることによって、作品内の空気感やリアリティをより一層読者にわかってもらう。作品への理解や魅力をより深めるための、「ディテール描写」です。決して、「魚を登場させる場合は、必ずその種類を特定せよ」というようなことではありません。

編集E 意味深な細かい描写をしたり、何らかのアイテムを出したりすると、読者はそこから意味を読み取ろうとします。何を描いて何を描かないかの判断は、小説を書く際に非常に重要なポイントとなります。ここは、書き手によく考えてもらいたいところですね。

編集C 作品舞台の設定も、ちょっとよくわからなかった。ざっくり「田舎」と表現されていますが、ひとくちに「田舎」と言っても、その度合いは様々です。ここに関しては、もう少し詳しい描写なり説明なりが必要だったと思います。

編集F 多少の描写は見られます。主人公が降りるのは無人駅で、電車が到着した直後だけ、駅前ロータリーが迎えの車で込み合うとか。ということは、駅から出ているバスはない。かなりの田舎ではありそうですよね。

編集H いや、本当の田舎だったら、車は一人一台でしょう。基本、電車には乗らない。そして、過疎地域に向かって走っている電車なら、満員になったりもしないと思う。

編集C だから、主人公の住む町は「田舎」というほどではなく、郊外のベッドタウンくらいかなと思うのですが、家へと畦道を歩く主人公の周りには田園風景が広がっていたりする。なんだかちぐはぐな感じで、具体的なビジュアルを思い描くことが難しかった。たぶん作者は、自分の知っている場所を脳裏に描きながらこの作品を書いたのではないでしょうか。そのためここでも、「作者にとっては当然」である説明や描写が、いろいろ抜けてしまったのではと思います。また、細かいようですが、「ディーゼル」は電車ではないです。語句の用い方には、もう少し注意を払って欲しいですね。。

青木 「地方感」の出し方の塩梅って、実はすごく難しいんですよね。私もいまだに苦労しています。でも、今作において「舞台が片田舎である」ことはけっこう重要だと思いますので、やはりもう少し情景をしっかりと読者に伝えたほうがいいなと思います。いっそ冒頭から、具体的な地名をはっきり出してもよかったんじゃないでしょうか。方言とかから鑑みるに、この話は九州地方が舞台ですよね。だったらもう冒頭で、「博多駅から〇〇に向かう電車は、××駅を過ぎると途端に乗客がまばらになる」みたいに書いておけば、と思います。それなら読者は、「主人公は都会から過疎地域へ向かう電車に乗っているんだな」ということをわかってくれます。〇〇や××は架空の地名でもいいですから、とにかく出発地点をより具体的にしておく。

編集B そうですね。「田舎」という曖昧な言葉を使っているから、読者がそれぞれの「田舎」を思い描いて、自分のイメージする「田舎」との矛盾する描写に首をひねることになる。

青木 そして、登場人物たちには、最初からバリバリの方言で喋らせればいいと思います。そのほうが臨場感が出るし、地方感も増します。作中に時々出てくる方言は、私はすごく好きでした。味わいがあっていいですよね。それに、方言を知ってる・書けるというのは、作家にとって大きな強みです。せっかくいい武器を持っているのですから、ぜひ積極的に活かしてほしい。

編集A シャワーを浴びて一息ついた丹が、タニシと話をする場面がありますよね。この箇所の方言交じりのやり取り、すごく好きでした。

編集F 私もです。短いやり取りが続くのが、高校生っぽさが出ていて、とてもよかった。久しぶりに会った二人だから、最初は多少ぎこちなかったんだけど、でも次第になじんで気を許した会話になっていって、という感じがよく出ていたと思います。

編集A 友人関係に悩んで煮詰まっていた主人公の心を、タニシ君がほぐしてくれたんですよね。

編集F ラストで主人公は、「友達がいなくなることに怯えていたけど、いざそうなってみれば、それほど大したことはなかった」という大きな気づきを得ることができている。ここもすごく良かったと思います。

編集A 同感です。思春期っぽい悩みに対して、ラストには救いと成長が描かれている。ちゃんとテーマのある作品だなと思います。

編集E ただ、主人公がそういう気づきに至る話の流れに、タニシのエピソードがどう絡んでいるのか、いまひとつわからない。主人公は、タニシと再会する前に、嫌々つきあっている友達へ思いきって拒否メールを送っています。タニシと心が触れ合ったから主人公が変化した、という話にはなっていません。主人公とタニシが一緒に過ごしている場面は、思春期少年少女の感じがよく出ていてすごく良い雰囲気だったのですが、全体としてはエピソードが有機的につながっていなくて、気になりました。

編集A 自分を利用する友達とは縁を切ったけど、主人公は一人になることに怯えてもいた。けれどタニシと気の置けない時間を過ごすことで、「やっぱり本当の友達ってこうだよね。表面的な付き合いはもういいや」と気持ちが吹っ切れたという話なのでは?

編集E そういう話にするのであれば、主人公がタニシの死を知らなかったとか、タニシが行方不明になったときに地域放送を聞いていながら何もしなかったというあたりが、すごく引っかかります。

青木 確かにね。小学校のとき同級生だったのに、名前も覚えていないというのは変ですよね。田舎なら子供の人数も少ないでしょうに。

編集D しかも、川で溺れかけて、タニシが救ってくれたなんて大事件まで忘れている。主人公にとって、タニシは命の恩人ですよね。それを忘れるなんて、中々考えられないです。

編集A 命を助けられてもどうとも思わないくらいに、主人公にとってタニシは印象の薄い人間だったということになると、田西君に再会したから友人関係の悩みを乗り越えられたという展開にするのは、ちょっと無理がありますね。

編集H ラストで主人公は、「ありがとう」というメッセージを添えて花束を流していますが、そういう読み筋にするならここは「ごめんなさい」の方がよいのでは。「忘れていてごめん」でもあり、「行方不明という放送を聞いても、何もせず、何も思わなかった。ごめん」でもある。

編集C 改めて考えると、当時の主人公の対応はけっこうひどいですよね。

編集A たぶんその頃も、主人公は人間関係とかでいろいろ煮つまって、自分のことで手いっぱいだったんだろうとは思いますが、タニシに無関心だったことをさらっと流したまま切ないラストにもっていこうとしても、読者としては引っかかりを感じますよね。

編集E タニシとの友情が、主人公に勇気と救いを与えてくれた。だから主人公は、表面的な人間関係を思いきって手放すことができた、という話にするなら、もう少しその方向で、エピソードをうまく絡めてほしかったです。

青木 あと、ずっと三人称丹視点で書かれてきた物語が、ラストの二行だけ急に神視点になっています。ここはブレないで、同じ視点を貫いたほうがいいですね。もしくはこの話なら、最初から丹の一人称で書いてもよかったのではと思います。

編集H 「丹は」で始まる文章が非常に多いのも気になりました。省ける主語は、省いていいです。律義に毎回「丹は」で文章を始めると、うるさく感じられてしまうことがありますので。

編集B テーマはすごく良かったし、作品全体の雰囲気には惹きつけられるものがありました。ただ、書くべきところと書かなくていいところの取捨選択がうまくできていなかったり、話をまとめ切れていなかったりというあたりが少々気になりましたね。でも、指摘されて気がつけばすぐ直せるところも多いと思いますので、選評を参考にしながら、新たな作品に取り組んでみてほしいですね。