第226回短編小説新人賞 選評 『銀河鉄道の夜を読んで』藤紘
編集A イチ推しの一番多い作品でした。話の雰囲気がとても良かったですね。メインキャラの二人の関係性が魅力的でした。
編集C 見るからに文系の宮園君と、間違いなく体育会系の伊東君。まったく正反対の二人なんだけど、不思議に話が合うんですよね。
編集G 純然たる友情の話で、とてもよかったです。タイトルから見ても、作者はこの二人の関係性に、ジョバンニとカンパネルラの絆みたいなものを重ねているのだろうと思います。
編集A 現状ではちょっとまだ、そこまで深い友達関係に至っているとは言えないんだけど、その予感はじゅうぶん感じ取れますね。
編集F ただ、主役の伊東君は、私にはちょっと人物像がつかみにくかった。
編集B 私もです。野球に打ち込んでいる体育会系少年という設定なのですが、その割にけっこう思慮深いというか、哲学的な思考を巡らせているというか。
編集F そうなんです。「うまく言い表せない」みたいなことを何度も語っているのですが、なかなかどうして、鋭い洞察力を発揮していることが多かったです。
青木 わかります。例えば、「プール後のけだるさや、火曜の五限のあの感覚を伊東はうまく言葉にできない」なんて書いてありますが、こういう文章が出ている時点でもう、じゅうぶんうまく言語化できてますよね。
編集A 要するに、伊東君の内面を語っているにしては、地の文がうますぎるんですよね。
編集F 伊東君が野球部に入っていて、毎日練習に明け暮れているということの実感も、作品からあまり伝わってこなかったです。
編集C 守備ではどこのポジションなのかすら、書かれてないですね。
編集F 野球の試合のシーンは一応登場するのですが、肝心の試合の内容はほぼ描かれていませんでした。母親と妹が応援に来てくれていて、これから試合が始まるのかと思ったら、すでに「負けた。終わった」と帰途についている。いくらなんでも、もう少し描写があってもよかったのではと思います。伊東君にとって「野球」はすごく大事なもののはずですから、作者にももう少し、そこの描写に筆を割いてほしかった。
青木 現状では、特に「野球」である必要性を感じませんよね。サッカーでもバレーボールでも、何にでもそっくり置き換えることができる。せっかく伊東君を「野球少年」として設定しているのですから、もっと「野球感」を出してほしかったですね。
編集B 例えば、最初に宮園君に話しかける場面で、「なんか野球関連の本で、俺にも読めそうなのない?」って尋ねるとかね。伊東君の生活とか言動に、野球がしみ込んでる感じがほしかったです。今のままでは、「野球」という要素が単なる装置に感じられてしまいます。
青木 部活に一生懸命な割に、チームメイトの影がほとんど見えないのも不自然でした。なんだか伊東君は、一人で活動しているみたいに感じられます。それに、本当に野球漬けの生活をしているなら、毎日かなりの時間を部活仲間と一緒に過ごしているはずですよね。で、その後で文系男子の宮園君と話をしたら、「やっぱり、体育部の人間とは、何かちょっと違うな」ということを感じるだろうと思います。そういうあたりの感覚も、描写に盛り込まれていてほしかった。これは「対照的な二人」の物語なのですから。
編集B 主人公の解像度が、まだちょっと低いような気がします。もう少しキャラクターとしてしっかりと立っていれば、こちらももっとのめり込んで読めたのにと感じて、残念でした。
青木 「野球」以外の部分でも、伊東君にもう少しやんちゃなところがほしかったですね。餃子なら百個は食べられるとか、体育の授業でははりきりすぎていつも膝をすりむいてしまうとか。
編集A 体育会系男子として設定されていますが、地の文を読んでいると、伊東君はむしろ思索型の男の子なのかなと思ったりします。
青木 でも……どうなのかな。伊東君を、もっと単純バカとして描いたほうが良かったのでしょうか?
編集D でも、伊東君があまりにアホ全開だと、この話自体が成立しないですよね。
青木 私は、いわゆる「アホの子」が主人公の話って、面白くて大好きです。ただその場合は、「アホの子」の一人称視点にした方が、より面白くなると思います。「アホの子話」の醍醐味って、主人公が大真面目でアホなことをやってる後ろで、読者が「違うやろ!」ってツッコミを入れられるところだと思います。三人称で書くと、それがあまりうまくいかない。
編集B どうしても、視点に冷静なものが入ってしまいますからね。
青木 今作は伊東君寄りの三人称視点で書かれていますが、伊東君の一人称で書いた方が、面白さが際立ったんじゃないでしょうか。現状でも、語り口にはユーモアがあって楽しく、ぐいぐい読ませてくれますよね。この作者なら、一人称もきっとうまく書きこなせると思います。ぜひ挑戦してみていただきたいですね。
編集E 私は冒頭の、「『ごんぎつね』の感想文」のくだりなど、すごく面白いと思いました。小学二年生からずっと同じものを使い回しているとか(笑)。
編集A さすがに先生に見抜かれてましたね。「中二にもなって、ちょっと幼いんちゃうか」って。
青木 美術の絵の課題は、「とにかく、青い海とヒマワリを描いておけばいいや」って、5分で描き殴って終了。いかにも運動にしか興味がない男の子という感じが、よく出てますよね。
編集A で、その同じ「ひまわり」という題材で、美術部の子が賞を取っていることがラストでちらりと語られていたりする。こういうあたりの書き方は、すごく上手いなと思います。
青木 伊東君はときどき、けっこう鋭いポイントを突いたりしますよね。「世の名作なんて、本当は皆ただ出鱈目にいいと言ってるだけではないのか」とか。
編集A いっぽう宮園君も、ぽやんとしてるようでいて、実はいろいろ面白い。伊東君に「なんかいい本ない?」って聞かれて、お勧めしてくるのが、なんと『論語』。
編集B この意外性はすごく面白かった。宮園君は、ステレオタイプな「読書好きの男の子」ではないですよね。ちょこちょこ意表を突いてくる。
編集E 「俺、汗臭ない?」って聞かれて、「僕結構な鼻炎もちやから」って返したりね。
編集B この二人のやり取りとかエピソードとかは、すごく面白かったです。同じタイトルの作品を、伊東は映画版だけしか見てなくて、宮園は原作小説しか読んでいないとか。
編集A 話はかみ合わないんだけど、でも不思議と会話はポンポン続いていく。正反対の二人ですが、その凸凹ぶりが逆に、いいコンビに思えてきますね。
編集D 読書感想文を、「教科書に載ってる話で書けば?」って言われて、「でもなんかダサない?」って(笑)。楽にズルしようとしてるのにね。
青木 で、宮園君が、「だ、ださい?」って。このあたりの会話は、読んでて笑っちゃいますよね。可愛いです。
編集A でも、宮園君のアドバイスに従って『論語』で書き始めてみたら、意外とスイスイ書けてしまったという展開もよかった。伊東君、実は文才がありそうですよね。そして、宮園君がそれを引き出してくれている。
編集F ただ、野球を引き合いに出して書いたという、その読書感想文がどんなものだったのか、そこは知りたかったですね。「悔しかったり嬉しかったりしたことを書いた」というだけでは、なんだかフワッとしすぎている。伊東君の語彙で、伊東君らしい文章で、どんなふうに書いたのか。そこをぜひ読ませてほしかった。
編集A 確かに。「子曰くは理想的やけど無理やろが」なんて、すごくいい意訳ですよね。こんなことが言える伊東君の感想文は、きっと面白いものになっていたと思うのに。
青木 もう少し具体的な記述があったらよかったですね。でも、ラストで伊東君から、「小説とか書いたらええのに」と言われる場面で、一瞬宮園君の顔がこわばりますよね。ここはすごく良かったと思います。たぶん宮園君は小説家志望で、でもそれを誰にも言っていなかったんだと思う。書かれていないけど、そう読み取れます。自分の秘めた思いを、伊東君は何でもないことのように、さらっと言い当ててくれた。宮園君きっと、胸をズキュンと撃ち抜かれただろうなと思います。もう惚れてまうやろって(笑)。
編集A 伊東君にしてみれば、「おまえなら、当然書けそうやん?」くらいの自然な気持ちだったんでしょうね。読書感想文が上手ければ、小説だって書けるはずという単純な思考が、伊東君っぽい。
編集B しかも、その宮園君のこわばった顔を見た伊東君が、「あ、嫌だったかな」「俺だって、野球を知らない奴からいろいろ言われたら嫌だしな」ってことに、ちゃんと考えが及んでいるのも素晴らしいです。
編集E いい奴ですよね、伊東君って。
編集B 宮園君もいい子です。共にいい子で、でも正反対の二人が、お互いに感化され合っていく感じが、すごくかわいいなと思いました。
編集G この二人のコンビは、読んでいて非常に楽しいし、ほほえましい。これからさらにいい友達関係になっていくんだろうなと思うと、読み手もちょっとキュンとしますよね。
青木 ただ、宮園君の名前が、ラスト近くにならないと出てこないですよね。もちろん作者は、わざとこう書いているのだろうと思います。不思議と気持ちが通じ合えるから、名前も知らないままにどんどん距離が近づいていった。つまり「仲良くなるのに、名前なんて必要なかった」わけで、「そんなあいつの名前を、学級通信の記事ではじめて知ることになった」という粋な演出を、ラストにもってきたかったのだろうと思います。その意図はよく分かるのですが、やはりこの作品は「伊東君と宮園君の話」なのですから、重要キャラの宮園君の名前はもっと早く出した方がいいと思います。
編集C しかもこれ、その作者の企みが、ちょっと失敗しちゃっています。「学級通信で初めて名前を知る」はずが、それ以前の場面、22枚目のところで、地の文で「宮園は」と語ってしまっている。
編集H ただまあ、学生のときって、「顔やあだ名は分かるけど、正確な名前は知らない」ってこと、けっこうあると思います。そういうあたりの距離感は、逆にリアルかなと思ったりしたのですが。
青木 はい、それはその通りだと思います。だから、冒頭にいきなり出さなくてもいいのですが、宮園君は二人しかいないメインキャラの片割れなので、やはり名前くらいはもう少し早めに読者に教えたほうがと思いますね。
編集F 文章がちょっとわかりにくいところも、ちらほらありました。例えば5枚目に、「カップ麺の重みくらいには十分なりそうな本の厚み」とありますが、ここは意味を取るのに時間がかかりました。
編集E これは、「お湯を注いだカップ麺の蓋を、本で押さえる」ときの話をしているのでしょうね。「カップ麺の重み」ではなく、正しくは「カップ麺の蓋の重し」。
編集C 誤字脱字もけっこう多めです。もう少し細部に神経を配ってくれていたら、より引っかからずに読めたのにと思えて、もったいなかったです。一方で、作中の関西弁はすごくきれいな、ネイティブ感のある正確さでした。読んでいてとても自然だった。
編集A この作品、もし標準語で書かれていたら、雰囲気とか読み味とかはだいぶ変わってきますよね。
編集C 最初、宮園君がちょっと標準語っぽい、硬い喋りをしているのですが、伊東君に慣れていくに従って、段々関西弁へと変化していく。二人の距離感の変化が、絶妙に表現されていました。
編集B 二人の距離が少しずつ近づいていくエピソードの重ね方も、よかったと思います。エピソードそのものも面白くて楽しめましたし。
編集H 話が始まってすぐ「府大会」という言葉が出てくるので、それだけで、作品舞台がどのあたりなのか見当がつけられます。こういう情報の出し方も上手いなと思いました。
編集E ラストに教訓とか総括とかを入れないで、なにげない台詞で終わるのもよかったですね。
青木 運動一筋の主人公と、読書好きでインドア系の男の子。対照的な二人が出会い、互いに影響を与え合いながら、仲良く並んで前へ進んでいく。ディテールの描き方には、まだちょっと改善の余地を感じるところもありましたが、爽やかで心温まる話としてまとまっていて、とても良かったと思います。